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あかいあくまと正義の味方 学園生活編(旧版): あかいあくまと正義の味方 学園生活編 〜その16〜  
執筆者: mission
発行日付: 2005/3/6
閲覧数: 6302
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  GWも終わり、来たるべく中間考査のこともまだ考えずに済むこの時期、いつものように放課後を迎えた士郎は、弓道部の練習を終え、家に帰ると、バイトに行くために家を出た。但し、今日は新都に向かわず、まず、藤村家へと向かう。
  いつものやりとりの後、雷画に一言断って、バイクを借りようとすると、
「今日はZZ-Rの方乗っていかんか?」
「ん?  セロー使うんだ?」
「いや、D(最終)型とは言え、あれも長く乗っているんでな、今度見て貰おうと思ってな」
「そっか、とりあえず調子をみろって事か。判った。けどあれ、低速トルク無いからなぁー」
「セローのスーパーローにばかり頼るな。癖が付くぞ」
「うーん、それもそうか……、判った」
「後、次のHMS、予約しておいたからな」
「判った。予定空けとく」
  言って、鍵を受け取ると、オン用のメットを手にガレージへと向かった。




あかいあくまと正義の味方 学園生活編 〜その16〜





  士郎が向かう先は大阪。先日、鍛冶打ちの見学兼体験に行った際に知り合った、村上氏が営む割烹である。何でも、京都の某老舗にて働いていた先代が、腕を認められ、暖簾分けしてもらって出した店らしい。
  今日から士郎は、ここでもバイトをすることになっていた。つまり、コペンハーゲンとの掛け持ちである。コペンハーゲンとしては、士郎が最近配達もこなすようになって便利さがました矢先だけに、来るのが今までの半分に減るのが残念がってはいた。しかし、士郎が料理の修業をする為だとの理由を話したとたん、
「じゃ、その成果はうちんとこにも還元してね」
と、なにやら思いついたかのような表情で、店主の娘がオーケーを出したと言う経緯がある。
  後に判明したことではあるが、曰く、
「エミヤんのスペシャルメニュー作って店に出せば、うちの売りになるもんねぇー」
と、言うことらしい。
  ちなみに、コペンハーゲンでは月・水・金の三日間働き、火・木・土と割烹へ。そして、土曜の晩はそのまま泊まり込み、日曜の朝、仕入れの手伝いをした後、二週間に一度の割で三重へ行って刀鍛冶をすることになっている。初めは、毎週刀鍛冶をすることになりそうだったのだが、それでは何かと問題--とくに、遠坂凛嬢の機嫌とか--が生ずる危険が高かったため、このような形となった。それでも、その空いた日、雷画にHMSだの猪名川だのでのバイクの練習に引っ張り出されることもあるため、結局、凛の機嫌は悪くなったのだが。
  何はともあれ、2号線を走り、大阪市内へ入ると、先日の記憶を頼りに目指す店へ。先日、帰りに寄った時に教えて貰ったとおり、裏から入り、バイクを置くと、勝手口から入り、挨拶をする。
「こんにちは。今日からここで働かせて貰うことになった衛宮士郎です」
「ああ士郎君、良く来たね。こっちに来なさい。改めてみんなに紹介するよ」
  ちょうど奥の方から出てきた村上が士郎を迎え入れる。
「ところで、ひょっとして、今さっき入ってきたでかそうなバイク、あれ君のかい?」
「俺のって言うか、爺さんに今度調子を見て貰いたいからとりあえず乗って見ろと言われまして」
「へぇ、音しか聞こえなかったけど、どんなのに乗ってきたんだい?」
「ZZ-R 1100のD型です」
「へぇー、先代ZZ-Rの最終型かい、後で乗らせて貰って良いかな?」
「はい、構いませんけど」
「そっかそっか、それは楽しみだ! ま、それは兎も角、こっちに来てくれ」
  言いながら士郎を迎え入れると、興味深げにこちらを見ていた皆に向かって大声を上げる。
「みんな良いか! こないだちょっと顔を出したんで知ってるだろうけど、今日からうちで働くことになった衛宮士郎君だ。まだ学生なんで、火・木・土の夕方から夜に来ることになっている。とりあえずは追い廻しで入って貰うから、みんなで面倒を見てやってくれ」
  言いつつ、士郎の背を押し、前に出す村上。
「衛宮士郎です。よろしくお願いします」
  押されて、素直に前に出た士郎は、深々と腰を曲げて挨拶をした。士郎が頭を上げるのを待ち、村上は言葉を続ける。
「本当ならば、うちでじっくりと修行をして貰いたいのだが、残念なことに士郎君は来年、倫敦に留学するそうだ。私が見たところ、包丁の腕が立つのは、この間来た時に見て貰ったとおりだが、残念ながら味付けの方は家庭的な味付けで、うちの料理には向かない。だが、逆に言えばこの点さえどうにかなればけっこう伸びるはずだ。彼が英国人に料理を振る舞うことになった時、日本料理の素晴らしさに感心して貰える程度の腕には鍛えてやってくれ」
「一年で、しかも夕方からだけのバイトって、結構きついんじゃないんですか?」
  出汁を引いていた八寸場の山上が問いかける。
「夏休みには、一・二週間ほどうちに泊まり込むことになっているから、そのときにみっちりと仕込むつもりではあるんだがね……」
「ま、包丁さばきについては、確かにかなりの線行ってるようなんで、あまり教えることはなさそうですが」
  包丁の研ぎ具合を確認していた向板の藤倉が言う。
「しかし、一年足らずじゃ調理師の資格もとれんでしょう」
  と、椅子に座って一休みをしていた煮方の相川が言うと、応えるように、油っけの多そうな一隅にいた揚げ方の石井が、
「まぁ資格云々よりも、先ずは本人のやる気と腕前と向上心だろう」
  と、言いつつ、厨房の片隅に、けだるげに座っている少年、--年は見たところ二十歳前後、士郎より一つ二つ年上と言った感じ--に目を向けた。
  当の本人は、その視線に気付きもしないのか、手にした新聞……競馬新聞に注意を向けている。
「あの人は?」
「ん? ああ、そう言えばこないだ連れてきた時は休んでていなかったな。追い廻しの栗本聡君だ。京都から預かっててね、ま、一応君の先輩と言うことになるけど、そう言うことは一切気にしないで良いよ」
「は、はあ?」
「じゃ、更衣室はこっちだ。来たまえ」
  本来、追い廻しのような下っ端が任されるはずの案内を、わざわざ村上自ら行う。その声と共に、皆、自分の仕事に取りかかるところを見ると、さほど暇なわけでもなさそうだが、それでも、栗本がのろのろと立ち上がると、面倒くさげに帽子を被り、洗い物を始めている様子を見ていると、村上が一言「案内しろ」と言って済ませればよいようなものである。流石の士郎も、この様子には違和感を覚えずには居られないようではあるが、何とはなしに聞くのも憚れるようなので、そのまま村上の後に付いていった。
「こないだ紹介したもう一人の追い回し、矢上君は今、ちょっと出かけてるんでね、細かいことは彼に聞くと良い」
  言いながら、廊下に並ぶ扉の一つを開くと、
「ここが更衣室だ、で、このとなり--と、厨房との間にある畳敷きの部屋を指し--は休憩用の部屋で、食事や一休みする時などは、ここを使って貰ってる」
  言いながら更衣室に入ると、士郎の名前が貼られたロッカーをポケットから出した鍵で開き、
「着替えや私物はここに入れときなさい。君の分の服は、見ての通りクリーニング済みのを二着入れてある。毎日、帰る時にはその日着た服をそこ--と、部屋の隅の籠を示し--に入れて行きなさい。こちらで洗濯しておく。後、ロッカーは常に鍵を掛けておくこと。絶対にだ。いいね」
  士郎に鍵を渡しながらそれだけ伝えると、早く着替えてくるようにと言い残して厨房へと戻っていった。
  どこか釈然としないものを覚えながらも、士郎は手早く着替えを済ませ、荷物を片づけると、言われたとおりロッカーに鍵を掛けて厨房へと急いだ。


  ちなみに、「追い廻し」とは厨房において一番の下っ端、調理の補助や下ごしらえ、洗い物などを担当する役割である。下っ端とは言え、逆に言えばどうしてもせねばならぬ雑事全般を担当しているために、無くてはならぬ縁の下。先に書いたとおり、ここには士郎の他に二人いるのだが、内一人がやる気のないことおびただしく、もう一人もたまたま出かけているため、今の厨房はとんでもない状況になっている。
  よって、士郎が着替え終え、顔を出したとたん、--口を開けるまもなく--
「来たか! そこの芋、大根、それにゴボウの皮むいとけ! それが済んだらそっちの野菜を洗うんだ! その後、そこの魚の鱗を落としてワタものぞいとけ!」
と、指示が飛ぶ。
「は、はい」
否も応もなく、いきなりこなすこととなった仕事を早速こなし始める士郎。これに始まり、一つ片付く毎に二つずつ増える仕事は、矢上が帰ってきたことで漸く平衡状態になり、夜が更けるに従い、少しずつ減っていった。
  飲まず食わずのまま、漸く閉店時間を迎え、一息ついた皆は、それまで使っていた調理器具を軽く水洗いすると、
「じゃ、今日の賄いは士郎に任せた」
と、言い置き、休憩室へと下がっていく。
「へ?  あ、あの……」
「材料はそこにある余り物使ってね」
  言いながら、同じように下がっていく矢上。
  栗本だけ一人、勝手口から外へ出て行く。実のところ、皆が忙しく立ち働いている最中にも、栗本一人だけ、フラリと外に出て、何分もの間戻ってこないことがあったが、とりあえずそのことは脇に置く。
  何はともあれ、あれだけ忙しく立ち働いた皆を、空腹のまま待たせるわけにも行かない、士郎は手早く余り物をチェックすると、すぐに出来そうなものとして、炒め物と刺身、それに得意の唐揚げを作って出すことに決める。ご飯は客に出すために炊いたものがそこそこ残っているのでそのままで良く、汁物はこれまた余り物で出汁を取り、手早く味噌汁に仕立て上げる。忙しく働いた後なので、いずれもやや濃いめの--但し、働きながらも隙を見ては解析していたここの味をベースにしたつもりの--味付けだ。これらを仕上げ、各自がどれだけ食べるかも判らないため、それぞれ大皿に分けると、とりわけ用の小皿や茶碗、それにお椀などを順に運んでいった。
  さて、待ちかまえていた皆の反応はというと、
「ちょっと味付けが濃いな」
「この唐揚げも、飲み屋とかなら良いんだけどな」
「合格点は刺身の切り方だけか」
「まぁ疲れてる身にはこのくらいの味付けが良いんだけどな……」
  などと言った批評の数々。
  最後にとりまとめての一言は、
「62点、次はもっと頑張るように」
  と、言うものであった。
  いきなりの酷評に、「むむむ……」と、唸る士郎。そこへ、栗本が帰ってきたかと思うと、うまくもなさそうな顔で、賄い飯を流し込み、
「お先に失礼します」
  とだけ言ってあがろうとする。
「講評は?」
  とだけ声を飛ばす藤倉に、
「うー、うまくもないけどまずくもないって感じで、50点かな」   と、応えて部屋を出る栗本。
「フン、見事な味覚だな」
  との石井の声にもまったく反応をせず、奥の方へ向かったところで不意に止まった。
「やぁ、香(かおり)ちゃん!  こっちに来るなんて珍しいね、どうしたの?  あ、そうか、僕に会いに来てくれたんだね。ちょうど良い、これからカラオケでも行かないか?」
「……」
「こんな夜中にうちの娘を連れ出して、どうするつもりです?」
「え?  やだな女将さん。俺はただ香ちゃんをカラオケに誘ってるだけですよ?  それに、夜中だなんて、まだ零時になったばかりですよ」
「立派な夜中です。帰るのなら一人で帰りなさい」
  娘さんを隠すようにして部屋の中に女将さんが入ってきた。
  続いて、更衣室のドアがたたきつけられる音が……。


「女将さん、お疲れ様です」
「香ちゃんも夜遅くまでご苦労様」
「香ちゃんと一緒に来るなんて珍しいですね?  どうしたんです?」
  皆が口々に言い始め、休憩室がいきなり騒がしくなった。
「今日からまた新しい人が来ると聞いて、挨拶がてら来たのですよ」
  にっこりと微笑みながら言う女将さんに、士郎は慌てて座り直すと挨拶をする。
「あ、すいませんわざわざ、衛宮士郎です。よろしくお願いします」
  いいながら、頭を下げ、間をおいてあげると、
「でも、言ってくださればこちらから……?」
  と、言おうとすると、女将が手を振ってそれをとめ、
「わたしがここの女将をしている村上美子、この子が娘で香いいます。香も忙しい時は表を手伝っているんで、ちょくちょく顔会わせると思います。よろしゅうな」
  二人並んで、軽く挨拶をすると、次に、二人とも鋭い目つきで食卓の上の料理をチェックし始めた。
  どうやら、新人が入ったその日に、全員でその腕前をチェックすることになっているらしい。
  ちなみに、どちらも容姿は基本的に丸顔、女将の方は朗らかな笑顔を浮かべており、先ほどまで栗本に向けて浮かべていた警戒心も顕わな顔などどこを探しても見つからない。ちょうど、藤ねぇが相手を見つけて落ち着いて、そのまま年を取ったらこうなるのではないかという雰囲気がある。一方、香の方はおどおどとしたような、ややうつむき加減でかげりのある様子。そう、それは……、
(……まるでおやじが死んだすぐ後の、すっかり気が抜けていたころの藤ねぇみたいだ)
  と、士郎に昔を思い起こさせるような様子。
  そんな事を思っている士郎を余所に、女将は問いかける。
「これ、衛宮さんが作った賄いですね?」
「はい、そうです」
  応えを確認すると、二人揃って箸立てから箸を取り、母娘は味を吟味し始めた。
「うちの料理としては味付けが濃いですけど、なかなかのものやね、とりあえず及第点」
「……美味しい」
「この味、気にいったん?」
  女将に問われ、コクリと首を縦に振る香。
「ほな衛宮さん、これからたまにこの子に料理作ってくれへん?  こういう仕事をしているせいか、うちらの作る料理、成長期のこの子には味が薄いみたいでな、もちろん普段はちゃんとうちが作って食べさせてるんやけど、忙しい時には手が回りきらんでな」
「は、はぁ、構いませんが……?」
「ほなよろしゅう、ほら、香」
「よろしくお願いします」
「いや、こちらこそよろしく」
  突然、壁を殴る音がした。
  見ると、栗本が憎々しげな顔で歯を食いしばりつつ士郎をにらみつけている。
「え?」
  きょとんとして、士郎が視線を返すと、唾でも吐くような仕草をしつつ、顔を背け、そのまま出て行った。
  やがて、勝手口の扉が叩き付けられる音が響くと、香は少し安心したような様子を見せながら、
「これ、もう少し頂いてもよろしいですか?」
  と、士郎に問いかけてきた。
「あ、どうぞどうぞ」
  自分の作った料理を欲しがられて嫌がる者は居ない。寧ろ嬉しい。故に、その嬉しさが顔に出た--凛とはまだ付き合っていなかった数ヶ月前までと違い、笑顔と言って良い表情が浮かんでいる--士郎の反応に、香も嬉しそうな顔をすると、改めて唐揚げを小皿に取って食べ始める。
  そんな様子を微笑ましく思いながら、士郎はご飯と味噌汁をよそって香の前に置くと、再び自分の食事を再開した。
  何となく、部屋の中がほんわりとした空気に包まれる中、他の者達は皆、この二人の様子を微笑ましげに見やっていた。


  食後、しばしの休憩の後、女将と香が引き上げていくと、矢上と共に改めて厨房の後始末を済ませてから、色々と手はずを教えて貰いつつ翌日の準備をする。その後、士郎は手早く着替えを済ませ、帰ろうとした。
「衛宮君、あのバイク、少し乗らせてくれるって話だったよね」
  が、あっさりと待ちかまえていた村上に捕まる。
  既に一時を回り、急いで帰っても、家に着く頃には、凛もおそらく眠りの中であろう時間。なので士郎は、村上と一緒に近くを軽く走ってから帰っていった。
  別れ際、村上が、
「香の奴、結構人見知りをするんだが、衛宮君のことは気に入ったみたいだ。悪いけど、これからもたまに相手してやってくれ」
  と、頼んで来たので、
「ええ、構いませんよ」
  と、士郎は軽い気持ちで了承していた。
  そんなこんなですっかり遅くなった士郎は。結局、バイクを翌朝返すことにして直接家に帰り、いつも通り土蔵で鍛錬をしてから寝ようとしていた。が。
「遅い」
  家に帰り着くやいなや、玄関に仁王立ちになって帰りを待っていた凛にしかられると、罰として今日も魔力をとことん吸い上げられてしまう。
  結局、今日の鍛錬を諦めざるを得ない士郎は、今日"も"少しでもオドを回復させる"ため、魔術回路を開くと、マナを取り入れる状態にしてから、身体を布団の上に横たえた。


「……何か、マナを取り込むのにも大分慣れてきたな」
  それなりにオドを蓄えた士郎は、ぼやきながら目を覚ます。
  この男、何故何かと口実を付けては魔力を抜き取られるのか、未だに理解していない。とことん朴念仁である。
  とりあえず、いつも通りに朝の鍛錬をし、今日も元気に起きてきた凛と並んで(桜にジト目で睨まれながら)朝の用意。
  この時、「マナの扱いにも慣れてきたみたいね? これなら、鍛錬ついでに毎日魔力貰った方が良いのかな」と、小声で言ってきた凛に、鳥唐三個追加で勘弁して貰ったというやりとりがあったのは内緒である。
  後で、「俺の魔力は鳥唐三個分なのか?」と、一人落ち込んでいたのも、内緒。
  何はともあれ、いつものような朝食を終えた後、士郎は、手早く後片付けを済ませると、先ずはバイクを返しに行った。
  その間に、弓道部部長の桜と同じく顧問の藤ねぇは朝練のために先に家を出る。
  やや間をおいて、藤村家から戻ってくるはずの士郎を迎えがてら、登校しようと、玄関に出て靴をはき始めた凛の耳に、低く響くエンジン音が聞こえてきた。
  先ほどの、士郎が乗っていったバイクからしていた、ややばらついた感のある、四気筒の、微妙に不規則な感じの音ではなく、一つ一つの音が少しの間をおきながら響いてくる音だ。
  強いて言うならば、士郎が普段好んで乗る、セローの音を太く、低くしたものと言ったものか。
  不審に思った凛が玄関の戸を開けるのと、ほぼ同じタイミングでその音の主らしきバイクが衛宮家の門を潜って入ってきた。
  その乗り手(ライダー)は衛宮士郎。凛が間違えるわけがない相手。
  されど、その士郎が乗るバイクは、見るからに新しい、しかしセローを大きくしたような感じの、つまりは先ほど乗って出て行ったものとはまったく違うバイクだった。
  士郎がサイドスタンドを立て、エンジンを切るのを待って、凛は玄関先から口を開く。
「どうしたの?  そのバイク」
  士郎は、ちょっと待てと言いたげに左手の平を立てて凛に向けると、ヘルメット--先ほど被っていったSHOEIの黒いフルフェイスではなく、オフロード用のカラフルなもの--を脱ぎ、キーを抜いてポケットに入れると、メットのチンガードに左腕を通して抱え、グローブ--これは先ほどと同じ街乗り用に使っている普通の黒い革グローブ--を外しながら、凛に--というか、玄関に--向かって歩いてくる。
「爺さんが新しく買って、昨日届いたらしいんだけど、慣らしがめんどくさいから、代わりにやっといてくれって渡された」
  しょうがないなと言いたげなフリをしながらも、どことなく嬉しそうなそぶりで凛に説明する姿を見ると、やはり士郎も一人の男。
  新車のバイクを、暫く自由に乗れる事が気に入っているらしい。
  このためかどうか、この時士郎は凛の表情にまったく注意を向けていなかった。


  いつものように冷やかされたりやっかまれたりしながらの一日が過ぎ、放課後、弓道部の練習もいつものように済ませた士郎は、家に帰るなり、服を着替え、ヘルメットを持って出かける。
  ……別に慣らしに行くわけではない。
  今日はコペンハーゲンでのアルバイトがある。
  とはいうものの、今まで一時間かけて歩くか、バスに乗るかしていた距離を、より手軽に行くことの出来る手段があるのだから、それを使わぬという法はない。
  わずか数キロとは言え、慣らしの一環でもある。
  ほっとくと、バイトの後、じっくりと慣らしをしそうな気がしなくもないが。
  それは兎も角、コペンハーゲンに顔を出した士郎は、
「へっ?」
  店に入り挨拶をした次の瞬間に聞かされた言葉に、驚きのあまり、思いっきり間の抜けた顔をさらしていた。
「お!  エミヤん、面白い顔するじゃない。ほら、アンコール!」
「アンコールって……じゃなくて、ネコさん!」
「何?」
「何? じゃないですよ。何です?  その、エミヤ印のスペシャルメニューって!」
「これだよ」
  そこには、四色刷で印刷され、パウチされたメニューが並ぶ。
「藤村からエミヤんの得意料理は一通り聞き出して、それを並べておいたんだ」
  見ると、確かにだし巻き卵や鶏の唐揚げ、芋の煮っ転がしから始まって、ささみの野菜巻き焼きやら肉じゃがやらレンコンのはさみ揚げだのと言った物まで並んでいる。
  確かにどれもこれも士郎の得意料理ばかりだ。
「ちょっと待ってくださいよ! 仮に百歩譲って俺がこれを作ったとしても、俺がここ辞めた後どうするんです? 俺が卒業したら、倫敦に留学すること知ってるでしょう?」
「うん、それは今代役と交渉中。うまく行ったら、間一年空いちゃうけれど代役を務めてくれる子が来る可能性大なのだ!」
「……だったら、今からその子に来て貰ったらどうです?」
「それがね、その子、部活動で忙しかったり、家庭の事情があったりして、今はアルバイトできる状態じゃないのよ」
「二年経てばなんとかなるんですか?」
「みたいだよ」
「そんなに大変なのか……」
「いっとくけどエミヤん、その子、部活動は好きでやってることだし、家庭の方も自力でなんとかするつもりで居るから、脇からしゃしゃり出て手を貸してあげようなんて事考えちゃ駄目よ」
「え!?  いや、別に俺は……」
「今のエミヤんはそう言う顔していた。いっとくけど、困ってる人が困ってるから手を貸してくれって言っているところに行って手を貸すのは親切だけど、自分でなんとかしようと頑張っているところに行くのは余計なお世話なんだからね。親切の押し売りしてる暇があったら、その分仕事に精を出すように」
「は、はぁ……」
「さ、判ったら仕事仕事! とりあえず必要な材料見繕って仕入れといたけど、足りないものとかあったら今の内に買ってくる!」
「え? 俺まだこれやるって言ってない……」
「やってくれたら利益の半分バイト代と別に出す。聞いたよ。彼女に指輪送るために頑張ってるんだって?」
「何でそんなこと!?  ……藤ねえか! ……ハァ」
  赤くなったかと思うと藤ねぇに文句を言おうとし、そこでガックリと肩を落として溜息をつく。そんな様子を見て、ネコさんは面白い面白いと、ひとしきり手を叩いて喜んで見せた。
「……で、材料、どこですか?」
「こっちの冷蔵庫、それように割り当てることにしたからチェックして。これが仕入れ品のリスト」
  してやったりという顔をしながら、リストを士郎に手渡すと、じゃ、後よろしくと言いながら店の準備作業を再開した。


  いくつかの不足分を買いに行ったり、包丁を研いだり、出汁を取り、葱醤油や出汁醤油、天つゆなどを作って居る内に開店時間となり、親父さんが店を開けた。
「いらっしゃーい!」
  同時に、本日の客第一号が入ってきた。
「士郎ー!  早速食べに来たよぉー!」
  入ってきたのは藤ねぇと、藤ねぇに引っ張られた凛、桜。
「藤ねぇ!  何しに来た!」
「あ〜!  ひっどぉ〜い! お客さんにその言い方は失礼だよぉ〜!」
「いっとくけど、俺のバイト代へのツケは一切認めないからな!」
「そんなことはしないよぉ〜! 今日は士郎のスペシャルメニューが並ぶのを記念して、みんなで食べに来たんだからぁ!  もちろん、みんなおねぇちゃんの奢りなのだぁ!」
「……珍しいこともあるもんだな。明日雪とか降らなきゃ良いんだけど」
「あ〜、士郎ったらひどいんだぁ!  怒ったからじゃんじゃん頼んじゃうんだからね!  美味しいの作るのよ!」
「判った判った、遠坂と桜のために頑張って作るよ」
「士郎、頑張ってね」「先輩、頑張ってください」
  なおも吠え続ける虎を席に着かせながら、凛と桜がそれぞれ一言ずつ声を掛けていった。
「とりあえず大生三つ!  唐揚げとだし巻き卵と天ぷら盛り合わせに肉じゃが、ほうれん草のごま和え、揚げ出し豆腐にサラダの盛り合わせ! 全部エミヤ印で二つずつ!」
「なぁ藤村、未成年にアルコール出すと、うち、営業停止喰らうんだけど」
「わたしはウーロン茶で」「わ、わたしも」
「え〜、折角なんだからみんな飲もうよぉ〜」
「はい、大生一つにウーロン茶二つ、後は唐揚げ、だし巻き卵、天ぷら盛り合わせに肉じゃが、ほうれん草のごま和え、揚げ出し豆腐そしてサラダの盛り合わせをエミヤ印で二つずつですね。少々お待ちください。それと、こちら突き出しになります」
「ネコぉ〜!  この裏切りものぉ〜!」
  その後、少しずつ客が入ってくると、皆、「エミヤ印のスペシャルメニュー(2003/3までの期間限定、月水金のみ)」の文字になんだこれは?  と、言う顔をする。
  しかし、常連の内何人かは、その脇にある士郎の似顔絵を見て、なにかに気が付いたような顔をする。
  更に、OLを中心に、「そう言えばあの子が厨房にいる時の酒菜って普段よりも美味しかったよねぇ」「そうそう、同じ冷凍物なのに、ひと味違うって言うか……」等という会話がわき起こり、そこを狙ってネコさんや親父さんが「エミヤ印は冷凍物じゃありませんよ、ちゃんと仕入れた材料が……ほら、ちょうど冷蔵庫開くところだから……」「あ、ホントだぁ、ちゃんと生の材料から作ってるぅー!」「まぁここは一つ、だまされたと思って頼んでみてくださいよ」「そうねぇー、どうする?」などと如才なくメニューを勧めに行く。
  そんな合間に、藤ねぇがまとめて頼んだ物が順にできあがり、「××上がりましたぁー!」と、士郎が声を掛けると、それを「エミヤ印の××二つ、お待たせしました!」と、運んでいき、例によって藤ねぇがものすごい勢いで平らげていく。
  余りもの食べっぷりの良さに、皆がつい釣られて「エミヤ印」を注文し……かくして士郎は大忙し。
  スペシャルメニューと言ったところで、普通のメニューに比べると、一品当たり百円から二百円高い程度という値付けも良かったのか、結局、殆どの注文がエミヤ印になっていた。


「いやー、繁盛繁盛!  こんな事ならもっと前からエミヤんに色々作ってもらうんだった!」
  上機嫌で売り上げの集計をするネコさん。
  一方、親父さんは
「うう、前に僕が色々作った時は散々だったのに……」
  と、ケーキの自棄食いをしている。
「普段何にも作らないのにたまに思いついて飯のような物作るのと、毎日作ってる上に割烹にまで働きに行ってるエミヤんとじゃ比べ物にならないって!」
「うう、そうだけど……」
「それにしてもエミヤん、何か包丁さばき、上手くなってない?」
「ええ、割烹の板長や向板の技を盗んでるんです。まだ全部は身に付かないけれど、ちょっとした捌き方を真似るだけで、凄くスムーズに切れるようになって、何かこう、目から鱗が落ちたって感じです」
「へぇー、そんな凄いの?」
「ええ、体格とか筋肉の付き方とか違うんで、そっくりそのまま真似たって巧くはいかないんですけれど、ちょっとしたコツみたいな物を盗めると、それだけでなんだか腕が上がったような気がして」
「いや、間違いなく腕あがってるよ。刺身の角の立ち方なんか、今までより鋭くなってる」
「ホントですか?」
「ホントホント、彼女……遠坂さん?  も、美味しそうに食べてたじゃない」
「ネ、ネコさん!」
「照れるな照れるな! ちなみに、桜ちゃんは、『折角もう少しで追い抜けると思ってたのに……』ってがっかりしてたよ」
「そりゃ、桜の師匠としては、そうそう簡単に抜かれるわけにはいきませんよ」
「言うねぇー、それで、今日の売り上げだけどね、エミヤ印の分はこれだけ、こっから材料やらなにやら引いた利益がこうで、内半額がエミヤんの分だから今日の分はこれだけね。これとは別にバイト料があるから、今日一日でエミヤんは今までの四日分稼いだことになるね」
「え? そんなに?」
「そうだよ。これはバイト代と一緒に月末に振り込むね。じゃ、これからもよろしく!」
「あ、はい、よろしくお願いします」
  かくして、今日も士郎の忙しい一日は過ぎていった……。


……わけではない。
  慣らしと言うには短いながらも、新都の町を一周してから家に帰ってきた士郎は、今日も玄関に仁王立ちして待ち構えていた凛にとっ捕まった。
  但し、今日は桜も一緒だ。
  何故かというと。
「士郎!  アンタいきなり料理の腕上げた癖に、バイト先でしかご飯作らないで私たちに作ってくれないってどういうことよ!」
「そうです先輩!  黙って腕を上げといて、わたしには全然盗ませてくれないんですか!?」
「え?」
「これからは朝の当番制は廃止! 士郎はわたしたちがいくまで台所で待機して、わたしたちと一緒に朝ご飯を作ること!」
「一人抜け駆けしてご飯作ったりしたら、その後一週間料理の権利を剥奪します!」
「ええ!?」
「もちろん、士郎が唯一一日家にいるか、夜までには帰ってくる日曜の夜も!」
「そうです。一人だけこっそり腕を上げるなんて許しません!」
「ちょ、ちょっとまて、こっそりってなんだこっそりって!  俺が割烹にバイトに行くことは遠坂にも桜にも言ってあるだろ!」
「昨日から行き始めたばかりでこんな急に腕が上がるわけないでしょ!」
「そうです!  ホントは今までこっそりと練習していたんでしょう?」
「そんなことない! そりゃ、今まで行き詰まってた所を、プロの技を盗んだことでなんとか越えることが出来たけど、あそこの味付けはもっともっと上なんだぞ!」
「何ですって?」
「じゃ、じゃぁ先輩は、一人でもっともっと腕を上げるつもりだったんですね?」
「ずるいわね」
「ずるいですね」
「これからは家にいる日曜日に、それまでの二週間の成果を洗いざらい吐き出して貰うわよ!」
「絶対に追いついて見せますから、覚悟しててくださいね!」
「何でそうなるんだぁー!」
  かくして、二週間に一度、士郎は料理教室を開くことを確約させられた。
  それだけでは収まらなかったのか、この日の魔術鍛錬は主に(士郎の苦手な)魔術書(もちろんラテン語版)読解に重点が置かれ、最後の仕上げに、今日も魔力を根こそぎ凛に吸い上げられて終わった。
  げに恐ろしきは食べ物の恨み?






  後書き

  と、言うことで、今日も今日とてフラグ立てに余念のない(嘘)士郎君の、新しいバイト先と、今までのバイト先のお話の二本立てです。最初に書こうとしていたところと外れちゃいましたが、基本路線は変わっていないからいいかな?
  この後暫く、いろんな事がある中で、士郎君は凛といちゃついたり、女の子達相手にフラグを立てまくったりしつつ、一応普通の学生生活を続けていきます。
  次回こそ……出来れば次回当たり……には、ちょっと違う路線に行ったりもする予定ですが。……予定は未定にて決定にあらず。……でも書かなくっちゃ。

  ご意見・ご感想をmailまたはここのBBSにて頂けたら幸いです。
  特に、私が気が付いてないであろう未熟なポイントの情け容赦のない指摘を頂けると少しでもSSがマシにできるはずなので、そのあたりよろしくお願いします。

MISSION QUEST

2005/03/06 初稿up
2005/10/15 site移転ついでに一部修正

 
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