赤い騎士の思い(旧版)
「なぜ私はここにいるのだ?」
男は、どこか呆然とした様子で自問した。
そう、本来この男が現界するのは、世界の危機が迫った時、そしてごくまれにだが、強力な術式で召還された時ぐらいのものである。
しかし、今は世界の危機に対処するためでもなく、また、何者かに召還されたわけでもない。
身に満ちる力はこの地の霊力から分け与えられており、その量は
「ふむ、もって一晩と言うところか」
あたりを見渡すと、そこはどうやら僧房の一室らしい。
突然頭痛が走る。
「む」
この痛み方といい、わき上がってくる記憶といい、どうやらここは……。
記憶を頼りに外に出、あたりを歩く。
男の記憶にある風景、しかしその記憶とは微妙に異なる。
そう、記憶によればこの僧房……以前は寺の裏には池があり、そして決して表に出してはならぬある事件によりこの辺り一帯は地下の空洞へと陥没した。
しかし今は、寺そのものは健在なれど、裏にあったはずの池周辺が荒野となっている。
「平行世界への現界か、第二魔法ではあるまいし」
まあいい、とつぶやくと、男はなにげに歩き始めた。
とはいえ、所詮は死して英霊の座に登録された身、行きたい場所、見たいものなどあるはずもなく。ただぶらぶらと、かつて住んでいた家に行くぐらいしかあてはない。
だが歩いている内に奇妙な確信がわいてくる。
「ここは、”私”が答えを得た世界なのか?」
聖杯戦争に召還された彼の分身の一つが「答え」を得てから、彼のうちの摩耗しきった過去の記憶が急速によみがえり、それと同時にその「分身」の知識は経験を伴う「記憶」として彼の中にしっかりと根付いている。その記憶が彼に伝えるのだ。こここそが「その」世界であると。
ならば改めてこの世界の「自分」、「主」、かつての「相棒」の「分身」にあうのも……。
いやいや、この時間、既に住人は眠りの床についているはず……。
と、思いながらも「家」につく。
「一人、例外が居たか」
塀の上から庭を見ると、かつての自分がかつてそこで行っていたように、この世界の自分が土蔵で魔力の鍛錬をしている様子が伺える。
まぁいい、いずれにせよ、この世界の自分と自分はもはや別の存在。
自分と同じように意味のない生涯を送るか、それとも何かを見いだすのか、それももはや自分には縁のない話である。
「もっとも、ここの自分が”世界”との契約などせずに、自力で英雄にでもなろうものなら、”私”にも影響が出てくるだろうがな」
そう、自分は世界と契約したが故に、その死後をこうして守護者として差し出し、英霊の座に登録された。
しかし、自力で英雄になってしまえば、英霊の座へはその事実を持って登録される。
それは単なる守護者よりも一段神の座に近い、星よりの座に登録されると言うことだ。
「ま、便利な掃除屋をそうそう世界が手放すとはおもえんがな」
そう物思いにふけっていると、下から霊力の塊がやってきた。
「なにやら霊力の凝集を感じてきてみれば……アーチャー、いや、英霊エミヤ、なぜあなたがここにいるのです?」
それは、生前の彼と契約し、しかしほんの数日で彼の元から失われた彼のサーヴァントであった。
訂正しよう、彼のサーヴァントの分身であった。
「セイバー、君こそなぜここに?」
驚きながらも無意識のうちに彼女を解析する。
「ラインが……離れの部屋につながっているな」
「ええ、私は凛と契約してこの世界に残った。しかしあなたは?」
「あいにくと私にもわからん、気が付いたら柳洞寺の房に居た」
「柳洞寺に? なぜ?」
「私にもわからん。ただ、その房は俺が生前、召還した君と別れた場所だ」
「私と……ですか」
「そうだ、俺はその後も正義の味方を貫き、最後に大聖杯を破壊して私の聖杯戦争は終わった」
「大聖杯?」
「そうだ、そのおかげで柳洞寺は山頂毎陥没したと記憶している」
「かなり派手な戦いだったようですね」
「ああ、なにしろ、あの戦争は初めて俺が9のために1を殺す”正義の味方”となったモノだったからな。そう、その意味ではあの房こそが、まさに私の生まれた場所と言えるだろう」
「では私が”エミヤシロウ”を誕生させたと言うことになるのですか?」
かすかな怖れを感じながらもセイバーは問う。
「まさか、それは違う、君はあのとき、サーヴァントである限り決して抗うことのできぬ敵と戦い、そして破れた。君だけでなく、他のほとんどのサーヴァントもだ。あの闇に抗えたモノはごく普通の肉体と、あの呪いに抗することができる魔力を持つ魔術師や魔術使いぐらいしかいなかったのだよ」
故に、私が正義の味方としてのつとめを果たさねばならなかったと、言葉をつなぐ。
「あそこで君を失ったのは、完全に私の失態だよ。君は頼りないマスターだった私を、全力を尽くして支えてくれた。ありがとう……と、言わせてもらうよ」
しかし、と唇をかみしめるセイバー。
「最も、あの記憶を持たないと言うことは、あのセイバーと君とは別人。その意味ではこのお礼は的はずれかもしれんがね」
と、皮肉っぽい笑みを浮かべつつ、改めて庭を眺めた英霊エミヤはふと庭の一角に目をとめた。
「アレは、笹、そうか、今日は七夕か」
「ええ」
「そうか、一夜限りの現界しかできぬ程度の霊力でこの世界に招かれたのは、私を彦星に見立てた世界の冗談というわけだな。そしてここに君がいると言うことは君が織姫役を押しつけられたのか」
「私が……ですか」
「ああ、おかげで別の君にとはいえ、伝えたかった言葉も伝えることができた。この世界で私は答えを得、心残りも祓うことができた、全くうれしい限りだよ。うれしさついでに、残りの時間は、この世界の私を鍛えることにでも費やそう」
「凛には会っていかないのですか?」
「私が? 何故? 確かに凛にはこの世界の私のことを頼みはしたが、それ以外は主従関係があったにすぎん。時間があれば茶飲み話の一つも良かろうが、一晩限りの現界ではそんな時間などあるわけもない。君からよろしく言っておいてくれ」
それに、寝起きの彼女の相手はしたくないしな、と、苦笑しながら言い、屋根から飛び降りると、エミヤは土蔵の中へと入っていった。
「やれやれ、そんなことのためだけに現界させられたと言うことは、きっとあなたは一生孤独なままだったのですね」
ならば現実の前にたやすく摩耗するはず。むしろ死ぬまでの間に摩耗しなかったことが奇跡。
「しかしこの世界の士郎には凛がいる、私もついている。決してあなたのようにはさせませんよ」
土蔵での一瞬の喧噪の後、そこからは一際力強く感じられるようになった魔力の流れがある。大小二つの塊から流れるモノだ。
そして、わずかずつではあるが、時間と共に小さい方の魔力の流れの効率が上がってきているような気もする。
そして、セイバーがその流れを見守る中、魔力の鍛錬は続き、夜明け頃、大きな魔力の消失と共に終了した。
後書き
七夕の朝、唐突に思いついた七夕ネタ二つのうちの一つ目です。
何とか日が変わる前にupしたくて一気に書き上げてみましたがいかがでしょう?
UBW GE後の話です。
ご意見・ご感想をBBSもしくはmailにて頂けたら幸いです。
MISSION QUEST
2004/07/07 初稿up
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