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湯川秀樹の遺伝子(7)ユニーク教育、起業の力に2008/03/10配信
――荒勝教授にあこがれて京都帝大に入ったそうですね。 「旧制甲南高等学校生のころから物理学、なかでも原子核か天文をやりたいと決めていました。本を見てたら荒勝先生という立派な学者がいると知り、とにかくこの人のところで学びたいと思いました」 ●文系学生も聴講 「入学早々、荒勝先生の必修授業『物理学通論』を聴き、すごいと思った。物理といえば物理やけど、人類がどう発展したかという講義なんですよ。火や道具を使って人間が成長した歴史をプラトンからアルキメデス、ニュートン、アインシュタインへとたどる。哲学の授業ですね。哲学を支えているのが物理だと」 「それはもう名講義でね。文系の学生も聴きに来て、これがユニバーシティーかと実感した。違う学部の名講義を聴けるから総合大学というんや。いまは学部が支店みたいに分かれ、『総合』の名がすたります」 ――湯川秀樹博士の授業はどうでしたか。 「2回生で量子力学の講義を受けましたが、黒板に向かってしゃべるし、全然分からん。それで文句言ったら、湯川さんは『聴かんでもいい』と言う。そやかて必修科目でしょ。仲間と組んでストライキに打って出たら、湯川さんも心変わりしたみたいです。研究者としては立派かもしれんが、プロの教師としては荒勝先生と対照的でした」 ――荒勝教授は実験もユニークだったようですね。 「大学には専門の職人さんがいるのに、僕ら学生にガラス細工をさせるんです。先生は気さくな性格やったから、僕が『もっとましなんさせて』と愚痴を言うと、先生は『ガラス細工からやれなんだら一流の実験物理学者になれへん』と言う。そういう調子ですわ」 「いま思うと、ハンダ付けから全部やるんで原理が分かるし、問題が起きても解決できる。その教えが堀場製作所の起業に大いに役立ちました」 ●計数器作り参加 ――荒勝研に入った44年10月ごろ、サイクロトロンの建造状況は。 「本体はかなりできていて、僕は先生から原子核実験用の計数器を作れと指示されました。加速器のビーム(粒子線)が標的に当たると放射線のパルス(0と1の信号)が出る。2進法では読みにくいから、高速で10進法に変える機械です。石(トランジスタ)などまだないから全部真空管で作った。講師の清水栄さん(後に京大教授、ビキニ環礁水爆実験の調査に参加)が指導役で、大体は僕1人でやりました」 「45年になると、僕は陸軍の委託生として多摩陸軍技術研究所の関西出張所に派遣され、伊丹飛行場で電波探知機の実験をしていた。ですから大学にはほとんど行けず終戦を迎えた。10月に3回生になってすぐ、僕は烏丸五条で『堀場無線研究所』を立ち上げた。その後も大学にはあまり行かず、結局、堀場無線研究所で計数器の研究を論文にまとめ、卒業しました」 ――GHQ(連合国軍総司令部)の加速器破壊(11月24日)には居合わせなかったのですか。 「そのころは大学に行っても教室に入れない日が続いていた。12月になって顔を出すと、サイクロトロンは破壊され、完全になくなっていました。荒勝先生に会うこともほとんどなくなり、先生の後ろ姿を見たのを覚えています」 ――荒勝教授が旧海軍から受託した原爆研究について聞いていますか。 「当時、荒勝先生からは直接聞いていません。ただ化学科教授だった父(堀場信吉京都帝大教授)から聞いていました。そこの講師がウラン235を分離して臨界に達すると、ものすごいエネルギーを取り出せると計算した。しかし実際にはウランの分離と、それ以前に日本にはウラン鉱石がないという問題があった。原爆はロジックではできても、そこまでの研究だったようです」 ――荒勝教授の業績は埋もれつつあります。 「荒勝先生がノーベル賞を取れなかったのは運不運の問題だと思う。先生と風采が似ているアインシュタインは音楽を愛し、伝記を読むと魅力的な人だった。荒勝先生も書の達人で、私がこれまで会ったなかでもけた違いの人物です。京大が荒勝先生の業績を残さず、先生の実験機器を粗末に扱っているのは悲しい」 ――この連載に注文があるそうですね。 「毎回楽しみに読んでいますが、『湯川秀樹の遺伝子』というタイトルが逆でしょう。荒勝先生の遺伝子こそ湯川さんが受け継いだ。遺伝子を逆にたどれば、という考え方もあるかもしれませんが……」 編集委員 久保田啓介 写真 進藤秀幸 ほりば・まさお 1924年京都市生まれ。京都帝大理学部で荒勝文策教授の研究室に入り、在学中の45年に堀場無線研究所を創業。53年堀場製作所設立、社長に。同社を分析機器大手に育てた。78年会長、2005年最高顧問。 ●サイクロトロン部品保存秘史、映像作品に 京都帝大サイクロトロンがGHQに破壊された事件を巡り、その主要部品「ポールチップ」が投棄を免れた経緯をたどったドキュメンタリー作品「よみがえる京大サイクロトロン」の上映会が26日午後2時から、京都市左京区の京大付属図書館で開かれる。 この連載の初回で紹介した東大研究生、中尾麻伊香さんらが製作。京大の研究者がポールチップを代々保管し、現在まで引き継がれた秘史を約45分の映像作品にまとめた。上映会は入場無料。併せて京大総合博物館でポールチップを展示する。問い合わせは京大大学院情報学研究科の塩瀬隆之助教(電話 075・753・5042)まで。
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