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天声人語

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2008年8月30日(土)付

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 感激も演技もてんこ盛りの、いい笑顔だった。最初の黒人奴隷が北米に運ばれて4世紀、同じアフリカ系の血を引く政治家が、とうとう米国の頂に手をかけた。民主党が大統領候補に指名したオバマ氏。激しい予備選が技に磨きをかけたのだろう。受諾演説に、無用の高ぶりは見られなかった▼「変化はワシントンからは来ない。ワシントンに向けて起こる」「後戻りはできない。未来へ行進しよう」と全米に訴えた。45年前のワシントン大行進で、黒人解放の父、キング牧師が「私には夢がある」と語りかけた、まさに同じ日だった▼牧師は、暗殺される前年の遺著『黒人の進む道』(猿谷要訳)で、「確信と信頼に基づいて」「熱狂的声援をおくれる」黒人政治家を渇望した。そして「その人は白人の政治的な会議のなかでも……尊敬をもって扱われるであろう」と見通した▼オバマ氏は牧師が思い描いた「奴隷の子孫」ではない。父はケニアからの留学生、母は白人。ハーバード出のエリートでもある。「分類」の難しい来歴は、強みにも弱みにもなろう▼党大会の直前、氏の暗殺を企てたとして白人3人が捕まり、ライフルや弾が押収された。キング牧師の夢が現実に近づくほど、時代を逆に回す力も強まりかねない。米国史をかけた挑戦なのだと実感する▼あらゆる障壁、妨害を乗り越え、褐色の手で頂を引き寄せるのか。スタジアムを埋めた8万の歓喜に肌の色の別はない。人種の壁をめぐる長い長い絶望と夢の果て、「異色」を背負う47歳が、最後のコーナーを抜けた。

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