地域の拠点医療機関だった公立病院の閉鎖が増えている。産科、小児科をはじめ医師が足りない。病院の勤務医が過重な労働によって疲弊しきっており、離職者も増えている。救急患者の「たらい回し」が頻繁に起きる。
今、この国の医療制度はさまざまな問題を抱えて、身動きが取れない状況に追い込まれている。各国に比べ低い医療費で、高水準の医療が受けられると、高い評価を受けてきた日本の医療制度が崩れ出している。「医療は大丈夫か」というのが大方の国民の声だ。
厚生労働省の「安心と希望の医療確保ビジョン具体化検討会」が医師確保策などを提言した。大きな柱は医学部定員について数値目標を示したことだ。提言には、将来的に現在(7793人)の1・5倍の1・2万人程度まで増やすことが盛り込まれた。日本の医師数は人口1000人当たり2・1人(06年)で、ドイツ(3・5人)や米国(2・4人)などと比べて少なく、経済協力開発機構(OECD)の平均水準である3・1人まで増やす必要があるとしている。定員増の数値目標については厚労省や文部科学省などの抵抗があったが、具体的な数字を初めて書き込んだことは評価したい。
だが、目標を作れば終わりではない。どういう手順で、何年かけてどれくらいずつ増やしていくのかなど、各論の検討はこれからだ。1人の医師養成には年間約1000万円必要とされる。厚労、文科省が09年度に500人の定員増で合意しているが、約50億円かかる。定員増に見合う教員の増加も必要で、財源の確保が最大の課題となる。
国民の健康を守るためのコストをどこまでかけるのか、誰がどのように負担するのか、その前に医療のムダの排除や効率化を図ることも当然必要になる。複雑に絡み合った問題に幅広く目配りしながら、具体的な対策を打ち出すという難しい作業が待っている。
定員が増えても、医師の偏在やへき地医療の拡充、病院勤務医の減少や産科・小児科医の不足対策が確実に実行されるとはかぎらない。国民全体を巻き込んだ議論を起こし、最後は政治が決断をして果敢に実行することが必要だ。そのためには与野党が社会保障を政争の具にしないことだ。
検討会の提言には▽産科、救急、へき地などで勤務する医師への手当支給▽初期臨床研修制度の見直しなど、重要な課題も入っている。
こうした「安心の医療」を実現するためには、保険料の引き上げや財源確保のための増税など、国民が痛みを伴う対応策の議論も避けては通れない。国民の合意がなければ、医療改革は進まない。国民にすべての情報を公開し、医療崩壊を食い止めるための具体的な対策作りに着手すべきだ。
毎日新聞 2008年8月29日 東京朝刊