2008年08月18日 (月)時論公論 「ロシアグルジア危機」
石川一洋解説委員
こんばんは。ロシアが南オセチア自治州をめぐる問題でグルジアに軍事介入しアメリカとの対立が深まっています。ロシアは18日グルジア領内から撤退を始めるとしていますが情勢は不透明です。
カスピ海と黒海・地中海をつなぐコーカサス地方にグルジアはあります。
北のロシアとの国境地帯にあるのが南オセチア自治州です。
この小さな地域をめぐる争いが米ロ関係をも揺れ動かそうとしています。
今回の事態の経緯です。南オセチアは連邦崩壊後グルジアからの分離を求め、事実上ロシアの保護下にありました。
オリンピックが始まろうとしていた8月7日グルジアが「国家の統一と憲法的秩序の回復をする」として南オセチアへの侵攻を始めました。
一時はグルジア側の思惑が成功するかとも見えました。しかしロシアがロシア国籍を持つ南オセチア市民とロシアの平和維持軍を救うとして軍事介入に踏み切りました。
ロシアの軍事行動は南オセチアを遙かに超えるものでグルジア各地で空爆が行われ、交通の要衝ゴリなどにも進駐しました。
アメリカのブッシュ政権はグルジア支持の姿勢を明確にし、今回のロシアの行動は「グルジアの主権と統一を侵害して容認できない」として厳しく非難しています。
ロシアとグルジアはお互いに自らの正当性を主張しています。
まず人道的な観点から今回の悲劇が一般の市民にどのような被害を与えたのでしょうか。
南オセチアではグルジア側の攻撃で人口10万人のうち3万人が難民となり、ロシア側の北オセチアに逃れました。中心都市ツヒンバリは破壊され、正確な犠牲者の数は分かっていません。
一方グルジアではロシアの空爆などで197人の死者が出たほか、ロシア軍が駐留するゴリや南オセチア内部のグルジア人の村から88000人の難民が出ています。
この紛争の最大の被害者は一般の市民と言えます。
何故このようなことが起きたのでしょうか。誰に責任があるのでしょうか。
南オセチア紛争の原因は二つあります。
こちらの地図をご覧ください。コーカサスの民族の分布図です。
ここに人工的な境界が引かれ、グルジアのようにソビエト連邦を構成する共和国を持つ民族やアブハジアやオセチアのように国を持たない民族に分かれました。
ソビエト連邦が民族意識の高まりの中で崩壊する過程で、誰もが独立したい、自分の国を持ちたい、民族自決を正義の御旗として、それを掲げるものそして抑えようとするもの間に旧ソビエト各地で様々な民族紛争が起きました。
民族意識の高まりは自分のみが正しいという意識を引き起こし、それを扇動するデマゴーグが指導者となり、これまでは隣人だった他の民族を排除する民族浄化も各地でおきたのです。
こうした民族紛争の一つが南オセチア紛争だったのです。92年にロシアの介入で停戦協定が成立しましたが、グルジアと南オセチアの対立は解かれず凍結された・凍り付いた紛争として今日まで至っていました。
もう一つはロシアとアメリカという大国の覇権争いです。
グルジアは旧ソビエトの中でもウクライナ、アゼルバイジャンと並んでアメリカがもっとも重要視してきた国でした。それはまさにグルジアがカスピ海から黒海、さらに地中海へと東西をつなぐコーカサス回廊の要の国だからです。グルジアを押さえればロシアを経由しないエネルギーや物流の回廊が中央アジアからヨーロッパに向けて繋がることになります。アメリカが推し進めたカスピ海からグルジアを通り地中海に至るBTCパイプラインも完成しました。
2003年アメリカの支援を受けて成立したサーカシビリ政権は親米路線を鮮明にしてNATOへの加盟を目指しました。アメリカも自由の砦としてサーカシビリ政権の支持を強めていました。4月のブカレストでのNATO首脳会議でグルジアはウクライナとともに「将来NATOに加盟する」とのお墨付きをもらいました。
これに対してロシアはグルジアからの分離を目指すアブハジア自治共和国と南オセチア自治州をいわばグルジアに対する影響力の橋頭堡として支援を強めてきました。
ロシアがグルジアを押さえれば西に通じるコーカサス回廊は閉ざされることになるからです。
NATO首脳会議後、ロシアはアブハジア、南オセチアとの関係をさらに強化してグルジアとの間で緊張は高まってきました。
つまりソビエト連邦崩壊に伴う民族紛争がコーカサス回廊をめぐる大国の覇権争いの中でまさに対立をそのまま残す凍結した紛争となり今日に至っていたのです。
ただ私は今回の事態を引き起こしてしまった大きな要因はソビエト連邦崩壊後のコーカサスの民族紛争の解決に国際社会が無関心であったことにあると考えます。
南オセチアの平和維持部隊が第三国は入らずロシアとグルジアなど事実上の紛争当事者で構成されるという異様さは国際社会がこれまでこの問題に如何に関心を払ってこなかったかを示しています。
今回も国連安保理など国際社会は事前に紛争当事者に強く警告するなど紛争予防の努力は全く払いませんでした。
ロシアとグルジアはEU・ヨーロッパ連合の議長国フランスのサルコジ大統領の調停で軍事行動の停止、双方が紛争開始前の位置まで軍を撤退させることなど6項目の停戦合意にようやく調印しました。その中には南オセチアとアブハジアに関する国際協議も含まれています。この合意に基づきようやくロシア軍の撤退も18日始まることになっています。
ただ南オセチアには強化されたロシア軍が留まり、10キロの範囲で南オセチアを超えて活動することも認められています。
紛争解決への状況は悲観的と言わざるを得ません。
ロシアのメドベージェフ大統領は「もはやアブハジアと南オセチアを含むグルジアの統一を考えることさえできない」と述べて両地域が独立手続きを進めれば欧米がロシアの反対を押し切ってコソボを承認したことを前例に承認する構えです。
アメリカはグルジアを自由の砦と呼び、人道物資を運ぶとして軍用輸送機と海軍の船舶をグルジアに派遣しました。ロシアに対するアメリカの軍事プレゼンスの誇示です。ロシアを国際社会から孤立させるなど米ロ関係全体を見直すという考えも強まっています。
米ロ関係全体の冷え込みがグルジアという小さな国に集中して現れ、そこで小さな冷戦構造が軍事衝突に転化する可能性を含みつつ永続化する可能性が強いと言わざるを得ません。
ロシアは帝国主義的な野望を隠そうともしません。それに対してアメリカはグルジアを無条件に支持しつつ地域の平和よりも自らの覇権の維持に関心があるように見えます。
私は武力による無謀な統一に踏み切ったグルジア政府の責任も重大ですが、今回の事態についてはロシア、アメリカの責任も重大だと考えます。
こうした状況を避けるためには、南オセチアとアブハジアに関して単に紛争停止の状況を固定化するだけでなく、時間はかかっても和解への道筋を見つけることです。そのためにはヨーロッパを中心とした国際社会のより積極的な介入が不可欠です。
ヨーロッパを中心とした平和維持部隊の派遣も考えるべきでしょう。
ただ今回の事態で独立を望む南オセチアとアブハジアの意思はますます固くなり、
グルジアの国家の統一の維持と両民族の意思の尊重の両立をどのように実現するのか今の状況の中では極めて困難な課題です。
こうした現実を直視しつつヨーロッパを中心とした国際社会の仲介でロシア、グルジア、南オセチア、アブハジアが交渉の場に座り、解決に向けた何らかの枠組みでの合意をまず目指すべきでしょう。
特にロシアもG8の一員である責任ある大国として南部国境で接するグルジアと永続的に敵対することは決して自らの国益に合わないことを理解すべきでしょう。
2014年冬期オリンピックが開かれるロシアのソチはアブハジアのすぐ北にあります。今の状況が続けばアフガニスタン侵攻の中でのモスクワオリンピックのようにソチオリンピックをボイコットすべきという意見が強まることも予想されます。
ロシアが真にソチでの冬期オリンピックをコーカサスにおける平和の祭典としたいのであるならば6年後の2014年に向けてコーカサスでの平和への道筋を具体化する努力を自ら示すべきでしょう。
多くの血が流された後では状況は悲観的です。しかし今回の流血の悲劇を教訓にこの地域での平和と安定の確立こそすべての当事者にとって利益になるとの冷静な判断に立ち返ることを望みます。
投稿者:石川 一洋 | 投稿時間:23:59