奪うもの、奪われるもの
世界が、急に真っ赤になった。
驚いたのも束の間、体の中から何かが引き出される感覚が……。
何?
全身を走り抜ける激痛。
あまりもの苦しさに、声も出せず、身体が硬直する。
見開いた目に映るのは、斜めに傾いていく世界と、級友達がくずおれ、倒れ行く姿。
何が……起きてるの?
声を出すことも出来ぬまま、自分の身体が崩れ落ちる。
鈍い音が身体を伝わってくる。同時に耳にも。
ああ、これは、私が床に倒れた音だ。
真横になって見える床を見て、気が付いた。
耳に聞こえたのは、多分みんなが倒れた音?
目には、他にも倒れている人が写るから、多分そうなんだろう。
今は、兎に角苦しい。
今もなお、体の中から、何か、とても大切な何かが引き出され続けているから……。持って行かれまいとしても……、どうすることも出来ないまま、引き出され続けている。
誰か……助けて……。
痛い、痛いよぉ。
何か、耳障りな音がした。
「どうだ、ライダー?」
「はいシンジ、この分ならば魔力も充分蓄えることが出来ます」
シンジ……?
この声……慎二クン?
間違いないわ、弓道部の……前デートしたことあったっけ……。
ちょっと皮肉屋だったけど、親切だった慎二クンなら……。
助けて! 痛いの、助けて!
「そうか、じゃぁこの屑共から全部吸い取ってやれ! そして、血相変えた奴らが来たら、その場でぶちのめせ! 先ずは衛宮だ! 僕をだましていたあいつの手足をへし折って、身動きできないようにしろ!それから、遠坂のやつを倒せ! あいつの目の前で散々遠坂を嬲り尽くして、俺のペットにしてやった後であいつを殺してやるんだ!あいつらに、この僕を選ばなかったことを後悔させてやる!」
屑共? それ、私たちのこと? 私も屑なの?
あれだけいろいろしてあげたのに、屑なの?
「しかし、同時に二体のサーヴァントと戦うのは……」
「ああん? お前は僕のサーヴァントなんだよ。四の五の言わずに僕の命令を実行すれば
良いんだ! こいつらの命を全部吸い取れば、あんな奴ら敵じゃないだろ!」
命を吸い取る?
この痛いのも、苦しいのも、命を吸い取られてるから?
慎二クン、私たちを殺すの?
「しかしシンジ、……敵です!」
何か、ドアが開くような音。誰かが駆け込んできて……。
「何!」
何かが……ぶちりと引きちぎられ、床の上に、何かが崩れ落ちるような音がした。
「な……あ……」
そのまま、床を歩く足音が出て行き、ドアが閉められる。
……助けて……くれないの?
……苦しい、なんだか……体が溶けていきそう。
今度は、廊下を駆けてくる音。
痛い……イタイ……苦しい……イタイ!
ドアが、開かれる音。
誰か来たの? 助けて! ねぇ、助けて!
何か、堅いものが打ち合わされる音が……小さく、小さく聞こえてくる。
なんで、こんな小さな音が聞こえるんだろう?
無性におかしい。
なんでだろ、こんなにからだが痛いのに。変。
あはは……苦しいよ、痛いのよ……アハハ、アハハハハハハハハ
誰か、歩いてくる……。
何か……声が聞こえる……。
苦しいよ……苦しい! 痛いよぉ、助けて! 早く!
あなたは、痛くないの? 苦しくないの?
こんなに痛いのに! こんなに苦しいのに!
ねぇ、そんなところで話してないで助けてよ!
話の内容は……判らない。
誰なの? 話し込んだりしてないで、助けてよぉ!
苦しい……苦しい! 苦しいよぉ!
……あ、身体が軽くなった。
違う、大切な何か、が、引き出されるのが止まったんだ。
助かった……のかな?
私は助かったんだ! きっと!
ほっとして、わたしは気を失った。
あれから一月、わたしは未だ病院にいる。
驚いたことに、あれだけの苦しみと痛みを味わっていたというのに、それでも私は、教室の中では軽傷な方だった。
体中の皮膚が溶かされ、筋肉も一部溶け、今なお包帯の下の皮膚はケロイド状に醜くただれ、引きつっているのに、それでもまだ軽い方で、隣のベットの子は、指先の骨が露出するほどに溶けていたし、向かい側の子は耳が溶けて無くなっている。
その隣の子は、眼球が溶けて……。
みんな、専門の病院でないと治療できないって……。
みんな、あいつのせいだ。
あいつが、私たちの命を吸い取ろうとしたから……。
ICUに入っている子に至っては、耳も目も、鼻も唇も皆溶けて、倫敦にあるという
専門の病院での特別な治療をしない限り、手の施しようがないという話……。
あいつがあんな事をしなければ!
あいつは、私たちを皆溶かして吸収しようとしていた。
私たちをみんな殺そうとしていた!
あんなに私たちを苦しませて、あんなに私たちを痛めつけて、そして私たちを、殺そうとした!
その上で、他の人も嬲り殺そうとしていた。
人殺しめ!
今も思い出す、私たちが倒れ伏して、痛みと苦痛に身動き一つ取れなかったあのとき、私たちの姿を見て、嬉しそうに笑っていたあいつの声。
私たちを殺すことを喜んでいた、あいつの声。
私たちを屑呼ばわりしていたあいつの声!
あいつのせいで、私たちはこうなった。
あいつさえいなければ、あいつさえいなければ!
私たちは、こんな目に遭わず、今頃はもう学園を卒業して、卒業旅行に行ったり、大学に行く準備をしたり、私は冬木の大学だけど、中には大阪や、関東の大学に行く子もいて、下宿先を探したり、引っ越しの準備をしたりで大わらわで、忙しい最中にもふと集まって、バカ騒ぎをして、カラオケ行ったり、こっそりお酒を飲んだりしながら、学園のこととか、行く予定の大学のこととか、あれこれ喋って、みんなで楽しく過ごしていたのに……。
あいつさえいなければ!
あいつとは前、デートしたことがある。
あいつは、年下の癖に、誰に対しても尊大で、実際、頭も良いし、運動もできて、顔も良いから、同じ二年の生徒会長してる子と並んで、女子の間では学園で一二を争うアイドルだった。
態度は大きいけれど、それに見合うだけの実力があって、しかも女の子に対しては
誰彼の隔てなく優しくて、男の子に対しては友達が一人しかいないせいか、誰に対しても厳しかったけれど、公平と言えば公平で、えこひいきする子じゃないから、それがまた人気の元にもなっていた。
そんな子だったから、デートを申し込んだら二つ返事で受け入れて貰えたのに喜んで、
あのときは精一杯尽くした。……その、色々と。
後で他の子達も同じようにデートして、多少の差異はあれ同じようになったことを聞いて、がっかりして、でも、全てをあげたわけじゃなかったからと嬉しかったような失敗したような、半端な気持ちが残ったことを覚えている。
そう、あの子の取り巻きをしていた女の子の中には、ホントに全部をあげた子もいた。
なのに、なのにあいつは、あいつはみんなを、みんなを殺そうとした!
みんな、そのときの精一杯をあいつにあげてたみんなも、そんな私たちを冷ややかに眺めやってたみんなも、誰彼の区別無く、みんな殺そうとした。
まだあいつに熱を上げたりなんかしていなければ、ここまで悔しい思いをしたりは……ううん、やっぱり悔しい。
いずれにせよ、私たちはあいつの特別な誰かじゃ無い。
どうであれ、あいつに殺されそうになったことに変わりはない。
私も、隣の子も、向かいの子も、その隣の子も、みんな、みんなが!
驚いたことに、あのとき教室にいた中で、すぐに意識を失わずに済んだのは私だけだったらしい。
誰に聞いても、世界が真っ赤になって、体中が痛くなり、倒れた後のことは覚えていないと言う。
それはつまり、あれをしでかした犯人を、あいつが犯人だと言うことを知っているのが私だけだと言うことを意味する。
警察はあれをガス漏れ事件として済ませたらしい。
それに、どうやってあんな事件を起こしたのかが未だに判らない。
どういうガスを使えばこんな事になるのか、警察の人の話では、糜爛(びらん)系の毒ガスを使えばこういう事が起きるのだろうと言うことだけど、実際にどの種類のガスが使われたのかは判ってないと言う。
それに、あのとき聞こえてきた会話。
あいつが誰かに命令している時の会話は、ごく普通の声で話していたように思う。
で、無ければ、名前を言われたって、あいつの声だとは判らなかったと思う。
良くは判らないけれど、学校中に充満するほど毒ガスを撒いたというならば、きちんとガスマスクとかを身につけないといけないはず。
何年か前に東京であった毒ガステロ事件のおかげで、そのくらいは判る。
だから、きっとガスじゃない何かなんだろう。
つまり、何が原因かがはっきりしていないと言うことになる。
原因がわからなければ、それをもたらした犯人を犯人とする証拠がないことになる。
それでは、私一人があいつを犯人だと名指ししても、証拠不十分なまま終わってしまう。
それじゃ駄目。
あいつにはやったことの責任を取らせなくては。
どうすればいい?
やるべき事は決まってる。
けど、私では無理、こんな、未だに思うように動かない体では、どうあがいてもあいつには敵わない。
返り討ちにあうのがオチだ。
何か、いい手があれば……。
やがて、漸くベットから出て、病院内を歩けるようになった私は、ある病室に見つけた名前に身を凍ばらせた。
「間桐 慎二」
まさか……。
歩き疲れたようなフリをして、松葉杖を突く手の力を緩め、病室脇の柱にもたれかかる。
声が聞こえてきた。
「兄さん、身体が動かないんだから無理しないでください」
「うるさいな。それで衛宮の奴、遠坂と上手くやってるのか」
「……はい」
「まったく、お前はホントにグズだな、さっさとあいつに言うこと言っときゃ、遠坂なんかに取られずにすんだろうに」
「……」
「お前に何があろうと、アイツはそれを理由にお前を拒否したり嫌ったりするような奴じゃないだろ。ま、それを理由に僕が殴られることはあるだろうけど」
「え?」
「アイツもバカだよ、僕の妹だからって理由だけで、ずっと桜に手を出さなかったんだから」
「兄さん?」
「大体桜、おまえのことに責任があるのはおまえじゃない、あんなことしていた爺さんや父さん、それに僕に責任があるんだ。おまえはこだわる必要なかったんだよ」
「でも……」
「まぁ仕方がない、大体、おまえみたいなグズ、余所に出したりなんかしたら、却って人に迷惑かけるに決まっている。僕が責任持ってずっとうちにおいといてやるから、余所になんて行くんじゃないぞ」
「兄さん……それって……」
「まぁおまえが嫌だって言うなら仕方がない。衛宮の所でもどこへでもいっちまえ。どこだか知らないけど、元の家に戻りたいって言うならそうすればいい。どうしてもって言うならとめやしないさ」
「……いえ、もう、私は間桐桜です。私の居場所はあそこだけなんです」
「衛宮の奴、おまえを邪険にでもしてるのか?」
「そんなことはありません。でも……」
「ま、そりゃそうか。まったく、あの朴念仁めが。判った。それじゃずっとうちにいろ。衛宮の家に行くぐらいなら良いけど、他は認めないからな」
「……はい」
「それじゃ、とりあえず帰ったら害虫駆除ぐらいやっとけ。お前一人で手が足りないなら、衛宮なり遠坂なりの手を借りればいい。何、僕の方からうまく言ってやるよ」
「兄さん!」
「いっそあの地下室は埋め立てた方が良いな。遠坂に頼んで、いらなくなった古い本も始末して貰う。良いな」
「兄さん、良いんですか?」
「良いんだよ。間桐の家は普通の家になるべきだ。それがいやならお前の好きにしろ」
「兄さんさえ、それで良いのなら……」
「じゃぁ決まりだ、それじゃ、今日はもう良いから帰れ。いつまでもこんな辛気くさいとこにいるんじゃない!」
「……判りました。兄さん、まだ身体が動かないんですから無理しないで下さいね」
「フン、そんなこと言われなくても判ってるよ。いいからお前は衛宮の所にでも行ってろ」
「はい、それじゃまた来ます」
「次来る時はまたなんかもってこいよ、お前の飯でも病院食に比べればよっぽどましなんだから、もし持ってこなかったらたたじゃ置かないからそのつもりでいろ」
「判りました、兄さんのために、うんと作って持ってきます」
部屋から出てくる気配に、私は慌てて松葉杖を操り、何気ないフリをして廊下を進んだ。
背後では、部屋から出て、そのまま遠ざかっていく足音。
それを確認して、先ほどの声を思い起こす。
間違いない、間桐 慎二。私たちを……私をこんな目に遭わせた奴が、ここにいる。
しかも、人をこんな目に遭わせておきながら、自分は善人面して……。
そう、私たちを傷つけたことは無かったことにして、自分は……そうやってのうのうと、楽しく生きていこうとしてるのね。
……何があったか知らないけれど、私たちが入院したこの病院に入院してきて、しかも、今は身体が動かないらしい。
「そう、そういう事……」
ならば私がやるべき事は、決まっている。後のことなどどうでも良い。だって、私が真犯人を知っていて、その私のいるところに真犯人がまともに動けない状態でやってきた。これはきっとそのために用意された、唯一無二の、貴重なチャンス。逃すわけにはいかない。
あらためて弓道部でのあいつの姿を思い出す。例え先輩の言うことでも、間違っていたら聞き入れない傲岸不遜な態度。誰に対しても、公平に厳しくあたるようでいて、その実、自分にだけはいつも優しいその態度。そして、自分よりも弓の腕が上手い同級生を追い出すためにあちこちに手を回していたあの様子。そう、あいつはもともとそう言う、自分勝手で姑息な奴だった。あの事件のちょっと前にも、八つ当たりで一年の子を一人、弓道部から追い出したという話があったっけ。なんであんな奴を良いと思っていたのか、今となっては、自分の正気を疑いたくなる。でも、今の私はもう正気。だから……。
その晩、私はこっそりと病室を抜け出した。
幸いにも、枕元には、お見舞いの品に紛れた果物ナイフがあった。
いささか心許ないけれど、充分先の尖ったこれならば……。
廊下に、人影はない。
未だ満足に動かない体で、必死に松葉杖を操り、それでも、音を立てないように注意して進む。
目に浮かぶのは、真っ赤に染まった教室。真横になった視界の中、あいつの、勝ち誇った声が聞こえてくる。
あのときの痛みを思い出し、足が乱れる。身体が倒れそうになる。駄目だ! 今倒れたら、またあの世界に引き戻される! あの、痛みと苦しみ以外、何も感じることの出来ない世界に! イヤだ!
何とか踏みとどまり、松葉杖に身体を預けると、昼間見たあの部屋を睨む。
目当ての病室は、闇に沈んでいる。
常夜灯の光に照らされた名札を診て、間違いないことを確認すると、私は、私にできる限りの早さで、中に入った。
「誰だ?」
影がもぞりと動き、聞き覚えのある声がする。
ははは……、向こうから確認させてくれるなんて、なんて親切な奴なんだろう?
だから、枕元まで行って、その親切に応えてあげた。
「私よ」
「え?」
「覚えてない? 前にデートしたこともあるのにな」
「あ、ああ、覚えてる、うん覚えてるよ」
「ホントに?」
「ああ、ホントホント、ええっと、確か名前は……」
「嘘つき」
「嘘じゃないよ、ほら、ちょっと顔見せてくれないかな? 確か……」
「じゃ、なんであんなことしたの?」
「あんなことって?」
「私たちをこんな風にしたこと」
言いながら、包帯の下の顔を見せる。
「え?」
「そう、私は、あなたが殺そうとした、屑共の一人よ!」
声と共に、右手の中に、逆手に握りしめたそれを、更に左手で押さえ込んで振り下ろす。
何かを切り裂く手応え……だけど、軽い?
「な、何するんだ!」
ベットの中をうごめく気配。
腕を持ち上げ、再度振り下ろす。
さっきより、ちょっと手応えがある。
「イタイ! 何するんだ!」
だからもう一度、
「やめろ! 何をする!」
もう一度。
「よ、よせ!」
もう一度!
「やめろぉ!」
「あんたが!」
「助けてくれ!」
「あのとき!」
「ころされるぅ!」
「わたしたちをぉ!」
「死にたくない!」
「殺そうとした時!」
「ひ、ひぃー!」
「わたしたちはぁ!」
「お願いだぁ!」
「声も上げられなかったのよぉ!」
「何なんだよ、何なんだよ!」
「私たちのかたきぃ!」
「僕を殺すきかぁ!」
なんどやっても、声は消えない。
ベットの中で身を動かし続けている。
「早く死になさい!」
けれども無駄、病院のベットは、そこから落ちないように両脇に柵がある。
体を起こせない以上、この中から逃げる術はない。
だから、なんどでもやり直せる。なんどでも、なんども、何度も……
「ふざけるなぁ! なんで僕が死ななきゃいけないんだ!」
「うるさい! この人殺し!」
「あぐっ!」
手応え? やった!? やったの? 今の、この手に伝わってきた、一生、記憶に残りそうな感触は……?
「こ、この!」
「きゃっ!」
ご飯の手伝いをしていた時の、肉を切る感触とは、あまりにも違った感触に、思わず手が止まってしまったわたしを、こいつは突き飛ばそうとする。まだ……、動けるのね!
今のいやな感触を振り払い、改めて腕を振るう。
こんどこそぉ!
死ね、シネ、しね、死ねぇー!
気が付くと、私は後ろから羽交い締めにされ、手にしたナイフ……だった曲がった金属板を持った何かは取り上げられていた。
「離して! なんで、こいつがまだ生きてるのよ!
私たちを……私をこんな目に遭わせた奴が! なんで殺しちゃ駄目なのよぉー!」
「鎮静剤! 早く!」
「まさか、知ってるのか!」
知ってるのかって……どういうことよ!
「全員気絶してたんじゃなかったのか?」
「被害者の傷はどうだ!」
「収容した時は全員気絶してたはずだ!」
何なの、何なのよ!?
「胸に深い刺し傷が! 肺に届いていると思います!
残りは皆浅く、中までは届いていないようです!」
やっぱり、死んでない……
「収容する前のこと、チェックしなかったのか!」
「記憶のダブルチェックはしてなかったのか?」
だからそれ、何なの!?
「手術室、準備できました」
「運べー!」
彼女は、簡易検査の後、今度こそはと念入りに記憶を修正され、元の病室にもどされた。
翌日、母が見舞いに来た。
「あら? ここにおいといた果物ナイフ、知らない?」
「え? ホントだ、なくなってる」
……昨日寝る前にリンゴを剥いて食べたはずだから……洗い場にでも置いて来ちゃったかな?
「どこ行ったのかしら? ま、良いわ、仕方ないから、こっちのバナナを食べてなさい」
「えー! バナナってあんまり好きくな〜い」
やたらと甘いし、太るじゃない。
「子供みたいな好き嫌い、言うんじゃありません!」
「……まいっか、自分の手で食べられるんだし」
「何一人でブツブツ言ってるの?」
「何でもなーい」
「それでね、さっきお医者様に聞いてきたのだけれども、このまま順調に行って、リハビリもきちんと受ければ、普通に暮らせるところまで直るんですって」
「ホント!?」
「完全に……とは言えないから、多少は後遺症が出るかもしれないけれど、特に形成とかする必要もないそうよ」
「よかったぁー。あ、でも……」
他のみんなは……
「それとね、他の皆さんのことなんだけど、無事だった二年の女の子の中に、家業の関係で倫敦の方と繋がりのある方がいるそうなんですけれど、その方の手配で倫敦にある専門の治療院から腕の良い先生がたに来て頂けることになったそうよ」
「それって……」
「ですから、本当に酷い方を除けば、後はみんな、殆ど元の身体に戻れるんですって」
「ホントに! よかったぁー!! ね、聞いた、みんな!」
同室者の方をみた私の目には、嬉しそうにむせび泣く、みんなの姿が飛び込んできた。