イエスの惑星BBS

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>Pasさん  投稿者:ノムさん  投稿日:2008年 8月29日(金)18時47分26秒
  ページに、(ソース)としてブックマークしました。
http://www.nomusan.com/~essay/jubilus2008/08/080825.html

Pasさんご指摘のページと混じり合っているのではないでしょうか?

Pasさんとグレゴリオさんは、私はお目に掛かったことがないと思います。
その他のメンバーはおそらく、知っています。
お二人の真摯かつ本質的なご発言に、はっとすることが多く、いつも感謝しております。

http://www.nomusan.com/~essay/index-jubilus.html

 

ノムさん 時事短評拝見しました  投稿者:Pas  投稿日:2008年 8月29日(金)07時47分50秒    編集済
  イギリスのリーズ(Leeds)の件というのは、たぶん次の記事のことです。
http://www.catholicherald.co.uk/articles/a0000351.shtml
バーク(Burke)大司教による破門の記事はこちら。
http://www.catholicnewsagency.com/new.php?n=12081
オーストラリアの件は漠然としていてもう少し情報が欲しいところですが......。
この記事と関係があるのか、ないのか......(たぶん違います。上の二つよりは全然自信なし)。
http://www.catholicnewsagency.com/new.php?n=12688
 

学生時代に過ごした街を訪ねる  投稿者:Pas  投稿日:2008年 8月28日(木)23時17分50秒    編集済
  今週初め、急に思い立って学生時代に過ごした街を訪ねました。実に卒業以来、十数年ぶりのことです。
近県にあるのですが、私の現住所からは実に交通の便が悪い場所で、ずっと訪ねることのないまま過ぎていました。
人生で初めて「カトリック教会」に足を踏み入れた街でもあります。
久しぶりにその街を訪れて、なぜ十数年もそこに行く気になれなかったのか、わかってきました。
ずっと多忙だった、交通の便が悪い場所だった、確かにそうです。でもそれだけではなかったのです。

学生時代の私は、いま思い返してもあきれるくらい、マイナス思考のかたまりでした。
その頃は何をやってもうまくいかず、学業の方も努力する割には結果に結びつかず......。
要領が悪くて、人一倍努力しているつもりが、なぜか「追試」の常連みたいになってしまいました。
子供の時からあった自殺願望みたいなものも依然として心の中にこびりついていました。
その頃の自分を思い出すのがいやで、なんとなくその街から足が遠のいていたのです。
十数年を経て、そこを訪れようという気持ちになってきました。ようやく当時に向き合う気持ちになってきました。

カトリック教会への興味が日に日に強くなっていったのですが、なかなかそこを訪ねる勇気が湧いてこなかった。
教会のまわりを半年くらい、とぼとぼと、ただグルグル回っていたような。
ところが、ある悲しい事故が起こり、同級生が何人も亡くなる、ということがありました。
自殺なんていけないな、そんなことをしたら事故で死んだ同級生たちに申し訳ないな。そう思いました。
もっと「生きる」ということを真剣に考えてみないといけないな。そう思いました。
死ぬのはいつでもできるけど、生きるのは今しかできない......。

実際にカトリック教会を訪ねてみると、そこにいたのは、拍子抜けするくらいに、ごく普通の人たちでした。
神父様も普通のおじさんにしか見えなかった。カリスマ的なものは微塵もない。信徒の皆さんもそうだった。
教区の司教様を見かける機会も偶然ありましたが、どう見ても、この方もただのおじいさんにしか見えなかった。
見たところ、「平凡」としか言いようのないくらい、普通の方々がいました。
最初はちょっと失望感のようなものを覚えながらも、私は少しずつ教会に足を運ぶ回数が増えていきました。

今にして思えば、それでも、あまりそこの教会に通えないまま、卒業を迎えてしまったように思います。
「はじめの一歩」を踏み出すまでにかかった時間が、あまりにも長かったですので......。
それこそ「あかんたれ」もいいところの、私でした。

十数年ぶりに母校を訪れ、まだ夏休みなので人影はまばらでしたので、じっくり中を見て回る時間がありました。
学生向けの求人票が並ぶ掲示板を眺めていて、今の自分にも応用できる、ある発見がありました。
その発見があっただけでも、久しぶりにその街を訪ねた甲斐がありました。

平日に急に思い立ってその街を訪ねたので、教会で当時お世話になった方々と再会することはできませんでした。
近いうちに、秋にもう一度、今度は日曜日に、その街の教会に行ってみるつもりです。
(大雪の季節になると、もう身動き取れなくなるので)

今にして思えば、最初に通ったのが「普通の人々」ばかりの教会だったというのは、本当に幸せだったと思います。
大言壮語する人、自信満々の人、風変わりなことを言い出す人、見下ろすような態度の人は、誰もいなかった。
それはすごく大事なことだと、今は思います。
 

谷師への忠告  投稿者:彦左衛門  投稿日:2008年 8月28日(木)22時17分47秒
  小生、谷さん(さいたま司教)に次のようなメールを送りました。サボテンさんの谷師批判の一文をつけて。

.........................

谷司教へ

  角田信三郎、(通称自称彦左衛門、元東京教区神父、元日本大学法学部教授,
    専攻、新約聖書学、宗教学、です)。

  以下にお送りするのはある教区民による司教批判です、しっかり読んでください。

  谷さん、あんたは、憲法の話をミサ中するために司教になったわけではないでしょう。 ろくに説教も用意せず、ミサ中は3択クイズなどで、ミサ聖祭を冒涜するような司教を教会は必要としません。

 どうか、さっさと司教職を教皇様にお返しして、祈りと苦行、償いの生活に入ることをお勧めします。それが地獄に堕ちない唯一の方法ですよ。

   信徒をあまりに舐めてはいけません。

  小生司教たちのための祈りの中に、師を特に含めています。嘗て聖パウロが教会迫害者から、主の使徒に変ったように、谷師が、教会破壊者から、主の宮の素晴らしい建築者に変わるように、主に願って。

..................................................................................

投稿日:2008年 8月27日(水)15

    先日、司教訪問がありました。

 今の教会では谷司教は、態度が大きいです。ミサ中の説教で、憲法20条を守る話を、堂々とされました。くだらない三択クイズもされました。ミサを司式する司教様なのに、ミトラ(三角の司教帽)もパクルス(牧者の杖)も丸い小さな司教帽さえ、持ってこられませんでした。指輪は、はめておられました。ある方が質問すると、「忘れたんです・・」と言って、笑わせようとされます。

 笑っている場合ではありません。

 説教の中で、殉教者についてのとらえ方について、疑問を感じました。
「迫害の時代、神への信仰を貫き通して、命までささげられた」
という見方をしないで、
「江戸時代の政治体制には、信教の自由を保障する法が存在しなかった。殉教者は、悪い政治体制の犠牲者だ、被害者だ」
と、言われました。

 被害者、(⇔加害者)・・、出ました!!
 お決まりの、マルクス主義、教条的理解です。

 本当にあの有名な大学を卒業されたのですか? 何を専攻されたのでしょう。(単なるつぶやき・・)

 社会の事象を見る時に、マルクス主義のステレオタイプのものの見方にあてはめる方など、頭の良い方には、いらっしゃらないと思うのですけどね・・・・。

 殉教者は神様に大きな「犠牲」をささげられたのであって、
信仰者なら、
憲法20条がなかったために生み出された「政治体制の被害者」であるという理解はしません。

 命までさし出された殉教者の信仰の強さを、たたえるべきではないのでしょうか。

 一般信者の殉教者は、踏み絵を踏めば、棄教すると宣言すれば、自分の命は救えたわけです。

 外国人宣教師に対しても、幕府は、帰国せよ、と再三警告は出していたわけです。でも、神父様方は、信仰を求める日本の信徒を放ってはおけず、身の危険を百も承知で日本に潜伏されたわけです。

 江戸幕府は、少しキリスト教に足を突っ込んだ者を見つけては片っ端から処刑したのではないです。逃げ道は十分あったのに、敢えて殉教の道を選んだ殉教者の信仰の強さを、しっかり説教するべきなのではないのですか、司教様?

 また、カクレキリシタンが200年間信仰を守り通せたのは、
緊密な「共同体」が組織できていたからだ、
と言われました。

 浄土真宗の講のような人間関係、分かち合いをする共同体があったからだと。だから、皆さんも、分かち合いをして、共同体の形成に努力しましょう、と。

 とても大事な観点が抜けていませんか、司教様?

 ★「信仰」です。

 連帯感よりも大事なものは、信仰の強さだったのではないでしょうか。

 ・人格的に立派な宣教師がカトリックの信仰を初期の信者にきちんと伝えた。
 ・その信仰を守り抜こうという強い信念が、信者に、存在した。
 どんなことがあっても、神を信じ、神に祈り、神の教えを守る、神の掟を守るという強い信仰があったから、禁教下においても信仰の火を絶やさなかったということが、谷司教の話からは、全く伝わってこなかったですね。

 憲法20条があれば、カトリックの信仰は守られる??? 甘いです!!!

 今、20条は存在します。現実はどうですか?信仰は守られていますか? 司祭・修道者の召命は増えていますか? ノーです。

以下略(彦)
 

(無題)  投稿者:彦左衛門  投稿日:2008年 8月28日(木)19時41分16秒
  サボテン  さん、
ご許可くださって有難うございます。
小生できるだけ沢山の人に読んでもらいたいと思っています。
 

日本のカトリック教会がより良い方向に進む目的ならば・・・  投稿者:サボテン  投稿日:2008年 8月28日(木)17時25分21秒    編集済
  彦左衛門さん、  どうぞ、お使い下さい。

頬白親父さん、  どうぞ、お使い下さい。

 三択クイズは初めて見ました。あれはミサの聖なる雰囲気をおとしめるものですね。クイズの答え1の人、手を挙げて・・、2の人、手を挙げて・・、3の人、手を挙げて・・、正解は○○でした。ここは老人ホームか、保育園か、観光バスのレクリェーションか、と言いたいです。

 以前お世話になっていた小教区では、谷司教は三択クイズは決してされなかったです。あからさまに、憲法9条は正しい、改正されないようにがんばらなければならない、浄土真宗のお坊さんにも、「もっとがんばってくださいよ!」と言っている、などとは決して言われなかったです。

 それは、厳しい目で見つめる一定の数(何十人)の伝統的な信者さん方がおられたからだと思います。彼らは、尊敬すべき信仰を身につけた方々でした。谷司教やさいたま教区がおかしいという声は、あの教会には存在しました。

 先日の司教訪問では、そのような方が、少なかったのかもしれません。私は、手は挙げませんし、のりませんでした。今は、ミサの説教中でしょう?その日の福音を前もって読んできてミサのために準備してきたのですから、今日の福音からどう信仰を育てるのか話してくださいという気持ちで、祈っていました。

 皆さんは、おおむね友好的な雰囲気だったようにも思います。水は、低いところには、どんどん流れますから・・。世俗の楽しみごとをミサに持ち込めば、引きずられる方がいても責めることはできません。持ち込んだ司教の責任です。

 あんなことをしないと谷カラーが出せないと思っておられるのでしょうか? 残念です。

Pasさんへ、

 初めてこのような掲示板をのぞかれた方、かつての私のように教会や小教区に絶大な信頼を置き何の疑問も感じることなく純粋に信仰を求めているような方が、フランシスコ会資料やFr.本田の文章に引き込まれてしまうと危ないですが、Pasさんやこちらの皆さんは大丈夫だと思います。人間の心は、それほど、やわではないような気がします。ミイラには、なってたまるものですか。

 むしろ彼らの根拠としている思想が分かって、問題を明らかにしやすいし、そのような思想に基づく考え方が小教区で出された時、それはこういう点で注意が必要だと、言いやすい気がします。日本の正平協、Fr.本田、Fr.マシアは、ビッフィ枢機卿様のいう「アンチキリスト」なのではないでしょうか。Pasさんには、また、彼らの考え方の問題点を指摘してほしいです。確かに、「毒気」はありますね。

 和田神父様の「神の母聖マリア」読みました。「天主の御母、聖マリア=Sancta Maria, Mater(母) Dei(神の)」という教義は、エフェゾ公会議において教会が高らかに宣言しているのですね。和田神父様は、「毒気」の話を耳にしておられるとすれば、どんなお気持ちなんでしょうね。
 

冨山房カトリック大辭典「朝鮮」の項から引用 その二  投稿者:Pas  投稿日:2008年 8月28日(木)02時16分17秒    編集済
  1950年代に刊行された『冨山房カトリック大辭典』III巻の「朝鮮」の項から、北朝鮮に関連した部分をいくつか引用します。なお、旧漢字・旧仮名遣い・その他の古い表記法は、一部を除き、私が現代式に改めた上で引用していることを、あらかじめお断りしておきます。

512〜513ページには「朝鮮(II)」として、「1」から「7」まで、七枚の写真が掲載されています。このうち、「1」から「4」までは外国人聖職者で高位の方々、「5」は「京城代牧廬基南司教」の写真です。「6」は木版で印刷されたハングルによる昔の本の写真のようです。日本の『どちりな きりしたん』みたいなものでしょうか。「7」はおそらくパリ外国宣教会の人々が完成させたと思われる、1889年刊行の『韓佛字典(韓仏辞典)』の表紙の写真です。

それでは、四人の高位の外国人聖職者とは、どういう方々なのでしょうか。説明書きを引用します。

「1.教皇使節バーン司教(北鮮軍により拉致)」「2.元山兎属大修院長サウエル司教(獄中病死)」「3.光州知牧ブレンナン(北鮮軍により殺害)」「4.春泉知牧キンラン(北鮮軍により捕虜)」。


バーン司教の説明で「北鮮軍により拉致」とありますが、実際にはその後1950年11月25日に獄死しています。しかし、教皇庁がバーン司教の死亡を確認して公表したのは、1952年秋のことでした。光州知牧ブレンナンが「北鮮軍により殺害」されたのは、1950年9月下旬のことです。ということは、この説明書きが実際に執筆されたのは、1950年秋から1952年秋の間、ということになります。

サウエル(ザウアー)司教の「元山兎属大修院長」というのは、あえて説明を加えますと、「旧・元山教区長、現・徳源免属大修院長」ということです。かつての「元山教区」は、かつての日本の「函館教区」同様、非常に広大な地域を管轄していました。506〜507ページから引用しますと、「1928年に彼は聖庁に朝鮮中央からハバロフスクにわたる膨大な布教区を三つの独立布教区に分割することを勧めた。聖庁はこの希望を容れて延吉知牧区(昭和十二年以来代牧区)及び依蘭布教区(昭和十五年以来佳木斯知牧区)を設立した。」とあります。
余談ですが、「依蘭」というのは現在の中国黒龍江省ハルビン市近郊の地名で、かつては「北満」と呼ばれた地域にあります。満州族の王朝だった「清」発祥の地とされています。「佳木斯(ジャムス)」も黒龍江省の地名で、中国で最も東側に位置しており、「中国で最も早く太陽が昇る場所」として知られ、ロシアのハバロフスクに隣接しています。満州国の時代には、日本から多くの開拓移民が佳木斯の南方に入植したといわれています。
興味深いことは、この項目を執筆しているのが、「1928年に彼は聖庁に〜」と書いている「サウエル」司教ご自身ということです。項目を書いた人物として〔B.Sauer O.S.B.〕の名前があります。おそらく1945年8月15日以前に朝鮮北部の地から日本に入稿したものと思われます。

また、「春泉知牧キンラン」の「春泉」は、「春川(しゅんせん、チュンチョン)」の誤りです。モンシニョール・キンラン(クィンラン)は1953年に釈放され、四人の中では唯一生き延びることができました。1970年に春川の引退司教として亡くなられています。

『冨山房カトリック大辭典』の記事からは、北朝鮮によるカトリックへの猛烈な迫害についての正確な情報が、1950年代前半の日本には既にかなり伝わっていた、ということがわかります。ところが、今の日本のカトリック教会では、これらの殉教について語られることはまずほとんどありません。なぜでしょうか? まるで誰かが「触れてはいけない」とでも言っているかのようです。不思議でなりません。

現在刊行中の『新カトリック大事典』では、北朝鮮についてどう記述されるのでしょうか。私はそこまでチェックをしていませんが、非常に興味があります。
 

(無題)  投稿者:彦左衛門  投稿日:2008年 8月27日(水)22時57分6秒
     サボテンさん、貴氏の谷批判、谷さんに読んでもらおうと思っているのですが。
どうかご了解ください。
 

都合の悪い「殉教者」  投稿者:ダンボ  投稿日:2008年 8月27日(水)19時54分22秒
  正平協関係の司教方は、殉教者は避けて通りたいと思っているのではないでしょうか。

何故なら、現在において、殉教者を出している国は、すぐ近くの正平協が大好きな国です。
昨年の今頃、地下教会の司教様が獄中で亡くなられ、遺族には一目見せただけで6時間後には火葬してしまいました。地下教会の殉教者は公になっていないだけと思います。濡れ衣を着せて「自白」という形に拷問の末、陳述を強要し、証拠もないのに死刑にしています。このようないい加減な裁判の末の死刑こそ、ホアン・マシア神父も抗議すればいいのです。国が他国の政治に干渉するのを内政干渉といいます。宗教家が、人命や人権について抗議するのは内政干渉とはならないでしょう。

最近、殉教をいう時、信徒の時代だからと、当時の教会は信徒が献身的に働いたということにばかりスポットをあてます。それはそうでしょう。しかし、忘れてはしませんか?当時の司祭・修道者が神の教えのため、信徒のため、命をも顧みず、どんなに献身的に働かれたか。信徒はその姿に感謝し、模範として倣い、神様のために働いたのです。「信徒の時代」「信徒の時代」と掛け声をかけられるたびに、『ご自分は???』との思いがします。今の時代、殉教するほどの信仰は、少なくとも正平協関係の聖職者には感じられません。
あの時代の献身的な司祭・修道者・信徒の信仰に対して、神様から、拷問を耐え抜く力をいただいたとも言えるのです。殉教者を見るとき、その方の信仰の強さにのみスポットが当てられますが、人間はそんなに強い者ではなく、自分の力にのみ頼っていたら、耐え忍べなかったかもしれません。実際、責任者の地位にいた司祭でも転んだのですから。最後まで、神様と結ばれることによって、耐え忍ぶ力をいただいたのです。

少なくとも、祈りや秘跡を軽んじ、ご聖体に対しても不遜な態度を取るようでは、そんな力は望めません。

谷司教には、同じようなミサを長崎の浦上教会でしていただきたいものです。そうすれば、日本の教会の危機が一目瞭然となるでしょう。

わが国において、今も宗教弾圧があるなら、迫害者への非難も有り得るでしょうが、今は、そんなものはないのです。それなのに、殉教者を引き合いに出して政治を語り対立を煽るような発言は、平和を求める者のすることではありません。
歴史は歴史として受け止め、その中で見事に咲かせた信仰の華を宝物として、大切に受け継ぐことこそ、今回の列福式を日本で行う意味があるのではないでしょうか。

そして、日本で戦中の苦難の時代に献身的に信仰を伝え、証し、北朝鮮で殉教されたバーン司教様の列福運動に感謝と共に、協力していただきたいです。
 

サボテンさん  投稿者:Pas  投稿日:2008年 8月27日(水)19時29分54秒    編集済
  ご指摘のとおり、本田哲郎神父やその同調者の思想には、読んでいるとこちらの信仰までおかしくなりそうな「毒気」のようなものが感じられます。まさにサボテンさんのおっしゃる通り、「ミイラ取りがミイラになりかねない」です。不用意に深入りしていくと、登山の時に硫黄の煙を吸い過ぎるような危険を感じます。
恐らく、他の神父様たちが本田神父と議論をしたがらない理由も、それです。以前、私は大阪教区の神父様方をついつい「あかんたれ」呼ばわりしてしまいましたが、これは言い過ぎでした。反省しています。
本田神父は、「自分の考えを述べて相手になる神父はいない」と豪語しているようですが、たぶん議論して本田神父を打ち負かせる神父様は、大阪教区にもいらっしゃると思います。例えば、和田幹男神父様もその一人ではないでしょうか。ギリシア語もヘブライ語も、本田神父の「煙幕」を払い除けるだけの知識をお持ちだと思われます。
しかしたぶん、本田神父の思想に含まれる「毒気」を避けるために、「ミイラ取りがミイラになりかねない」危険を避けるために、相手にならないのではないでしょうか。
以前に「おとっつぁん」さんから、「自分も信仰を失いかねない」危険性というのを指摘されたことがあります。私は本田神父の思想を読んでいる時、まさにその危険性を感じます。というわけで、ここしばらくは、本田神父の思想から距離を置いてみます。

聖母マリアとローマ
http://mikio.wada.catholic.ne.jp/MARIOLOGIA-1.html
ローマのサンタ・マリア
http://mikio.wada.catholic.ne.jp/MARIOLOGIA-2.html
神の母聖マリア
http://mikio.wada.catholic.ne.jp/Teotokos.html
 

司教訪問 その2  投稿者:頬白親父  投稿日:2008年 8月27日(水)19時15分49秒
  サボテンさん、こんばんは。頬白親父です。
サボテンさんはおっしゃる、「ミサ中の説教で、憲法20条を守る話を、堂々とされました。くだらない三択クイズもされました。」と。

また、「くだらない三択クイズ」だったのですか?恥ずかしいかぎりです。
教区内の小教区を廻るに当たり、なぜ、きちんと説教の準備をしないのでしょうか?本人はそれがいかに恥ずかしい行いか気づいていないのです。恥ずかしいのは、そのような司教を戴く信徒のみです。サボテンさんの小教区のみなさんの反応はいかがでしたか?

最後にお願いがあります。今回の投稿を拙ブログでも紹介させてください。よろしくお願いします。

ちなみに、谷司教は京都大学『農学部』出身だったと思います。ですから憲法のことは高校の政経で勉強した程度でしょう。
 

冨山房カトリック大辭典「朝鮮」の項から引用 その一  投稿者:Pas  投稿日:2008年 8月27日(水)18時48分57秒    編集済
  1950年代に刊行された『冨山房カトリック大辭典』III巻の「朝鮮」の項から、北朝鮮に関連した部分をいくつか引用します。なお、旧漢字・旧仮名遣い・その他の古い表記法は、一部を除き、私が現代式に改めた上で引用していることを、あらかじめお断りしておきます。

「昭和二十年八月ソヴィエット・ロシアの対日参戦及び終戦後進出した占領軍のため、北鮮及び延吉、依蘭地区は敗戦の困苦に加えてかなりの迫害に苦しまねばならなかった。教会財産没収、若干の聖職者投獄などこれであった。中でもドイツ人ベネヂクト会士ファレンコップ(Witmar Farrenkopf)はその手に委ねられた会寧の聖堂を守りつつ殉教した。彼は1906年に生れ、1929年誓願を立て、1934年に司祭、同年朝鮮に渡り布教事業に従事した。」(507ページから)
(引用者注:ファレンコップ神父は1945年8月22日または23日にソ連軍兵士に殺害されましたが、当時の朝鮮では8月15日を過ぎてもソ連軍が日本軍を一方的に攻撃している状態だったようです)

「占領軍境界線(北緯38度)により徳源免属大修院区と咸興・平壌両代牧区の全部、また京城代牧区と春川知牧区の一部はロシア占領軍管下ないしは北鮮共産主義政府治下に入った。」
「北鮮のロシア占領軍管下では当初布教活動は比較的穏便に続けられたが、カトリック経営の学校は全部政府に接収された。1949年5月9日共産主義政府は七十二歳の司教サウエル以下ベネヂクト会士3、二日後更に司祭11(朝鮮人3を含む)、ドイツ人助修士24を逮捕した。朝鮮人助修士及び学生は帰郷させられた。また平壌の司教フランシスコ洪龍浩(竹岡)、その総代理と秘書、及び元山にいた凡てのベネヂクト会修女は逮捕された。徳源大修院、その附属神学校と商業学校、及び元山女子修道院は没収された。」(以上507ページから)
「前記の司教サウエルは1950年2月に獄で病死した。」(508ページから)

「(7)平壌 代牧区。管轄区域は平安南・北両道。人口約343万。信者26,422、洗礼志願者3,170、司祭43、聖堂116、受洗者4,186、布教担当者メリノール会士。小学校14、幼稚園5、孤児院3、救貧院4、施療所2。」(509ページから)
(引用者注:メリノール会士たちは日米開戦後、1942年に全員が米国に送還されています。聖堂の数116の中には、小規模な集会所もかなり含まれているようです。信者数その他の数字は、1944年に行なわれた教勢統計に基づいているようです。受洗者と洗礼志願者の数から推測すると、北朝鮮がカトリック弾圧を始める前の平壌ではカトリックが目覚ましい勢いで発展していた、と考えるのは容易なことです。実際、韓国のカトリック新聞のある記事では、平壌教区の信者数として、1923年には4800人、1934年には1万3063人、1950年には2万8000人余りという数字をあげています。この数字をあげているのはソウル教区の司祭で現在(名義上の)平壌教区長代理をされているモンシニョールの方なので、間違いないと思われます。また韓国のメリノール会のホームページでは、1945年以前の平壌教区の信者数として、「26,424」という数字をあげています。なぜか冨山房カトリック大辭典の数字とは2人という微妙な違いがありますが......)
 

司教訪問 ――殉教者の理解もおかしい!――  投稿者:サボテン  投稿日:2008年 8月27日(水)15時00分8秒    編集済
   先日、司教訪問がありました。

 今の教会では谷司教は、態度が大きいです。ミサ中の説教で、憲法20条を守る話を、堂々とされました。くだらない三択クイズもされました。ミサを司式する司教様なのに、ミトラ(三角の司教帽)もパクルス(牧者の杖)も丸い小さな司教帽さえ、持ってこられませんでした。指輪は、はめておられました。ある方が質問すると、「忘れたんです・・」と言って、笑わせようとされます。

 笑っている場合ではありません。

 説教の中で、殉教者についてのとらえ方について、疑問を感じました。
「迫害の時代、神への信仰を貫き通して、命までささげられた」
という見方をしないで、
「江戸時代の政治体制には、信教の自由を保障する法が存在しなかった。殉教者は、悪い政治体制の犠牲者だ、被害者だ」
と、言われました。

 被害者、(⇔加害者)・・、出ました!!
 お決まりの、マルクス主義、教条的理解です。

 本当にあの有名な大学を卒業されたのですか? 何を専攻されたのでしょう。(単なるつぶやき・・)

 社会の事象を見る時に、マルクス主義のステレオタイプのものの見方にあてはめる方など、頭の良い方には、いらっしゃらないと思うのですけどね・・・・。

 殉教者は神様に大きな「犠牲」をささげられたのであって、
信仰者なら、
憲法20条がなかったために生み出された「政治体制の被害者」であるという理解はしません。

 命までさし出された殉教者の信仰の強さを、たたえるべきではないのでしょうか。

 一般信者の殉教者は、踏み絵を踏めば、棄教すると宣言すれば、自分の命は救えたわけです。

 外国人宣教師に対しても、幕府は、帰国せよ、と再三警告は出していたわけです。でも、神父様方は、信仰を求める日本の信徒を放ってはおけず、身の危険を百も承知で日本に潜伏されたわけです。

 江戸幕府は、少しキリスト教に足を突っ込んだ者を見つけては片っ端から処刑したのではないです。逃げ道は十分あったのに、敢えて殉教の道を選んだ殉教者の信仰の強さを、しっかり説教するべきなのではないのですか、司教様?

 また、カクレキリシタンが200年間信仰を守り通せたのは、
緊密な「共同体」が組織できていたからだ、
と言われました。

 浄土真宗の講のような人間関係、分かち合いをする共同体があったからだと。だから、皆さんも、分かち合いをして、共同体の形成に努力しましょう、と。

 とても大事な観点が抜けていませんか、司教様?

 ★「信仰」です。

 連帯感よりも大事なものは、信仰の強さだったのではないでしょうか。

 ・人格的に立派な宣教師がカトリックの信仰を初期の信者にきちんと伝えた。
 ・その信仰を守り抜こうという強い信念が、信者に、存在した。
 どんなことがあっても、神を信じ、神に祈り、神の教えを守る、神の掟を守るという強い信仰があったから、禁教下においても信仰の火を絶やさなかったということが、谷司教の話からは、全く伝わってこなかったですね。

 憲法20条があれば、カトリックの信仰は守られる??? 甘いです!!!

 今、20条は存在します。現実はどうですか?信仰は守られていますか? 司祭・修道者の召命は増えていますか? ノーです。

 憲法20条があろうが、なかろうが、司教は「カトリックの信仰」を教えればいいのです。教会の責務は、信者の信仰を育てることです。

 “Lex orandi, lex credendi"
 「祈り(典礼)の法は、信仰の法」

 正しい典礼(祈り)から、信仰を育てるように努力されればいいのです。

 それをおろそかにして、憲法問題、人権問題、他宗教との交流、日本各地での会議・講演会で楽しまれているようでは(失礼!)、信者は、司教様を尊敬しませんね。

 ダンボさんの紹介された、教皇庁の2007年の四旬節黙想会のビッフィ枢機卿様の講話、確かどこかに資料がありました。自叙伝もありますね?この枢機卿様のような方を教皇様が黙想会の指導者として呼ばれたとは、教皇様の本当のお考えが分かりますね。資料探してから、書きます!

 日本の正平協、フランシスコ会「正義と平和・エコロジー委員会」、エキュメニスト、共産主義者、人間どうしの連帯を強調する方には、耳の痛い話だと思います。
 

熊岡氏の発言  投稿者:彦左衛門  投稿日:2008年 8月26日(火)23時19分24秒
   皆様、下記は某ブログでの意見交換です。長文ですが、お読み下さい。


彦左衛門さん
 今般は種々ご配慮賜り有難く厚く御礼申し上げます。今後とも引き続きよろしくご指導賜ります様お願い申しあげます。有難うございました。 熊岡


  日本カトリック教会司教聖職諸師、信徒諸氏へ。

   小生あきる野教会信徒角田信三郎(自称彦左衛門)は、最近 横浜教区 横須賀三笠教区信徒熊岡醇氏による、教会、特に教会責任者の方々に関する、以下のような、建言、要望、批判、そして憂慮の文章を入手いたしました。(著者の許諾を得てお送りいたします)

   それはまことに委曲を尽くした警世の言ともいうべきもので、これまでにない感銘を受けております。

    是非皆様も、極めて長文ですが、お読みください。特に文中、その言動の問題性を指摘されている司教団および個々の司教の方々においては、真剣に熟読、玩味が必要かと、敢えて言わせていただきます。

   なお教会責任者の方々(司教団その他)においては、信徒有識者の憂慮と建言に、何らかの形で、例えば返信という形で、誠実に対応することが、義務ではないかと愚考しております。従来のように黙殺、無視を続けることは、神が教会に与え、教会が聖職に託した権限、権威の濫用であり、許されることではありません。

   それは司牧者としての義務の放棄であるとも言わせていただきます。
    また日本の社会では、公的な任務に携わる人は、誰でも自己の言動に対する説明責任を果たすことが求めてられいます。

    ところがわが敬愛する聖職の方々は、言い放し、やりっ放し、それでいて恬として恥じていないように見受けられます。まことに遺憾なことです。日本社会の一般レベル以下で日本社会への宣教などできるでしょうか。

    季節の変わり目です。ご健勝をお祈り申しております」

    なお熊岡氏のメールアドレスは 一番終りに出ています。
    ............................................

    熊岡氏の訴え

     我々信徒はもう一度原点に帰って、聖職者の職務、即ち聖務とは何かを考えてみる必要がある。救霊に必要な秘跡を通して我々を悪より救い、典礼祭儀を通して我々の信仰生活を指導すること、そして福音宣教に努めること、これが信仰生活の指導者としての聖務である。 然るに、最近の聖職者、とりわけ高位聖職者である多くの司教様方、一部の聖職者(教会に色々な意味で影響力を有する一部信徒達を含めて)は本来の聖務に加えて、政治社会問題に公然と介入し、政治社会問題について信徒に影響を与える政治社会的指導者の側面を持つに至っている。全くもって憂慮すべき現状と云わねばならない。

     イエス様はパンの奇跡のあと「人々が来て自分を王にする為連れてゆこうとしたのを知り、ひとり山へ退かれた」(ヨハネ6・1−15)と政治的指導者にしようとする人々の期待を拒否した。イエス様は身をもって、使徒たちのあるべき姿を示されたのである。特に高位聖職者は、信徒に対する信仰面の指導者であって、政治社会面の指導者であってはならないということである。高位聖職者は神学面の権威ではあるが、政治、経済社会問題は専門外の領域である。にも拘らず政治社会問題に関わるから、その言動は自分の頭で考えない左翼的教条主義、画一主義となり、政治、経済、社会問題、歴史問題等についての勉強不足を露呈せざるを得ない状態になる。以下司教団、正平協、高位聖職者等の言動につき、個々に検証を試みる。

    憲法改正問題

     頭書に係る件について司教団、正平協、一部聖職者等は複雑な国際関係、世論調査に見る改正賛成者が半数をはるかに超える現状を一切無視して、教会のぬるま湯の中の安全な場所に居て、現実離れした幼児的願望思考に感溺した薄っぺらな空想的絶対平和主義を唱え【カトリック信徒でもあるジョージタウン大学のケヴィン・ドーク教授はPHP研究所発行の雑誌「VOICE」9月号でこの絶対平和主義を「カトリック教会は伝統的な正戦論をいまでも維持しており、正しい戦争を戦うことは人の道義的義務であり、絶対平和主義はカトリックの教義に関する限り異端である」と書いておられる】、憲法改正、特に9条改正は戦争の出来る国につながり、戦前の軍国主義復活の道であると断じている。この教条主義的思想を、聖堂の中でも、ミサ説教の中でも、街頭デモ行進でも声高に叫び、憲法改正反対運動を展開している。
     ここで日本のカトリック教会の最高指導者である二人の枢機卿の本件に関わる発言を見てみる。白柳枢機卿は、何と日本共産党の機関紙「赤旗」の2005年7月15日号の「いま憲法9条を 宗教者は語る」に顔写真とともにカトリック教会枢機卿の肩書きで、「改憲しようという勢力は、憲法を変えて日本を軍事国家として世界に出ると言う冒険を犯そうとしています」と述べて改憲反対を明確にしている。濱尾枢機卿は、今年9月23日号の「キリスト教新聞」の「世界の教会と日本のキリスト教〜エキュメニカルな視点」なる特別対談に登場し「軍隊がなければ国を守れないと言うが、やはり丸腰のほうがいいですよ。それがまさに預言者的使命だと思います。軍隊がないと言うのは、まさに預言的で、愛国心なんて法律で作るものじゃないし、まして憲法改正なんて怖いと思います」と述べ、エキュメニカルな視点からの、世界の中での日本の教会の果たすべき役割を論ずる場で、憲法改正という政治問題に話のウエイトを置いている。いずれにせよ両枢機卿とも、自衛力さえも否定した、前述した「幼児的願望思考に感溺した空想的絶対平和主義」を声高に唱えている。白柳枢機卿は「赤旗」で無神論共産党の意に添った発言をし(高見大司教も翌日出ている)、濱尾枢機卿は、社民党土井たか子の「外国に攻められたら降伏すればいい」と言う戸締り不要の丸腰思想と軌を一つにしている。驚くべきことである。

     特に正平協会長の松浦悟郎司教は2002年4月、「憲法9条を世界に宝に・ピース9の会」のグループ作りの呼び掛けを展開し、本来の聖務を二の次に全国各地の小教区を巡ってその組織作りに励んでいる。その呼び掛けの中で「行動提起」として、「3人から5人の規模で、日本で、海外で、ピース9の会を作りませんか。目的は憲法9条の大切さを身近な人から訴え、賛同者を増やすことです。そして、いつか憲法改正の国民投票(Xデー)があるときには、一致して「改正」反対の意思表示をします」として、事務局(東京都潮見、日本カトリック会館気付け「ピース9の会」)に登録を信徒に呼びかけている。正平協のホームページで2002年から2004年にかけて800グループになったとあるから、現在はかなりのグループになっていると思われる

     問題はこの組織作りが共産党のいわゆる「細胞」作りを模したものではないかという疑念である。「細胞」とは共産主義政党などが自らの末端組織を指して使う言葉である。ソヴィエト共産党は各地域、職場、学校ごとに党員の集合体に組織され、これが「細胞」と称された。又日本共産党でも現在は「細胞」と言う名称は廃止し「支部」となっているが、寡って使用されていた。現在でもIRAやアルカイダなどのテロ組織では地下組織に「細胞」を使用している(フリー百科事典ウイキペデイア)。こうした行動が果たしてカトリックの信仰生活とどう結びつくのか、福音宣教にどう結びつくのか、松浦司教が聖職者となる以前に日教組の活動歴があると云われているが、いずれにせよ誠にもって憂慮すべき事態であると云わねばならない。

     松浦司教は「日本の経済侵略」など批判し経済にも詳しいようではあるから、最低日本経済新聞位はお読みになっておられると思うが、平成7年9月8日の同紙朝刊の「私の履歴書」でマンスフィールド元駐日米大使は「戦争放棄を定めた日本国憲法第9条は、マッカーサーの直接指示を受けてGHQ民生局のチャールズ・ケーディス次長を中心に作った条項でどこからどう見ても米国製だ。日本に戦争を放棄させ、安全保障を米国頼みにさせたのは米国である」書いている。反米を常に口にする松浦司教が、この憲法を「世界の宝」と賛美するのも理解に苦しむ。松浦司教は最高の神学知識の保有者であろうと認められるが、政治経済社会問題に発言する以上は、最低の政治経済知識に加えて、最低の歴史の勉強も併せなさることを望むものである。


    北朝鮮ミサイル、核実験、拉致問題

     去る7月5日早朝北朝鮮は日本海にミサイルを発射した。また10月9日にはついに核実験に踏み切った。司教団はイラク問題平和解決の公式声明を即座に発表したり、正平協はイラク自衛隊派遣反対し即時撤退要求、首相の靖国神社参拝非難、教育基本法改定反対、共謀罪制定反対等のメッセージなどは即座に行うが、本件に関しては、共産党、社民党などさえ、即座に非難声明を発したにも拘わらず、今もって口をつぐんで黙認している。後述するが、「拉致問題」を北朝鮮の金総書記が認め謝罪して4年以上になるが、この問題に対する司教団、正平協の公式メーセージが今もってない。「愛と救い」を標榜するカトリックにおいて、司教団、正平協の拉致被害者や家族の“苦しみ”といったものに対する同情の念の発言を未だに見聞きしたことがない。

     特に、正平協は北朝鮮のミサイル発射、ましてや核実験に対しても一切言及しないのは何故か?本当のところは北朝鮮のミサイル発射、核実験に対しての日本及び国際社会の経済制裁を共和国(正平協は偽ドル札製造、麻薬輸出等“核を握った暗黒の犯罪国家”北朝鮮を“北朝鮮民主主義人民共和国”と呼称して、わが国の戦前戦後の植民地支配の謝罪、そして巨額賠償による日朝国交正常化を優先すべきとのメッセージの表明、外務省への陳情を行ってきた)に対する敵視政策であると言いたいところであるが、そうもいかないから黙りこんでいるのではないか?“親北勢力”“北の代弁者”である正平協は、北朝鮮のミサイル発射、核実験は自国の防衛の為と詭弁する北朝鮮の言い分を支持しているということになる。それでいて、日本の防衛は前面否定しているのだから自己矛盾もここに極まれりである。

     前述の通り、02年9月17日の日朝首脳会談で、北朝鮮の金正日総書記は「拉致」を認め謝罪したが、それから以降今日まで4年以上を経過したが、司教団、正平協からの拉致に関する一切の公式発言がないことは、極めて理解に苦しむ。02年11月11日に正平協は拉致問題で日本国中の北朝鮮に対する非難の中で、正平協担当松浦悟郎司教は「在日朝鮮人へのいやがらせ、差別事件に関する呼びかけ文」なるメッセージを発表した。ここでは、「日本人拉致事件の報道と共に在日朝鮮人に対するいやがらせや差別事件が起きています」として、拉致問題に対しての非難や、拉致被害者に対する一片の同情もなく、完全に北朝鮮サイドに立ち「我々日本人は朝鮮半島を36年間植民地支配し、その政策の中で彼らの言葉も名前も文化も奪い、強制連行、強制労働、戦時性的奴隷制度という恥ずべき過ちを犯した」と断定の上「心からの反省の上に立って差別を許さず,出来ることから始めてみませんか」としている。北朝鮮の国家犯罪に目をつぶり、戦前の日本の植民地支配に摩り替えて、植民地支配を許せない悪行と非難している。西欧列強の植民地支配が徹底して植民地の住民からの搾取、資源の強奪をした歴史に比べ、むしろわが国は、教育の普及(小学校の設置等義務教育を導入したのは歴史的事実)、インフラ整備(鉄道、道路、橋、水道等の設置)等に莫大な資金を投じ、植民地の近代化に大きく貢献した(こうした点を同じ植民地であった台湾などは高く評価をし、“リップン・チェンシン”即ち日本精神に学べと親日的であるとされる)。松浦司教は単なる左翼教条主義的歴史史観を鵜呑みにせず、もう一歩深く歴史を勉強して欲しいものである。

     又、「従軍慰安婦問題」は90年代半ばには、学術レベルでは、「強制連行」は存在しなかったことで決着がついた問題である。いわゆる「強制連行」なるものは、三浦朱門氏のご指摘の通り「徴用」であって、「拉致」が「犯罪行為」であるのに対し、「合法的行為」である。正平協が熱心に取り組んでいる従軍慰安婦問題などは、さもあったように仕上げたものであって、実際は“存在しなかったもの”であって、拉致問題は現実に“存在している”ものである。人権を声高に叫び、「愛と救い」を標榜するカトリック正平協であれば、拉致問題こそ何を差し置いても取り組むべき重要課題である。拉致問題には一顧だにしない正平協は許しがたい存在である。

    教育基本法問題

     頭書の件につき、正平協は改正反対の意見書を小泉首相あて提出したが、その理由として第一に「教育基本法の改正は、平和憲法を改悪して、別の憲法を作り出す目論見であって、改定案の奥にある意図を危惧する」として「戦争する国にするのが目的である」として反対している。何という短絡的、貧弱な発想であろうか。松浦司教は左翼教条主義的発想から脱却して、自分の頭で考えて戴きたいものである。

     第二の正平協の反対理由は「愛国心の強要は“愛する”と言う極めて個人的なものを法律で決めることは人権侵害を起こす可能性がある」というものである。どこでどう人権侵害に結びつくと言うのか?文化や伝統を尊重し国を愛することは万国教育の基本である。これが欠如してしまったならば、国家の存立基盤を失ってしまう。人権侵害と騒ぎ立てればたてるほど、権利意識だけが強烈で、公共や国家に対して無責任な人間の大量生産に加担することが分からないのか?この意味で中教審答申の「過度の平等主義や画一主義に陥りやすかった」現在の教育基本法は改められねばならない。

    正平協の反対の第三の理由は「為政者によって伝統が決められると、信仰の自由が侵害される」として改正は「政教分離の緩和によって神社参拝を強要される危険性をはらんでいる」というものである。神社参拝の強要の懸念という「神道」の国教化まで言及しているが、嘗ての国家神道の例のように政教一致体制が誕生すると言うのはあまりにも飛躍が過ぎている。

    正平協の声明はこのように政治的側面からのみ基本法の改正反対に終始していて、一言も「道徳教育」についての言及がない。私が在学したカトリックの中学高校には「倫理」と言う科目があり、神父がこれを担当し、しっかりとした基本的な道徳教育を受けた。この基本的道徳、倫理教育の必要性を訴えていくことこそ、正平協担当司教のなすべき最低の職務と思料する。

    教会財務問題

     宗教法人には法人税の課税はされない。カトリック中央協議会、各司教区は宗教法人の届け出認可を受けているから、法人税の課税を免除される。我々信徒の各小教区に納める月定献金(いわゆる教会維持費)、ミサ献金、祭儀献金、世界難民移住者の日等の指定献金、更には墓地納骨堂管理収入等のうち、信徒数にもよるが、およそ45%が教区に教区分担金として上納される。教区はそのうち何割かは中央協議会に上納する。正平協の活動資金もここから出る。松浦司教の全国各地の教会等での講演、街頭デモの交通宿泊等の費用等もここからと、教区資金、講演謝礼(これも小教区の資金)から出ている。個人的ポケットマネーからではない。 要するに正平協及び松浦司教はじめ、各司教の政治活動資金は、すべてわれわれの教会維持費、献金により賄われていることは紛れもない事実である。そして集った献金は税金のかからない金であるから、これは「公金」である。正平教や松浦司教などは教会の公金を勝手に使って政治活動をしているのである。

     松浦司教をはじめてとする各司教は憲法9条には詳しいから、憲法89条もよく理解しておられるものと思うが、同条は「公の財産の支出利用の制限―公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない」とある。さすれば私学事業団による私学助成補助金(公金)の交付を受けているカトリック系学校に対し,2001年正平協の出した「カトリック校の日の丸、君が代、元号についてのお願い」文書はわれわれの公金を使って、国からの公金を受けている学校に対して介入していることとならないだろうか?財務面から考えても正平協のとった行動は認めがたい。

    靖国神社問題

     自らもカトリック信徒であるジョージタウン大学ケヴィン・ドーク教授は文芸春秋社の月刊誌「諸君」8月号で、『ヴァチカンも容認、参拝は「聖なるもの」へのアプローチだ』のタイトルで、PHP研究所発行の月刊誌「VOICE」9月号で『ヴァチカンは靖国を認めている〜愛国心による首相の参拝を容認する法王庁の訓令』なるタイトルでローマ教皇庁が日本のカトリック信徒の参拝を容認して現在に至っていること、更には戦後「靖国焼却」をGHQに思いとどまらせたのは駐日ローマ教皇使節代理ブルーノ・ビッテル神父であったことを詳述されておられる。以下その概要を引用する。

     1932年上智大学生の靖国参拝問題に端を発し、上智大学ホフマン学長、シャンポン東京大司教からの情報を得て、ヴァチカンの当時の布教聖省がこの問題に関与することとなった。運よく当時のヴァチカンの布教聖省長官は,1920〜22年に東京で法王使節を勤め、日本の宗教問題を熟知しているビオンディ枢機卿その人であった。1936年5月26日、布教聖省は正式な訓令を出し、その中で「この種の儀式は単に社会的な意味しか付与されていないので、カトリック信者がそれに参加し他の国民と同じように行動することは許される」と指摘した。言い換えると布教聖省は、靖国神社参拝は宗教上反対する理由はないと判断したのだった。ビオンディ枢機卿の決断は、日本の政治・宗教文化への造詣の深さと宗教観対話へのカトリック教会の長年の取り組みから生まれたものだった。
     神道に対する寛大さは、終戦直後のローマ教皇使節代理ブルーノ・ビッテル神父がマッカサー将軍を個人的に説得し、靖国神社を含むすべての神社を焼き払うのを止めさせた。そして宗教法人法が施行されたあとの1951年に、ビオンディ枢機卿が依然布教聖省長官として日本人の靖国神社参拝を容認した1936年の訓令を再確認した。

    こうしたなか、昨年10月18日、カトリック司教協議会は「首相の靖国神社参拝に抗議する声明」を社会司教委員会委員長高見三明大司教名で小泉首相に送付した(本年も小泉首相は8月15日靖国参拝したが、本年は司教協議会でなく正平協会長松浦悟郎補佐司教名で抗議文を出している)。ここでは「靖国神社参拝は違憲であり、靖国神社には日本帝国軍人として戦場に駆り出され、侵略者となった英雄が祀り上げられており、戦争を美化しているから、こうした参拝はこの度の戦争でアジア地域で殺された2千万人の人々に申し訳が立たない」として抗議と口を極めた非難をしている。特に国のため殉じた我々親兄弟、同胞を「侵略者となった英雄」といわば犯罪人呼ばわりをしており、そこには宗教家としての深い弔意のかけらさえない。同時に2千万人のアジア人が殺されたとか、違憲であるとか、歴史上、司法上確定していないことをあたかも事実と受け止めている無知さ加減に驚きを禁じえない。

    本問題に関連し前述のカトリック信徒であるケヴィン教授が、カトリックの死者とのかかわりについても述べられているので、月刊誌「VOICE」より引用する。

    カトリック教会の公教要理には次のように書かれている。
    死者との交わり「旅する人々の教会はイエス・キリストの神秘体全体のこの交わりをよく認識し、キリスト教の初期の時代から、死者の記念を深い敬愛の心を持って尊び、『罪から解かれるよう死者のために祈ることは、聖であり健全な考えであるから』(第二マカバイ12・45)、死者の為の祈願をささげてきました」521。死者の為のわたしたちの祈りは死者を助けるだけでなく、死者がわたしたちの為に執り成すのを有効にすることが出来るのです。
    死者の為に祈ることは(たとえその死者が著名な罪人であっても)奨励されるばかりか、「哀れみの情の精神的作用」の1つとして道義的な義務でもあるのだ。もちろん、この道義的義務は、他界したキリスト教徒、あるいはわれわれが称賛ないし尊敬する非キリスト教徒の為に祈ることに限定されるものでは決してない。

    生命倫理問題

     この問題は上記諸問題と違って教会の本来的に取り組まなければならない問題と思料する。その点、人工中絶問題、或いはクーロン胚問題等についての司教協議会の厚生大臣あての要望等その取り組みについては評価したい。しかしながら1981年来日したマザー・テレサが“堕胎天国”日本で「生命は神から与えられたものである」として生命の尊厳を強く求められたのに対し、日本の司教団等のこれほど重要且大切な問題に対しての対応は曖昧且生ぬるい。政治問題に関わる暇があるならば、交通事故死より多いと言われる人工中絶、所謂堕胎は“殺人行為”であるから、「悪」である点を明確にすべきである。
     尚、尊厳死の問題についてであるが、8月26日のキリスト教新聞によると、本年4月、日本キリスト教連合会に対して超党派の国会議員で構成される「尊厳死法制化を考える議員連盟」から、キリスト教界の「尊厳死」に関する見解が聞きたいとの依頼があったが、キリスト教界として、この問題に対する統一見解はまだないとのことである。司教協議会におかれては、カトリック信仰とカトリック倫理の観点から、是非ともこの問題に前向きに取り組まれることをお願いしたい。(個人的なことであるが、私も高齢者の仲間入りし、信仰と倫理の面で悩んだが、日本尊厳死協会に夫婦で加入したことを付記する)

    終わりに

     司教団、正平協、高位聖職者は上記のように、「平和」「人権」「平等(反差別)」等声高に発言し、特に正平協は自分の正義を絶対化して、平和運動、社会運動に熱心であるが、もっと求められることは、原点に立ち返り本来の聖務を全うした上で、性道徳問題、青少年犯罪問題、生命倫理問題、更には中高年自殺問題等々について、これらを政治の責任等に転嫁することなく、宗教家として地道且つ積極的に取り組まれることをお願いしたい。嘗て中高年の自殺問題について政治の責任であるとした大司教がいたが、以ての外である。

    9月23日キリスト教新聞によれば、財団法人日本宗教連盟創立60周年にあたり、山北宣久理事長(日基教団総会議長)は挨拶で「宗教の持つ本来的使命は、混乱と不毛の世の中にあってますます重くなっている」「次世代の心や魂が健全に育成され、人間と生命の尊重を輝かせる為に・・・広く深く宗教者の責任を果たしていく原点へと立ち戻りたい」と述べたと伝えている。又、日野原重明氏は記念講演で「宗教の役割は、愛と慈悲の実践」と述べたと書かれている。われらの教皇ベネディクト16世の正統信仰の姿勢、ヴァチカンの道もまさにこの原点にある。

    一方において小教区で本来の聖職者としての本分を充分わきまえ聖務に、司牧と宣教、病者の訪問等に全力で励んでおられる聖職者、「祈り、働け」を地で行く修道者、僻地等において黙々と支援活動に従事する聖職者等多いが、今まで述べてきたような教会の指導的立場の司教団、正平協、一部の高位聖職者には今一度宗教者の原点に立ち返って頂きたく心からお願いするものである。
    (横須賀三笠カトリック教会所属信徒)
    e-mail: kumaoka@bh.wakwak.com
 

ある司教の発言  投稿者:ノムさん  投稿日:2008年 8月26日(火)21時52分45秒    編集済
  >ダンボさん
靖国を攻撃し、国歌・国旗を攻撃し、皇室を攻撃する。その目的は日本民族、即ち「大和民族」そのものを攻撃しているのです。その更に奥の、真の深層心理は分かりません。併合された屈辱の怨念を、いま晴らしているのかも知れない。(別件で8/20産経「正論」古田博司教授の論説参照)
(8/27追記)
  ↓
http://sankei.jp.msn.com/life/education/080820/edc0808200321006-n1.htm

しかしそれを福音に基づいてとかイエスの教えによってとか語るのは、極めて傲慢なことです。そして人間がなぜ傲慢になるかと言えば、ほとんどの場合、その者の「浅はかさ」故です。
謙虚で浅はかな人間というのは、いない。

私は、このように語られる司教のいらっしゃることに、希望を繋ぎます。
>>
http://bishopkikuchi.cocolog-nifty.com/diary/2008/08/post_5509.html
教皇様は「きわめて個人的な形でイエス・キリストによって愛されているという経験」がパウロの信仰を基礎づけていると言います。そして「パウロの信仰は理屈ではありません」とも言います。神の存在をそこまでリアルに意識することが信仰の基礎であるならば、人間の勝手な思い込みとご都合主義で、神に成り代わって神の立場を判断し、自分の考えを正当化することが如何に傲慢であるか。パウロの墓の前に祈るとき、パウロほどの経験もない身で、傲慢に生きている自分に、思わず恥じ入ってしまうのでした。
>>

http://www.nomusan.com/~essay/index-jubilus.html

 

サボテンさんへ  投稿者:ダンボ  投稿日:2008年 8月26日(火)21時20分19秒
  フランシスコ会資料「平和の道具」を読んでくださり、論評していただき、有り難うございます。
私は感性派で、論理的組み立て・論評は苦手ですので、この掲示板で紹介させていただき、それに応えてくださったサボテンさんに感謝!です。

今年の初めにあの資料を読み、聖フランシスコの精神のところどころを取りながら、こんな使い方をするのか!歪めて使っている!と、不信感、いえ、嫌悪感を覚えました。

その後、「アンチクリストは我々の間にいる」を読み、http://homepage3.nifty.com/yuuryo/jiji/index-jiji.html
アンチクリストとして書かれていることと、あまりにもソックリで驚き、以後、フランシスコ会関係には要注意と思ってきました。
また今回、改めて読んで、サボテンさんが指摘されていた査定用質問や、特にレイプされた女性の祈りでは、こんなものを載せる感性に憤りと共に呆れ果てたというのが実感です。

あの資料を公開していることには思惑があるのではないでしょうか?フランシスカン・ファミリーに、後に続くことを暗に求めているのではないかと思います。フランシスカン霊性に生きる修道会は非常に多く、○○○フランシスコ修道会と言うのを良く聞かれることと思います。志願期・修練期や生涯養成でそれを使うなら、恐ろしいことになります。解放の神学の蔓延になります。
本田神父どころか、フランシスコ会全体を要注意修道会として捉えなくてはならない・・・解放の神学派が実権を握ったということでしょうか。個別には立派な神父様方がおられるのに、残念ですね。

救いはフランシスコ会は3つに分かれ、コンベンツアル会、カプチン会があり、2つの会はバチカンには忠実であることでしょうか。「回心を求める人々の集まり」ではなく「回心する人々の集まり」であってほしいと思います。
 

ノムさん、頬白親父さんへ  投稿者:ダンボ  投稿日:2008年 8月26日(火)15時15分17秒
  私が思うのは、聖職者である正平協司教・司祭・修道者方よりも、両陛下のご生涯は祈りそのものであって、国民を思われるお心、喜びも悲しみも共にしてくださるお心、真摯で謙遜なご態度、自己犠牲など、本来は、前者の方々に求められていることであって、両陛下はご自身の病気をおしてでも、国民のためにすべて捧げてくださっているという事実です。

以前からの靖国神社批判に続いて、天皇制批判も加わりました。シナピスの移動学習会などに参加している人々が、靖国神社→国旗・国歌→天皇制とターゲットを広めているのを看過できません。カトリックの信仰を持ったら、日本国民として、皆が大切にしているものと決別し、対決することを求められているようではありませんか。そんなことは教義ではないのにです。
私たちは一国民として、両陛下を敬愛し、カトリック者として生きることが、どうして出来ないのでしょうか。
戦争責任、部落差別、宗教弾圧と、あったことも無かったことも全て天皇制に絡めて攻撃していますが、結局は、全「権威」の否定につながるのではないでしょうか。
戦前に、軍部との関係でこじれた際、ご助力いただいたのは皇族の方々でした。自分たちの都合の良いところだけ取り出して、問題化するという汚いやり方。
カトリックの名を使って、国民の心を傷つけるような発言はしていただきたくありません。

攻撃目標を設定して、対決姿勢を信者に求めるのは愚かだし、どれほど、信者の心を傷つけているかを知るべきです。そして、常に新しいターゲットを設定していることの恐ろしさを感じます。まるで連合赤軍の総括のようで・・・。
キリストの愛の中でキリストの真の正義と平和を知るなら、何も対決姿勢を取らなくても、キリストへの愛ゆえに自然と変えられていくはずのもので、心を荒立てて、人を攻撃することによって変えられていくべきものではないと思います。
祈りを軽んじ、宣教もせず、躓きを与え続け、政治活動に入れ込む正平協には、信徒の意見の代表するように、カトリックの名を使っていただきたくありません。声明を出したいなら、カトリックの名を利用しないで、一個人として個人名のみで出していただきたいものです。
 

>ダンボさん  投稿者:ノムさん  投稿日:2008年 8月25日(月)23時14分3秒
  引用しなかった部分が、この神父の心の奥を示しますね。
引用しないことによって自分を表すのです。

昔の文章ですが直後のことでもあり、私のここも読んでみて下さい。
http://www.nomusan.com/~essay/essay_vatican_12.html

=一部引用=
政治家、報道メディア、日本国民すべてへの、本質的な批判ででしょう。私は、このような言葉こそ一人でよい、カトリックの高位聖職者から発して欲しかったと思います。皇后はしかもその言葉の前段に「無念」の一言をかぶせるのです。「無念」は、攻撃的でなく、しかし強い響きを持つ言葉です。込められた思いがあって、はじめて出てくる言葉です。
拉致された(今回明らかになったよりもっと多勢いるでしょう)人々が心の底から叫ぶとすれば、
「無念だ!」
の一言でしょう。皇后様の耳はそれをお聴きになり、そして語られたと思います。
 

>ダンボさん その2  投稿者:頬白親父  投稿日:2008年 8月25日(月)18時58分6秒
  18年年3月8日付けの拙ブログ『四旬節キャンペーン』(http://blog.livedoor.jp/kasahara_7524/archives/2006-03.html?p=2#20060308)でも、皇后陛下の無念さに触れました。

「小泉総理の北朝鮮訪問により,一連の拉致事件に関し,初めて真相の一部が報道され,驚きと悲しみと共に,無念さを覚えます。何故私たち皆が,自分たち共同社会の出来事として,この人々の不在をもっと強く意識し続けることが出来なかったかとの思いを消すことができません。今回の帰国者と家族との再会の喜びを思うにつけ,今回帰ることのできなかった人々の家族の気持ちは察するにあまりあり,その一入(ひとしお)の淋しさを思います。」

これは、「皇后陛下のお誕生日(平成14年10月20日)に際して 宮内記者会の質問に対する文書ご回答」の一部です。

http://www.kunaicho.go.jp/kisyakaiken/kisyakaiken-h1401.html
 

ノムさんへ  投稿者:ダンボ  投稿日:2008年 8月25日(月)18時54分26秒
  皇后陛下が「無念」と仰って、国民の痛みを感じてくださるのには、感謝!ですが、私たちも同じように無念、いえ、そのための熱い決意をすべきなのです。この拉致被害者とご家族こそ「小さくされた者」です。加害者は、はっきりとしています。北朝鮮の独裁者たち。そしてそれを擁護する人々。その中に日本のカトリック正平協がいるのです。

天皇制廃止を煽動する正平協は、「このような思いを持つ人があることに、安らぐものを覚えます。」ってコメントを書き込むしかなかったのでしょうが、皮肉にも、正平協の聖職者よりも、天皇・皇后陛下が、いかに国民の平安を願って祈っておられるか「祈りの存在・象徴」というのが、一目瞭然の記事でもありました。
正平協へのアレルギーを除くための原稿が、実態を曝け出し、アレルギーどころか、反対者を生み出すのは、相応しいことです。
 

私説公開  投稿者:石垣眞人  投稿日:2008年 8月25日(月)16時16分21秒
  「平成の黙示録」という表題の私説を公開しています。
http://makoto-ishigaki.spaces.live.com にアクセスしてください。
 

根拠とマニュアル――フランシスコ会資料「平和の道具」――  投稿者:サボテン  投稿日:2008年 8月25日(月)15時13分31秒    編集済
   ダンボさんが紹介された、フランシスコ会資料「平和の道具」(8/2215時07分5秒投稿)最後まで目を通しました。
http://www.ofm-jpic.org/handbook/japanese/JPIC-JapaneseAll.pdf

 信徒と司祭を社会運動・政治運動に駆り立てる具体的な方法と、公会議文書・教皇文書・アシジのフランシスコの文章を引いて、その運動の「正当性」を述べています。もちろん彼らの解釈で、とうてい納得のできる内容ではありません!(影響されないで下さい!)

 特にフランシスコの視線は神とすべての人間ですが、かれらの視野は、社会の最も貧しい人だけです。偏っています。そのものの見方を、カトリック教会全体に広げようとしていることが危険なのです。

 教会は、最も貧しい人、信じられないような極限の境遇にある人のためにあるのでしょうか?

 これは、はっきりノーです。そのような方のために働くことに、召された方もいるでしょう。しかし、彼らをまるで幼子キリストのようにあがめ奉ることは、間違っています。彼らは罪人なる人間です。神父なら、普通の人に対するのとと同じように、信仰を教え指導すればいいのです。寄り添うことと、甘やかすこととは違います。神の教会は、信仰を求めキリストの救いを求めるすべての人のためにあるのです。

 資料は、巻末には、

OFMロ−マ総本部のJPIC担当室によって編集されたものの日本語版
2003年4月20日 発行
フランシスコ会日本管区 正義と平和エコロジー委員会(JPIC)
港区六本木 4−×−×× 聖ヨゼフ修道院

 また、資料作成協力者の名前があり、日本名は一人、さいたま教区ヨブ戸田三千雄神父です。彼は平和旬間の講演会の前座で、松浦補佐司教の時間を「20分」使いましたから、たいしたものです。理論家肌(話が理論的という意味ではなく)、自分の意見を強く主張するタイプ、「気づき」と称してあなたは間違っているとはっきり指摘するタイプ。

 資料では、運動の「正しさ」を主張し、各々のフランシスカンが置かれている教会や場(共同体という言葉を私は使いたくない!)で、「取り組み(運動家の好む言葉)」をしているか?と問いかけるのです。具体的なチェックシートも入っています。また、終生誓願を立てる兄弟の適・不適を判断する観点にも、彼らの「正義と平和」と環境に対する考え方が入っているのです。修道会の養成に、組み入れられていることになります。これは、おそろしいことです。

 カトリック教会の修道会が、第2ヴァチカン公会議の「アジョルナメント(現代化)」による「刷新」で会憲・会則が革命的に変えられてしまったことは事実だとしても、社会の構造を変革するために政治運動することが「福音にかなうこと」ということは、「カトリック教会の教え」ではありません!

 資料にはカール・マルクスの『資本論』からの引用もあります。思想のベース(マルクス主義・解放の神学)は見え見えです。

 資料に「レイプ」という言葉が登場します。戦争で数人の兵士にレイプされた女性の祈り、だそうです。四旬節に配布される冊子にも、悲惨な運命を背負った方々が登場しました。だから、そのような人を生んだ「社会構造」が悪い、そのような人に手厚い援助をしない「社会(政治)」が悪い、戦争を生み出す社会が悪い、という考え方です。

 キリスト教の教えは、どのような社会に生きていても、たとえ戦争になってしまっても、地震ですべてを失ってしまっても、原爆ですべてが破壊されても、神を信じ、祈り、信仰の心を失わないで、希望を持ち、感謝をし、神の赦しを願い、正しく生きていくことです。そのような生き方を聖職者が、すでに、「意味がない」と思っているのです。

 悲惨な運命が降りかかっても、信仰によって逆境の中を正しく生きることを教えるよりも、目に見える政治体制に批判(怒り)の目を向けさせ、現実的なモノ・社会状況を与えればいいと思っているのです。まさに、神を信じない人の唯物論です。

 物資の援助が不要だといっているのではありません。傷ついた人の心のケアが不要だといっているのではありません。社会をよりよくすること、これはキリスト者なら、それぞれがおかれている場で努力していることです。彼らは、つつましく、家庭で職場で地域で、信仰に基づいて、生活しようとする信徒に、社会の矛盾に気づかせ、怒りをかきたて、それが社会構造が悪いことが原因だと教えようとしているのです。

 聖職者は、まず正しい信仰が価値あることだと、教えることが大切なのに、すぐに結果が見える「運動」に駆り立てようとするのは、要は、教会を社会主義者を育成するための機関にしようとしているのでしょう。

 本田神父の思想(思いつき)が先か、この資料集が先か知りませんが、この資料集は悪用されると恐ろしいです。Pasさん、お時間があれば資料集をななめ読みなさってください。これもまた、恐ろしい文書です。インターネットで公開しているというのが、確信犯というか・・・。彼らの手の内が見られます。

 素直な方は読まないでくださいね。批判的に読む習慣のある方はどうぞ。ただし、ミイラ取りがミイラにならないように、注意が必要です。「知らず知らず」慣らされていくことは、恐ろしいです。

 環境は神の被造物だから、大切しなくてはいけない、と言いつつ、環境問題にここまで深入りするのは、要するに、「神よりも大事なものがある」と言っているようです。まず、聖体が置かれている聖堂内の「祈りの環境」を考えればどうでしょうか? 無神論者(共産主義者・社会主義者)が、手っ取り早くカトリックを取り込むために無難な「環境」を持ち出しているのです。それに、やすやすと乗るとは・・!彼らが必要なのはカトリックの信仰を持つ人格者ではなく、選挙で勝つための人の数、世論を形成するための人の数に過ぎないのに・・・!

 考えの浅い単純な聖職者を嘆きます。自らの行いの意味を知れ、です。主、我らをあわれみたまえ。
 

>ダンボさん  投稿者:ノムさん  投稿日:2008年 8月25日(月)08時15分13秒
  >>
「なぜ私たち皆が、自分たち共同社会の出来事として、この人々の不在をもっと強く意識し続けることができなかったのかとの思いを消すことができません」
>>

皇后様はその前段で、
「小泉総理の北朝鮮訪問により、一連の拉致事件に関し、初めて真相の一部が報道され、驚きと哀しみとともに、無念さを覚えます。」
とおっしゃったのです。

『無念』
とおっしゃったのです。

http://www.nomusan.com/~essay/index-jubilus.html

 

テレジアさん  投稿者:Pas  投稿日:2008年 8月24日(日)22時23分38秒
  テレジアさんの祈りに徹する姿勢はたいへん素晴らしいと思います。
恐らくごく一部の人たちを除けば、私たちの誰もが、教会は祈りの場だと思っているはずです。
実際、私自身、教会に行ってそこで誰かと議論した経験は皆無です。自説を語るのはインターネット上だけです。
好き勝手なことをしているごく一部の人たちは、信徒の圧倒的多数がそうだとわかった上で、攻撃してくるのです。
戦意がない圧倒的多数の人々を、闘争心満々のごく一部の人々が、一方的に攻撃して来るようなものです。
「教会は祈りの場であるべき、教会を議論の場にはしたくない」と考える圧倒的多数の信徒にとって、
ごく一部の人々の挑発に乗ること自体、相手の思う壷、相手の術中に嵌るように思われるのです。
テレジアさんの祈りに徹する姿勢はたいへん素晴らしいと思います。私も見習うべきだと承知しております。
しかし私は同時に、聖母を冒涜して涼しい顔をしている恐るべき神父の言説の誤謬を、指摘していくつもりです。
教会の外からカトリックを攻撃する人ではなく、教会の中で信徒を導くべき司祭が、冒涜を行なっているのです!
「世も末」というしかありません。教会の中ではなく、インターネット上で、私はその司祭を批判し続けます。
 

(無題)  投稿者:テレジア  投稿日:2008年 8月24日(日)17時07分50秒
   お久しぶりでございます。

 主の平和 であって、
 人の概念による平和を求めているのではないと思います

 いと高き天主に祈りをお捧げる・・・
 いえ、天主に全てをお献げするための教会が
 いつの間にか伏魔殿になってしまっている現実に
 想像を絶する悲しみを覚えます

 ある方がおっしゃいました
 『今、聖母マリア様は普通の涙ではなくて、血の涙を流していらっしゃる』
 まさしくその通りだと思います

 祈ることしか出来ませんが
 祈り続けています
 

正平協イデオローグとしての本田師  投稿者:Pas  投稿日:2008年 8月23日(土)23時02分45秒    編集済
  本田師は、「真の連帯への四つのステップ」として、次のように書いています。

(1)痛みの共感から救援活動へ
(2)救援活動の行きづまりから構造悪の認識へー怒りの体験
(3)社会的・政治的行動へー構造悪と戦う貧しい人たちの力
(4)単純な「弱者賛美」から真の連帯へ          (『釜ヶ崎と福音』193〜194ページから)

......なるほど、こうやって正平協は自分たちの運動に信者たちをオルグしていくのか。思わず膝を打ちました。

本田師は『釜ヶ崎と福音』の中では、たぶん意図的に、「解放の神学」や「正平協」には触れていません。
自分の思想の「元ネタ」がバレてしまうからでしょう。自分の思想の目的地をタネあかししてしまうからでしょう。
『釜ヶ崎と福音』は、読む者すべてを社会構造の変革に立ち上がらせようと煽動する、実に恐ろしい本です。
本田師の思想は、「社会構造を変革させる運動に積極的に参加することこそ、キリスト者の本分」というものです。
その凄まじい破壊力と毒気に満ちた内容、およびその非常に扇動的な性格において、実に危険極まりない思想です。

たぶんサボテンさんが紹介された戸田三千雄神父も、本田師の思想をどこかでもろに食らったものと思われます。
そういえば『釜ヶ崎と福音』の中には、アッシジのフランシスコに関する記述を見かけません。
キリストの姿を思い通りに変えようとすれば、ギリシア語やヘブライ語で相手を煙に巻きつつ、変えられます。
アッシジのフランシスコに関しては、本田師のその手口は全く通用しませんからね。
ラテン語に関しては、ギリシア語やヘブライ語よりは、はるかに多くの人々が知ってますし。
それに、アッシジのフランシスコに触れてしまうと、本田師の欺瞞性がたちどころにバレてしまうからでしょう。

しかし、戸田神父のような人が出て来るということは、フランシスコ会の中でも、「小さくされた者」の名の下に、
伝統的なフランシスカニズムが本田師の思想によって置き換えられ始めているということでしょうか。
まさに「悪貨は良貨を駆逐する」ですね。

本田師は、「よい子症候群」からは自分は決別した、と思っているかもしれませんが、さてどうでしょうか。
例えば木邨健三氏のような人にすれば、これ以上ない「よい子」であり、目の中に入れても痛くない存在でしょう。
 

サボテンさんへ  投稿者:ダンボ  投稿日:2008年 8月23日(土)21時52分23秒
  戸田三千雄神父は、フランシスコの弟子ではなく、松浦補佐司教の弟子となったのですね。
昨年、東京で在世フランシスコ会の役員・養成担当者の研修会?があって、松浦補佐司教が話をされたと伺ったことがあるので、どうして松浦補佐司教なんだろう???フランシスカン霊性は専門家がいっぱいいるのに・・・と思ったものでした。師父聖フランシスコではなく、松浦補佐司教と強く結ばれているのです。
サボテンさんの書き込みを読んで、戸田神父が養成担当なんだと知り、少々、ショックを受けています。ロバの会の資料を読んでしまって。
「正平協アレルギーの方へ」―ラチ 拉致と埒―
http://www2.wind.ne.jp/catholictakasaki/roba_f/roba1_f/roba1.htm

何と考えの足らない無神経な神父かと思いました。
『ラチ 拉致と埒』と駄洒落のようにかけて使う神経!被害者やご家族の心の痛みを思うなら、そんな使い方はできません。

『美智子さまの思い:皇后さまが「なぜ私たち皆が、自分たち共同社会の出来事として、この人々の不在をもっと強く意識し続けることができなかったのかとの思いを消すことができません」と述べられた新聞記事(02年10月20日付朝刊)がありました。
 このような思いを持つ人があることに、安らぐものを覚えます。』

どう思って、この一言、他人事コメントを書いているのでしょう。皇后様は、ご自分の身内のことのように我がことと受け止め、心を痛めながら仰っているのに対し、心の専門家であるべき聖職者が「このような思いを持つ人があることに、安らぐものを覚えます」としか書けない情けなさ。それを言うなら、「被害者の方々の奪われた人生の大部分、夢や希望を奪われたことを、そして行方不明になったご家族を探し続けた長い年月を、私たちも少しでも我がことと捉え、無事に帰ってこられるまで、忘れることなく心を合わせて祈っていきましょう。」とぐらい書けないのかしらと、もうただただ呆れ果てちゃいました。ここで「安らぐ」の・・・?心の痛みを感じて、熱い思いになるときでしょ!?情けない!!

そして、こんな司祭が、子供の絵本や子供向け聖人伝を書いているのは、不快そのもの。まぁ、こんなだから、子供向けしか書けなかったのかしら?

続けて『小さくされた人々とともに:カトリック教会が、小さくされた人々の側に立つことを「日本の教会の基本方針と優先課題」として選び「教会が、社会とともに歩み、人々と苦しみを分かち合っていく共同体となる」ことを目指した1988年は転換点でした。・・・』

「小さくされた人々」には拉致被害者やご家族は入っていないようですね。この方々こそ、突然、人生を家族を奪われ、絶えることない苦しみの中にいる人たちではないですか。「人々と苦しみを分かち合っていく共同体」とは、まず、自分たちに都合のよい「苦しむ人」を選別することから始まるのですね。こういうのを詭弁、偽善と言うのです。
他人事のように観察して「苦しむ人」「小さくされた人」を選ぶのではなく、まず、自らの心が痛むことから始まるのです。それが基本です。

この司祭が養成担当ですから、聖霊によって、誤りがことごこく燃え尽くされなければ、後に続く修道者は・・・考えただけで、恐ろしい。養成する立場の人が「落第点」。自らをフランシスコの弟子として恥ずかしくないように養成する必要があります。

中南米で解放の神学に躍起になったのはフランシスコ会、イエズス会、神言会だったと記憶しています。そして、これらの修道会こそが日本の教会の中核的存在で、神学教育を握っているのです。
 

その時が来てはいないか  投稿者:彦左衛門  投稿日:2008年 8月23日(土)21時37分14秒    編集済
  小生の過去録の中に次のような日記の一文がありました。今年の正月二十二日の日記です。捨てるのも惜しいので、こちらに投稿させていただきます。

   ....................

   大寒   2008年01月22日

  昨日は大寒。大寒に相応しい寒さだった。やっぱり、 冬は冬なりに寒いのがいいなんて、負け惜しみを言いな がら、殆ど終日炬燵で。

 大阪の夢之介さんという人のサイトに北朝鮮情報がたくさん紹介されている。それを読むと、北の惨状言うべ き言葉がない。世界最悪の極道、人権無視、人民虐殺国家だ。

  ところでその日本における代表機関が朝鮮総連。

 その総連とこれまで連携しているのが、何と日本カトリック正義と平和協議会。

 世も末だと思うが、信者さんの多くは、人を疑うこと を知らない、善意、好意にあふれた人々だから、危機感 がない。

  北朝鮮には、戦後すぐには5万5千のカトリック教徒がいた。その後、その大半は日本切支丹と同じく、逮 捕、拘束、虐待、虐殺され、殉教の道を辿った。日本教会の大恩人バーン・ソウル大司教もその一人。そして極く一 部の生き残った信徒は今地下教会に潜行していると思われる。

 このすぐ隣国の同信の友の苦難にこれまで何の関心も 示していないのが、日本カトリックの指導部だ。それでいて、400年前の切支丹殉教者の列聖行事が華々しく 行われている。列聖そのものは結構なことで、反対すべ き謂われはないが、それならそれで、現代のすぐ隣国の殉教者にも 思いをいたすべきだろう。

  しかしそれがそうでないのは、不可解、世にも不思 議なことだ。
その理由は何だろうなんて考えていると、血圧も上がってくる。

  かれらが『平和だ正義だ』と大声を上げているのは、知ってか、知らずか、悪魔の手先となって、独裁者や、独裁国家にへつらっているためだろう。それなら、北朝鮮の殉教者に何の関心も払わない分けがよくわかる。

  こういう連中は、司教であろうと、司祭であろうと、事実上反キリストの子悪魔であるから、遠慮することなく、あらゆる合法的、信仰的、霊的手段を動員して、聖なる教会から叩き出す時が来ているのではないか。

 それは彼らの改心と反省の機会にもなるんじゃないか。そうして彼らが地獄に堕ちないですむならば、彼らの救霊を全うする兄弟的愛徳の奉仕にもなるんじゃないか。
 

「律法に背いて妊娠」?  投稿者:Pas  投稿日:2008年 8月23日(土)14時16分4秒    編集済
  本田師やマシア師は聖母を冒涜する「伝承」をもっともらしく引用しますが、実は「伝承」には続きがあります。
オリゲネスは、ケルススが持ち出したその「伝承」の続きを、次のように紹介しています。

<彼女は、夫に放逐されて恥辱に満ちた放浪を続けているときに、こっそりイエスを産んだが、イエスは貧困のためにエジプトに稼ぎに行き、かの地でエジプト人が誇りにしているある種の奇跡力を実証したので、帰還したときにはその奇跡力を大いに誇り、これらの力ゆえに神と自称したのだ>
(教文館『キリスト教教父著作集第八巻 オリゲネス ケルソス駁論I』35ページより)

呆れたことに、こんな馬鹿馬鹿しい「伝承」の一部を、本田師やマシア師はもっともらしく引用しているのです!

単にキリストを神と認めない人、単に処女懐胎を認めない人は、普通は「イエスはヨセフの子」と考えます。
高校時代の私自身が、そうでした。その頃に読んだ複数の歴史の本の著者も、そう解釈していました。
キリストを神と認めないばかりか、キリスト教に悪意を抱く人は、「ヨセフの子」とするだけでは満足しません。
ケルスス(ケルソス)が持ち出した「伝承」が、まさにその好例です。

本田師は、『釜ヶ崎と福音』60ページにおいて、イエスの謙遜とへりくだりに関する例の持論を展開した後、
「しかも、その母は律法に背いて妊娠するような罪人マリアと見なされていたようですし」などと、
これまた例によって、聖母を貶める主張を繰り返しています。
しかし、本田師がいうところの、「律法に背いて妊娠」などという話は、全くの妄想に過ぎません。

<さて、モーセの律法に定められた彼らの清めの期間が過ぎたとき、両親はその子を主に献げるため、
 エルサレムに連れて行った。それは主の律法に、「初めて生まれる男子は皆、主のために聖別される」
 と書いてあるからである。また、主の律法に言われているとおりに、山鳩一つがいか、
 家鳩の雛二羽をいけにえとして献げるためであった。>(ルカ2・22〜24)
<親子は主の律法で定められたことをみな終えたので、
 自分たちの町であるガリラヤのナザレに帰った。>(ルカ2・39)

マリアが「律法に背いて妊娠」したのなら、ルカ福音書の「神殿への奉献」の記述はなぜ存在するのでしょうか?
「神殿への奉献」以前の出来事すべてもまた、律法上なんら問題がなかったからこそではないでしょうか。
ヨセフとマリアは、「モーセの律法に定められた彼らの清めの期間」の後、イエスを神殿に献げました。
ごく普通に、律法にかなった生き方を、ヨセフもマリアもしていた、してきた、ということです。
聖家族には律法上なんら問題がなかったことが、この「神殿への奉献」の記事によって暗示されているのです。

また、同じルカ福音書には、次のようにあります。

<皆はイエスをほめ、その口から出る恵み深い言葉に驚いて言った。
「この人はヨセフの子ではないか。」>(ルカ4・22)

処女懐胎を知らなかった人々、イエスの神性をまだ認めていなかった人々は、
その時点までは、イエスのことを単純に「ヨセフの子」とみなして、疑っていなかったのです。
ここでもまた、聖家族に律法上なんら問題がなかったことが、暗示されています。
実際にはイエスは聖霊によってマリアに宿った子であったけれども、
律法上は、「ヨセフの子」であるべきだったからです。
 

「イエスの謙遜とへりくだり」を理解する前提  投稿者:Pas  投稿日:2008年 8月23日(土)08時05分25秒
  伝統的に、カトリックがイエスさまの謙遜とへりくだりの例として列挙するのは、次のような事柄です。
「イエスさまは、神の子でありながら、人間となられた」
「イエスさまは、神の子であるのと同時に人間の子供として、御両親にお仕えになった」
「イエスさまは、神の子として洗礼を授けるべき方でありながら、人間であるヨハネから洗礼をお受けになった」
「イエスさまは、神の子でありながら、自ら人間たちの罪を背負われ、十字架上で亡くなられた」
等々......

「イエスの謙遜とへりくだり」というのは、イエスさまの神性を認めてはじめて、理解できるものなのです。
イエスさまの謙遜とへりくだりを理解する前提として、常に、イエスさまの神性があります。

ところが、本田哲郎神父は、『釜ヶ崎と福音』43ページにおいて、
「第一、イエスは謙遜やへりくだりの模範を示したことはありませんでした。」と言っています。
イエスさまの神性を認めず、単なる普通の人間として見るのなら、確かにそんな読み方も可能でしょう。

そもそも、本田哲郎神父は、イエスさまの神性を認めているのでしょうか?
本田哲郎神父にとって、イエス・キリストとはどういう意味を持つ存在なのでしょうか?
もし本田哲郎神父がイエス・キリストの神性を認めていないとすれば、
「カトリック司祭」という肩書は、偽称ということになります。
 

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天におられる私たちの父よ
御名が聖とされますように
御国がきますように
御心が天に行われるとおり地にも行われますように
私たちの日ごとの糧を今日もお与えください
私たちの罪をお許しください
私たちも人を許します
私たちを誘惑に陥らせず
悪からお救いください
 アーメン


   
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