ログイン
ユーザ名:

パスワード:


パスワード紛失

新規登録
アクセスカウンタ
今日 : 1
昨日 : 195195195
今週 : 1
今月 : 6597659765976597
総計 : 317529317529317529317529317529317529
平均 : 290290290
メインメニュー
あかいあくまと正義の味方 学園生活編(旧版): あかいあくまと正義の味方 学園生活編 〜その13〜  
執筆者: mission
発行日付: 2004/12/5
閲覧数: 8990
サイズは 61.55 KB
印刷用ページ 友達に教える
 

  いよいよGWだ。
  最初の三連休、27,28,29の三日間は、永山さんの知り合いの刀鍛冶さんの所に見学に行く予定を入れてある。
  場合によっては、体験的に刀を打たせて貰えるそうなので、ずっと楽しみにしていた。
  投影の際に刀の打ち方を知ることは出来たけれど、それを実際に行ったことは無かったからな。
  まぁ、日本刀を打っている人なんだから、間違っても干将・莫耶を打たせてはくれないだろうし、それ以前に俺みたいな素人に打たせてくれるのなんて、ナイフに毛の生えた程度のものがせいぜいだろうけどな。



あかいあくまと正義の味方 学園生活編 〜その13〜





  いつものように雷画爺さんのところで足を借りる。
「嬢ちゃんは連れて行かないのか?」
「刀打ちなんて、遠坂が興味持つとも思えないし、おまけに場所は山奥らしいんで」
「興味がなければ行く気がないというものでもないだろうに、まぁ、坊主がそう思ったのなら、それはそれで良いのだろう」
「?」
  持って回った言い回しに首を捻りながら鍵を受け取ると、俺はすぐに出発した。
  荷物は三日分の着替えと、朝から作った弁当。鍛冶屋さんはお孫さんと二人で刀を打っていると言うことなので、多少大目に見て七人分作っておいた。
  容器は、用が済んだら燃やすも捨てるも自由な紙のものを選んである。
  太陽の日差しは強いが、アルミを張った保温シートでくるんであるので、痛む心配もないだろう。
  永山さんの家で永山さん親娘と合流すると、改めて永山さんの先導で目的地へと<向けて走り出した。
  目的地は三重県山中。途中、永山さんは「ちょっと寄り道するよ」と言って酒蔵に寄り、日本酒(黒松翁)を何本か買い求めた。
  何でも、永山さんも鍛冶屋さん(加納さんと言うらしい)もここのお酒が好きなんだそうだ。
  一瞬、帰りによって藤ねぇへの土産にしようかとも思ったけれど、こないだの宴会のことを思い出して、即座に忘れることにしたのは内緒だ。
  ……たまには雷画爺さんにも土産もってくべきかな?

  本来のルートに戻り、山間の道を抜け、山奥へと入っていく。
  やがて見えてきた山奥の鍛冶場は、たたらまで備えた立派な物だった。


  加納さんに紹介される。
  何でもこんな山奥に鍛冶場を設けたのは、たたらを作り、必要な木炭を入手するためなのだそうだ。このため、必要な玉鋼を充分に手に入れることが出来、洋鋼を用いての作刀を試すこともあるが、基本的には古来の方法に乗っ取った刀打ちをしているとのこと。
  ちなみに、流派としては正重の系統……つまり、妖刀と誤解されることの多い村正の系譜に属するとのことだ。
  既に昼を過ぎていたため、挨拶の終わった後、弁当を拡げて昼食にする……、つもりだったのだが、人数が多い。
  加納さんとその孫娘の理恵さん(ちょっと遠坂に似た雰囲気がある)の他に、研ぎ師の今川さんとその孫娘の綾さん(名前もそうだが、何となく雰囲気が美綴に似ている)、それから新しい包丁を注文しがてら来ていた、とある老舗の割烹で板長を勤めている村上さん、そして我々を含めて計八人。
  ならばと、村上さんがこの場で簡単な料理を作ると言うことになり、俺は技を盗みがてら手伝わせて貰うことになった。
「君、筋が良いね、うちに来て修行してみないか?」
  とは村上さんの弁。
  俺としてはプロの技を盗めることも有り、来年倫敦に留学するまでで良ければ是非にとこちらからお願いし、結果、バイト先が一つ増えた。
  これで、このところ桜に詰められている料理の腕を磨き直し、師匠としての面目を保つことが出来そうだ。


  昼食後、改めて加納さんから日本刀の作り方について順を追って説明される。
  曰く
「永山さんの所である程度は学んでいるだろうけれど、基本をしっかり確認するに越したことはない」
からである。
  その工程を順を追って言うと、まず玉鋼を叩いて伸ばす圧延作業、次に伸ばした板を細かく砕く小割、このときに皮鉄と芯鉄とに材料を分ける。堅くて割れやすい方が皮鉄で、柔らかく割れにくい方が芯鉄だ。
  ここで、砕いた鋼を乗せるテコ台と、そこに付けるテコ棒を作り、先ほど分けた皮鉄をテコ台に乗せていく。テコ台は刀の一部となるので、良質な玉鋼から作るのだそうだ。
  皮鉄をテコ台に乗せ終えたら、崩れないように和紙でくるみ、灰を掛け、泥汁を掛けると、火床に入れる。充分に加熱したら、いよいよ鍛錬……。
  よくTV等で見る、真っ赤になった鉄を打って伸ばしたり方を整えたりするアレだ……、を始める。
  ここが一番の重労働となる。その後、芯鉄を鍛え、それを皮鉄で包む造り込みを行うと、いよいよ刀の形に鉄を打ち伸ばす素延べ、切っ先作り、仕上げの火作り、焼き入れ、焼き戻しを経て、その過程で出た反りや曲がりを修正すると、基本となる研ぎを行い、柄の中に入る部分を仕上げて鍛冶師の仕事は終わり。この先は研ぎ師に渡してきちんと刃を研いで貰い、その後柄や鍔を作ったり鞘を作ったりと言った(これまた手間暇のかかる)工程を経て漸く刀ができあがるわけだ。
  今回、ここで研ぎまでの工程を見せて貰い、時間があれば、俺も一本打たせて貰えることになっている。楽しみだ。


「士郎のバカァー!」
  遠坂邸に罵声が響く。
「何が刀打つのなんて見てても面白くないだろ?  よ!  何が山奥だから面白いモノなんて何もないぞ!  よ!  一緒にいたいんだから良いじゃない!  なんでつれてってくれないのよぉー!」
  学園の者が見れば目を疑い、即座に記憶から抹消するような、そして、士郎が見れば間違いなく真っ青になって震えながらなだめようとするであろう様を見せているのは、言わずとしれたこの館の主、遠坂  凛である。
  いや、ほんの半年前の本人が見ても、この様には驚くこと間違いない。
「ふんっ!  っだ、見てなさい。帰ってきて、私が居なくて寂しかったって言ったって、ちっとやそっとじゃ許してあげないんだから!  三日分、きちんと埋め合わせするまではずぇったいに許してあげないからね!」
  目の端に涙を浮かべ、クッションを抱きしめながら床に座り込むその姿を見れば、士郎の理性がどうなることか……。
  どうでも良いことですが遠坂さん、聖杯戦争以来殆ど留守にしっぱなしの家の中、折角だから掃除でもした方がよいのでは?
  ほら、さっきクッションをたたきつけたところに埃が……。


  熱気の篭もる室内に鋼を鋼が叩く音が響く。
  加納さんが理恵さんを助手に玉鋼の圧延作業をしているのだ。
  理恵さんは加納さんの後を継ぐべく幼い頃から弟子入りしているとのこと。
「息子達も他の孫達もこんな熱くて辛い作業は嫌だと言いおってな、まっとうな後継ぎが一人しか生まれなかったとは、一体どこでどう間違えたモノか……」
  理恵さんのことを大切そうに見やりながら言う言葉には、寂しそうな響きがあった。
  しかし今は、寂しさなどかけらも見せず、決然と鋼に向かって鎚をふるっている。
  じっと玉鋼を解析す(み)る。
  火花と共に、不純物が飛んでいくのが見える。
  それでも飛ばぬ不純物が多いところを端に追いやるようにしながら、玉鋼を叩き伸ばしている。
  おおむね、炭素以外の不純物が少ないところを選んで伸ばしているようだ。
  魔術に頼ってばかりいるのも何なので、組成の解析結果と肉眼に映る鋼の様子を見比べながら、どこを叩いているのかを確認する。
  やがて適当な厚さになったところで水に入れ、急冷、残った部分を細かく割っている。
  引き続きテコ台を作り、テコ棒を付け、テコ台の上に先に割った鋼を積み重ねる。
  一通り積み終えたところで、和紙で巻き、藁を焼いた灰をまぶして更には泥汁を掛けた。
  いよいよ鍛錬だ。
  その一挙一頭足も見逃すまいと身構えたところに、呑気な声を掛けられた。
「そろそろ夕飯にせんかね?」
「へ?」
  ……いつの間にか、そんな時間になっていたらしい。


  室内にはたきがけの音が響く。
  開け放たれた窓からは夕暮れの風。
  いつの間にかうっすらと積もっていた埃は風に吹かれて飛んでいく。
「さて、っと、士郎、掃除機とって」
  振り向く先には……誰もいない。
「はぁっ……」
  凛は、幾度吐いたか判らなくなった溜息を一つ追加すると、廊下においてある掃除機にスイッチを入れ、部屋の掃除を再開した。
「二階の掃除だけで一日終わっちゃったなぁ。この部屋の掃除終わったら、夕飯の材料買いに行かなくっちゃ」
  彼女の独り言は、聞く者もないままに窓の外へと消えていった。


  夕飯は村上さんが腕を振るうと言うことなので、その腕を盗むべく、再び手伝いを買って出た。
  材料は地元の農家や漁師さん達から買っている野菜や魚、鶏肉など。
  ちなみにこれらをさばく包丁は加納さんが鍛えた物だ。
  どれも骨子からしっかりしている逸品なので、こっそりと解析し、俺の結界に登録しておいたことは言うまでもない。
  村上さんが使う包丁は、それらとは別にやはり加納さんが鍛えた物。
  どれもこれもしっかりと使い込まれている業物だ。
  もちろんこれもこっそりと解析し、登録、更には憑依経験もコピーさせて貰った。
  さて、コピーした経験、どこまで俺のものにできるか。
  何しろ俺だってこの十年あまりの間包丁を握って来ているのだ。
  その間に身に付いた経験やクセはそうそう簡単になくせる物ではないし、寧ろこちらの方が俺の身体に馴染んでいる。
  そこに村上さんの経験をうまくあわせることが出来るか否か……自分自身との勝負だ!


「美味しくない……」
  ぼそりと呟く声。
「うちに帰って、桜や藤村先生と一緒に食べれば良かったかな……」
  リビングに虚しく声が溶けてゆく。
  実際、商店街から帰る時、偶然会った藤村先生から、
「あれぇ? 夕飯もうちに来ないのぉ?」
  と、不思議な顔をされた。
  それには
「ええ、すっかり空き家にしていたせいで、掃除に念を入れなければ行けないので」
と、にこやかに返しはしていたのだが、
「でも、今からそんなこと気にしていたら、倫敦に行った時とか大変だよぉー」
とののんきな声に、掃除を続ける気力を激しく失わされたのも事実である。
「夏に倫敦に行く時、持っていく荷物の仕分けもありますから」
と、答えた声が、自分の耳にも言い訳がましく響いたのは何故だったのだろう。
「そんなの、士郎が居る時に手伝わせればいいのに」
と、言われても、
「そう言うところはちゃんと残してあります。それではまだ続きがありますのでこれで」
と、言って背を向けた時、何故か逃げ出すような気分になったのも不思議だった。


「いや、士郎君の包丁さばき、見事なものだったよ。うちの板達でも、あそこまで行っているのはわずかな者だ。それに味付けの方も基礎はきちんと出来ている。うん、うちに来て五・六年も修行すれば、私の代わりを務められるかもしれないぞ」
「いえ、まだまだですよ。例えばこのお吸い物、俺が作るとどうしてもまだまだ雑味が混じってしまいます。ここまで澄んでいながらしっかりとした味を出す技、俺なんかではとてもとても」
「でも、このほうば焼きの素朴な味は士郎さんのものでしょう?」
  明美さんが美味しそうに食べながら言ってくる。
「え!? これ、衛宮さんが作ったんですか?」
  と、驚いたように聞いてくるのは理恵さん。
  綾さんはむぅーっと、茸を睨むと、一口食べては、悔しそうに拳を握りしめている。
「うん、この味噌味の付け方は見事だな。濃すぎず薄すぎず、こんど参考にさせて貰うよ」
「は、はぁ……」
  賑やかなうちに夕食が終わり、女性陣が「せめて後片付けは私たちが」と主張したので、我々男性陣は先に風呂を使わせて貰うことになった。
  もっとも、申し訳程度に屋根と壁があるドラム缶風呂なので、一人一人順に入るだけ。
  暫く前までは屋外で星を眺めながら湯に浸かってたそうだが、理恵さんや綾さんが来るようになって、小屋で覆ったそうだ。
  彼女らの強い希望もあり、近々きちんとした目隠しのある露天風呂を作るとか何とか……。
  なお、この後夜っぴて刀を打つため、今使ってる風呂は禊ぎも兼ねたものになるのだそうだ。
  そのためかどうか、最後に清水で身体を清めることとなる。
「う〜〜、身体が引き締まるなぁ」
  この時期の山奥で、しかも清水を浴びるというのは引き締まるどころの騒ぎではないのだが……文句を言える筋合いではない。
  幸い、他の人が風呂を使っているうちにこっそりと魔力の鍛錬をしていたので、(何しろ、いつもの時間に鍛錬をしようにも、その時間帯は刀打ちの見学で鍛錬が出来ないはず)体内に残る魔力が水の冷たさなど吹き飛ばしてくれた。
  ズルイ……かな?


  夕食後、食休みが済むと、お風呂の用意をする。
  いつものシャンプーやリンス、ボディソープに入浴剤。
  旅行用の小瓶に入れたそれらを定位置に置くと違和感を感じる。
「ま、ここを使うのも今日と明日だけだし、普通のボトルを開けるのも無駄だものね」
  そう言って違和感の元を振り切ると、一日の汚れを洗い流し、ゆったりと浴槽に身体を沈めた。
  西洋風の陶器のバスに身体を横たえると、どことなく違和感を感じる。
  どうやら、身体もすっかり、和風の深い浴槽に馴染んでしまったようだ。
  何となく見上げた天井から、一滴、水滴が落ちて額に当たった。


  炉に火がおこされ、激しく燃えさかっている。
  文字通り、鉄をも溶かす炎に、部屋の温度がたちまちにして上昇する。
  加納さんは、先ほど積み重ね、固めた鉄の塊に、改めて泥汁を掛けると、炉の中へとつっこんだ。
  次第に熱せられ、赤くなっていく鋼の塊。
  やがて、充分に熱せられたと見るや、炉から引き出し、鍛錬を始める。
  小槌で打つところを指示する加納さんと、そこに大槌を振るう理恵さんと俺。
  そう、見ているだけでは何だからと、俺にも助手をやらせてくれることになったのだ。
  もちろん、事前に大鎚を渡され、きちんと指示されたところをたたけるか否かを確認されたのは言うまでもない。
  しかし、毎日干将・莫耶を投影しては、アイツを越えるべく振るっていた俺の筋肉は、きちんと指示されたところに鎚を振るってくれていた。
  ま、考えてみれば当たり前。何しろあの双剣、一本あたり3Kgはある鉄の塊だ。
  それを両手に持って、一日に何時間も振るっていられるだけの筋肉を付けたのだから、これぐらい出来なければそれこそおかしい。
  まぁ気になるのは、この熱さで目に汗が入ったり、汗で手が滑ったりして、打つ場所を間違えたりはしないかということだ。
  だが兎も角、今は一心不乱に鉄を撃つ。
  見(解析)れば、不純物の多いところを叩くよう指示され、そして叩けばそこから不純物が跳んでいくのが判る。
  そうして叩いて伸ばしては折り曲げ、また叩いて伸ばしては折り曲げ、これを十数回も繰り返した頃には、余計な不純物が少ない炭素鋼が出来ていた。
  続いて芯鉄を打ち始める。
  こちらも先ほどと同じように叩き伸ばしては折り曲げる工程を五回ほど行い終了。
  そして、先に作った皮鉄で芯鉄をくるむように挟み、これを刀の形に打ち伸ばしていく。
  ひたすらに叩いては伸ばし叩いては伸ばし、大まかに刀の形になったところで、助手の出番は終わり。
  先を斜めに切り落とすと、加納さんが小鎚を振るって切っ先の形に仕上げていく。
  更にはしのぎを立て、刃を打ち出し、次第に日本刀らしい姿が現れてくる。
  刀としての形が整ったところで、土を塗り、火床に入れる。
  いよいよ焼き入れだ。
  土を塗ると言ったが、粘土に炭やらなにやら混ぜている。これも解析しておこう。
  やがて、真っ赤になった刀を取り出すと、一気に水の中に入れる。
  沸き立つ水蒸気、急速に冷まされて行く刀。刀に反りが着いてくる。
  充分に冷えたと見るや、水から取り出し、再び炉に入れるが、今度は火から離れたところでじっくりと熱している。
  焼き鈍しだ。
  充分に熱が通ったと見ると、炉から取り出し、ゆっくりと冷やす。
「さて、ここまでで大まかな作業は終わりだ。この後、刃を研ぎ出し、鑢がけをして銘を打てば、後は今川さんに渡して研いで貰うこととなる。この先も見るかね?」
「はい、もちろん!」
「そうか、言っておくが、今日は見学用に途中で中断したが、本来は最初の圧延から最後の銘切りまで通して行う。明日、君にはそうして貰うから、体力をきちんと残しておきなさい」
驚いた。
「は、はい」
  うまくいけばと思っていたけれど、俺にも一本打たせて貰えるんだ。
  うれしさに興奮したまま、加納さんの残りの作業を見学させて貰い、この日は終わった。


  注射器で宝石に血を垂らす。
  今日一日の訓練も終わり、余った魔力を宝石に移すいつもの作業。
  普段以上に訓練に集中したためか、魔力の残りは少ない。
「何ムキになって訓練してるんだろ。バカみたい」
  原因はわかっている。でも悔しいから認めてやらない。この私がほんの一日や二日……。
  無理矢理考えを切り替える。
  宝石の中にきちんと魔力が蓄えられたことを確認して私の一日はおしまい。
  いつものように目覚ましをセットして、手が届かないところに置くとベットに横になった。
  邸の掃除で体力を使ったせいか、目を閉じると、意識はあっという間に眠りの底へと沈んでいった。


  目を覚ますと見知らぬ天井。当たり前か。
  周りを見ると、他の人はまだ寝ているようだ。
  起こさないように注意して外に出ると、身体をほぐし、いつものように訓練を始める。
  万が一誰かに見られても大丈夫なように、ワザと刃をつぶしたモノを投影し、荷物の一部として持ってきている。
  これを取りだし、脳裏に描くはアイツの技。
  アイツの繰り出す剣を剣で迎え撃ち、他方の剣で斬りかかる。
  互いに繰り出す剣の軌跡。
  がむしゃらに、されど冷静に剣を振るう。
  噴き出す汗が止まらず、息が上がり、剣を振るう腕に力が入らなくなって朝の訓練は終わり。
  朝飯の支度をと思いつつ体の向きを変えると、女性陣が並んで立っていることに気が付いた。
「士郎さん、ひょっとして、いつもその訓練をされているのですか?」
  最初に聞いてきたのは明美さん。
「ええ、日課ですから」
「昨日大槌をきちんと振るえていたのは、いつも訓練しているからなんですね」
  感心したように呟く理恵さん。
「何か、誰かと戦ってるようでしたけれど、目標としている相手が居るんですか?」
  これは綾さんだ。
「目標というか、越えなければならない相手ですね」
  三者三様の視線を送ってくるけれど、正直、俺には何を言おうとしているのかが判らない。
  だから、
「じゃ、着替えたらすぐ朝食の用意を始めますんで」
  そう言って部屋に戻ろうとすると、
「村上さんがもう始めていますよ」
と、言う声がとんできた。
  やばい、早く行ってあの人の技を盗まなくては!
  適当に返事を返すと、着替える時間ももどかしく、急いで台所へ走った。


  静かな室内に目覚ましの音が響く。
最近の電子音を響かせるそれではなく、昔ながらの鐘を叩く目覚ましの音だ。
「うー、後五分……」
  声と共に伸びる腕が、目覚まし時計をまさぐるが、いくら手を伸ばしても届かない。
続いて左腕が伸び……光を帯びたかと思うと、黒い塊がその指先から……。
  しかしこの目覚まし、実は前回の修理の折り、士郎が強化してある代物。
  フィンの一撃を受けても、倒れただけで鳴りやむことは無い。
  腕を布団の下に戻し、ついでに頭も布団の中に入れたものの、金属質の打撃音がその程度で防げるわけもなく、やがて観念したかのように起きあがると、時計を見て一言。
「あー、いつもと同じ時間にセットしてたんだっけ……」
  のろのろとベットから降りると、目覚ましを止め、服を着替え始めた。


  なんだか朝食の準備はやりにくかった。
なぜだか判らないけれど、俺が村上さんの手伝いをしている時、女性陣がやけに熱心に俺のことを見ていた。
  不思議に思って問いかけようとしても、何故か視線を合わせると、
「私、頑張りますから!」
とだけ言って、後はひたすら村上さんや俺の調理法を盗むように見続けていた。
  あ、村上さんや俺が味見をして、納得のいく味が出たと見るや寄ってきて、その味を覚え込むかのように味見をしていってたな。
  台所がもうちょっと広かったら、一緒に料理したいようなことも言ってたっけ。
  ひょっとして、村上さんの味を盗みたかったのに、俺が邪魔していたのかな?
  でも、朝食の時には、おいしいおいしいと喜んでいてくれて、夜の料理も俺達に頼みたいと言ってたんだよな?
  昼は俺は作れないだろうからどうのと言っていたけれど……?


「しろう〜、ぎゅうにゅうちょうだーい」
  誰もいない台所に声が響く。
「しろ……」
  ぺたぺたと台所にスリッパの音が響き、冷蔵庫が開けられると、昨日の夜買ってきた牛乳のパックが開けられ、その中身は戸棚から取り出されたコップに移された。
  その牛乳を一息に飲み干すと、紙パックが冷蔵庫に戻され、次にやかんに水を入れ、コンロに掛けられる。
  食器籠から昨日使って洗ってある紅茶道具を取り出し、リビングに運ぶと、牛乳を飲み終えたコップを洗い、食器籠に伏せる。
  リビングのカーテンを開き、椅子に座ると、お湯が沸くのを待つ。
「静か……ね」
  つぶやきがポツンと、流れて消えていった。


  鍛冶場に入る。
  いよいよ、俺が刀を鍛える時がやってきた。
  投影ではなく、現実に刀を鍛えるのだ。緊張する。
  加納さんは、初めて鍛えるのだから、小さなものを鍛えると良いと言ってくれた。
  例えば、懐刀のようなものを。
  まぁそうだろう。
  素人が刀を打とうとしても、まともな刀を打てるわけがない。
  加えて玉鋼は(自家生産していると言え)貴重品だ。
  たたら製鉄が廃れた今では、そうそう手に入るものではない。
  素人のお遊びのために無駄にする量は少なければ少ないに越したことはない。
  いや、寧ろ素人が無駄にすると判っているのに、貴重な玉鋼を使わせてくれる加納さんには、いくら感謝してもしすぎることはない。
  その上で、折角使わせて貰う玉鋼を無駄にすることのないように、俺は、出来うる限りの努力をするつもりだった。
  口で言うのは簡単。
  俺の固有結界に登録された刀の中から優れた剣匠の経験をこの身に憑依させ、その経験をこの躰に刻みつける。
  つまり、刀だけではなく、その制作工程の贋作者となろうと言うことだ。
  それでも、その経験を俺のものにすることが出来れば、きっと剣匠達の造ったような剣を鍛えることが出来るはず。
  そしていつか、先人達の鍛えた技のその先に届き、この世に唯一の、俺だけの剣を鍛えることが出来る……それが、彼らに対して俺が出来る、精一杯の礼だろう。
  気息を整え、昨日、加納さんが座っていた座に座る。
「トレース・オン」
口中に呟き、俺の中に埋没する。
  この工房は村正の系譜。
  ならば、継ぐべき技は村正。
  幸い、「妖刀村正」は、永山さんに見せて貰った刀の中に、そしてアイツから伝わってきた記憶と経験の中にも、しっかりとあった。
  双方からその基本骨子と、制作に至るまでの全てをダウンロードし、憑依させ、共感する。
  造るのは懐刀。
  そのための基本骨子を定めようと……、
「衛宮君。一つだけ教えておこう。刀を打つのならば、その刀を振るう人にふさわしい刀を打ちなさい」
加納さんの忠告が聞こえた。
  刀を振るうにふさわしい人……。
  俺が初めて鍛える刀を振るって欲しい人……。
  俺の初めての刀を受け取って欲しい人……。
  俺の一番大切な……。
  ……。
  ……思い出す。
  一昨日の晩の、つまらない喧嘩を。
  あのとき、遠坂は一緒に来たいと言ってくれた。
  でも、俺は、三重の山の中で、俺が刀に夢中になったら遠坂のことをほったらかしにするんじゃないかと思い、遠坂につまらない思いをさせたくないから一人で行くと言った。
  なのに何故か言い合いになってしまい、挙げ句の果てには俺のことを唐変木だの鈍感だの朴念仁だのと言って怒りまくった遠坂は、一人で遠坂邸に行ってしまったんだった。
  正直あのときはショックだった。
  だって、遠坂が家から出て行くなんて思ったこと無かったから。
  そりゃ確かに、この春までは、遠坂は夜になったら遠坂邸に帰って行ってた。
  でも、俺達が付き合うことを、雷画爺さんやウォーラム神父に認めて貰った日から、遠坂は俺の家に引っ越して、その、部屋こそはまだ別だけど……、別棟のあの部屋を使ってるから……。
  その、兎に角、二人一緒の生活を始めていたんだ。
  だから、遠坂が家から出て行ったのが信じられなくて、今までそのことを考えないようにしていた。
  でも、そんなことは無駄だった。
  だって、こうしてほんのちょっとでも遠坂のことを考えただけで、俺の中の、ずっと空っぽだったところが、遠坂への思いだけで一杯になって、今にもはち切れそうになるんだから。

  ああそうだ。

  ずっと伽藍堂だった俺の心に、

  遠坂はすっかり入り込み、

  こうして俺の中を満たしてくれている。

  だったら決まってるじゃないか。

  俺が初めて鍛える剣は、

  遠坂のために鍛えて、

  できあがったらまっすぐに遠坂の所に行って、

  俺のありったけの思いと共に遠坂に渡そう。

  空っぽな俺を満たしてくれる、

  遠坂への、

  ありったけの思いを込めて。

  いつの間にか俺は鎚を手に取り、玉鋼を叩き伸ばし始めていた。
  鍛えるのは懐刀。
  遠坂の手に合う大きさで、
  遠坂が振り回しやすい刃長で、
  もちろん遠坂が振り回しやすい重さの
  そんな刀を思い浮かべ、そのために必要な量の玉鋼を打ちだそうとしていた。
  心にあるのは遠坂への思い。
  心から溢れたその思いが、
  俺の身体に移し込んだ村正の経験を読み込み、
  俺の身体に馴染ませながら、
  俺の身体に篭もる魔力を載せて、
  ひたすらに玉鋼を鍛える。
  やがて遠坂への思いに不純物が叩き出された玉鋼は、
  そのまま細かく砕かれ割れて、
  俺の遠坂への思いを示すかのように隙間なくぴっちりとテコ台に積み上げられ、
  俺の遠坂への思いを示すかのように熱く溶かされ、
  俺の遠坂への思いを示すかのように厳しい鍛錬を迎えた。
  ひたすらに思いを込めて鋼を打ち据え、伸ばし、畳み、再び打ち据え、伸ばし、たたむ。
  十重二十重に打ち重ねられた鋼をひとまず置き、芯鉄を鍛え、これを鋼でくるむ。
  遠坂の柔らかい身体を抱きしめる時のように、
  愛しく、
  柔らかく、
  しっかりと、


「士郎?」
  昨日に引き続き、邸の掃除をしていた凛は、ふとその手を休めた。
  何故だか急に、士郎に抱きしめられたような気がしたためだ。
  もちろんそれが気のせいであることは判っている。   今、とうの衛宮士郎は二百キロメートルは離れた刀鍛冶の所に行っているのだ。
  自分を置いて、一人で。
  彼女は怒った。
  いくら剣の属性を持つ魔術師であり、尚かつ創る人であるとは言え、それが彼女を置いて一人だけで行く理由になるのかと。
  あの少年は言っていた。
  何もない山の中、自分一人の趣味のために刀鍛冶の作業場に行き、自分だけがその趣味に夢中になって、彼女をほったらかしにしたりしたら申し訳ないと。
  でもそれは間違いなのだ。
  確かに少年が趣味にかまけて一人ほっておかれることは嬉しいことではない。
  けれども、そのことで少年が喜ぶのならば、その様子を隣で見ていたいと思うのは、恋人として当たり前のことではないかと。
  彼女にとって、誰よりも何よりも大切な少年が、殆ど持っていないに等しいごくごくわずかな趣味のために夢中になり、目を輝かせている姿。
  それは少年を世界一幸せにしたいと願う少女にとって、とてもとても大切な姿。
  それ故に、少年が喜んでいる時に、その隣にいて、そのことを一緒に喜びたいと思うのが当然であると。
  にもかかわらず、そのことに思い至らず、ただただ自分がつまらない思いをするのではないかと、普段回さぬ気を余計なところに回すその姿に彼女は怒ったのだ。
  彼女にとって、少年の喜ぶ姿がそれほどまでに大切なのだと。
  彼女にとって、それほどまでに少年が大切なのだと。
  その事実に思い至らぬ事に対して。
  ふと気が付くと、自分の魔力がパスを通って士郎へと流れている。
  その量は……さほどのものではない。
  わざわざ自分から魔力を引き出す必要があるとは思えないのだが、さりとて閉じる気もしない。
  彼女は、一つ溜息をつくと、中断していた掃除を再開した。


  士郎は鎚を振るう。
  その目に映は赤く燃える鉄の塊。
  しかしその心に映るは愛しき少女の姿。
  自分を気遣い、助けるために駆けつけた時の姿。
  自分のことに怒り、厳しい言葉で諭してくれた時の姿。
  自分のことをからかい、楽しそうに笑う時の姿。
  辛い目にあったにもかかわらず、意地を張り通そうとする時の姿。
  辛い思いをさらけ出し、その心を見せてくれた時の姿。
  何故か自分の反応に、真っ赤になって怒って見せた時の姿。
  あれやこれやの理由を投げ捨て、全てを自分にゆだねてくれた時の姿。
  自分の可能性に向かって、自分を幸せにしてみせると言ってくれた時の姿。
  そして、全てが終わった後、自分と引っ張って、一緒に歩いていくと言ってくれた時の姿。
  良いところもあれば悪いところもある。
  全てを任せきれるほど信頼できるところもあれば、何とかしてやらなくてはと思うような失敗をすることもある。
  意地っ張りな癖に正直で、優雅に振る舞っているのにうっかり抜けたところがある。
  そんな愛しくて愛しくて、こうしている今も跳んでいって抱きしめたくなるような少女への思いを込めて鎚を振るう。
  その思いが暴走し、いつしか開いた魔術回路から、そしてパスから士郎と凛の魔力を取り込み、鋼の中へと流し込んでいることにすら気付かずに。

  素延べが終わり、切っ先も造り、刀の形を整えて、焼き入れをし、そして焼き鈍しも終えた頃、士郎は漸く、自分がほぼ、刀打ちの行程を終えかけていることに気が付いた。
  己が身に憑依させた経験は、自動的に砥石を探り、鍛冶研ぎを始めている。
  刀を贈る相手のことを思い浮かべると、自然に研ぐ手が優しさを帯びる。
  刀の先に見える相手を思い、愛しげに刀を研ぎ続ける士郎は、しかし、現代に名だたる刀工とその孫娘に、何とも形状のし難い思いを抱かせていた。
  やがて鍛冶研ぎを終えた士郎は、はばきを付け、鑢を掛け、しかし銘は切らずにその手を休めた。

  いや、

  暫く刀を見つめていた士郎は、改めて刀に銘を切った。
  エミヤ
  と。

  ふと手を休め、あたりを見渡す。
「衛宮君」
  士郎に声がかけられる。
  加納氏と孫娘の理恵が共に、驚きと尊敬と羨みと……わずかな妬みを込めた視線で士郎を見ている。
  視線の意味が理解でき無いのか、怪訝な表情を浮かべる士郎。
「鞘を柄を付けるのならばここではない。だが、その前にまず、夕食にしたらどうかね?」
  その声にまさしく「憑かれて」いた士郎の身から憑き物が落ちた。
  その身に憑依させていた経験が抜け落ちて行くのにあわせて、その心を満たしていた思いが胸の奥へとしまい込まれてゆく。
  士郎があたりを見渡す。いつの間にか日が落ち、夜となっていた。
「刀にあわせた鞘や柄は専門の職人に任せる事にして、まずは明日、白鞘を造り、後のことはそれからにすると良い。良い職人を紹介するよ」
「判りました。それとすいません、すぐに夕食の支度をします」
「いや、それはもう村上君が明美さんと一緒に済ませたよ」
「そうなんですか? すいません」
「一日がかりで刀を鍛え上げたんだ。誰も飯当番までやれとはいわんさ。さぁ、いこう」
「えっと、この刀は……?」
「うん。そこの台に置いておきなさい」
「はい」
  三人は鍛冶場から出て行った。一振りの刀を残して。


  簡素な食事が終わる。
  昼は簡単にサンドイッチ、そして夜は、パンとシチュー、それにほうれん草のおひたし。
  もっといろいろ造るつもりで材料を買ったはずなのに、結局作ったのはそれだけ。
  もそもそと口を動かし、機械的に進めていた食事は、あっさりと終わった。
  そのまま機械的に体を動かし、後片付けを済ませると、無言のまま風呂の用意をする。
  しばしの食休みの後、風呂を使い、それも済まして寝間着に着替えると、
  邸の戸締まりを確認し、私室へと引き上げていく。
  そして、
  後に残るのは私室から漏れる明かりと、羊皮紙をめくる音。
  書庫から取り出した魔術書を詠みながら、彼女の夜は更けて行く。


  居間には豪勢な食事が用意されていた。
  何でも明美さんが相当に気合いを入れていたらしい。
  味の程はと言えば……うーん、桜の和食と良い勝負かな?
「きっと士郎さんを越えて見せます!」
って、やけに張り切っていたけれど、目標とするなら村上さんじゃないのか?  
怪訝に思っていると、
「……わ、私だって」
と、何故か理恵さんが気合いを入れていた。
そして、妙な緊張感を孕んだ食事の後。
「衛宮君、ホントに君は初めて刀を打ったのかね?」
  いきなり加納さんが尋ねてくる。
「はい、もちろんです」
「もちろん……だと?」
  ……あの、なんだか殺気を感じるんですけれど……理恵さんの方からも。
「いきなりあれだけの刀を鍛えておいてどこがもちろんだというのだ!」
  その場に刀があれば即座に俺を切り捨ててやろうとばかりの勢いで怒鳴られた。
「え!?」
「どう見てもかなりの数の刀を鍛えてきたとしか思えぬほど年季の入った様子で刀を鍛えておいて、それでも初めてだと言い張るつもりか!」
  ……まずった。
  村正の経験を読み込んで憑依させていたんだった。
  無我夢中になって刀を鍛えていたけれど、その経験の一端は今もこの躰に残っている。
  だから判る、アレは村正が名工として認められるレベルに達した時点での経験であり、初めて刀を鍛えた素人の身には不釣り合いなものだと言うことが。
  でもホントのことを言うわけにはいかない。
「で、でも、ホントに初めてなんです。それに、年季の入った様子だなんて言われても、無我夢中でやっていたから何の事やらさっぱり……」
「どうしても初めてだと言い張るのだな?」
「はい」
「ならば試させて貰おう」
「試す?」
「暫くここで刀を打ってもらう」
「は?」
「腕の程をとことん確認させて貰う」
「で、でも、俺、明日帰らないと……」
「帰るだと!」
「ええ、元々その予定でしたから」
「予定など犬にでも喰わせろ! 大体あれだけの腕を持ちながら刀を打たないとは何事か!  五年もきちんと修行を積めば、世界に名だたる名工として数多の名刀を打てるようになれるのだぞ!」
「しかし……」
「しかしもかかしもない! 良いからここで修行せい!」
「加納さん、そう言うわけにはいきませんよ」
と、村上さんが割って入ってくれた。
「どういう事だ?」
「士郎君とは、先にうちに料理の修業にくるとの約束があります。何しろ、彼は五年も修行を積めば、私の代わりを務められそうなほどの素質があるので。もっとも来年には倫敦に留学するそうですが、僕としては戻ってきたら、再びうちで修行を積んで貰うつもりなんですよ」
「え!?」
  戻ってきたら……って、悪いけれど、魔術師として一人前になるまでいるつもりだし、それにまず遠坂がいつまで居るつもりなのか聞いてないし……。
「ちょっと待ってください、だったら彼は、うちで鑑定家としての修行を積むことになってます。こちらの方が先約ですからね、譲るつもりはありませんよ」
  ……永山さんまで。
  なんだか、明美さんと理恵さんまで凄い目でこちらを睨んでいるし……。
  今川さんと綾さん、面白いことになってるなぁーって顔で……楽しんでます?
  見てないで何とかしてください。
「これで研ぎの腕が良ければわしらも参戦じゃ」
  は!?   今なんと言いました今川さん?
  ほら、みんなの視線が集中してますよ?
「明日の衛宮君の腕前次第だ。楽しみにさせて貰うよ」
  腕前次第って、遠坂に贈る刀である以上手を抜くわけにはいかないし、かといって今川さんに腕を認められたりすると……どうしたら良いんだ?


「そういえば結局、何だったのかしら?」
  ページを繰る手を止め、凛は独りごちる。
  わずかずつではあるものの、継続的に彼女から引き出されていた魔力の流れは、日が落ちた頃に止まった。
  今は、いつものように、凛と士郎の魔力生成量の差と、同じく双方の魔力容量の違いから来る、魔力の圧力の差を埋める程度のごく微量な魔力が、断続的に流れているに過ぎない。
「強化……に使うほどでもない魔力、一体何に使ってたのかしら?」
  考えていても仕方がない……と、頭を振り、大師父の魔術書に記されていた、いくつかの魔術を試した後、今日もまた、いつものように、宝石に魔力を移してから寝ることにした。


「朝……か」
  ああも居心地の悪い状態のまま、とりあえず横になった士郎だったが、それでも初めて刀を鍛えたことで興奮する以上に身体が疲れていたようで、思いの外あっさりと眠りに落ちていた。
  おまけにいつもと変わらぬ時間に目が覚めるとは、感心すべきか呆れるべきか……?  自分で自分につっこみを入れながら起きると、いつものように身体をほぐし、干将・莫耶を振るい始めた。
昨日のように、息が上がるまで続けた鍛錬を終え、ふと見るとそこには見学者が一人。
「おはようございます。綾さん」
「おはようございます。士郎さん。ちなみに、朝ご飯は明美さんと理恵さんが作りに行ったので、今朝は何もしなくて良いですよ」
「はい?」
  なんだか……いやな予感が……
「とりあえず白鞘を造るんでしょ? 作業場はこっちだよ」
  と、勝手知ったる何とやらで案内する綾。
「あ、はい」
  なぜだか、この場からさっさと逃げ出した方がよい気がするけれど、そう言うわけにも行かなくて、おとなしく後をついて行くことにする。
「ここだよ。待ってるから、昨日打った刀持ってきたら?」
「はい、じゃ、ちょっと取ってきます」
  何だ、隣の部屋じゃないか。と、思いながらも昨日鍛えた刀を取ってくる。
「なかだよ〜」
  待ってると言いながら、さっさと部屋の中に入った綾さんが呼んでいる。
  中に入ってみると、
「あれ?」
  電動ノコやら何やらを含む木工作業用の道具が揃っていた。
「鞘用の朴の木はそこにあるよ。みんな十年以上寝かせてあるものばかり。目釘用の竹もそこに積んであるし、鳩目用の材料もあるから」
  言うと、部屋の奥にある椅子に座り、じっと俺の作業を見守る体勢になる。
「あ、あの……」
「研ぎの腕前、早く確認させてね」
  にっこりと笑いかけてきたけれど、さっきっからの危険信号が一段と強くなったようだ。
  とりあえず、そこにある材料と道具を使って白鞘を作り終えた頃、明美さんと理恵さんが揃って俺を呼びに来た。
  ええっと、だから二人ともそうやって俺のこと睨むの止めてくれませんか?
  居心地の悪い思いをしながら木くずを払い、手を洗うと、鞘に収めた刀をもって居間へ行く。
「ほう、もう鞘を作り終えたのか。器用なもんだ」
  と、加納さん。
  やっぱり初めてとは思えんって……いや、その、もの作ったり直したりするのは元から得意だったし……。
  おまけに朝ご飯、一品食べる事に出来の善し悪しを聞かれるのって……。
  嘘は付けないし、かといって感想を言うたびにがっくりされるのは罪悪感が……。
  何とも居心地の悪い朝食が終わり、妙なプレッシャーを感じる中、刀研ぎのために作業場に移る。
  まずは今川さんが、一昨日加納さんが鍛えた刀を研いで見せてくれる。
  乱暴な話、包丁を研ぐのとあまり変わらない。
  もちろん、包丁を研ぐ時は、普通仕上げ砥だけを使い、荒砥や中砥は使わない。
  そんなのが必要になるまで研がずにいたら、料理の出来なんて言うまでもないものになる。
  とはいうものの、前に登山部の奴に頼まれて、登山用のナイフや鉈を研ぎ直す時、元の刃付けが気に入らなくて刃を付け直したことがあるから、こちらの経験がないわけではない。
  そんなこんなを思いながら、今川さんの研ぎを見る。
  丁寧だ。
  きちんと角度を保って、もちろん場所に応じてその角度を変えながら、
  適度に鋭く、しかし刃が欠けやすいものにはならないように注意して刃を付けている。
  その研ぎ方を細大漏らさずしっかりと目に焼き付ける。
  最後に今川さんは、懐から大事そうに小さな砥石を取り出すと、その砥石を使って最後の仕上げをした。
  研ぎあがった刀を見せて貰うと、まさに原子一つの幅にまで研ぎ上げられた刃が、剣先から刃区(はまち)まで真っ直ぐに揃って伸びていた。
  凄い。
  感嘆しながら刀を返すと、今度は俺の番だ。
  場所を変わってもらい、昨日鍛えた刀を取り出す。
  先ほど見た研ぎの角度をこの刀の刃の長さに合わせて頭の中で調整し、研ぎの角度を決める。
  その角度を崩さないように注意しながら研ぎ始めた。
  その上で、原子一つの狂いもなく、真っ直ぐな刃を付けるべく調整する。
  こんな時俺の解析能力は便利だ。
  こうして刀に触れているだけで、その構造が隅から隅まで判り、研ぎ過ぎていたり、逆に研ぎが足りなかったりするところがすぐ判る。
  最後の仕上げに今川さんが使っていた砥石こそ使えなかったけれど、今川さんの研ぎにも負けないくらいに鋭く、欠けにくい刃を付けられたと思う。
  こうして改めてみると、キレイに層状になった鋼の中を等間隔に走る魔力線がやや刃先の方に集中した形で飛び出し、俺や遠坂の魔力が通れば本来のそれを軽く上回る切れ味を見せてくれそうだ。
  元から篭もってる俺達の魔力のおかげで、そうでなくても鉄の塊ぐらい簡単に切れるような切れ味を持っているけれど、そこに追加で魔力を通せば……。
  あれ?
  俺、いつの間にあんなに魔力込めてたんだろう?
  それに、遠坂の魔力なんてどうやって込めたんだ?
  ……ひょっとして、パスから引き出してたのかな?
  ……帰ったら、遠坂の魔力使ったことちゃんとあやまっとかなくっちゃ。
  まてよ?
  俺の投影剣って、俺の魔力しか通らなかったけれど、もし投影する時に遠坂の魔力を混ぜたら、遠坂の魔力も通るようになるのかな?
  今度試してみよう。
  なんて事を考えていたら、いきなり肩を叩かれた。
「へ?」
  見ると、今川さんが楽しそうな顔をしている。
「おめでとう、これで君は私の所にも修行に来ることに決まった」
「あ……」
  俺はもう、力無く笑うことしかできなかった。
「冗談だよ! これだけの研ぎが出来るなら、教えることなど何もない。むしろ、綾に教えてやって欲しいくらいだ!」
「は?」
「優しく教えてね! 衛宮先生!」
  ……って、いまのこの顔に当たったムニュッときた感触ってぇぇぇ!
「わははっ! 綾もまんざらではなさそうだな。せいぜい仲良くしてやってくれ」
  ちょ、ちょっと待てちょっと待てちょっと待てぇー!
  慌てて俺の顔に抱きついてるものを引っぺがしそのまま後方に飛び退く。
「あれぇー?  ひょっとして、乱暴にする方が好きなの?  ケ・ダ・モ・ノ」
「な、なんの話だ一体!  って言うかいきなり何々だぁ!?」
  よく判らないけどまずい。絶対にこの展開はまずい。
  綾さんは美綴に似てるように思ってたけど、この展開からするとどっちかって言うと遠坂似で……あれ?  違和感がないって言うか、それなら問題ないのか?
  いやだから、問題大ありなんだっての。
「え?  いきなりじゃ駄目?  じゃぁ、あらかじめ断っとけば良いんだ。じゃ、行くよぉー!」
  横っ飛びに回避。
「だから、そうやっていきなり飛びつくなぁ!」
「だって、今は断ったじゃない」
「そう言う問題じゃないー!」
「じゃ、これは?」
  と、いきなり腕を取って胸に押しつけるようにして抱え込む。
  う、遠坂より大きい……ってそう言う問題じゃなーい!
「だから違うって言ってるだろぉ!」
「えー!?  だって、お祖父ちゃんが認めたほどの人に、手取り足取りいろいろと教えて欲しいんだもん。良いでしょ?」
「いろいろって何だよ。教えられるようなもの何もないぞ!」
「えー、お祖父ちゃんと同じレベルの研ぎの腕でしょ、村上さんが認めるレベルの料理の腕でしょ、加納さんが弟子に取りたがるレベルの剣匠の腕に、永山さんが弟子に取りたがるレベルの鑑定眼。どれもこれも教えて欲しいものばっかりじゃない」
「いや、どれもそんな簡単に人に教えられるようなものじゃないぞ。俺だってよく判ってないんだし」
「うん、だからみんな教えられるレベルまで極めて教えてね」
「そんなの無理だぁー!」


「うー」
  うなり声が漏れる。
  場所は地下の大書庫。
  昨晩読んでいた本を戻しがてら、掃除をしようとはたきにほうき、ちりとりに掃除機をもって降りてきたものの、呆れるほど乱雑な本棚と、そこかしこにある本の山にどうしても行動に出ることが出来ない。
  そこにあるのは大師父の魔術書と、遠坂家代々に伝わる様々な書物。
  幾ばくかは修行の過程で読みはしたものの、手つかずのものの方が遙かに多い。
  おまけに、この十年間、わずかなりとも整理をしたとは言え、それは全体から見ればごくわずか。一割にも満たない量に過ぎない。
  しばらく悩んだ後、今日は整理することを諦め、埃をはたき、掃除だけをすることにした。
「あいつが帰ってきたら、整理手伝わせてやる!」
  そのためには、地下の結界を張り直さなければいけないなと、そのために必要な手間暇を思いつつ、けれど、その口元には笑みが浮かんでいた。


  そんなこんなで予想外の展開を見せた見学が終わり、師匠が二人増えて計四人の師匠を持つことになった俺は、喜んでいいのか否か、悩みながら帰路についた。
  途中で、新たな修行場の一つ、村上さんの料亭の場所を案内して貰い、ついでにと皆さんに紹介して貰った上、どの程度の腕なのかを皆さんに見て貰うこととなったため、予定より時間がかかり、冬木の街に帰り着いた頃には、日が没しようとしていた。
  何はともあれ、うちによって荷物を置いたりするのがもどかく、遠坂邸に真っ直ぐに向かう。
  遠坂といろいろ話したいし、何よりも、俺が初めて鍛えたこの刀を、すぐにでも受け取って欲しかったからだ。
  だから、ブレーキも荒く遠坂邸の前に止まると、キーを抜くのももどかしく、インターフォンをならした。


「士郎、遅い」
  もう日の光が山陰に沈み、夜になろうとしているのに、あのバカは未だにやってこない。
  夕方には帰るって言ってたくせに……。
  まさかあのバカ、黙って待ってれば私が帰るなんて思ってるんじゃないでしょうね。
  だったら誰のせいで家を出たのか、じっくり考えさせてやるだけよ。
  この私を怒らせておいて、ほっといたらどうにかなるなんて思ったら大間違いよ。
  アイツが頭を下げて、一緒にいて欲しいって言ってくるまで帰ってなんてやるもんか。
  元はと言えば、この私が一緒にいたいと言ったのに、それを断ったアイツが悪いんだから。
  四日前の喧嘩のことを思い出していらだっていた私の耳に、苛立ちをいや増すかのようにバイクの音が聞こえてきた。
  むぅ。
  この冬木の街の、特に深山にはバイクで走り回るような輩は居なかったはず。
  せいぜい雷画お祖父さんがバイクを乗り回すだけ。
  最近は、まともにスピードを出すこともできずにのろのろと走ることしかできない癖に無駄な騒音を立てるしか能のない珍走団が新都を走り回ってるものだから、聖杯戦争にかこつけてあの能なし共を駆除しておけば良かったと思って……。
  何?  急ブレーキの音を立てて止まったみたいだけど?
  と、結界の中に飛び込んでくるこの反応って!?
  インターフォンが鳴っている。
「士郎?」
「遠坂! 遅くなってゴメン!」
  あのバカの声が飛び込んできた。


「士郎?」
  遠坂の声だ。三日も聞くことが出来なかった遠坂の声だ。
「遠坂! 遅くなってゴメン! 頼む! 中に入れてくれ! 今すぐ会いたいんだ!」
  声なんかじゃ足りない。
  いや、まずは声を聞きたいと思っていた。
  でも、声を聞いたとたんそれだけじゃ我慢できなくなった。
  そんな思いが、そのまま声に出ていた。


「頼む! 中に入れてくれ! 今すぐ会いたいんだ!」
  その声を聞いたとたん、邸を閉ざす結界を開けていた。
  そのまま玄関に走る。
  そして、玄関の扉を開けようとした時、外から扉が開かれた。


  結界が開かれた。門の扉も手で押したらすぐに開く。
  その開いた隙間から玄関に向かって走り、玄関の扉を開く。
  遠坂がいる。
  見えた瞬間、中に飛び込み、遠坂を抱きしめていた。


  扉が開かれた瞬間、見えたのは士郎。
  次の瞬間、分厚い胸板とごつごつとした手に私は包まれていた。
  士郎だ。
  士郎に抱きしめられている。
  たった三日会えなかっただけなのに、こうして抱きしめられることが嬉しくて、私も士郎を抱き返していた。
  なのに、なによ。この妙にごつい上着。
  士郎の胸板に顔を埋めたいのになんで邪魔するの!
  そう思った次の瞬間、こうして抱きしめられただけで士郎のことを許している自分に気が付き、でも、そんな簡単には許してあげないと決めてたことを思い出して、
  士郎を思いっきり突き飛ばしていた。
「遠坂?」


  遠坂を抱きしめる。
  遠坂が俺を抱き返してくれる。
  ああ、俺、帰ってきたんだ……。
  って思っていたら、急に遠坂に突き飛ばされた。
「遠坂?」
  なんで突き飛ばされたんだろう?
「なによなによなによ! いきなりきていきなりこんなことして!  まさか、これであんたのこと許すと思ってたんじゃないでしょうね!」
  頭の中が真っ白になった。
  遠坂、まだ怒ってたのか。
  そうだよな。一緒に居たいって言っててくれたのに、それを断ったのは俺だもんな。
  でも、それがどんなに馬鹿なことだったか、いまの俺はよく判っている。
「ゴメン、遠坂。俺が間違ってた。やっぱり遠坂にも一緒に行ってもらうべきだった。三日間一緒に居られなくって、そのことがよく判った。ホントに、ごめん」
  正直に、俺の気持ちを話す。
  話ながら、ライダーズジャケットの前を開ける。
「その代わりって訳じゃないけどさ」
  良いながらジャケットの内ポケットに収めた刀を取り出す。
「これ、俺が初めて鍛えた刀だけど、遠坂に受け取って欲しい。遠坂のことだけ考えて、遠坂に受け取って欲しいって思いながら鍛えた刀なんだ。頼む、受け取ってくれ」
言いながら、遠坂の前につきだした。


「なによなによなによ! いきなりきていきなりこんなことして!  まさか、これであんたのこと許すと思ってたんじゃないでしょうね!」
  違う、こんな事言いたかったんじゃない!
  でも、私にだって意地がある。
  こんな簡単にこのバカを受け入れたりしたら、私はどんどん駄目になる。
  こいつが戻ってくるだけで喜ぶような、そんなお手軽な女になんてなってやらない。
  こいつが私から離れられないようにして、一人でどっかに行くなんてことしないようにさせてやる!
  でないとこいつ、きっと一人で突っ走って、いつかきっと戻れない所まで行って、アイツみたいになるに決まってるんだから。
  だから、だから……!
「ゴメン、遠坂。俺が間違ってた。やっぱり遠坂にも一緒に行ってもらうべきだった。三日間一緒に居られなくって、そのことがよく判った。ホントに、ごめん」
  う……
  ズルイ。
  このバカ、いきなりなんてこと言うのよ。
  そんなこと言われたら、もう、何も言えないじゃないの。
  私だって、一緒に居たくて居たくて仕方なかったんだから。
「これ、俺が初めて鍛えた刀だけど、遠坂に受け取って欲しい。遠坂のことだけ考えて、遠坂に受け取って欲しいって思いながら鍛えた刀なんだ。頼む、受け取ってくれ」
  えっ!
  初めて造った刀を……。
  私のことだけ考えて造って……。
  私の所に持ってきてくれたの!?
「少しでも早く遠坂に受け取って欲しくって、真っ直ぐこっちに来たんだ。頼む、受け取ってくれ!」
  このバカ、そこまで言われて、一体全体、誰が断れるって言うのよ。
  だから私は、その刀を受け取ると、そのまま士郎の胸に飛び込んでいた。


  受け取って欲しい。
  拒否されたくない。
  遠坂に受け取って貰うことだけ考えて、真っ直ぐにこっちに来たんだ。
「少しでも早く遠坂に受け取って欲しくって、真っ直ぐこっちに来たんだ。頼む、受け取ってくれ!」
  正直な気持ちを遠坂に言う。
  もし、断られたら……。
  遠坂の手が伸びて、刀を受け取って、
ああ……。
  遠坂が俺の胸に飛び込んできてくれた。


「じゃぁ、うちに寄らないで真っ直ぐこっちに来たの?」
「ああ、遠坂がこっちにいるって思ったから、真っ直ぐこっちに来たんだ」
「ふーん、で、もし私がうちに帰ってたらどうするつもりだったの?」
「そのときは真っ直ぐうちに帰ってたと思う。だって、俺は遠坂の居るところに行くことしか考えてなかったし」
「ふーん、そう、じゃ、そのことは許してあげる」
「ホントか!?」
「でもね」
「何だ?」
「なんでこの刀、私の魔力も通ってるの?」
「え?」
「おまけにこの刀、士郎のパスが通ってる癖に、私のパスも通るじゃない。なんで?」
「ええと、それなんだけど……」
「なんで?」
「すまん遠坂! それ、パス経由で貰った遠坂の魔力も流してあるんだ」
  士郎の額が机に当たった音が響く。
  頭を下げた勢いでぶつけたらしい。
「ちょ、ちょっと頭……大丈夫?」
「〜〜……、ああ、大丈夫だ。」
「それでなんで?」
「え?」
「なんで私の魔力通してあるの?」
「ええと……」
「なんで?」
「その……遠坂のこと思ってたらいつの間にか……」
「え?」
「遠坂にこの刀受け取って欲しいなって思ったら、遠坂のことしか考えられなくなって、気が付いたら俺と遠坂の魔力を通した刀ができあがってた」
「……投影……じゃないわよね?」
「うん、朝用意して貰った玉鋼が、夜気が付いたらこの刀になってた」
「……」
  無言で士郎の顔を見る凛。
「と、投影は使ってないぞ! もし使ってたら、ずっと見てた加納さん達にばれるし、それよりも投影の要領で憑依させてた村正の経験の方に疑念もたれてたから」
「何をしてたっていったの?」
「あ……」
  ま、まずい、遠坂があの冷たい笑みを浮かべた……。
「投影の要領で何をしたっていったの?」
「いや……だから……その……」
「衛宮君?」
「か、加納さんって、村正の系譜だって言うから、ならばと思って村正を解析した時の経験を憑依させて、その上でこの刀を……」
「そう、ちょっと手先が器用でものを造ったり直したりするのが得意な程度の人間がいきなり名人の経験を持って名刀を鍛え上げるなんて言うおよそふつうならあり得ないことを普通の人の前で見せたというのね?」
  うわ、よくそれだけ長い文を息継ぎもせず一気にしゃべれるなお前!
「ねぇ、それでその後どうなったの?」
「……その、強制的に弟子入りさせられました」
「弟子入りですって?」
「そ、その、GW終わった次の連休には修行に行くことを約束させられて……」
「へぇー、ついさっき、私に会えなくってどうのと言ってたくせに、そうやって連休のたび毎に一人でどっか行っちゃうんだ?」
「い、いや、それは……その……、すまん。埋め合わせはきっとする!」
「ふーん……(なんで一緒に来て欲しいって言わないのよ! このバカ!)」
「お、俺に出来ることなら何でもするからさ、それで……」
「書庫の整理」
「え?」
「地下の大書庫の掃除と整理、手伝ってくれたら許してあげる」
「手伝う手伝う! いくらでも手伝う! どんどん手伝わせてくれ!」
「じゃ、まずはGWの後半からやって貰うわよ」
「判った!」
「じゃ、帰ろっか」
「おう!」
「ところで士郎、他の荷物は?」
「ん? ああ、表に積んだままになってる」
「不用心ね」
「ま、取られて困るようなものもないしな」
  言いながら立ち上がると、ジャケットのジッパーを閉じる。
「それ、ずいぶんとごついジャケットね」
  並んで廊下に出ながら聞いてくる凛。
「ん?  ああ、このぐらいの方が、なんかあった時良いだろって
  雷画爺さんが言ってたからな」
「え? 雷画お祖父さんが?」
  上着取ってくる、と、言いながら部屋に向かう凛。
「ああ」
  じゃぁ、外で待ってるよと言いながら士郎は玄関に向かった。


「お待たせー、って、あれ?」
  すっかり日が沈んだ外に出てきた凛は、門の外で待ってる士郎が座っているものを見て驚いた。
「士郎、これって?」
「ああ、雷画爺さんから借りたバイク。一人で出歩く時は、こっちの方が楽だから」
「あんた、いつバイクの免許なんて取ったのよ?」
「え? 車の免許取った時一緒に取ったんだけど、言わなかったっけ?」
「聞いてない。大体、バイクの免許とったんなら、なんで私を後ろに乗せてくれないのよ!」
「あー、それむり」
「なんでよ!」
「いや、免許取ってから一年間は二人乗りしちゃ行けないことになってるんだ」
「そうなの?」
「ああ、道交法で決まってる」
「で、その一年間っていつまで?」
「来年の三月」
「じゃ、その後後ろに乗せてね」
「あー、でもさ」
「なによ」
「その髪型だとヘルメット被れないぞ」
  むっ、っと、右のミラーに被せてあるヘルメットを見る。
「いっとくけど、ハーフキャップのヘルメットみたいな半端なもの被った程度じゃ乗せる気無いからな」
  ヘルメットを睨む。
「それに、バイクだともろに排ガス被るから、髪の毛ばさばさになるぞ。きっと」
  更に睨む。
「遠坂の髪、長くて綺麗だから、そんなことになるともったいないだろ」
「髪型は考えるから、後のことは何とかしてね」
  ヘルメットをにらみつけていた視線、それをそのまま士郎に移して言う。
「う……、判った、何とかならないか考えてみる」
  でも、遠坂の髪、魔力が篭もってるから強化とかは無理だし……と、ブツブツ呟く士郎を見ながら門を閉じ、「ロック」する。
「ところで士郎、それ、十字路までは良いけど、そっから先押してあがってく気?」
「ああ、それほど重くないしな」
「そうなの?」
「下り坂ならブレーキ掛けないと行けないから両手使うけど、
平らな道なら片手でも押していけるぞ」
「へぇー、そうなんだ」
「これ、セローっていうだけど、225ccしかない上にオフロード用だから軽いんだ。オイルとか積んでも120Kgちょっとしかないから、山道とかで身動き取れなくなっても、片輪ずつ持ち上げて動かせば、結構何とかなっちゃうんだよ」
「へぇー」
  実際、バイクを押さえながら坂を下る姿に、特に力んだ様子は見られない。
「でも、帰る前にそれ、返しておかないと行けないのよね?」
「ああ」
「じゃ、先行って返してきたら?  私、門の前で待ってるから」
「いいのか?」
「うん、士郎が先に付いたら、門の前でまっててね」
「判った」
  言って、バイクにまたがる士郎。
  ヘルメットを被ると、セルを回しエンジンを掛け、
「じゃ、先行ってる」
と言って、走り去っていった。
「うーん、やっぱり明るいところで見たかったな」
  走り去る姿を見て、ちょっと悔しそうに呟くと、ジャケットの内ポケットに収めた刀を、大事そうに押さえ、再び家路を歩き始めた。






  後書き

  と、言うわけで、聖杯戦争以来初めて、三日間顔を合わせることの無かったバカップルにバカップルぶりを発揮して貰いました。
と、言うかまぁ、バカップルぶりを発揮して貰いたいがために、前日の夜、士郎に朴念仁ぶりを発揮させて喧嘩させたのは内緒でも何でもありません。
  それにしても、今回出張先で風邪を引いてしまったとは言え、これほど難航するとは思いませんでした。
  何せ、なかなか筆が進まない上に、油断すると、すぐ甘々な方向に流れて、これはいかんと引き戻してもまたすぐに……。
  まだ風邪が治りきっていないせいだと言うことにしておきます。

  しかしまぁ、士郎君。
  素人がいきなり村正の、それも名刀を鍛えた時の経験を発揮しちゃぁいけないよ。
  他にもばれなきゃ良いとばかりに魔術を使いまくってるし。
  このあたり、後々遠坂さんからきつーいお仕置きを……。
  甘いお仕置きならいくらでもやりそうだな>凛

  それから漸く出したバイクの話ですが、凛にも免許を取らせて小さな(125ccぐらいの)バイクに乗らせるか、それとも、髪が傷んだりすることもあるから止めておくか、密かに悩んでいたりします。
  いや、倫敦編で、いずれ小型ピックアップで田舎の方に旅に行かせて、荷台からおろしたオフローダーで平原やら森やらの中を走り回らせてみたいなとか、凛ならばやっぱり馬に乗せた方が良いかなとかいろいろと……。
  後は、アインツベルンの森にイリヤ達の墓参りに行く時の足をどうするかと……。
ことある毎に歩かせるのも何ですからね……
  ちなみに、仕様として士郎には大型まで取らせています。
  今、大型を取るなら一月も教習所に通えば取れますし(土日しか行けない会社員の場合)、士郎の場合、藤村家の中で雷画爺さんのバイクで練習することが出来る環境だから、そう言う意味では免許取得までの時間は短いはずなんですよ。
  と、言うわけで、普通二輪の免許を取った後、雷画爺さんに「儂のツーリングにつきあえ」と尻を叩かれ、大型を取る羽目になったことにしています。
  それから、ヘルメットですけれど、道交法的には確か、250cc以上のバイクに乗る場合、ジェットタイプもしくはフルフェイスでなければいけないことになってるようなのですが、どのみちヘルメットは事故った時、そして事故られた時に自分の身を守るための物なので、フルフェイスを被るべきでしょう。
  士郎君にはそのつもりでああいう台詞を言わせました。
  知り合いには、フルフェイス被ってなければ顎の骨砕いてただろうってのも居ますし……。
  後、(オフローダーではやったことありませんが)250ccぐらいまでのバイクならば、片輪ずつ持ち上げて動かすことが出来るのは事実です。(RZ250とZealで確認済み)
  で、平地であれば、600ccぐらいまでなら片手で押して歩くことが出来ることも確認しています。
  流石に600cc(Hornet)の時はちょいときつかったけど。
  でも、軽いバイクって良いなぁー。
  定周円旋回や八の地やる時も簡単に倒れてくれるし……。
  私のCBなんて……。
  いや、倒れにくい訳じゃないですよ。思ったようには倒れてくれるから。
  ただ、軽いバイクのほうがより簡単に倒れてくれるんですよね。
  でも、現行モデルだと、車重が28Kgほど私のより軽くなってるそうで……。
  出来ることなら買い換えたい……。
  排気管が片側だけになってるのは何だけど……軽量化のためには仕方ないし。
  いや、長距離走る時(東京に帰省する時とか)は重い方が楽なはずなんですけどね。
  スキー用にAWDの車も欲しいけれど……先立つものが……orz

  ご意見・ご感想をmailまたはここのBBSにて頂けたら幸いです。
  特に、私が気が付いてないであろう未熟なポイントの情け容赦のない指摘を頂けると少しでもSSがマシにできるはずなので、そのあたりよろしくお願いします。

MISSION QUEST

2004/12/05 初稿up

 
評価された記事: 0.00 (0 件の投票)
このファイルの評価
カテゴリに戻る | カテゴリの一覧に戻る