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ER医は救急を変えるか:2(寺沢教授)

2008年8月30日

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写真ER医の草分け的存在の寺沢秀一教授=福井大学医学部付属病院、山崎虎之助撮影

 最初は四面楚歌。

 溝を埋める努力をしたら、仲間が集まり始めました。

    *

 発展途上の医師の指導役にER医も適任かもしれません

 ●おさらい

 赤ちゃんからお年寄りまで、あらゆる病気やケガを、症状の重い軽いにかかわらず診断し、治療する救急外来「ER」(救急室)。守備範囲の広いER医が増えれば、病院が「専門外」を理由に救急患者を断ることが減り、救急対応で疲弊している各診療科の専門医の負担も軽くなる。

 ER型救急医療は近年、各地の救急病院で採り入れられてきました。ただ、挫折した病院も少なくありません。医療崩壊=キーワード=が進む中、これからERを始めるのは厳しい状況です。

 医者が疲弊した病院に、救急車を断らないER医がくると、予定外の手術や入院に追われる各診療科から「仕事を増やす疫病神がきた」と非難されることがあります。

 広く深みのある診療に到達すればこれほど面白い仕事はないのに、十分な研修を受けずにER医を始め、各科に患者を振り分ける仕事しかできず、つまらなくなって辞めてしまうこともあります。

 ER医が足りなかったり、ERが正しい医療の形だという思いが強すぎて周囲とうまくいかなかったりし、やがて疲れて人格が荒廃、周囲から孤立して燃え尽きてしまう悲しい結末もあります。

    *

 私自身、沖縄やカナダでERを学んで、福井に赴任したときは生意気でボコボコにされました。「入院を各科に丸投げする変なやつがきた」と言われ、四面楚歌(そか)になり、自分が壊れそうになりました。

 人として周囲に受け入れられなければ、医者としても受け入れられないと気づきました。知識と技術だけではダメ。後輩の人格を重んじ、上司を攻撃しない。そして仕事を楽しむ。「モードチェンジ」をしたら、一緒にやろうという仲間が現れました。福井では少しずつ若いER医が育ち、救急現場の疲弊が緩和されました。

    *

 いま、医療の世界ではドロップアウトする医者が増え、自殺に追い込まれる人さえいます。医者は本来、自殺を図った人を治療し、立ち直りを支える職種なのに、です。

 医者の世界は長く「おれの背中を見ろ。技術を盗め」という徒弟制度的な教育でした。それは意欲と能力の高い人への特別な教育方法でした。しかし、最近は、そうでない人も増えています。

 時間をかければ一人前に育つ人を、指導者が「お前はダメだ」と責め、芽を摘んでしまう。そんな厳しすぎる組織に人は集まりません。残った優秀な人も負担が増え、去っていく。これも、医療崩壊の一因ではないでしょうか。

 強い優秀な人しか残らない組織はいい組織ではありません。チーム医療は、「神の手」を持つエリートの医者だけでなく、手術の助手や術後管理などさまざまな役割の人がいて、成り立つのです。

 医療崩壊への対処法がさまざま議論されています。その中で、人を大事にする、人を育てる、という原点を忘れてはいけないと思います。

 医療現場の再生を考えるとき、これまでの医師の指導・育成のあり方を変え、ドロップアウトする人を出さないことが、まず求められると思います。そのためには指導的立場の医者が変わらなくてはいけません。

 患者の心や職場、家族の問題も理解して接する姿勢が身についているER医も、成長途上の医師を養成する役割に適しているかもしれません。

 (福井大医学部教授 寺沢秀一)

 ◇キーワード

 〈医療崩壊〉 近年、医師の不足と過重労働、訴訟リスクの高まり、不要不急の「コンビニ受診」などから、各地の病院で疲弊した勤務医が辞め、病院の救急や診療科が休止に追い込まれる事態が深刻化している。背景には、医療費抑制、医師と患者の関係の変化など根深い問題もあり、国は対策について検討を始めた。

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