「うーん、やっぱり今年も手が回りきらないわね」
溜息一つ。
今やっているのは年末の大掃除。
冬休みに入ってから、毎日毎日普段手の届かないところの掃除をしてきたけれど、
本来ならば家族四人で暮らせる家を、一人で掃除しきれるわけもなく、
結局前の年に掃除したところを後回しにして、手の回らなかったところから掃除、
結局大掃除が終わる前に大晦日の晩を迎えるのがいつものこと。
「士郎に手伝って貰えば……、駄目駄目! あっちの方が家より広いんだから、
むしろ士郎の方が手が足りなくて困ってるはず!」
そういって甘えを振り払う。
できることなら、家の掃除を早く終わらせて、士郎のところの手伝いに行きたかったんだけど……
大晦日の話
ちなみに今年は、地下室の掃除から初めて、二階のあの子の部屋、顔も思い出せない
お母様の部屋をすませ、普通のものを入れておく収納を整理しているところ。
本当は台所とお風呂、それに洗面所を(水物使うところだから)念入りに
掃除し直したいのだけれども、去年やったところだし、普段もこまめに掃除しているので
後回し……そう思って一昨年やらなかったから去年思いっきり後悔したのだけれども。
大掃除を続けながら、頭の片隅であれやこれやを考えていると、チャイムが鳴った。
「誰よ、この忙しいときに!」
くだらない押し売りか何かだったら、二三日寝込むようなガントをお見舞いしてやろうかと思いつつ、
意識を結界に集中させる。
「えっ!? うそ!」
思わず玄関から飛び出し、門まで走る。
そこには、掃除の途中で抜け出してきたような格好の士郎が、背中になにやら荷物をしょって立っていた。
「どうしたの?」
「いや、遠坂一人じゃ大掃除大変だろうと思ってさ、手伝いに来たんだ」
「手伝いって、あんた、あっちの掃除はどうしたのよ?」
「終わった」
「え?」
「冬休みに入ってからこまめにやってたからな、昨日までに終わったよ。
で、昨日、今日とでおせち料理の用意をすませたから手伝いに来たんだ」
……こっちより広いのに、もう終わった上におせちの準備まですませてるなんて、
ひょっとして士郎って、家事関係……執事とかの英霊にだったら、
今すぐにでもなっちゃうんじゃない?
家事仕事の英霊だったら、世界の危機に引っ張り出されて摩耗することもなさそうだし。
……って、私って何考えてんのよ!
「で、どこから手を付ければいい?」
あっけにとられてる私の髪の毛にいつの間にかついていたほこりを取りながら、
そんなことを聞いてくる。
って、ほこり? しまった、こいつの前じゃ、そんな姿見せたくなかったのにぃ〜!
「まだ残ってるところはどこだ?」
「えっと、水回りと食器棚の中とガラス拭き……って、いいの?」
「ああ、遠坂一人では大掃除は大変だろ? 手伝わせてくれよ」
「そ、そう? じゃ、台所と窓ふきから……」
重なる問いに、つい答えてから、
「あ、でも、ホントにいいの?」
と、慌てて確認する。
「もちろんだよ。こっちの方が広いから、遠坂一人じゃ大変だろ。
ほんとはもっと早く来たかったんだけど、おせちの用意ができてないと
うるさいのがいるから」
遅くなってごめんなんて、頭をかきながら謝ってくる。
こうして、来てくれただけでも嬉しいのに、何でそうやって謝るのよ。
来てくれたことに対して、私がお礼を言わなきゃいけないのに。
「さて、じゃぁまずは日が高い内にガラス拭きからすませるか!」
そういって、腕まくりをしつつ背中に背負った荷物から掃除道具を取り出す士郎を見て、
私はどうやって感謝の気持ちを伝えようかと考えていた。
……ところで、こっちの方が広いって言ってたけどそうだっけ?
結局、今年も大掃除が終わらないまま日が暮れたので、
そこで打ち切り、みんなと一緒に夕飯を食べた。
そして……
「年越し蕎麦出来たぞぉー」
士郎が居間に向かって声を掛ける。
「わーい、士郎の手打ち蕎麦だぁー!」
「先輩、私運びます」
私はその隣で水にさらした蕎麦をざるに盛る。
なんと、士郎は年越し蕎麦まで手打ちで作っていた。
もはや家事仕事の域を超えている。
「ホント、これじゃ、伝説の執事(サーヴァント)として英霊化しそうじゃない」
「ん? なんか言ったか?」
「ううん、なんでもない。それよりこっちの……」
と、別に盛った笊のことを聞こうとした瞬間、士郎の右手が私の口をふさぎ、
左手の人差し指を自分の口の前に立てていた。
「藤ねぇ対策に分けてあるんだ、知らないフリしててくれ」
続けて、こっそりと耳元で囁く声。
私がうなずいた次の瞬間、背後から桜の声が響いた。
「せ、先輩、何やってるんです?」
「い、いや、遠坂の髪に何か付いてるみたいだったからさ……」
と、口で言いながら、ブロックサインを送る。
それで桜も判ったのか、笊を置いてあるところに目をやりつつ、
「なんだ、そうなんですか。私はまた、てっきりいつものようにいちゃついてるのかと
思いました」
「い、いつもってなによいつもって。それに台所でいちゃついてなんて……」
「だって、いつも二人で料理している時って、ぴったりくっついて料理してるじゃ
ないですか。普通なら、お互いが邪魔になる距離なのに、見てると二人で一つの
作業していたり……
あれって、どう見てもいちゃついているようにしか見えませんよ」
「「そ、そう……かな?」」
「そうです!」
「なになにぃ〜? また、士郎が台所で遠坂さんといちゃついてるのぉ〜?」
「今日は未遂だったみたいです」
と、言いながら蕎麦を運んでいく桜。
ねぇ桜、「今日は」の所にやけに力はいってない?
「そっかぁ〜、『今日は』まだだったんだぁ〜」
ふ、藤村先生まで……なによ!
まぁ、その藤村先生も、蕎麦を食べ始めると、とたんに静かになるから、
居間に響くのは蕎麦を啜る音だけになるのだけれども。
「うーん、私が作ったつゆ、先輩のに比べるとまだ薄いですね」
「ああ、何せ、秘伝のつゆだからな」
「今年こそは味を盗もうと思ってたのに、いつの間にかつゆができていたし……」
「桜ちゃん、良いじゃない。来年盗めば良いんだから」
「来年は作らないぞ。って言うか、多分帰ってこないと思う」
「ええ! なんで!?」
「英国と日本を往復したらいくらかかると思ってるんだ?
学生の身でそんな金用意できないぞ」
「ええ〜、じゃ、せめて蕎麦とそばつゆだけでも送ってぇ〜」
「却下、送ってる間に味が落ちるし、第一税関で検疫喰らってクスリまみれになるか
捨てられるかがオチだ」
「え〜! だったらもっとお蕎麦ちょうだいよぉ〜!
当分食べられないんだったら、今もっと食べとかなくっちゃ!
ってことで士郎のお蕎麦貰うね」
声より早く、延びてくる箸を迎撃する士郎。
「これ食べたら、後はもう何にもなしだぞ」
と、まだ半分しか食べていない蕎麦を守りながら言う。
「だって、もう他に無いじゃない。良いからおねぇちゃんにそのお蕎麦よこしなさい!」
「ホントにもうなしだぞ、泣いてもわめいてもこれ以上藤ねぇには何も上げないからな、
それで良いんだな?」
「良いわよ!」
「じゃ、はい」
「へ? 士郎どうしたの? 今日はやけに素直じゃない。あそっか、最後だからって……」
士郎から取り上げた蕎麦を早速食べつつ問いかける藤村先生。
「桜」
「はい」
声に答えて、台所に立つ桜。
「ん? どうしたの?」
戻ってきた桜が持つのは、先ほど分けておいた蕎麦が四……じゃなくて三枚。
あれ? 残りの一枚はどうしたの?
それを私と士郎、そして桜の前に置く。
「え? なに? なんだ、まだお蕎麦あったの。それを早く言ってよぉー」
と、言いながら手元の蕎麦をたぐる藤村先生。
一口で飲み込むと、
「じゃ、私の分はぁ……」
「無いよ」
落ち着いて蕎麦をたぐりながら言う士郎。
「え?」
「さっき言ったろ、それ食べたら後はもう何にもなしだって」
「ええ!?」
「藤ねぇはそれで良いって言ったよな」
「え、でも……」
「だから俺の分の蕎麦、藤ねぇに上げたんだぞ」
「え、だって……」
落ち着いて蕎麦をたぐる士郎。
「士郎?」
最後の一口をたぐり終わる士郎。
「士郎!」
落ち着いて、そば湯を飲み始めている。
「ちょっと士郎、どういうことよ!」
「だから言ったろ、なのに、自分が食べたいからって、人の分の蕎麦まで食べた
藤ねぇが悪い」
「だったらちゃんと言ってよぉ〜」
「言ったのにちゃんと聞かなかった藤ねぇが悪い。ちゃんと聞いて、止めてれば、
この三枚、全部藤ねぇのになってたんだぞ」
「う……」
「なぁ藤ねぇ、頼むからいい加減女の子らしくしてくれよ。俺は来年倫敦行って、
少なくとも五年、遠坂の研究次第じゃ一生戻ってこない。桜だって、これだけ美人で
気だてが良いんだから、きっと彼氏作ってこっちに来なくなる……って言うか、
なんで未だに相手が居ないのか不思議なくらいだけど」
ちょ、ちょっとまったこの朴念仁! って、私が言うわけに行かないから黙ってるけど!
ああ、桜、士郎を恨めしそうに睨んでる。ごめんね。
「兎に角、そうなると、遅かれ早かれ、藤ねぇは一人でこの家に残ることになるんだぞ。
弟としては、このままほっぽっておくと、藤ねぇがどうなるか、心配で心配で
しょうがないんだ。
頼むから、そろそろ先のこと考えてくれ」
「なんだか、一つ二つつっこみたいところがあるけどそれはおいといて、なんで私が
先のこと考えてないみたいなこというのよ」
「だって藤ねぇ、毎月の給料は全部使ってる、付き合ってる相手はいない、料理洗濯
その他諸々家事仕事は掃除以外全滅、まさかこのまま、結婚もせず、独り身のまま
一生終える気じゃないだろ?
ま、給料については弓道部の備品やらなにやら買ってて、手元に残す余裕が
ないっていうの判ってるし、土曜日曜もみんなのために駆けずり回ってるか、
疲れた体を休めるだけで精一杯だから相手を見つける暇もないってのは判ってる。
判ってるけど、やっぱりこのまんまじゃ藤ねぇが心配だ。
頼むから、もうちょっと自分のこととか、自分の将来のこととか考えて行動してくれ」
「なによなによなによ、士郎ったら、特に一番最後の所なんて、今までずっと
私が士郎に言っていたことそのまんまじゃない!」
「う……それは確かに。って言うか、遠坂と一緒になって、漸く言われていたことの
意味がわかるようになったんだけど……」
こ、こら、そこで私を出すな! うう、恥ずかしいけど嬉しい。
「あー、そこで惚気るわけね、ごちそうさま。
でも、そこまでおねぇちゃんのこと見ていてくれてるのって、士郎だけだよ。
桜ちゃんだって、備品のこととか、今初めて聞いたって顔してるし……
美綴さんは気が付いてたみたいだったけど……」
「爺さんも知ってたぞ、だからいつも藤ねぇにお小遣い上げてるんじゃないか。
それに桜は末の妹だぞ、末っ子にそこまで要求するか?」
「あ、いえ、私も、備品代が足りないのにいろいろ必要な物が揃うのは
不思議に思ってましたけど……」
「あ、桜も気が付いてたんだ。ほら、藤ねぇのこと見てるのは俺だけじゃないぞ」
「でも、みんな身内だけじゃない」
「慎二の奴も前に言ってたぞ、『お人好しはおまえんちの伝統か?』って、
あいつも気付いてたんだよ。
みんな、藤ねぇのこと判ってるし心配してるんだって。
だからそんな、俺の飯が食えなきゃ駄目だみたいな態度止めて、もっと周りを
見てくれよ。
前教育実習に来てた先生の中には、『藤村先生と付き合うには衛宮君より家事が
上手くなければいけないって聞いたんですけど』ってやってきて、人の弁当つまんだら、
そのまんま勝手に完結して泣いて帰ってったのが居たくらいだぞ」
「なにそれ?」
「でも、士郎の料理食べたら、他じゃ満足できないってのは事実よね」
思わず漏らした言葉に、桜も深くうなずいている。
「と、遠坂、ここで話をねじ曲げないでくれ!」
「あ、ごめん」
「と、兎に角、藤ねぇだって、遠坂ほどじゃないにしても素は美人なんだし、
気だてが良くてしっかりしてて優しいんだから、見る奴はちゃんと見てるんだぞ、
早く良い相手を見つけて弟を安心させてくれ! 藤ねぇが結婚するって聞いたら
俺も遠坂も、倫敦からだろうがどこからだろうが駆けつけてきて祝わせて貰うぞ!」
「ん、判った。ちょっとまた引っかかったとこあるけど、おねぇちゃん、考えてみる」
「それじゃすっかり長くなった先輩のお説教の分、こっちも伸びてしまいましたけど」
と、桜が持ってきたのは四枚目の笊。
「え? 士郎、これって」
「べつに藤ねぇに意地悪したいわけじゃないからな」
そっぽを向きながら言う士郎。はぁ、ホント、誰にでも優しいんだから。
「えぐっえぐぅ、やっぱり士郎は良い子だよぉ〜、遠坂さーん、これと士郎交換してぇ〜」
「駄目です!」
なんで伸びた蕎麦と士郎を交換しなきゃいけないのよ!
「じゃ、じゃぁ、士郎の唐揚げも付けるぅ〜」
「駄目」
「たまごやきもぉ〜」
「却下」
「えぇ〜! 士郎の唐揚げと卵焼きだよぉ〜、絶品中の絶品だよぉ〜」
「だって、士郎は私が欲しいと言えばいつでも作ってくれますから」
「え〜〜〜ん」
あ、お蕎麦、味わいもせずに飲み込んでる……
「いいもん、いいもん、士郎よりいい男見つけて、遠坂さんを見返してやるもん」
「どうぞ頑張って見つけて下さい。
それまでに私は士郎を磨いて、世界一のいい男にしてますから」
「うわぁ〜ん、遠坂さんに惚気られたぁ〜」
「ああ、その辺にして、早く出かける準備して欲しいんだけど……」
藤村先生の手から笊と箸を取り上げつつ言う士郎。
……って、いつの間にか卓の上が片づいてるし。
そして、この晩、
除夜の鐘突きに並んだ人達が逃げ出すようなオーラを発散する藤村先生が、
一人で突いた鐘の音は、市内全域どころか遙か海の上を行く船の上でも聞こえたとか。
後書き
大晦日にupしようと思っていたものの、なかなか筆が進まない上、実家からの
AirH"接続環境が悪く、結局up出来なかった大晦日ネタです。
……て言うか、何故か説教が入ってしまって、これのどこが大晦日ネタなのかと、
自分の頭の構造疑ってたりなんかしますが。
……おまけに後半、凛がすっかり語り部役になって影に引っ込んじゃってるし。orz
前半部分は、ご存じの方も既におられると思いますが、あかいあくまスレに投下した物です。
なお、このSS自体は私のシリーズものとは一切関係ない独立した物ですので、念のため。
ご意見・ご感想をここのBBSにて頂けたら幸いです。
特に、私が気が付いてないであろう未熟なポイントの情け容赦のない指摘を頂けると
少しでもSSがマシにできるはずなので、そのあたりよろしくお願いします。
MISSION QUEST
2005/01/03 初稿up
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