任期切れが近い米ブッシュ政権は、また難しい問題を抱え込んだ。北朝鮮が寧辺の核施設の無能力化を「即時中断する」との声明を発表したのだ。無能力化で使えないようにした核施設を「原状復帰させる措置」も検討するという。
穏やかならぬ発言だ。北朝鮮が言うには、6月に核計画申告書を提出して義務を果たしたのに、米国は北朝鮮へのテロ支援国家指定を解除しようとしない。これは明白な合意違反だというのである。
この論法はおかしい。なるほど北朝鮮は、指定解除が可能になる8月11日に合わせたように、日朝実務者協議の開催にも応じた。日米に柔軟姿勢をアピールしたつもりなのだろう。
しかし、義務を果たしてはいない。テロ支援国家指定解除も含めて、6カ国協議の構成国が各種の見返りを提示しているのは、北朝鮮の核の脅威を取り除くためだ。申告書を出せば事足れりではない。厳密な検証なしに脅威の除去は不可能である。「検証は6カ国協議の合意事項であり、北朝鮮が合意に違反している」と米国務省が反論したのは、もっともだ。
ただ、米朝の対立が長引けば、来年1月までのブッシュ政権下では、非核化に向けた大きな進展は望めまい。米国の次期政権がどんな北朝鮮政策を打ち出すかも流動的だ。このまま事態がこう着して、北朝鮮が持つとされる核爆弾や核兵器関連施設が、ほぼ手つかずで残されるのなら、日本にとって大きな打撃となるのは言うまでもない。
大切なのは非核化への歩みを止めないことだ。そのためには米朝の対話も必要だし、6カ国協議のホスト国・中国による北朝鮮説得にも期待したい。新冷戦ともいわれる米露対立が各地で噴き出す中、6カ国協議が求心力を保てるよう日本の外交努力が問われているのも確かだろう。
少し気になるのは、米政権内の微妙な温度差だ。6カ国協議の首席代表であるヒル国務次官補やライス国務長官は、北朝鮮のテロ支援国家指定解除に比較的前向きと見えた。他方、ブッシュ大統領は今月初めの米韓首脳会談で、ライス氏やヒル氏よりも北朝鮮に厳しい態度を示している。
ブッシュ氏は歴代大統領の中でもイスラエルへの支持が厚い。北朝鮮がシリアへの核技術協力を通じてイスラエルの脅威になっていることが、ブッシュ大統領や議会保守層の懸念材料であり、大統領選などを控えて指定解除のブレーキになっているのは確かである。
北朝鮮は、こうした温度差を警戒しつつ揺さぶりの材料にも使っているのだろうが、核兵器関連情報やシリアとの関係、ウラン濃縮疑惑も含めて、十分に情報を開示し検証に応じる責任を忘れてはならない。約束を果たすべきなのは、あくまで北朝鮮の方だ。
毎日新聞 2008年8月28日 東京朝刊