「年上部下」を
生かしきるマネジメント

 
 
「若造の上司に仕えるのはやりにくいなぁ」「年上の部下はどうも扱いづらくて悩むよ」
という声を耳にするようになった。しかし、もし、ベテランの能力を生かしきることができれば、
あなたの部は飛躍的にパワーアップできるはずだ。
 
 
コーチ・エィ エグゼクティブコーチ
粟津恭一郎 = 文
Kyoichiro Awazu
あわづ・きょういちろう●
早稲田大学大学院アジア太平洋研究科国際経営学専攻修了。ソニーで人事等を担当後、ソニーヨーロッパで目標管理制度、報酬制度の企画・導入・運営を行う。帰国後、経営戦略グループで新規事業開発を担当。コーチ・エィでは経営者層を対象にコーチングを行っている。
中島 恵 = 構成高橋常政 = イラストレーション
illustration by Tsunemasa Takahashi
 
 

年上の部下を持つ上司が増えてきた

 企業の中で成果主義が徹底されてきたことや、業績が以前ほど成長しなくなってきたことが背景となって、年上の部下を持つ管理職が増えている。私自身、企業の管理職から「若造の上司に仕えるのはやりにくい」「年上の部下はどうも扱いづらくて悩む」という声をしばしば耳にするようになった。そこで、「年上の部下」の能力をいかに上手に生かすかについて考えてみようと思う。

 年上の部下に対しては、無意識のうちに認めることや褒めることが圧倒的に少なくなる。なぜだろうか。年下の部下であれば「おーっ、やったじゃないか」「いいね」と気軽にポンポン声をかけられるのだが、年上の部下に対しては同じような言葉は投げかけにくいからだ。それは「褒める」という行為には少し「相手を評価してあげる」というニュアンスが込められているからだ。つまり「よくやった」というのは「以前はまだできていなかったが、今回は成果が上がってきた」という意味が込められていて、それを認める側が相手よりも上位に立っているように聞こえる。

 人は誰でも褒められたり、認められたりするとエネルギーややる気が湧いてくるものだが、上司に褒められない年上の部下は「自分は認められていないのではないか」と不安に思い、それがさらに続くと、上司との関係を疎遠に感じるようになる。上司のほうも「若いヤツはやりやすいんだけど年上はどうも手に余る」と敬遠する傾向になってしまうというわけだ。ではどのようにして年上の部下を褒めたらよいのだろうか。

 一般的な褒め言葉には、YOUメッセージとIメッセージがある。YOUメッセージとは「あなた」が主語のメッセージで、たとえば「(あなたは)よくやった」「(あなたは)すごい」「(あなたは)すばらしい」などである。その一方、Iメッセージとは主語が「私」のメッセージで、「(私は)助かったよ」「(私は)満足している」「(私は)うれしかった」など私を中心とした表現である。

 具体的な会話例で見てみよう。

●年下の部下に対して

部下「この間の書類を修正したので見ていただけますか?」

上司「おお、よくできているじゃないか! やればできるじゃないか。次のプレゼンもこの調子で頼むよ!」

 年下の部下は褒めやすいので、思いついた言葉がどんどん出やすい。部下の側もそれを率直に受け取りやすい。

一方、年上の部下に対してはどうか。

●年上の部下に対して(YOUメッセージを使った例)

部下「この間の書類を修正したので見ていただけますか?」

上司「よくできていると思います。これでいいでしょう」

 年下の部下に比べて、このように何となく褒め方が控えめになる。それに「よくできている」というYOUメッセージは「評価している」というニュアンスで伝わることが多く、年上の部下は率直に受け取りにくくなる。

●年上の部下に対して(Iメッセージを使った例)

部下「この間の書類を修正したので見ていただけますか?」

上司「内容がよく伝わってきます。やっぱりAさんにお願いしてよかったです」

「内容が(私に)よく伝わってくる」「(私が)Aさんにお願いしてよかった」というIメッセージを使って反応することにより、年上の部下を認めていることが伝わりやすくなっている。

「Iメッセージ」がもたらす
驚くべき効果

 数年前のことになるが、大相撲で貴乃花がケガを押して千秋楽に出場し武蔵丸に勝って優勝したとき、表彰式で小泉首相が語ったフレーズをご記憶だろうか。小泉首相は「痛みに耐えてよくがんばった。感動した」と簡潔な言葉で応じ話題になった。この短くてインパクトのあるフレーズを分析してみると、おもしろいことがわかる。

 前半部分の「痛みに耐えてよくがんばった」は主語が「あなた」のYOUメッセージである。しかし、後半部分の「感動した」は主語が「私」のIメッセージとなっている。多くの人々の脳裏に残っている言葉はどちらだろう。Iメッセージである「感動した」のほうではないだろうか。

 IメッセージのほうがYOUメッセージよりも相手の心に届きやすいのにもかかわらず、実は上司の95%がYOUメッセージを使って部下とコミュニケーションをしていることがわかっている。

 管理職は通常、誰かを褒めるときに3つか4つ程度の褒め言葉を使い回していることが多いが、上司がYOUメッセージの褒め言葉しか使っていない場合、部下は「心から褒められている」「上司が自分のことを認めてくれている」という実感をなかなか持つことができない。たとえば上司は「よくやりましたね」と褒めているつもりでも、年上の部下は「評価された」というニュアンスをくみとり、言葉通りに受け入れにくくなってしまう。

 ところがIメッセージを使うと部下には俄然、やる気やエネルギーが湧いてくる。たとえば「フォローしていただき、助かりました」「新規顧客の開拓が進んで、とてもうれしいです」「先日のプレゼンのシナリオづくりには感動しました」などのIメッセージを送ると、言われた部下は「評価された」というニュアンスを感じずに素直に「褒められた」と受け取る。本人が自ら「うれしい」と言っているのだから、上から見られているという意識が弱くなるのである。

 組織の中で誰かに認められているかどうかは非常に大事な問題で、認められていれば、その組織の中でがんばってやっていけるという気持ちが強くなる。そのため、上司としては「部下を認めている」ということを、きちんと伝えることがマネジメント上、重要になってくる。

 しかし、上司の中には「そんなこと言ったって、うちの部下には褒めるところなんて全然ないよ」と言う人もいるだろう。そんなときは、むずむずしながらオベンチャラを言う必要はない。まず相手の存在を認めることから始めてみてはどうだろうか。年上の部下の存在を認める方法として、ここでは次の6つを挙げてみたい。

(1)相談する

「これってどうしたらいいと思いますか?」と相談すると、相手は自分の存在が認められていると感じる。特に年上の部下は特定の分野の知識や経験が若い層より豊富なので、意見を求めるなどして相談する。

(2)報告する

 社内の出来事や事実をできる限り伝えるようにする。新商品の動向、ライバル会社の情報や誰かが新しいスーツを着ているなどといった些細な話も含めて気づいていることを報告することで、部下は「自分にも関心があるんだな」と感じる。

(3)事実を伝える

「いつも朝早く会社に来ていますね」「会議の後はすぐに議事録を作成していますね」と声をかけるだけで、本人の存在を認めていることが伝わる。

(4)名前を呼ぶ

「鈴木さん、ちょっとこれをお願いします」「鈴木さん、お疲れさまでした」というように、部下の名前を省略せずに呼ぶだけで親近感が高まる。フレックスタイム制の導入で勤務時間が異なることも増えているため、すぐ近くの席であっても、勝手に出勤して仕事を始め黙って帰っていくケースもある。そうなると人間関係はますます疎遠になっていくだけだ。

(5)誘う

 昼食でも飲み会でも、あるいは仕事先への同行でもいいので、ちょっとしたことで誘ってみること。それだけで「自分に声をかけてくれた。自分のことを見てくれている」という信頼関係が生まれる。

(6)相手のほうを向いて話す

 部下と話すときは、仕事の途中であっても相手のほうを向いて話をする。パソコンに向かったままで煩わしそうに反応するのではなく、姿勢を変えるだけで「自分を見てくれているな」と感じるのである。忙しくて部下の話を聞けない状況のときは、中途半端に聞くのではなく、「○時からにしてもらえないか」などと、時間を改めることも必要である。

 たとえ年上の部下に褒めるところがあまりなくても、このように普段のちょっとした行動の中で認めていけば、部下は「ここでがんばろう」という気持ちになり、しだいにモチベーションも高くなってくる。

喫煙室に集まる人が
親近感や連帯感を感じる理由

 年上の部下の中にはスペシャリストとしては非常に優秀だが、扱いづらい性格を持っていたり、コミュニケーションに問題があるケースもあるだろう。だが、誰かに認められて嫌な気持ちになる人はいない。経験豊富なスペシャリストとしての能力が高いことを認め、それを上手に使うべきである。

 その方法としては、まず部下に役割を与えることだ。部下が得意な分野の仕事を任せ、重要な役割を託していることを伝える。そしてその役割を全うしていれば、きちんと褒める。また、後進の育成に携わってもらうことも大事である。定年前で残すところあと数年という人には、これまで培ってきた経験や知識をぜひこの会社に残してほしいと伝え、後進の指導に当たってもらう。そのような期待感が伝わり、仕事の理由づけが明確になると、部下は使命感を感じて見違えるほどやる気を出すようになる。

 人はお互いの関係性の中で仕事をしているので、周りの人とつながっていると感じられるかどうかが非常に重要だ。「つながっている」と感じていれば、頼まれればやってあげよう、という気持ちになるものである。

 お互いによりよい関係をつくるためには、コミュニケーションは質よりも量が大事だ。一見無駄だと思われるような雑談も、実は大切だということだ。そのとき、60分の会話を1回するよりも6分の会話を10回交わすほうが心理的にはより効果がある。つまり、コミュニケーションの頻度を増やすことが、相手とのよりよい関係に結びつきやすい。喫煙室で短時間でも頻繁に言葉を交わす人との間で妙に親近感や連帯感が増すのは、それだけ会話の量や頻度が多いからである。仕事のメールなども、長時間そのまま放置するのではなく、まずはすぐに返事をすることがよりよい関係構築につながる。

 部下に対するコミュニケーションには次の3原則がある。第一に双方向で向き合うこと。一方的ではなく相手の話にもよく耳を傾け、言葉のキャッチボールをすることだ。第二に個別の対応をすること。部下が10人いれば10通りの性格や受け止め方がある。それぞれの能力を引き出す対応の仕方があるはずだ。第三に継続すること。一度や二度で変化が表れることを期待しても無理がある。あきらめずに徹底的に相手と関わるという姿勢を持ち続けることが大切だ。

 年上の部下には会社の多大なコストがかかっている。彼らの能力をうまく生かすことが上司の仕事で、さじを投げたり放置したりすることは会社にとって多大なロスとなることを忘れてはならない。とはいっても、無理に相手を変えようとすることは非常にむずかしくエネルギーが必要となるが、相手に合わせて自分を変えることは意識すればすぐにできるようになる。あなた自身がほんの少し意識を変えるだけで、部内のコミュニケーションは目に見えてよくなるだろう。年上の部下との関係がよくなれば、部署の業績も飛躍的に上がっていくはずである。

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