医療者のための「ビジョン」か
「患者の『安心と希望の医療確保ビジョン』ではなく、『医療関係者の安心と希望とキャリアアップのビジョン』に進みかねない」―。「安心と希望の医療確保ビジョン」具体化に関する検討会(座長=高久史麿・自治医科大学長)が中間取りまとめを行った8月27日、委員の中で数少ない「非」医療提供者である大熊由紀子委員(国際医療福祉大大学院教授)の発言だ。現場の医師でもある委員が活発に意見を述べた23、24両日の集中審議とは打って変わって、この日の会合は座長が委員の発言を抑える場面も見られ、患者や国民の立場への配慮を求める意見が目立った。傍聴席には医療事故被害者の遺族らの姿が見られた。(熊田梨恵)
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「合宿」再開決定−問われる厚労行政の在り方 同日、検討会は7回目の会合を迎えた。23、24両日に予定していた神奈川県湯河原町での泊まり込み審議が批判を受けて中止になり、急きょ都内での開催に変更されるなど、来年度予算の概算要求を目前に過密スケジュールでの開催になった。会場には立ち見の傍聴者が溢れるほどだった。
高久座長の開催のあいさつの後、委員らによる資料説明がなされた。遅れて到着した舛添要一厚生労働相が着席し、委員にあいさつ。高久座長は次に大熊委員に発言を促した。
大熊委員は23、24日の集中審議について語り、「一つのハプニングがあった。土曜(23日)の夜には懇親会が開かれて多くの先生が交流していたが、そこに参加していたわたしだけが抜かされている形で、海野信也委員(北里大産科婦人科教授)が先ほど出した『提言』の原案が出てきた」と、24日の「最終骨子(案)」に言及した。
■患者でなく医療者のための「ビジョン」?
大熊委員は、国内で行われてきたこれまでの議論には、医療の質や安全性などの視点が欠如しており、「国民を置き去りにした医療費をめぐる議論と駆け引き」が行われてきたとの認識を示した。その上で、今回の検討会については、現場で働く医療者に焦点が当たったことには評価を示したが、患者と医療者のパートナーシップという観点が欠けているとの見方を示した。
「(検討会では)医療関係者も、医療者でないわたしも一緒のテーブルで考えることができると思っていたが、わたしもそこ(懇親会)にいたのに、わたしだけ(名前)が抜けている。(それなのに)委員でないお医者さんは加わっているもの(提言)が出たので、ここに日本の医療を覆っている閉鎖性が象徴的に表れていると思った。何が欠けているか。非常に悪い言い方をすると、『患者の安心と希望の医療確保(ビジョン)』ではなくて『医療関係者の安心と希望とキャリアアップ(のためのビジョン)』に進みかねないと思った」と述べた。
その上で、大熊委員がこの日に提出した資料「『安心と希望の医療確保ビジョン』具体化のために〜国民の目線から」について説明。「患者や国民が望んでいるもの」として、▽助産師と医師が連携した、安心して子どもを産める体制と医療保険でのバックアップ▽安心して子どもを育てられる小児医療の確立▽頼りになる救急医療システムの構築▽安心し、信頼して闘病できる医療の質の確立▽福祉と医療の安定した連携による在宅ケアシステムの確立▽医療事故の再発防止・真相究明体制の確立―を挙げた。
■会場に医療事故遺族らの姿
「医療事故の再発防止」については、「医療訴訟に耐えている人たちは、非常につらい時を思い出さなければならない。そういう遺族は、医師や看護師をいじめようというのではなくて、『真実を知りたい。自身の経験を生かして次の悲劇を無くさなくてはならない』という思い。個人を恨むのではなく、システムとしてそういうことが起こらないようにと(活動)している」と述べ、会場に医療事故被害者の遺族が来ていることを紹介。
会場には、「福島県立大野病院事件」や「都立広尾病院事件」の遺族、医療事故で子どもを亡くした勝村久司氏(「陣痛促進剤による被害を考える会」世話人)や豊田郁子氏(新葛飾病院セーフティーマネジャー)の姿も見られた。同日の会合開催前に、医療事故被害者の遺族などの団体が、「医療安全調査委員会」の設置法案について、来月開会する臨時国会で成立させるよう、厚労相に要望していた。
大熊委員は、次のように発言を締めくくった。
「『大野事件が医療を崩壊させた』としばしば言われるが、わたしから言わせると、医療が崩壊していた。そこに一人医長が居たということ。報道によると、医局が(福島県から)小児科医が行くから(産婦人科医と)ペアだと聞いて安心して派遣したら、『うそつき』ということだった。お医者さんも被害者だったが、何度も『大きな病院に移ったら』という助産婦さんの助言を聞かなかったという意味では、そういうことを防ぐことが必要だったと思う。お医者さんがたびたび『信頼』と言うのは、『俺を信頼しろ』というニュアンスだが、本当のことを隠さずに見せているという文化が医療者と患者の間に共有されていないと信頼はできない。医療者と患者がパートナーになるという文化の上にこの新しい報告書が作られることを願っている」
他の委員が個人の提出資料の説明を終えた後、高久座長が中間取りまとめ(案)の内容を読み上げ、委員の意見を聞いた。
■座長が委員の意見を制止?
嘉山孝正委員(山形大医学部長)は、「この中に『医学部教育・地域医療に支障を来さないよう配慮しつつ、将来的には50%程度医師数を増加させる』とあるが、過去最大の医学部定員より多くしてほしいというつもりで言った。地域医療に支障を来さないようにするには、過去最大より少し多めでないと担いきれない。そういう意味の文章に変えてほしい」と主張。全国医学部長病院長会議が全国の医学部を対象に実施したアンケートでは、来年度の定員増が720人になると予測されるとして、「過去最大」の医学部定員よりも多くできるとの見解を述べた。 これに対し高久座長は、特に字句修正の必要はないとの見方を示した。小川秀興座長代理(日本私立医科大学協会会長)も、「各論のところでは余計な言葉を入れないほうがいい。『上回る程度に』として、あまりジャンピングしないように」と、座長に同意した。
また海野委員は、中間とりまとめ(案)の中で医師の需給推計について、「(厚労省が)専門的な推計を行うべき」と表現された点に言及。「確認だ。大臣から(23日に)すでに指示が出ているが、検討会の中で早急に(需給推計を)出し、それに基づいて今後の議論を進めていくということだったと思うが、そういう理解でいいか」と聞いた。
この質問に座長は、「そんなに簡単に出るものではないと思う。専門家が綿密に計算する必要があるので、そのプロセスはこの検討会では無理では。皆さんが納得される形で出すのはかなり大変な作業と思う」と返した。
■「医者の視点強かった」
ここで、川越厚委員(ホームケアクリニック川越院長)が次のように述べた。
「検討会では、医者の視点からどうするかということがあまりに強かった。やはり国民の視点をもう少し考えなければならなかった。『安心と希望』はひっくり返ったら『不安と絶望』。今回の議論が起こったのは、その中にある医療をどうするかということで、大臣も尽力してきた。プラクティカル(実用的)にするには、エビデンスに基づいた議論が必要で、『医師数を増やしてインセンティブを付けることで人が変わる』ということが(検討会の議論の)方向性にある。ただ、その問題だけで国民の不安が解消できるのかを根本的に考えないといけない」
これを受け、和田仁孝委員(早稲田大大学院教授)が発言した。
「検討会のテーマが主として、合理的・効率的にどういうシステムにしていくかということで、それは大事なことだったが、フィロソフィー(哲学)の問題が上がらなかった。国民が心配するのは事故の問題。(医療側にとっての)訴訟リスクの問題もあるが、日本は裁判を起こしにくく、その中で起こすのは大変なことだ。だから、医療側が訴訟リスクをいかに軽減するか、という考えは本末転倒。その前に、患者さんに向き合って真摯(しんし)な対応をすることが大事。こういうことを普段のフィロソフィーとして、そこから仕組みをつくり、その結果、訴訟のリスクが軽減していくという構図で考えるのが妥当。それを考える場があれば」と述べた。
ここで、退席時間の迫った厚労相が「高久先生の下でこれをブラッシュアップして頂き、これからの予算編成や政策づくりに反映させていく。『ノーフォールト』や、医療事故調査委員会の問題など、ここには書かれていないが、そういう哲学の問題も含めて検討課題が残っている。今後、適宜開催をよろしくお願いする」とあいさつし、退席した。
高久座長は「中間取りまとめ(の内容)には宿題がたくさんある。長時間にわたって議論したから、できることから少しずつ実現していきたい」と述べ、開催から約1時間で会合は終了した。
更新:2008/08/29 00:31 キャリアブレイン
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