Novel
五柱のお仕事・その3・前編

「……ああ、そうだ。今年もいつもの席で頼む。うん、よろしく」
 手慣れた口調で電話に向かってそう言うと、ナツキは電話を切り、ダイヤルを回し始める。
「ああ、クルーガーだが……今年の新作だが。うん、うん……」
「……なんか今日は妙にがんばってるみたいだけど、なんかあったの?」
「アレ仕事じゃないんだよ」
 学園長が業務(?)に励む机からしばらく離れた場所のソファに腰を下ろして囁き合うのは、ナオとマーヤ。いつものように長期出張からの帰りである。
「じゃあ何やってるっていうのさ」
「毎年のことなんですけどね」
 ハァ、と溜息をつきながらサラがその会話に加わる。
「いつものレストラン予約して、でもって誕生日プレゼントを贈るんです」
「それがすごいんだよ、プレゼント」
「……なんなのよ」
 ニタリと笑ったマーヤと、困ったような笑顔のサラの言葉がハモる。
「「新作のドレス」」
「それ着せて食事に行くんだってさ」
「うわ、何そのエロオヤジみたいな行為」
「そう思いますよねえナオさんも?」
「服を送るっていう行為はそれを脱がしたいと言う想いの現れって言うよねェ」
「でしょでしょ?」
「……いつもやってる事じゃないの?」
 盛り上がるマーヤ達に、溜息をついてナオはそう返す。だが、マーヤとサラはヒートアップする一方だ。
「きっとアレだよ『シズル、今回のドレスもよく似合ってる』とか言ってんだよ」
「『おおきに、でもうちはその気持ちだけで嬉しいわ』とか返したりしてるんですよね」
「『なら私の気持ちもわかるだろう? シズル……』」
「『ナツキ……』」
「……」
 そんなアホなコントに夢中な二人は、背後に現れた影には気づかない。向かいに座っているナオはもちろん気づいているのだが、その影の視線が怖いし、それよりも結果が面白そうなので黙っていることにした。
 その影はむちゅーと唇を伸ばす二人の頭を掴むと、二人の顔を打ち付けるようにくっつける。
「むちゅ」
「むぐ」
「貴様ら愉快なコントで楽しそうだな、ええ? 報告書はどうした報告書は! 今日は貴様ら待ちで残業はやらんからな」
「おおおおおお」
「うううううう」
 唇を押さえてのたうち回る二人を見下ろしているのは、無論ナツキ・クルーガーその人である。
「あたしのはもう確認してもらった?」
「ああ、特に問題ない。君は仕事の覚えが早くて助かるよ、ナオ。……こいつらみたいに変に環境に慣れるなよ?」
「肝に銘じておきますわ、学園長様♪」
 妙に媚びたような口調になんとなく小馬鹿にされている気分を感じながらも、ナツキは特に表情を崩す事はなかった。
「ところで学園長」
「なんだ?」
「残業やらないって、何か用事でもあんの? もしかしてそこの二人が話してた……」
「ああ、シズルへのプレゼントを受け取りに行くんでな」
 照れもせず、隠しもせず。
 あくまで普通に答えるナツキに、ナオは若干呆れたように答えを返した。
「はぁ、さぞかしお綺麗なドレスなんでしょうねえ」
「まあどんな衣装でも着る人間が一番大事だからな。相応の人間が着てこそ華というものだ」
「はいはい、そんな話題振った私がバカだったわよ。本人出張から帰ってくるまでに受け取りたいでしょうしね。今日は早く帰りたいでしょ」
「いや、違うんだ。今日受け取るのはドレスじゃない」
「はぁ? じゃあなんなのよ」
「お前らも見るか?」
「……一体何なんですか?」
「そんな自慢したい一品なのかよ」
 キスしてしまったショックなのか顔面激突のショックなのか、かなり長いこと床ををのたうち回っていたサラとマーヤがようやく立ち上がる。
「まあ、見てのお楽しみという奴だ。シズルにはもちろんナイショだぞ?」
 イヤだと言っても連れていく。
 このときのナツキには、そういうオーラが漂っていた。

 そんなナツキが三人を伴って訪れたのは、例の研究室。
 真祖のサーバを収めるそのエリアには、ナツキ以外の三人はめったに訪れることはなかった。
「おいヨウコ、例の物は?」
 そう声をかけると、ヨウコよりも先に軽快な機械音を響かせて現れたものがいた」
「ヘイナツキ、仕上がりは100%パーフェクトネ」
「おお、これはこれはプロフェッサー。お元気そうで何より」
「あたしもいますよー」
「イリーナか。結局君は卒業後の進路はここなのか?」
「はい、ユキノ大統領にもOKもらってますし、それに私は体育会系苦手ですから」
「ああ……それは私も苦手だ」
 オトメに一番必要なのは根性だと断言する金髪のオトメを、その場にいる全員が想像していた。
「今回の件は基本的にその二人がやってるから、私はあまり関係ないんだけれど」
 そういいながら、二人の後からヨウコが現れる。
「それでも責任者は君だろう」
「そうなんだけど、私も良く分かってないところが多くて」
「アスワドのサイボーグテクノロジーだけでも、ガルデローベのテクノロジーだけでもノットイナフだったね」
「二つの技術の結晶と言うことか。ある意味我々とアスワドの協調を示すいい宣伝にもなるな」
「ノーノー、それだけじゃないね」
 そういうと、ガルは一同をある装置の前に招く。
 そこにあったのは、機械仕掛けの棺とでも形容すべきシロモノ。
 いかにも何かが眠っているようなその装置の前で、ガルは一同に向き直る。
「ミスミユ。彼女の解析結果もちょっとばかり反映されていたりするネ」
 横にあったボタンを押すと、機械仕掛けの棺の扉が開く。
 そこに眠っていたのは……。
「シズル!?」
 ナツキも含め、4人が一斉に声を上げる。
 そこに眠っているのは、シズル・ヴィオーラその人であった。
 ただその衣装は日頃の彼女とは違う、見慣れぬものではあったが。
「いやちょっと待てプロフェッサー! 誰がこんな外見にしろといった!」
「ホワイ? ミーはナツキが寂しいときにこれを使うものだと……」
「学園長最低ですね!」
「日頃からヒドイと思ってたけどここまでとは」
「あーこりゃ素敵な誕生日プレゼントですこと」
 口々にそういうナオ達の前で、ナツキは慌てて手を振って一同の批難を押しとどめる。
「まあ待て待て待て。お前ら私の話を聞いてくれ」
「聞く必要あるんですかこの外見」
「どう見てもあんたが楽しむ用にしか見えないんだけど」
「私は元々シズルのサポートをするアンドロイドを頼んだんだ!」
「アンドロイドぉ?」
「そうなんだ……外見は私も今日初めて見たんだよ」
「ふーん、言い訳はそれだけなんだ」
 鼻で笑いながらそういうナオに、マーヤとサラも同意したかのようにうんうんと頷いている。
「同じ嘘ならもうちょっとマシな嘘をついた方がいいんじゃありませんか?」
「だよねぇ。ていうかこれはどう見てもダ……」
「言うに事欠いてなんてことを貴様!」
 そうやってわあわあと言い合う4人を呆れたような目で見つめるイリーナとヨウコ、そしてガル。
 一同の視線がそこに集中しているその時。
 そのアンドロイドのベッドにあった緑色のランプが、赤く転じたことに誰も気づかなかった。側にあったモニタに写された文字は。

"Versatile Interface Optimized for Logical Assistance System Ver0.42 rev.U"
"OS Loaded..."
"V.I.O.L.A. System Start Up"

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