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すべてを失った祖父、母の背の娘… 不法占領63年の色丹島 元島民語る  (1/4ページ)

2008.8.30 19:43
色丹島・斜古丹の日本人墓地にある得能宏さん一族の墓。側面に得能さんの祖父、源次郎さん、姉の娘、貞子さんの名が刻まれている=8月10日(加納洋人撮影)色丹島・斜古丹の日本人墓地にある得能宏さん一族の墓。側面に得能さんの祖父、源次郎さん、姉の娘、貞子さんの名が刻まれている=8月10日(加納洋人撮影)

 終戦後半月以上たった昭和20年9月1日、北方領土の色丹(しこたん)島に、当時のソ連軍が突然上陸し、島は占領された。これに前後し、8月28日から9月5日までの9日間に、択捉(えとろふ)島、国後(くなしり)島と歯舞(はぼまい)群島も次々と占領。北方領土に住んでいた日本人は追放され、63年たった今も、四島の返還は実現していない。63年前に故郷の島で何が起こったのか。元島民の得能宏さん(74)が北海道根室市の自宅で、当時の出来事と故郷への思いを生々しく語った。(加納洋人)

 「父はアメリカが来ると言っていたので、まさかソ連が攻めてくるとは思いもしなかった」

 得能さんは、9月1日のことを、今も忘れることができない。8月15日の終戦から17日後、色丹島の北東、斜古丹(しゃこたん)湾にソ連軍の艦船が入ってきたのだ。

 「朝7時半ごろ、学校に行こうと家を出ると、黒い大きな船が湾に入ってきていた。ソ連の船だとすぐにわかった」

 島は大騒ぎになった。小学4年生だった得能さんは、家から約3キロ離れた学校に急いだ。学校に着くと、同級生らが「どうしたらいいんだ」と騒いでいる。「ソ連軍が来る。騒がないで、先生の言う通りにしなさい」。女性教師が児童らを諭した。

 ソ連の艦船は学校近くの埠頭(ふとう)に接岸し、授業中にソ連兵が教室に現れた。

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色丹島・斜古丹の日本人墓地にある得能宏さん一族の墓。側面に得能さんの祖父、源次郎さん、姉の娘、貞子さんの名が刻まれている=8月10日(加納洋人撮影)
色丹島・斜古丹の日本人墓地にある得能さん一族の墓。ビザなし訪問団の中高校生らが8月10日、墓を訪れた
色丹島・斜古丹の日本人墓地にある得能宏さん一族の墓。側面に得能さんの祖父、源次郎さん、姉の娘、貞子さんの名が刻まれている=8月10日
旧ソ連軍侵攻当時の様子を北海道根室市の自宅で語る色丹島の元島民、得能宏さん
旧ソ連軍侵攻当時の様子を北海道根室市の自宅で語る色丹島の元島民、得能宏さん
旧ソ連軍侵攻当時の様子を当時の島の写真を見ながら、北海道根室市の自宅で語る色丹島の元島民、得能宏さん
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