|   桜……は、居ないようだな。ならば邪魔する訳じゃないから入ろう。あかいあくまと正義の味方 学園生活編 〜その12〜
 
 
 
 
 
 
 
 
 「慎二、元気にやってるか? 見舞いに来たぞ」
 「何だ、衛宮か。今頃見舞いになんぞきやがって、大方遠坂と乳繰りあうのに忙しかったんだろ?    ったく、人のこと親友だ親友だと言ってても、女の方が大事だとは友達甲斐のない奴だ」
 「ち、乳繰りあうって何だよ! キスまでしか………、じゃなくって、何度か来たんだけど、桜と仲良さそうに話してたんで遠慮してたんだよ」
 「ばかいうな!    なんで僕があんな愚図でのろまな奴と仲良くしなけりゃならないんだ!」
 「何言ってんだよ。桜は今度弓道部の部長だぞ。お前の言うとおりだったら、美綴が後釜に推すわけ無いだろ。大体、昔の仲良かった頃の関係に戻っただけじゃないか。正直、見てて嬉しかったよ」
 「う、うるさい! 他に話す相手も居なかったから、仕方なく相手していただけだ!」
 「判った判った。そう言うことにしておこう。それよりも、三年になってからの分のノート持ってきたぞ。後、慎二の分のプリント類もだ」
 「そっか、まぁ見といてやるよ」
 口でなんだかんだ言いながらも嬉しそうにしてるじゃないか。
 ひねてるところは相変わらずだけど、ホント、昔の慎二に戻ったようだ。
 「何にこにこしてるんだよ」
 「ん、だいぶ調子が良いようだなと思ってさ」
 「ふん、余裕じゃないか。最近じゃ弓道部に戻って女子に良いとこ見せまくってるんだって?  見ていろ、僕が復帰したら、あっさりお前を打ちのめして、腕の違いを見せつけてやる」
 「そうか、楽しみにしてるよ」
 「いいのか? 遠坂の前でこてんぱんに熨されるかもしれないんだぜ?」
 「あいつはそんなことにこだわる奴じゃないよ」
 「惚気かい?  それにしちゃぁ今日は一緒じゃないようだな」
 「別に一緒に来ても、お前と話することはないって言って教会に行ったよ」
 「何だ、じゃぁこの後また一緒にどっか行くのか?」
 「いや、俺はこの後バイト、遠坂は資産管理の引き継ぎがまだ終わってないんだ」
 「何だ、土曜の午後だってのにデートも無しか。それとも、日曜日一杯をあてるために今日頑張ってんのか?」
 「ん?  別にそう言う訳じゃないけど」
 「……ちょっと待て、衛宮、お前今まで遠坂と何回デートしている?」
 「ん?  聖杯戦争の時にセイバーも含めた三人で一回、あと、春休み中に一度、ドライブに行ったな」
 「お前、本気か?」
 「なんでさ、いつも一緒に居るんだから、わざわざデートなんてしなくても……」
 「お前、何馬鹿なこと言ってんだ!  いくらいつも一緒にいるからって、そう言う、『特別』なイベントが無くてもいいってわけないだろ!  ……ったく、どうしようもない朴念仁だな。そう言うことやってると、そのうち誰かに取られるぞ」
 「な!  お、お前……」
 「は、取られると言われた瞬間に顔色変わったか。そんなに大事だったら、普段からもっと恋人らしいことしてやれよ。良いか衛宮、デートってのはただ一緒にいるだけのものじゃないんだぞ」
 「そうなのか?」
 「ああ、二人が一緒にいることの意味を確かめ合うためのイベントだ。普段一緒にいるからしなくていいってもんじゃない」
 「そうなのか。いや、俺ホントそう言うこと判らなくってさ」
 「ま、考えてみればお前ってそう言う奴だったよな。おまけに普段つるんでる相手が、あの堅物の一成じゃ、ますますこういう話に縁がない」
 「む、一成は良い奴だぞ」
 「判ってるよ、けど、お前以上に女っ気無い奴だろ」
 「そりゃ仕方ない。あいつはああいう奴だから」
 「それじゃ良くないんだよ。良いか、今からレクチャーしてやるからよく聞け」
 「あ、ああ」
 「大体恋人にデートに誘われて嫌がる奴なんて居ないんだ。よっぽど間抜けなことをしない限り、間違いなく相手は喜ぶぞ」
 「そうか、遠坂が喜んでくれるならどんどんデートしなくっちゃな」
 「いや、ほどほどにしておけ」
 「なんでさ?」
 「どんな旨い料理でも、朝昼晩毎日三食食べ続けてたら、仕舞いには見るのもいやになるだろ?  それと一緒で、たまにやるからこそデートは楽しく思えるんだよ」
 「そうなのか?  判った、そうする」
 「それでだな……」
 そんなこんなで慎二のレクチャーを受けること一時間。
 バイトの時間もあるので、いい加減引き上げることにした。
 「いろいろ教えてくれてありがとうな」
 「早速明日にでも誘ってやれよ」
「んー、明日は美綴に呼び出し受けてるからなぁ」
 「何だ?  もう浮気かい?」
 「な、わけあるか!」
 「冗談だって、ムキになるな。どうせお前は遠坂さえいればいいんだろ?」
 「当たり前だ。それに、呼び出し受けたのは俺達二人だぞ」
 「はいはい、ごちそうさま。しかし、二人セットか。一体何なんだ?」
 「さぁな」
 「あ、そうそう衛宮」
 「何だ?」
 「今度、悪いけど遠坂もつれてきてくれないか?」
 「良いけど、なんでさ」
 「間桐家の長男として、……いや、これは関係ないな。魔術師間桐慎二として、お前達二人に相談したいことがある」
 いつになく真剣なその顔に、俺は判ったとうなずいていた。
 「それと、そのときは外部からの干渉を防ぐようにここに結界を張って欲しいともな」
 「判ったよ、伝えておく」
 「頼む」
 
 
   そして日曜の昼前、新都の駅前にあるファミレスには美綴と、その向かいに座る美綴に呼び出された凛と士郎の二人。窓際の席に通された三人は、当たり前のことだが美綴一人と、その向かい側に、当然の如くぴったりと寄り添い、繋いだ手の指先を絡め合いながら座る二人とに別れる。
 「で、わざわざこんな所まで呼び出して何の用?」
 何故か額を抑えている美綴に対し、口火を切ったのは凛。
 「いやね、誰もあんたらに注意してやらないようだから、あたしが一言言ってやろうと思ってね」
 「え?」
 目をぱちくりさせると、頭を士郎の肩にもたせかけ、目で「私たち、何か変なことしたかしら?」と、問いかける凛。
 士郎はむろん「さぁ? 別に魔術使ったわけでもないしなぁ」と、目で答える。
 「何かしら?」「何だろう?」と、目と目で交わす会話にこめかみを引きつらせた美綴は、深呼吸をしてから外を見ると、
 「そうだな、まず、あのカップルを見てどう思う?」
 と、たまたま目に付いた駅前広場でいちゃついているバカップルを指さした。
 「え? どう思うって?」
 見ると、そのバカップル、どこかのバカップルの様にベタベタいちゃいちゃしながら歩いている。女性が手にしていたクレープのクリームを頬に付けたまま気が付かずにいるとおもむろに男性がその頬にキスをしつつクリームをなめ取る。
 驚いた女性に男性が何か話すと、女性は嬉しそうに笑いながら、男性にお返しのキスをする。
 「ねぇ士郎」
 「ん?」
 「私の時も、あれやってくれる?」
 「それに答える前に、あの二人の周りを見てみろ」
 美綴に言われ、渋々と見る二人。
 「何か……ずいぶん刺々しいわね」
 「ウン、こう……不愉快なものを見たって感じだな」
 言いながら件のバカップルに視線を戻す士郎。その瞬間思わず声を漏らす。
 「うわ」
 「どうしたの? 士郎。え?」
 視線の先では、激しいディープキスをしているバカップル。
 「ひ…人前で……そこまで……するか?」
 愚痴る美綴の声が聞こえるが……実はやってた二人としては答えの返しようがない。
 「あ、綾子、ああいうのを私たちに見させて、一体どういうつもり?」
 「そ、その前に、さっきの質問に答えて貰えないか?」
 「さっきの?  ああ、いくら何でも……人目のあるところでああいうのは……、やりすぎじゃないかな」
 そのやりすぎをやってたことを思い出し、赤面しながらも答える凛。
 「そうか、衛宮は?」
 「……俺も、……遠坂と一緒だ。やりすぎだと……思う」
 こちらも、同じように過去を思い出して赤面しながら答える士郎。
 「そうか、お前達が正常な判断力を残してて嬉しいよ。で、そう思うならば、次は、日頃の自分たちの行動を思い起こしてみないか?  例えば、いま現在のお前達自身の振るまいとかをな」
 「「え?」」
 言われてお互いを見直す二人。
 窓際に凛が座り、通路側に士郎が座っていた関係で、外を見る時に士郎が背後から凛を抱きかかえる形になり、そのまま凛はすっぽりと士郎の胸元にはまりこんでいる。
 当然、このときは士郎が胸元に抱きかかえた凛を見下ろし、凛は首を上向けてその士郎を見上げる形となっている。
 「いまのあんた達が、周りからどう見られるか、考えてみたことあるか?」
 「「え、えーっと」」
 「今だけじゃない、普段学園での自分たちの姿はどうだ?」
 「「あー、そのー」」
 「何だってあんた達はそう言うことばっかりしてるんだい?」
 「「うーん、なんだか、こうしているのが自然に思えて……」」
 「それでいつもベタベタしてると?」
 「そんなにベタベタしてた? 少しは控える様にしたつもりだったんだけど……」
 「ああ、確かにあんたはこないだそんなこと言ってた。でも、その後もちっとでも控えた様には見えてない」
 「う……」
 一旦うつむき、改めて士郎と目を合わせると、その腕のなかから出て座り直す凛。
 士郎もそれにあわせて座り直す。
 「「その、ごめん。また私(俺)達が行き過ぎてる様だったら、そのときは言ってちょうだい(くれ)」」
 「ハッ! ごめんだよ。何だって一人もんのあたしがあんたらラブラブバカップルの面倒見てやんなきゃいけないんだい? ちゃんと自分達で自分達の立ち位置確認してな!」
 「「そ、そうね(だな)。ゴメン(すまん)」」
 「あ……まてよ?」
 「ん? どうした?」
 「条件一つ飲んでくれるなら注意してやってもいいよ?」
 「どんな条件だ?」
 「それは、飲んでくれるってことで良いんだね?」
 「ああ、……」「ちょっとまって士郎」
 「どうした? 遠坂」
 「どうしたもこうしたも……貴方、綾子の条件を聞かないまま飲んだりして、それがとんでもないものだったらどうするの?」
 「とんでもないって……美綴がそんな変な条件出すとは思えないんだけどな」
 「じゃ、聞いてみましょ。……綾子、それで、どんな条件を付けようとしてたの?」
 「アンタ、ホント勘が良いねぇ」
 真剣な顔で問いかける凛と、それに意地の悪い笑みを浮かべて答える美綴。
 凛は顔から表情を消すと、目を細めて改めて問いかける。
 「それでは美綴さん、一体どういう条件なのですか?」
 「いや、大したことじゃないよ。ごくごく簡単なものだから」
 「お答え、頂けないのでしょうか?」
 「ハッハッハ! 判った判った。判ったよ。言うからまぁ落ち付けって」
 豪快に笑い飛ばすと、一転、真面目な顔になり言う。
 「それじゃぁ言うよ。ズバリ、『衛宮士郎の一日使用権』!」
 「ななな……」「なんですってぇー!」
 「結構使い道があるぞ。うちの壊れたストーブ修理して貰うとか、うちきて飯作ってもらうとか、料理教室なんてのも良いな。思う存分射の勝負とか。そしてもちろん……」
 「もちろん?」
 「デート!  いつも遠坂にしてる様にあまーく優しくして貰うのさ!」
 「……あ・や・こぉ!」
 「さらに、こういった何でも有りの権利をチケットにして売りに出すと……」
 「何だよ、それ」
 「良いじゃないか、あたしの懐と、それからいつも厳しい弓道部の財政に大きく寄与するチャンスだぞ!  ほれ、人助け人助け!」
 「駄目よ!  士郎はあたしのものよ!  一日どころか一秒だって誰にも渡すものですか!」
 「一秒だって……かい、あんたら、ホントに一日中べったりとくっついてんだな」
 「いや、そんなことはないぞ。バイトに行ってる時はもちろん別だし、夜寝る時や風呂入る時なんかも別々だ」
 「当たり前だ! そんなところまで一緒だったら新婚共働き夫婦じゃないか!  ……って、そんなこと言うって事は何かい?  風呂も一緒に入りたいとか寝る時も一緒に寝たいってのかい?  マジで行き過ぎだぞそりゃ!」
 「うーん、でも、寝る時、遠坂がいないと、何か欠けてる様な気がするし……」
 「士郎が一緒じゃないと寂しいし……」
 「……あんたら……依存しすぎだ。暫く離れてろ」
 「依存しすぎって……」
 「ちゃんと離れてるわよ、士郎が働いてる時とか、うちの資産管理してる時とか、お風呂入ってる時とか寝ている時とか……これだけ離れてれば充分じゃない!」
 「いや、充分でもなんでもない、間違いなくくっつきすぎだ。大体あんたら、そう言う生活いつからやってる?」
 「いつからって……」「春休みに入って……」「あ、あの日からよ」
 「そうだな、爺さん達の挨拶が済んでからだ」
 「……それまではそうじゃなかったわけだよな?」
 「「え? うん(ああ)、言われてみれば確かに」」
 「じゃ、なんでそれ以前に戻れないんだ?」
 「なんで……って言われても……」「なぁ……」
 お互い、顔を見合わせながらしばし考え込む。
 と、いきなり肩を抱き合い、
 「「こうしていられないのが辛いから」」
 「慣れろ!  大体あんたら、倫敦行ったら専門が違うんだろ! そん時は一緒にいられないぞ!  一日の大半、別々にいることだってあるんじゃないのか?」
 「我慢するわよ、昨日だって、士郎が間桐君のお見舞いに行って、そのままバイトに行ったから、一日の大半は別々だったし」
 「それが毎日でもか?」
 「その代わり、帰ってからはずっと一緒だもんな」
 「そうそう、昨日は桜も藤村先生も早めに帰ってくれたものね。だからその後、寝るまでずーっと一緒」
 「……昨日のあの愚痴は、それが原因だったのか」
 「「愚痴?」」
 「二人とも、あんたらのバカップルぶりに当てられてたってことさ」
 「「……」」
 「いい加減にしないと、藤村先生が夜も監視する様になるぞ?」
 「……別に、変なことはしていないぞ」
 「それでこれなら、次は、遠坂に『夜になったら家に帰ること』って申し渡しが出るだろうね」
 「「……」」
 「実際、暫くそうした方が良いよ。つきあい始めたと思ったらいきなり同棲ってのは、いくら何でも行き過ぎじゃないか?」
 「「……」」
 「まぁ、二人とも親が居なくて、衛宮が五年で、遠坂が十年だっけ?  その間の寂しさなんてあたしにゃ判らないけどさ、その寂しさを埋めるためにもずっと一緒にいたいんだろうなってことは想像が付かない訳じゃない。けど、やっぱり少しは我慢したらどうだい?」
 「……俺は、藤ねぇがいたし、最近は桜も来る様になってたから、そんなこと思ったこと無かったけど……、遠坂、寂しかったのか?」
 「……そんな風に、思ったことはなかった。士郎と一緒に過ごす様になるまでは。でも、一度士郎と一緒にいる様になってからは、寂しかったってことが判った」
 「だったら、なおさら遠坂を離すわけにはいかないな。遠坂が寂しがるのが判ってて、一人っきりの家に帰すことなんてできない」
 「士郎……」
 「あー、盛り上がってるとこ悪い」
 いつのまにやら抱き合っていた身を慌てて離す二人。
 「だからさ、そう言うことにならない様にするためにも、もうちょっと節度のある付き合いにした方が良いんじゃないか?」
 やっぱ藤村先生にやらせるべきだった……とか、とんだ貧乏くじだ……などとブツブツとブーたれてみせる美綴。
 「そっか、そうだな。そんなことで遠坂を一人っきりになんかしたくないからな」
 「ありがとう、士郎。私も気を付けるわ」
 気を付ける様にしてたつもりなんだけど……と、恥ずかしそうに呟く凛。
 「頼むからそうしてくれ。じゃ、あたしゃもう帰るよ。正直、これ以上あんたらに付き合ってると、こっちが持たない」
 「あ、すまん、美綴」「ゴメンね、綾子」
 「はいはい、出来ればこれからの行動で示してくれ」
 言いつつ伝票を確認しようとするのを手で止める士郎。
 「いいよ、折角忠告して貰ったんだ。ここの分ぐらい奢らせてくれ」
 「いや、いいよ」
 「ううん、奢らせて。私たちからの、ホンのささやかなお礼の気持ち」
 「そっか……じゃ、そうさせて貰うよ。じゃ、また明日」
 「またな」「またね」
 
 そして、美綴を見送った二人は、
 「ね、これからどうする?」
 「うーん、まだバイトまでは時間があるし……あ、そうだ、慎二の奴が何か相談したいことがあるって言ってた」
 「相談?」
 「ああ、どうも魔術師として(こっち側)のことで相談があるらしい」
 「ふうん?」
 雰囲気が切り替わる二人。
 「いいわ、とりあえず行って、話を聞くだけ聞いてみましょう」
 「それと、そのときは結界を張って外部と遮断して欲しいそうだ」
 声を落として続ける士郎。
 「そう。ちょうどいいわ、テスト代わりに貴方も張ってね」
 「判った」
 
 
   ……たく、衛宮の奴、なんだかんだ言ってうまくやってやがるな。一般人の振りして魔術師だったり、朴念仁のクセしてちゃっかり遠坂を落としたり、なんだかんだ言いながら美味しいとこばかりもってきやがって。クソッ!……判ってるよ。あいつがくそ真面目な良い奴で、そのことが漸く正しく認められただけだってのは。
 でもな……
 おまけに桜のことを妹だって?  ……ったく!
 ……ん?
 「慎二、元気か?」
 「ふーん、一応元気そうじゃない。士郎に頼まれたから、来てあげたわよ」
 「衛宮、それに遠坂!  よく来てくれたな。まさか昨日の今日で来てくれるとは思わなかったよ」
 「いや、美綴の用事が早めに済んだんでな。遠坂の時間も空いてたから、折角なんで来ることにしたんだ」
 ん?  遠坂が衛宮のこと、肘でつついてるな?
 「あ、そうだな……。慎二、ちょっとまっててくれ」
 「トレース、オン」「Anfang……」
 ちっ、こんなところでまで息の合うところ見せつける気だな?
 良いだろう、ちょっとは僕の力も見せてやろう。
 「Circuit Start……」
 うぐっ!  ……身体に、汚泥が流し込まれる
 「「慎二!?」」
 「ああ、悪い悪い、一応、家独自の結界も上乗せさせて貰ったよ。もし、家の裏をかけるのが居ても、お前達の結界で穴がふさげるだろ?  その必要がある話だったんでな」
 体内を暴れ回る吐き気と言うもおこがましいほどの苦痛を何とか我慢し、こいつらのごく普通の結界のすぐ内側に張る。
 「ふーん、で、具体的にどんな話?」
 「まず一つ目。見ての通り僕も魔術が使える様になった。まぁ、これでも間桐の裔だから、ある程度は出来るつもりだけど、これを封じる前に、一通り見て貰えないかと思ってね」
 「「封じる?」」
 何二人して顔を見合わせてるんだよ。
 「ああ、とりあえず一通り見るだけ見て、その後回路を封じて欲しい」
 「どういう事? アンタ、魔術師になりたいんじゃなかったの?」
 「ああ、あのときは何も知らなかったからな。でも、もう充分だ。毎度毎度こんな苦痛に耐えるなんて、僕には無理だ。結局、僕は魔術師としての心構えだの辛さだのなんて、何一つ知りもしないまま、ただただ欲しいと思ったものに手を伸ばしてただけだったんだよ」
 「ふーん、一つ聞くけど、あんたのスイッチってどんなイメージ?」
 「身体に……あの泥が流し込まれるイメージだ」
 「うわ……」「うう……」
 そっか、こいつらでも耐えられないのか……ははは、ならば……ん?
 「おいまてよ、あのとき泥の中に入って僕を助けてくれたのは遠坂なんだよな?  なんで衛宮までそんなに顔をしかめるんだ?」
 「前に俺があの大火災に焼け出されたって話したよな? あれ、聖杯からこぼれた泥が起こした奴だったんだ」
 「え?  じゃ、お前……九歳のガキの頃にあの泥に焼かれてたのか!」
 何だよ……なんでそんな目にあいながら、こうも馬鹿正直なままで生きてられるんだよ!
 「ちょ、ちょっと士郎、それ、何の話?」
 「あ、遠坂には話してなかったっけ。俺、十年前の冬木の大火災の時に焼け出されたんだ。で、名前と身体以外の全てを焼き尽くされた俺を拾ってくれたのが、切嗣(おやじ)だったんだ」
 「え!?  じゃ、じゃぁ、士郎って養子?」
 「ああ」
 「魔術刻印を持ってないのは……そう言うことだったんだ」
 「ん?  どのみち、切嗣は俺が魔術師になることには反対してたからな。もし俺が切嗣の実の息子だったとしても、刻印は継がさなかったんじゃないか?」
 「あ、そっか」
 「……どうでも良いけどな、衛宮。お前、自分のことを話さな過ぎだぞ。その分だと桜にも話しちゃいないだろ」
 「だって、わざわざ話す様な事じゃないだろ?」
 はぁっ、慎二は溜息をつく。
 「あのな、衛宮が僕のこと親友だと思って話してくれたことは嬉しいけどな、親友に話す様な話ならば、恋人や家族にはなおさら話さなきゃいけないんじゃないのか?」
 「そうなのか?」
 「そうだよ。隣を見ろよ、遠坂が怒るどころか頭を抱えてるぞ」
 「あ……」
 ……ったく、そう言うところもみんな焼かれたって事なのか?  お前の朴念仁ぶりは見事すぎるぞ。
 「良いわ、衛宮クン。そのあたりは帰ったらきっちり聞かせて貰うわね?」
 「う……、判った。判ったからその辺で勘弁してくれ!」
 うわっ! お前、カンッペキに遠坂の尻に敷かれてるな。
 「じゃ、まぁ、その話はその辺にして……ところでお前らのスイッチのイメージは?」
 「私は心臓にナイフを突き立てるイメージね」
 げっ! そんなことを毎度毎度やってるのか?
 「遠坂……お前、それ、大丈夫なのか?」
 「当たり前でしょ、この程度出来なきゃ魔術師なんてやってけるわけ無いもの。それより士郎のイメージは何?  なんでこの程度で驚くの?」
 「ん、だって俺の場合、回路の頂点に撃鉄をたたき落とすだけだし」
 「何だって?」
 「うわ!  なんていい加減な……って、なるほど、八年間回路を造り続けた代償って所かしら」
 ……おい、それって僕の苦痛どころじゃないものを八年間味わい続けたって事かよ!?
 「え? どういう事だ?」
 「流石に八年間もスイッチが出来ずに回路を造り続けたへっぽこは士郎が初めてだからはっきりとは言えないけれど、スイッチが出来るまでの時間が長かった人の方が、スイッチを入れる時のイメージが穏やかなものになる傾向があるみたいなの。だから、八年かけた上に、思いっきり回路に負荷がかかる様なことをやって、漸くスイッチが出来た士郎のスイッチは、穏やかなものになり、逆に間桐君は……きっと聖杯にされた時に流れ込んだ魔力に、無理矢理回路を開かされ、それと同時にスイッチも出来たんでしょうね。そう、ホンの一瞬の内にそこまで行ったために、それに見合った鋭いスイッチになったんだと思う」
 「……そうか、昔の僕が聞いたらなんて言ってただろうな」
 「慎二?」
 「どのみち、こんな思いをしても、開ける回路はたったの九本。二流以下でしかない。おまけに、所詮は痕跡を無理矢理開いただけの回路だからな。後代に残すこともできやしない。間桐は魔術師としては終わってたんだよ。漸く僕にも理解できた」
 「そう、それじゃ、封じさせて貰うわ。でも、なんでその前に一通り見せようとするの?」
 「後始末のためさ」
 不思議そうな顔してるな。
 「間桐家にある魔具や魔術書は全て処分するつもりだ。で、その売値を決めるために、手伝って欲しいんだ」
 「そう、間桐の魔術を見た上で、資料の価値を計らせようという訳ね」
 「そうだ、只でなんて事は言わない。査定料として売値の5%、売却を手伝ってくれるのならば、更に5%を手数料として払うよ」
 「ふーん、ちょっと安いわね。ま、足を洗うってんだから、差額はその御祝儀?  代わりにしてあげる」
 「そうか、じゃぁ、その分お前達の式にはそれなりの祝いを弾ませて貰うよ」
 「「………」」
 おーお、二人揃って赤くなりやがって。実は似たもの夫婦か?
 「話を戻すけど、処分するのはそれだけじゃない。あの家にある魔術に関わるもの全て。つまり、工房もキレイさっぱり処分したいんだ」
 「ちょっと、それ本気?」
 「判ってる、枯れたとは言え家の工房だ。僕にも判らない仕掛けの類はたくさんあるだろう。だから今すぐとは言わないし言えない。費用がどれだけかかるか判らないし、何よりお前達自身の命に関わることだってあるかもしれない。でも、あそこはキレイさっぱり消すべきなんだ。最悪、更地にして売りに出して、桜と二人どこかに引っ越すことになっても構わない。兎に角、間桐という家に伝わってきた魔術は、僕の代で消滅させたいんだ」
 「……慎二、何に脅えてるんだ?」
 脅えてる? 僕が? 何に脅えてるって……、いや、そうだな。確かに僕は脅えてるんだろう。
 「……間桐臓硯」
 ああ、恐ろしい、この名を出す前から身体は震え、冷や汗が流れている。
 この名を口にするのと、泥を回路に流し込むのと、どちらがましなのか判らなくなる。
 ……だから、だから両方から逃げるんだ。なんとしてでも!
 「間桐臓硯?  確か、間桐家がここに来た時の当主じゃなかった? 二百年の前の。そんな昔の人がどうしたって言うの?」
 「……お祖父様の名前だ」
 「え!?  それってどういう?」
 「二百年間、生き続けて居るんだよ」
 「まさか!」
 「ここ数年は、姿を見たことはない。けれど、死んだなんて保証はない」
 「生きているなら殺し、死んでいるならその確証を得たいというの?」
 「そうだ」
 「まてよ、生きてる人を殺せって言うのか?」
 「人じゃない!」
 怒鳴る。
 「あれは人なんかじゃない! あんなことしてる奴が人でなんてあるわけ無い!  自分が使役する蟲のために、人を襲って餌にしてるような奴が、人でなんてあるものか!  衛宮!  お前は正義の味方なんだろう!!  だったら、生きていれば確実に人を襲い、喰らい殺す蟲を守るのがお前の正義か!  人の生き血を啜って生きる蟲と、その餌として喰われる人と、どっちを守るのがお前の正義なんだ!」
 「な……、そんな……、奴なのか?」
 「そうだ、二百年生き続けた、魔蟲なんだよ!  あれは!」
 「どこに居るんだ?  そいつは」
 「知らない。もし知っていても、今の衛宮には教えられない」
 「何?」
 「相手は二百年生き続けた魔術師だ、今のお前が行って、勝てるのか?」
 「そんなの、やってみなくちゃ……」
 「判らないってのか?  ふざけるなよ衛宮。それでお前が敗れて死んだらどうする?  そのときは誰があの蟲と戦うんだ?  遠坂一人に戦わせる気か?  それで遠坂まで死んだら、そのときお前はどうするんだ?  ああ、先に死んでるんだから、お前の女がどうなろうと、お前には関係のないことだったな。後に残るのは、華々しく散った、正義の味方の悲劇物語?  お前がなりたい正義の味方ってのはそう言うものなのか?」
 「……ック!」
 「そう簡単にはやられない、そう言う目をしてるな。でもな衛宮。お前は、桜が人質として盾にされた時、桜を見殺しにしてあの蟲を殺すのか?  それとも、桜を助けたつもりになって、お前が殺されるのか?  お前が後先考えずにつっこめば、間違いなく桜は人質にされる。そのこと、考えたか?  もし、考えて、桜を見殺しにしてでも戦おうって考えたのなら、そうなる前に、お前を僕の手で殺す。桜は僕の妹なんだからな」
 ……判った様だな。だけどな、そうやって、肩を落として自分の無力を嘆くのはお前のカラーじゃないだろ?  衛宮。
 そう、そうやって、歯を食いしばってでも、顔を上げて、前に突き進むのがお前だよ。
 「……今は……今は諦める、けど、必ず、必ず!」
 「ああ、そのときは頼むよ。出来ることなら、僕一人で何とかしたかったんだけどな」
 「お前……」
 「ま、相談ってのはこんな所だ。他にもない訳じゃないけれど、どのみち僕が退院してからでなくては、進められるものも進められない。ま、とりあえず、伝えるべき事は伝えた。後はよく検討しておいてくれ。後、この結界はそのままおいといて貰えないか?」
 「……いいわ、あんたが退院するまでの一月半の内に、準備はきっちり整えておく」
 「頼む」
 結局、慎二の回路を封ずるのは工房の処理が済んでからとなり、結界は病院関係者と桜が自由に出入りできる様調整した上で、二人は慎二の病室を辞した。
 
 
   あたりに人がいないことを確認し、凛は士郎に囁く。「士郎、今晩の訓練は中止、替わりに家(遠坂邸)に行くわよ」
 「何をするんだ?」
 「間桐の家に流れる霊脈を閉じ、周囲に結界を張る。手伝ってね」
 「判った」
 この晩の「作業」は、特に妨害を受けることもないままに終了した。
 
 
 
 
 
 
   後書き
   と、言うことで、士郎が正義の味方として腕を磨く上で、当座の目標が出来ました。打倒!  間桐臓硯!  がんばれー!
 今回の話では、慎二を書くのに苦労しました。
 何せ、今回は慎二がメインですから。
 でも、最初に書いた時は我らが江戸っ子美綴姐さんがあっさりと慎二の出番を奪い去り、これではいかんと書き直してみると、こんどは良い人過ぎて、慎二ではなく。次に直すと単なる悪党。以後の出番がキレイになくなる出来になる。何とか苦労しつつここまで書き上げましたが……なんかまだ違う。二週間もかけたのに、どうにもこれ以上書くことが出来ないし、おまけに来週は仕事の関係でずっと関東に行っているため、この週末を逃すと更新できるのが再来週になってしまうので、この出来で公開させて頂くこととしました。
 いつにもましてご批評・ご批判をお待ちしております。
 
   ご意見・ご感想をmailまたはここのBBSにて頂けたら幸いです。特に、私が気が付いてないであろう未熟なポイントの情け容赦のない指摘を頂けると少しでもSSがマシにできるはずなので、そのあたりよろしくお願いします。
 
 MISSION QUEST
 2004/11/13 初稿up2004/11/13 一部表現修正up
 
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