本来の意味が転じて、まるで違ったニュアンスで日常に定着している言葉がままある。「他力本願」もその一つだろう。
一般には安易な「人まかせ」、「他人を頼る」といった意味で用いられることが多い。しかし、本来は「阿弥陀仏の本願の力に頼って成仏を願う」宗教的な用語だ。鎌倉初期に親鸞が開いた浄土真宗の根本的な教えこそが、「他力本願」の信仰だった。
戦乱や天災、飢(き)饉(きん)、疫病が多発した混乱の時代。生きていくパワーを民衆に授けた。作家の五木寛之さんは「他力は自力の母である。自力の限界を感じることで、人間の意志を超えた大いなるものの存在に気づくことができる」(「自力と他力」)と、他力の思想に共感する。
その五木さんが長編小説「親鸞」に挑む。九月一日から本紙朝刊で始まる新連載小説だ。岡山県久米南町出身の浄土宗の祖・法然を師と仰ぎ、激動の中世を生き抜いた聖人の波乱の生涯に迫る。
「時代と運命の波のなかでダイナミックに成長していく一個の人間を描いてみたい」「俗と聖とのあいだを往還する親鸞をさがす」。五木さんは本紙文化面への寄稿の中で、連載にかける意気込みをこう述べていた。
悩み多き時代に深く悩み抜いた「天才」の生きざまから、今日を生き抜く指針が見えてくるかもしれない。