福島県立大野病院事件無罪判決後の課題

医師が前科ものとして扱われる現在の司法のあり方

栫井 雄一郎(2008-08-28 16:00)
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 すでにご承知とは思いますが、福島県立大野病院で産婦人科の医師が業務上過失致死に問われた裁判で、8月20日に無罪判決が下りました。

 この事件は、2006年2月18日に故意や明確なミスがない通常の医療行為で医師が刑事犯として逮捕され、しかも、有罪が決まったかのように、手錠をかけられた医師の姿がテレビなどで繰り返し放映されるなどしたため、社会的に大きな反響がありました。

 刑事事件は、書類送検という形を取ることも多いのですが、通常はこうした事件で事件発生から時間がたった時点で逮捕まで踏み込むようなことはありません。本件が逮捕という形を取り、しかもテレビなどで放映があったということは、それだけでも特異な事件であったわけです。

 この事件のおかげで、福島県立大野病院の産婦人科が閉鎖されただけでなく、大野病院のほかの科でも診療ができなくなったりしました。また、福島県立病院の産科医療ができなくなっただけではなく、全国の病院の産科や外科や救急外来という刑事犯にされそうな分野の医療が大幅に萎縮(いしゅく)して、医療崩壊の大きなきっかけとなりました。

 医療界には、とりあえず安どの空気が広がっていますが、今後の課題も多いのでその周辺を探ってみたいと思います。

 まず、検察庁が本件を上告することで仙台高裁で裁判が続くかどうかですが、そもそも下級審が出した刑事裁判の結論を、検察庁が重罰を望んで新たな重要証拠もないまま上告するという行為が、法治国家として許されるのかどうかという問題があります。

 諸外国においては、このような場合、下級審が出した結論を上級審も尊重することが多く、また、今回のような故意や明確なミスがない通常の医療行為で刑事罰を受けるということは考えられないでしょう(例外があるかどうかはわかりません)。

 検察が、この事件を控訴することは医療現場の混乱を長引かせることになります。なぜ、この事件を荒立てたのかについては、今後解明が進むものと思われますが、なにか特別な事情があったと思わざるをえず、この問題がこじれればこじれるほど、国民的な損失が大きくなるとともに、検察の意図も明確になると思われます。

 次に、医療事故調査委員会なるものを作ろうという動きがこの事件と関連付けられて広がっていますが、これに関連して、保険会社など、利害関係者の動きがあることについて注目しておく必要があります。

 そもそもこの事件は、県立大野病院医療事故調査委員会が2005年3月22日にまとめた「県立大野病院医療事故について」と題する報告書をきっかけに検察の介入が始まったという経緯があります。

 医療事故調査委員会ができたとしても、今の素案では医療裁判が減るということではなく、一時金が支払われたりすることで、むしろ裁判がやりやすくなり、医療はますます混乱することが予測されます。

 大野病院事件の判決以後も、今回の件について、遺族は納得しておらず、遺族からみて原因究明にも再発防止にもなっておらず、医療や司法にかかわる問題は逆に大きくなったとも言えます。

 安易な医療安全調査委員会の設置は、医療事故調査委員会ができたからといって遺族などが納得するということでもなく、ますます医療が受けにくくなるだけで、かえって事態をおかしくする可能性すらあるのです。

 福島大野病院事件に伴う医療崩壊に対しては、誰も責任を取らないばかりか、県立大野病院の医師を逮捕した富岡署は県警本部長賞で表彰されているのです。

 誠心誠意、患者さんのために行った故意や明確なミスがない通常の医師の治療行為が、業務上過失致死罪として刑事訴追され、医師が前科ものとして扱われる現在の司法のあり方に問題があるということについては、大方の意見が一致しているのが現状だと思います。

 なお、福島大野病院事件についても、今後、民事事件として裁判になる可能性があり、刑事事件として成立しなかったからといって、民事での司法解決の道が閉ざされているということではないことを付け加えさせて下さい。


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