凛との初めてのクリスマス
十二月二十三日
俺は配達の車を走らせていた。
今日が祝日と言うこともあり、いつにもまして、コペンハーゲン、つまり俺のバイト先への配達の注文が多かったからだ。
……とは言うものの、信号には逆らえない。
赤信号に引っかかった俺は、交差点の先頭で、左折のウィンカーを点滅させたまま、ハンドルに身をもたせかけた。
自然、視線は横断歩道を渡る人たちの方へと向く。
瞬間、電撃が走った!
俺の目の前、横断歩道を渡っていくのは遠坂だ。
俺の大事な女の子。
世間的には、恋人と言っていいはずの女の子。
彼女が、見知らぬ男と笑いながら目の前を通り過ぎて行った。
「遠……坂……だよな」
見間違えるはずがない。
俺があいつを見間違えるはずがない。
だから間違いなく、あれは遠坂だ。
遠坂が、どこかの誰かと仲良くしている……。
呆然としていた俺を現実に戻したのは、後ろの車から降りてきて、俺の車のドアを拳で叩く、後ろの車の運転手さんだった。
適当に言い訳をしながら信号の変わった交差点を発進し、何とか配達を終えて店に帰った俺は、上の空のままバイトを終わらせ、家に帰った。
そこに遠坂の姿はない。
ああ、そう言えば、今日はクリスマスミサの準備があるから、うちには来れないって言ってたっけ。
あいつは今まで毎年、言峰の手伝いとして、クリスマスミサに出て、あれやこれやをやってたんだっけ。
……けれど、目の前にちらつくのは、昼間に見た顔。
見知らぬ誰かに笑いながら、俺の目の前を通り過ぎて行った遠坂の顔。
あいつは美人だ。
男だったら誰もほっておくはずがない。
それに比べて、俺はそこらへんにいるごく普通の男だ。
いや、正義の味方を目指している分、あいつには負担をかけっぱなしだ。
救いようのないことに、負担をかけていることを判っていながら、この道を変えることが出来ないのが俺だ。
あいつが愛想を尽かして、他の誰かの所に行ってもおかしくはない……。
けど、けど、俺にはあいつが必要なんだ!
どうすればいい?
あいつを、どこかの誰かに取られないようにするには?
十二月二十四日
授業が終わった。
幸か不幸か、今日はあいつと一緒の時間が取れなかった。
昼休みですら、あいつは友達と一緒の時間を選び、俺は一成と一緒に生徒会室で弁当を突っつくことになった。
授業が終われば、今日も夕方からバイトが入っている。
だから夜まであいつには会えない。
ああ違った、あいつは今日もクリスマスミサの準備があるとかで、家には来ないんだった。
じゃぁ、話一つする機会がないんじゃないか。
もし、明日も、あいつと昼を一緒に出来なかったら……明後日まで話をする機会もないのか。
なんだか、凄く打ちのめされた気分だ。
一成が何かを言っているけれど、それに答える気にもなれない。
無意識のうちに制服の胸ポケットを押さえる。
そこには、あいつに送りたいと思って買ったプレゼント。
クリスマスなんだから……プレゼントの一つぐらい贈りたいってのはおかしかないよな?
気が付いたら、弁当を食べ終わっていた。
後片付けを済ませ、教室に戻る俺を、妙な顔をして見送る一成が居た。
放課後、結局あいつと一言も会話を交わす機会がないまま、俺はバイトに行く。
コペンハーゲンでのバイト歴は長い。
上の空のままであっても、体が覚えた仕事は問題なく処理できたようで、気が付いたらバイトを上がる時間だった。
もうじき日が変わるそんな時間。
ネコさんが「ホントに良かったの?」と、言いながら、俺を送り出してくれた。
何のことだろう?
よく判らないまま、店を出ると、そこには遠坂が居た。
「やっと終わったの?」
「とおさか?」
「む、ちょっと、わたしが誰に見えるってのよ」
「いや、だって、なんでこんな所に……」
「こんな所ってなによ! それとも何? 私よりも仕事の方が大事だったの!?」
「へ?」
「今日は学園でも全然話しかけてくれないし、授業が終わったら、さっさとバイトに行って、今日がなんの日だか判ってるの!?」
「え?」
「え? じゃないわよ! 今日はクリスマスイブよ! なのに私をおいて仕事に行って、そんなに私よりも仕事の方が大事なの!?」
「え? 仕事より? そんなことないぞ」
「じゃ、なんで、私をおいて、こんな時間まで働いてるのよ!」
「だって、クリスマスミサの準備で忙しいって……」
「こんな夜の夜中まで人を駆り出すわけ無いでしょ!」
「え? じゃぁ……」
「まぁ、来年からは私の手を借りれないから、予行演習もかねて、今日は来なくて良いって言われたのもあるけれど……」
「じゃぁ、今日って……」
「そうよ、一日空いてたのよ。なのに士郎ったら、わたしがそう言おうとしても全然上の空で聞いてくれなかったし」
「ええ!?」
「帰り道でとっちめてやろうかと思ってたのに、さっさと一人で帰っちゃって、一体何考えてるのよ!」
「あ、いや、その……、あの……」
「フンッだ、どうせ私みたいな可愛くない女の相手をするくらいなら、仕事に精を出して、お金を稼いでいた方が良いんでしょ!」
「そんなわけあるか! 遠坂以上に可愛い女の子なんて居ないぞ!」
「じゃ、じゃぁなんで私をおいて仕事しに来てるのよ! 私、ずっと期待してたんだから! 初めて好きになった男の子と、初めて一緒に過ごすクリスマスイブのことを!」
「え、あ、その……だって……」
「なによ!」
「おーい、エミヤん! それとエミヤんの彼女!」
はいー!?
「悪いけど、夫婦喧嘩は他でやってくん無い? そこでやられると、営業妨害なんだけどな」
「ねねね、ネコさん!」
「あんまりそこでやってると、バイト代からさっ引くぞー!」
俺は遠坂と顔を見合わせると、
「「すいませーん!」」
声を合わせて謝り、その場から逃げ出した。
逃げた先は遠坂の家。
気が付いたらすっかり冷たくなっていた遠坂の身体を温めてやりながら、昨日見たことについて聞いてみる。
「あ、あれ? あれは、明日……じゃなくて今日か、クリスマスミサに来てくれるコメディアンよ」
「へ!?」
「ミサで披露するネタの一部を披露してくれてたんだけど……士郎、見てたんだ?」
「あ、ああ」
「で、焼き餅焼いてくれてたんだ?」
「わ、わるいか」
「全然! 嬉しいわ!」
「え? 嬉しい?」
「だって、焼き餅焼いてくれたって事は、それだけ私のことを思ってくれてるって事でしょ?」
「そりゃ、そうに決まってるだろ」
「だから嬉しいの。だって士郎って、普段わたしが他の男の子と話をしていても、全然気にした様子見せてくれないんだもの」
「だ、だって、遠坂が友達と話すのを邪魔する権利なんて、俺にはないだろ」
「あるわよ」
「え?」
「だって、士郎は私の恋人でしょ、焼き餅焼く権利があるに決まってるでしょ。第一、いつも士郎が他の女の子と話をしている時、わたしが焼き餅焼いてないと思ってたの?」
「え!?」
「やっぱり気が付いてくれてなかったんだ」
「あー、いや、その……」
「この朴念仁!」
「すまん」
「ホント、士郎って、士郎なんだから」
「うー」
「ね、ところで、あのポケットに入ってる包みって何?」
あ……見えてたんだ。
「ねぇ、期待していいの?」
黙って、ポケットから取り出し、遠坂に渡す。
「メリークリスマス」
自分でも仏頂面になっているのが判る。
なのに、
「ありがとう、士郎。ねぇ、開けて良い?」
なんて、嬉しそうに聞いてくる。
「ああ」
なんで、俺は、こういう時にこんな風にしか返せないんだ!
そんな風に、落ち込んでいる俺を余所に、丁寧に包み紙を拡げていく遠坂。
そして、中の箱を開けた遠坂は、
「これって、オープンハートのネックレス?」
「ああ」
「これって何年も前に流行ったものよね?」
「そう……らしいな」
「ふーん、誰にでも心を開けていいの?」
「……いやだ」
「え? 何?」
……く、聞こえてる癖に、なんでわざとらしく聞いてくるんだ?
「嫌だって言ったんだ」
「じゃ、なんで、このネックレスなの?」
俺の目を正面から覗き込んでくる遠坂。
でも、俺は恥ずかしいから、視線を合わせられない。
だから、脇を向いて言う。
「俺にだけ、心を開いていて欲しい」
「ふーん、じゃ、他の人には開いちゃ駄目なの」
「……」
「柳洞君相手は、嫌なのよね。じゃ、綾子相手には?」
「……」
「ねぇ、どうなの?」
グイッと、俺の顔に両手をかけ、自分の顔の方に向かせて問いかけてくる。
そんな風に正面から見られたら、正直に言うしかないじゃないか。
「士郎?」
「ああ、一成相手はもちろん、美綴にだろうが誰だろうが、兎に角俺以外には開いて欲しくない!」
「良いわよ」
「へ!?」
「良いわよっていったの」
「ホントか!」
「でも、一つだけ条件があるわ。守ってくれる?」
「ああ、良いぞ、何でも守る」
「じゃ、士郎も私にだけ心を開いてね」
「え?」
「藤村先生も、桜も駄目、柳洞君にだってもちろん駄目。私にだけ心を開いていて」
「だ、だって、全部開けられる相手って、遠坂だけじゃないか」
「そう言う問題じゃないの。それとも、私が他の誰かに心を開いていいの?」
「良くない! ああ、そのためだったら、その条件、いくらでも飲む」
「じゃ、契約して」
「契約?」
「そ、契約の徴はここよ」
言いながら、俺の首に腕を回し、身体をゆだねつつ仰向き加減になり、目をつむる遠坂。
もちろん、俺は契約をした。
後書き
12/24の夜、第四回SS競作会に投稿した後、即興で書き、あかいあくまスレに投下したクリスマスネタです。
実は、投稿を終えた時点で12/25になっていたのですが、そこはそれ、大目に見て貰おうと言うことで……(汗)
そんなこんなで、出来の方はいまいちですが、目を通して頂ければ幸いです。
ご意見・ご感想をここのBBSもしくはmailにて頂けたら幸いです。
特に、私が気が付いてないであろう未熟なポイントの情け容赦のない指摘を頂けると少しでもSSがマシにできるはずなので、そのあたりよろしくお願いします。
MISSION QUEST
2004/12/25 初稿up
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