ひび割れた湖面のあちこちに石垣や段々畑、民家の骨組みが残っていた。水没した約三百世帯の廃虚だった。旧村役場の建物内にはこんなストレートな落書きがあった。「雨よ降れ」
一九九四年当時、高松支社に勤務し、異常渇水を経験した。取材で訪れた四国の水がめ・早明浦ダム(高知県)の荒涼とした光景は今も忘れられない。
あの夏は本当に大変だった。夜間断水を余儀なくされ、大量のペットボトルを買い込んで、コップ一杯の水で歯を磨いた。風呂は毎晩、銭湯。自民、社会、さきがけの村山内閣が誕生し、松本サリン事件が発生するなど、社会全体が荒波にもまれた季節でもあった。
あれから十四年がたった。この間、香川は何度も渇水に見舞われた。今年も現在、第四次取水制限が実施され、香川用水への供給量は60%カットされている。貯水率ゼロも現実味を帯びてきた。
このままでは生活への影響は避けられそうにない。水を商いに使う事業者はもちろん、介護が必要な高齢者や乳幼児のいる家庭では、水不足は大変深刻な問題だろう。
四国地方整備局によると、早明浦ダム周辺では二十六日午後十時までの二十四時間で二六ミリの雨が降った。しかし、この程度では水不足解消には程遠いという。
局地的な集中豪雨の被害を受ける地域もあれば、渇水に泣く地域もあるという皮肉な現実。水のありがたみを痛感した一人として、気まぐれな雨雲の行方に気をもむだけでなく、あのときの教訓を水に流さないようにしたい。
(備前支局・二羽俊次)