「ねぇ衛宮君」
「ん? なんだ、遠坂?」
「あなた、高校卒業したらどうするつもりなの?」
突然遠坂がそんなことを聞いてきたのは、そろそろ梅雨に入ろうかという時期、そう、俺がセイバーと別れを告げてから4ヶ月近くたったある日のことだった。
あかいあくまと正義の味方 番外編
〜after the Fate end〜
「卒業してからか、親父(切嗣)の後を継ぐつもりだけど、正直どうやっていくかが見えなくて決めかねている。」
「ふーん、そう。お父様の後って正義の味方ってことよね?」
「ああ、もっとも親父は理想を実現できないまま逝っちまったけどな」
「でも士郎はその先を目指すのよね?」
「ああ、もちろんそのつもりだ。親父ともそう約束したし」
「そう」
遠坂はよし、っと一つうなずくとこう続けてきた。
「だったら私と時計塔に行かない?」
「へ?」
遠坂の晴れやかな笑顔を見ながら、俺はそんな間抜けな声しか返せなかった。
「士郎はお父様を超えたいのでしょ? だったら、まずは同じところまでたどり着く必要があるじゃない」
「ああ、その通りだ。」
「でね、偶然なんだけど、時計塔の卒業生の中に士郎のお父様の名前を見つけちゃったの」
「親父の?」
正直意外だった、生前の親父の口ぶりだと、親父は協会とは関わりを持たないようにしていたはずだ。
「士郎の話だと、士郎のお父様は協会と関わらないようにしていたはずでしょ? それで変だなと思ってちょっと調べてみたんだ」
こういうところは遠坂らしい、少しでもおかしいと思ったことはすかさず調べて何事も見逃さない。俺も何も考えずに突っ走るのは止めて、こういうところを見習うようにしなくっちゃな。
「まぁ判ってみれば簡単なことなんだけど、元々士郎のお父様は協会に所属する魔術師だったのよ。」
親父が? 協会に属していた?
「それどころか、協会に属する魔術師の中では、外道に落ちた魔術師を狩る戦闘魔術師としてトップクラスだったのよね」
「本当か? 遠坂?」
「わたしがこんなことで嘘言っても始まらないでしょ?」
そりゃそうだ。
俺がうなずくのを見ると、遠坂は話を続けた。
「衛宮家については、はっきりと判らなかったけれど、どうやら魔を狩る一族だったらしいの。それが何らかの出来事により、士郎のお父様だけを残して全滅したそうよ」
親父の葬式の時、親族に連絡が取れなかったのはそう言うことだったのか。
「それで身一つになったために、処分できる財産は全て処分した上で、協会に留学したらしいわ。で、元々の血筋もあったのか、時計塔で戦闘魔術を納め、優秀な成績で卒業したということ」
戦闘魔術?
「まぁ平たく言えば、通常の戦闘術が、通常兵器を用いた白兵戦から戦術レベルの戦闘を扱っているのに対し、そこに魔術を使用できる個人、もしくは集団が加わった際の戦闘をも扱うように発展させたものね」
それって、要するに俺たち魔術使いや魔術師向けの戦闘術ってことか。
「そうよ。強いて言うなら、軍隊で言うと優秀な歩兵でもある下士官の、養成コースにあたるわ」
普通の軍隊では歩兵の育成とその中からの下士官の育成は別物のはずだから、そう言う意味では軍隊よりもきついのかな? と続けてる。
「士郎のお父様は成績が良かったこともあって、その上の戦略理論、つまり士官候補生のコースに招かれたり、更には、在学中からあげてた実績を評価した、協会の戦闘部門を率いる一族から、是非一族にと、次期当主の座まで用意した上で誘われてたらしいけれど、結局、フリーランスの道を選んだらしいわ」
どうしてそんな道を選んだのかまでは判らなかったけどね、っと遠坂はため息をつくように言うと、改めて言ってきた。
「で、ね、士郎がお父様の跡を継ぎたいのならば、まずは時計塔に来て戦闘魔術+α程度のモノは身につける必要があると思うんだけど、どう?」
「そうだな、さっきも言ったとおり、この先どう進めばいいか判っていなかったし、そんなおあつらえ向きのコースがあるのだったら、ますはそれを身につけた方が良さそうだ」
「だったら私と一緒に時計塔に行かない?」
「ああ、それは魅力的な話だ、けど、俺の実力で時計塔に入れるのか?」
そう、情けない話だが、聖杯戦争後も毎日のように遠坂に見てもらっているにも関わらず、俺の魔術は投影と強化、それに付随する解析を除けば、相も変わらず惨憺たる有様だ。
こんなレベルでは、とても魔術師の最高学府たる時計塔に入れるとは思えない。
「ええ、士郎の実力では残りの10ヶ月弱目一杯特訓しても、入るのはまず無理ね」
うわ、言い切ってくれたよ。
「でもね、士郎でも入れるようにする方法はあるのよ」
「本当か?」
「ええ、とっても簡単なこと」
もちろんそれなりの代価はいるけれど、と、言いながら、遠坂はがさがさと鞄の中から書類を取りだした。
「実はね、第五回聖杯戦争を勝ち抜いたことになっている私は、時計塔から特待生として招かれてるの」
そう、俺の"投影"は、あまりにも異端すぎるため、うっかり時計塔に俺の能力(ちから)を知られると、即封印指定を受けかねない。そこで、聖杯戦争の経緯については遠坂が隠蔽工作をしてくれることになっていたのだ。
これだけでも遠坂がどれだけ良い奴かってのがよくわかるのだが、さらにこのとき、聖杯戦争の勝者は、ほぼ確実に特待生として時計塔に招かれることになっているのに、その権利を取ってしまっても良いのかとまで確認してくれた。
俺はそう言った細かい事情など何も知らないから、もし何も言わなければ、俺はそんな特典があったことも知らないまま、来年の四月に倫敦に留学する遠坂を見送っていただろうに。それに、うかつに俺一人で時計塔になぞ行って、うっかり俺の投影を使ったら、即座に封印指定を受けかねない以上、そんな権利を行使する気はなかった俺に、わざわざそんなところまで教えてくれたのだ。
ホントに遠坂は良い奴だ。
「でね、特待生にはその特典として、自分の弟子を助手として必要なだけ連れて行く権利もあるのよ。」
ああ、そう言えばそんなことも言ってたっけな。
「もちろん、そのためにかかる費用も全てあっち(時計塔)持ち。」
うん、それも聞いた。
「でね、士郎、あなた私の弟子として一緒に時計塔に行かない? この場合、弟子である以上、そのままでは正規の魔術師としての入学は認められないけれど、学徒としての入学は認められるわ」
学徒としてってことは……
「そう、前に教えたとおり、協会に属する魔術師としては認められないけれど、それだって、もし士郎にその気があるのならば、あとは成績次第で時計塔に認められ、協会の魔術師として正式に登録してもらうことも可能よ。」
そんな気があるのならね、っと、俺にそんな気がないことを知った上で言う。
だから俺もきちんと答えを返す。
「いや、俺は協会に属する気はないから、学徒でかまわないぞ」
「ってことは、私と一緒に倫敦に行く気があるってことね?」
「ああ、でも、うっかり倫敦に行って、俺の投影を見せたらまずくないか?」
「ええ、確かにその点は気になるわ、でも、この場合わたしの助手としていくのだから、魔術師としての腕前はあまり期待されていない。だから、普通の、時間が経ったら消える投影ができるようになれば、後はうっかり普段の投影を出さない限り大丈夫」
「だったら、行っても大丈夫そうだな。是非連れて行ってくれ」
「そう言うと思った。でもね、これってそんなに良いことばかりじゃないのよ」
だからまだ結論は保留しときなさい、と目で語りかけてくる。
そうやって念押しをしてくる以上、間違いなく俺に不利な内容なんだろう。
心して聞かなくては。
「さっきわたしの弟子としてって言ったでしょ、これは魔術師として正式に師弟関係を結ぶってことなの。そしてこの師弟関係は師匠の方から解消を言い渡すまで半永久的に続くの」
と、いうことは
「そうなると、例えば弟子は師匠の許可無くあっちこっちふらふら出歩いたりしてはダメ、ある程度以上離れたところに行くときには、必ず師匠の許可が必要になるの」
むむ、
「それから、ある程度以上の魔術を使うときなんかも、あらかじめ師匠から許可を受けた上でないとダメね」
むぅー、
「ま、要するに、士郎が魔術的に私に従属する、そんな契約を結ぶことになる訳ね」
「じゃぁ、俺は遠坂の許可を得るか、師弟関係が終わるまでの間、正義の味方として活動できなくなるってことか?」
「ま、簡単に言うとそうなるわね。そこらへんは契約内容次第で、いくらでも融通を利かせることができるけど」
「ホントか?」
「ええ、具体的には、常に私と一緒にいるか、どうしてもそれができない場合には必ずわたしの許可を得ることで、士郎の行動を許すようにするつもりだけど」
それで良い? と小首をかしげて聞いてくる。
おい、こんな時にそんなかわいいしぐさを見せるなんて反則だぞ。
「ああ、そう言う条件ならかまわない。と、言うか、俺一人じゃどうにもならないときなんか、遠坂が一緒にいてくれれば何とかなりそうだからな。むしろ俺から一緒に来てくれと頼みたいくらいだ。」
そうだ、正直言って剣の投影しかできない俺よりも、五大元素使い(アヴェレージ・ワン)、つまり万能の天才である遠坂の方が、いざというときには役に立つはずだ。
そして遠坂は困っている人が助けを求めていたら、必ず手をさしのべる。
例え口ではなんと言ってても、それが遠坂なんだから。
「ホントに良いの? その代わり、私、この契約は例え士郎が死んでも解消しないわよ」
なぜだか遠坂は頬を赤くしながら確認してきた。
「なんだ、俺の死後までこき使うつもりか?」
「もちろんよ、それにわたしが死んだ後も続けてもらうからね」
「おいおい、そこまでこき使うのか? それに、もし仮に遠坂が先に死んだらどうするんだよ?」
「あ、そのときは士郎が死ぬまでの間は好きにしてて良いわ。でも、そんなことにならないように全力を尽くすし、士郎にも努力してもらうから」
「わかったよ、できる限りのことはする。でもその代わり……」
「ええ、士郎の理想をかなえるために、私もできる限りの協力をするわ」
「そうか、じゃ、よろしく頼むな」
「……なんか簡単に決めちゃったみたいだけど、ホントに良いの? わたしがわたしに都合の良いように契約内容ねじ曲げちゃったらどうするの?」
「遠坂がそんなことするわけ無いだろ。俺、遠坂のこと信用してるから」
ん? 急に顔が真っ赤になったぞ、どうしたんだ?
なんか口の中で天然がどうのとか、こんなところでとか言ってるぞ?
おーい、遠坂、早く戻ってこーい!
「ああ、もう、こんな時に、なんだって士郎はこうなのよ!」
「何を怒ってるんだよ? 俺、変なこと言ったのか?」
「変じゃない、変じゃないけどもうちょっと言い方を考えなさい。でないと変な誤解を受けるわよ!」
「変な誤解ってなんだよ?」
「変な誤解は変な誤解に決まってるでしょ! ああ、とにかくそのことはおいといて、衛宮君はこの契約で良いのね?」
「ああ、よろしく頼むよ」
「こ、こちらこそよろしく。じゃ、後で契約内容まとめておくから……そうね、今日の夜にでも正式に契約しましょ。」
「わかった」
とりあえず仮契約と、良いながら指しだしてきた手を握り替えしつつ、俺は胸の中のセイバーに向かって、そんなわけで、遠坂と一緒に頑張ってくから見守っててくれ、っと、声をかけていた。
セイバーはなぜだか苦笑しつつ、それでもしっかりうなずいてくれたようだ。