■ 私の体験1(貢献してもクビに) ■派遣の身で、複数の会社を回り、幾つもの経営スタイルを見ていれば、次第に目利きが聞くようになるものだ。
新しい会社に派遣されれば、この会社は他社と比べてどこが劣りどこが勝るのか、嫌でも分かってしまう。
団結力も社愛精神も勤労意欲も向上心も無いダメな会社などは、最初に社長を見、ついで幹部を見、最後に食堂や休憩室の様子を見れば、直ぐに判別できてしまうものだ。
社長(職種によってはオーナー)が働かない会社は、基本的に幹部も積極的には働かない。そして、社長も幹部も働かない会社の下(もと)では、社員に勤労意欲が生じることはない。
また、働かない癖に、やたら下の者に説教をし、現場に口出しするような社長(オーナー)がいる会社では、社員の間に激しい反目が生じているものだ。
幹部の中に、全く働かない人がいる会社(私が今まで行った会社の半数に、全く働かない幹部がいた)でも、同じような現象が生じる。
ましてや、その人が人事を勤めている場合などは、社員の反目の激しさは最悪だ。
また、幹部が残業をしない会社は、下級管理職も積極的に残業をしたがらない。
幹部が定時で帰る・・・・すなわち、“幹部の目を気にする必要がない”状態になれば、下級管理職らも最低限度の責務だけはたして、さっさと帰ってしまう事が多い。
下級管理職からすれば、「上の奴らが定時で帰ってるのに、なんでオレが貢献しなくちゃならないんだ」という心境なのだろう。
そして、残業を押し付けられた若い社員や派遣は、上の目がない(監視する人がいない)のをいい事に、一時間で済むような残業をサボリながら二時間も掛けたりする。
どこの会社も、まず上から崩れる。
社長と幹部さえ見れば、勤労意欲や向上心があるか否かなど、容易に察せられるものだ。
会社内の連絡・報告・申告がスムーズに行われているか否かを知りたければ、食堂や休憩室で社員の様子を見るといい。
社長や幹部が、下級管理職や若い社員とテーブルを共にし、談笑する事があるか?
下級管理職が、若い社員や派遣とテーブルを共にし、談笑する事があるか?
社員と派遣が、テーブルを共にし、談笑する事があるか?
そして、テーブルを共にするだけでなく、一緒に飲みに行くなどの付き合いがあるか?
良く談笑し、飲みに行く付き合いもあれば、それは“上下の社員の関係が親密”な証拠だ。
上下の社員の関係が親密な会社は、連絡・報告・申告・助言が非常にスムーズに行き渡り易いものだ。
上下の社員が疎遠な会社では、“要望”一つ取っても、まず社員から下級管理職へ何度も申告し、下級管理職から幹部へやっと申告してもらえるという段階を経なければ、上まで届かない。
そして、幹部に申告が届いても、日頃現場で働かない幹部には、その重要性も有効性も理解できない為、中々、承諾・実行してもらえない。
実に、最初の申告から承諾・対処が行われるまで、数ヶ月から一年以上もの時間を要してしまう事もある。
所が、上下の社員が親密な会社では、小さな事は一々申告せずとも、食堂で談笑するだけで済む。同じテーブルで“談笑”という形を通して、社員から幹部にダイレクトに要望を伝えられるからだ。
しかも、上下の社員が親密な会社は、幹部も社員と肩を並べて現場で良く働く為、その重要性や有効性を直ぐに理解してもらえる。
(そもそも、共に肩を並べて同じ仕事に携わるからこそ、社員と幹部という間柄でも談笑する機会が増え、親しみが湧くのである)
ゆえに、他の会社ならば一年前後も掛かってしまうような事柄が、その日の内に承諾を得、対処してもらえたりする。
数年前に私が派遣された会社は、社長が全く働かない所だった。
幹部にも勤労意欲が見られず、終始マイペースでしか動かない。
食堂でも休憩室でも、幹部と社員が親しく談笑する事もなかった。いや、談笑どころか、年配の幹部は若い社員や派遣とは、ろくに口を聞こうともしなかった。
社員と派遣の間には、共にテーブルを囲む程度の親しみはあったが、飲みに行くほどの付き合いはなかった。
私は初日に、社長と幹部を見、食堂や休憩室を見て、「この会社はダメだ」と思った。そして、数日を経たずして、予想通りの酷い内情を見た。
上の者に勤労意欲がない為に、その影響を強く反映する社員。彼らは現場では、面倒な仕事は全て派遣に押し付けていた。
本来なら熟練を要する作業。長時間の立ち仕事。汗を流すような仕事は、全部、派遣の仕事になっていた。
低賃金であるにも関わらず、過酷な仕事を任される・・・・・まあ、派遣の世界では良くある事だ。
私を含め三名の派遣が配属されると共に、入れ替わる形で三人の派遣が辞めていったが、彼らはこれが気に入らなかったらしい。
連絡事項の非スムーズさも予想通り。
この会社では、一日に何種類かの製品を製造する。一つの製品を一定量製造し終われば、次の製品を製造する為に新しい機材や備品を用意する必要がある。
その役割を幹部社員が担当していたが、日頃からろくに口を聞かない幹部に、誰も進んで報告や依頼を行うとしないのだ。
現場の社員は派遣の子に「○○さん(幹部)に報告してきて」と頼み、派遣の子は「自分は一回報告したから」と拒否し、同僚に「代わりに行ってくれ」と頼む始末。
たかが報告と依頼。言葉を紡ぐだけであり、五分も掛からない。だが、それが全然、スムーズに進まないときている。しかも、毎日そんな調子なのだ。
さらに、予想通りの欠陥が現場にチラホラ見られた。
作業に必要な諸道具が全然足りていない。備品も常に不足しているが、なかなか補充されない。
作業場や棚や設備の位置も不合理だ。
「Aの仕事を終えたら、Bの仕事に取りかかり、それを終えたらAの仕事に戻る。その合間にCの仕事を行う」という工程を行う場合、当然、そのABCを行うべき作業場は、最短距離におかれるべきだ。そして、ABCの作業場で使用される備品や資料が用意された棚等は、ABCの作業場から最も取りやすい位置に置かれるべきだ。
だが、ABCの作業場も棚の位置も不合理な上に、それを誰も改正しようとしないのだ。
全てがダメときている。
これほど酷い会社は、久しぶりだった。
「こんなんアカンやろ」
「ここ、時給はそこそこいいけど、このままやと一年も経たん内に、規模縮小して仕事無くなってしまうんと違いますか?」
新しく配属された派遣仲間には、私よりも沢山の会社を回ってきた人が一人いた。
私以上に、この会社のダメぶりに気付いていた。
気付いた者が二人いれば十分だ。
二人は、休憩の度に愚痴り、会社の不安定さに危機感を抱き続けた。
そして、どちらがいうでもなく自然と、私たちは、この会社の“改善”に努め始めた。
幾つもの会社を回ってきた派遣やフリーターは、各会社が行ってきた幾つもの“思案”と“改革”を見てきている。
ゆえに、どんな方法が“改善”に繋がり、どんな方法が“改悪”に繋がるのかは、嫌というほど知っている。
会社を改善するには、それを実行すれば良いだけだ。
私たち二人が中心となって始めた改善は、以下の通りだった。
[改善1 必要な諸道具は全て揃えきる]ダメな会社は、作業に必要な諸道具が常に不足しているものだ。申告しても、いつまで経っても支給されない事が多い。
こういう場合は、自腹を切って、自分たちで用意するしかない。
私たちは、会社帰りにホームセンターに立ち寄ると、必要な諸道具を自分たちの分だけ買い揃えた。そして、その足で百円均一shipにおもむき、さらに同じものを複数買い集めた。
百円均一shipで買い集めた方は、各作業場に配備しておく分だ。安物で申し訳ないが、少しは同僚たちの助けにはなるだろう。
[改善2 必要なものは、最初に全て手元へ]必要なものを必要になった時に用意していては時間の浪費だ。
朝一で、今日一日に行うであろう作業を全て予測し、自分の手元や各作業場に事前に用意しておく事にした。
むろん、各作業場の周囲に適当に置いただけでは、どれをどこに置いたのか分からなくなってしまう。また、小物の類ならば、そこらに適当においているようでは、紛失の恐れもある。
ゆえに、各作業場に、ホームセンターで購入した小さな棚や手作りの棚を設置し、小物の類の置き場を新たに設けた。
大物の類は、周辺の邪魔にならぬ位置に整頓して置き、何の目的で置いてあるのか、いつ使うものなのか、他の同僚にも理解できるようメモを張っておく事にした。
むろん、口頭でも直接説明し、テキストにして渡しておく事も忘れない。
[改善3 距離の短縮]これは、仕事を効率良くこなす上で、最も重要な事だ。
備品や在庫を取りに行く棚や置き場が、作業場から離れている・・・・これは最も時間を浪費してしまう欠点だ。
棚や置き場の位置を変え、作業場に最も近い場所に配置しなければならない。
十歩掛かる所にある棚は、手を伸ばせば届く位置に。棚が大きすぎて移動できぬ場合は、小棚を用意し、そこに必要な分だけ移しておく。
複数の作業場の者たちが利用する棚は、その複数の作業場に取って最短距離となる位置・角度に移動する。どうしても移動できない棚や一人だけ離れている作業場がある場合は、代わりに、作業場から棚の間にある障害物(机・機械・不要な棚など)を退(ど)かし、最短ルートを確保する。
十歩掛かる所を三歩に。三歩掛かる所を、手を伸ばせば届く位置に。大回りを要するルートは、障害物を退かす事で短縮化。
この一つ一つの小さな短縮が、一日八時間の労働を通して、大きな効率へと繋がるのだ。
[改善4 アクション数を減らす]この場合のアクション数とは、作業に用いる動作の事を指す。
例えば、機械に部品をセッティングする作業があるとする。
部品はトレイに整然と並べられており、それを取り出し、機械にセッティングする。ただし、トレイから取り出した部品は、一旦、裏返してから機械にセッティングしなければならないとする。
このような場合、
1)片手でトレイから部品を取りだす(1アクション)
2)片手に取った部品を反対側の手に持ち替える事で、部品を裏返す(2アクション)
3)最後に部品を持ち替えた手で機械にセッティングする(3アクション)
という3アクションを要する事になる。
作業の効率を高めるには、このアクション数を減らす必要がある。
この前記ケースならば、トレイに部品を陳列する際、初めから裏返しの状態にしておくことで“2アクション目”を排除する事ができる。
すなわち、3アクションかかる動作が2アクションで済むのだ。
私たちは、各作業のアクション数を減らす為に、色々と工夫を行った。
前記のような方法はもちろん、
“数回置きに高所に手を伸ばして部品を下ろす”というアクションがある作業場では、事前に手元に部品を置けるスペースを用意し、この動作を排除した。
“不良品が出る度に、屈みこんで、机の下にある不良品置き場に廃棄する”というアクションがある作業場では、不良品置き場の位置を腰の高さに変える事で、この動作を排除した。
作業の効率を高める上で、“アクション数を減らす”という工夫は、“距離の短縮”に並んで非常に重要だ。
この一動作一動作の節約が、数千個の製品を扱った時、大きな効率を生み出す事になる。
[改善5 暇の活用]どんな作業でも、必ず暇が生じる時が訪れるものだ。
作業の内容によっては、一回の作業ごとに10秒前後の暇が生じる場合もある。時には、30秒以上にも及ぶ大きな暇が生じる時だってある。
このような数秒から数十秒の暇は、有効活用せねばならない。
機械に部品をセッティングし、稼動させる。その機械が作業を終えるまで10秒掛かり、その間、作業員の手が空くとする。ならば、その10秒の間に別の軽作業を行えば良い。
五分ごとに暇な時間が十秒生じるならば、その十秒の間でできる別の作業を行う。そうすれば、五分毎に一回、一時間で12回、八時間で96回、別の仕事を行う事ができる。
上手く行けば、一人で二つの作業を終えてしまう事だってできる。
また、30秒以上にも及ぶ長い暇が生じた場合などは、他の作業場の人たちのサポートをしてやると良い。
[改善6 視界の活用]扱う機械によっては、定期的に作業員が調節するだけでよいというものもある。
また、完全自動だが、目視で状況を常に確認せねばならない機械もある。
そのような機械に、作業員を一人一人配置していては、人手の無駄使いだ。
このような場合は、機械の配置を変えると良い。
常に手作業を要する機械を扱っている作業員の“視界に入る位置”に、そういった機械を移動すれば良いのだ。
そうすれば、作業員は一つの機械を扱いつつ、視野に入った他の機械もチェックする事ができる。
機械の配置を変え、さらに前述の“暇の活用”を用いれば、今まで五人で担当していた作業が、三人で済んだりするものだ。
[改善7 無駄な作業の排除]どこの会社にも、どんな職種にも、必ずと言ってよいほど、無駄な作業が存在する。
誰も統計を取っておらず、今までもこれからも活用される見込みがないにも関わらず、延々とアナログ作業でとられ続けるデータ。
廃棄場所が同じであるにも関わらず、必要以上に分解・分別される廃棄物。
このような無駄な作業は、片っ端から廃止するに限る。必要な時が訪れれば、その時に再開すればよい。
この“無駄な作業の排除”を実行するには、上の人たちを説得する必要がある。だが、この会社では、幸いにも現場で一緒に働いている社員さんを説得するだけで済んだ。
上の幹部らは日頃現場で働いていない為に、下の者が勝手に廃しても気付かなかったのだ。
[改善8 働かない幹部の仕事を自分でやってしまう]団塊世代は働き者だったという。
だが、それは過去のものとなり、今や年功に安住してしまった人が多い。
私はあちこちの会社で定年退職前の団塊世代を数多く見てきたが、“働き者”の団塊世代とやらは、ほとんど目撃する事ができなかった。
この会社も例に漏れず、工場長(団塊世代)以外の年配の幹部社員は、終始マイペースでしか働かなかった。
既に、
「この会社では、一日に何種類かの製品を製造する。一つの製品を一定量製造し終われば、次の製品を製造する為に新しい機材や備品を用意する必要がある。その役割を幹部社員が担当していた」
と前述したが、彼らがマイペースでしか動かず、しかも彼らと現場の社員は口を利きたがらない為、次の作業にスムーズに取り掛かる事ができずにいた。
こういう場合は、彼ら幹部社員が動くのを待たずに、自分たちでさっさとやってしまった方がよい。
私は、彼らの仕事内容を観察すると、その手順を憶えた。
憶えると、彼らの出番が来る度に「次は、○○倉庫の○○を使うんですよね。フォークリフトなら扱った事があるんで、自分で出しといていいですか?」と願い出ては仕事を横取りし始めた。そして、仕舞いには、彼らに報告・依頼するまでもなく、現場の社員と派遣の判断だけで、次の作業に必要な機材や備品を用意してしまう習慣を作る事に成功した。
マイペースでしか働かない上司の仕事を自分たちでやってしまう事も、効率を上げる為には必要な事だ。
[改善9 機械の修復方法も憶えておく]会社の機械は、古いものも多く、その多くは安全装置すらついていなかった。
(安全装置がついていない機械を使っている会社が、どれほど多い事だろうか?)
作業中、たびたび故障する事があり、その度に若い頃から使い慣れている幹部社員を呼び出しては、修復してもらわねばならなかった。
これも自分たちで修復方法を覚え、故障が生じれば、自力で直せるようにした。
一々、故障の度に工場長や幹部社員を呼んでいては、効率に大きく響いてしまうからだ。
[改善10 マニュアルの作成]これは、私が最も得意とする作業だ。
新しく入ってきた子達の為に、各作業場や各製品の作業手順を図解化したものをPDFで作成し、配布しようかと思っていのだが・・・・これは未遂に終わった。
その前に、○○になった為だ。(○○の部分は、後を読めば分かる)
以上が、私たちが行った改善策だった。
だが、このように現場の人間が改善に努めても、どこの会社でも、必ず弊害となるものが遅かれ早かれ訪れるものだ。それは、現場の事を丸で理解していない上からの“デタラメな指導”だ。
なぜ、効率が落ちたのか?
なぜ、効率が上がらないのか?
そういう事は、現場に入って働いてみるなり、現場のベテランの人(特に、他社のやり方を見てきている派遣)に聞くなりすれば、容易に分かる事だ。
所が、現場に入らず、現場の人間に聞きもせずに、上の者(あるいは、本社の人)が勝手に“改善策”を考え、実行してしまう事が多い。
そして、現場の事を知りもせずに行われた“改善指導”というものは、百%“改悪”になる。
中でも、最も多い“改悪”は、現場の労働者の意見を聞かずに行われる“整理整頓”指導だ。
なぜ、機械や棚が、このような配置になっているのか?
なぜ、作業場に一見不要に見える棚や諸道具が置かれているのか?
上の者たちは、そういった点を何も聞きもせずに、勝手に配置を変え、無断で諸道具や棚を撤去させたりする。
こちらは考え合って配置しているにも関わらずだ。
見た目が整然と良ければ、効率が上がるとでも思っているのだろう。
このように、上からの指導のせいで、却って効率が落ちてしまう事が多い。
効率が落ちれば、現場の人間の責任にされてしまう為、我々は“上の指導によって行われた改悪を維持したまま、それを改善する”為に頭を悩まさなければならないのだ。
そして、私たちが「改善してやろう」と立ち上がった会社では、毎度、障害として立ち塞がったのは、社長だった。
社長が、たびたびシャシャリ出てきては、「ワシの方がよく知っている」とばかりに、現場の指導を始めるのだ。事務所でタバコをふかしているだけでは、社員に示しが付かないとでも思っているのだろう。
しかし、日頃現場に立たぬ社長の指導などデタラメ過ぎて話にならない。社長が指導する度に、効率が落ちてしまい、我々は困り果ててしまった。
社長が事務所に戻ったスキに、元の効率の良い手順に戻すという事を何度繰り返したことだろうか?
これが最大の障害であり、私は、この障害を克服する為に、一計を案じた。
それは、社長がシャシャリ出てくる余地をなくしてしまうという方法だ。
私は、始業前に現場に入ると、社長が出勤する前に、全ての準備を終えてしまう事にしたのだ。休憩時間も次の準備の為に費やし、社長が口出しする余地をなくした。
これで九割方、社長の弊害を克服する事ができたのである。
かくして我々は、半年掛けて会社の改善に成功した。
以前は一日の生産量は3500〜4000(扱う製品によって、生産量は変わる)だった。
だが半年後には、一日の生産量を4500〜5000にまでUPし、その状態を維持できるようになっていた。
実に、一日1000UPであり、週六日の労働で6000UP、一ヶ月で24000UPだ。24000の生産量は、ちょうど以前の一週間分の生産量に当たる。
実に、一ヶ月にプラス一週間分も生産量を上げる事に成功したのだ。
お陰で、社長には非常に喜ばれた。
そして、会社の方からは、夏期から正社員を数人入れるという話まで流れ出した。
若い社員さんたちは、当然、貢献した派遣の子が何人か正社員にしてもらえるのだと思い、「良かったな」と喜んでくれた。
若い派遣の子たちも、それを期待し、喜んだ。
だが、私は期待していなかった。会社に貢献した所で、派遣が正社員にしてもらえるケースなど滅多にない。
おそらく新卒かしっかりとした職歴のある人を雇用するのだろう。だが、少なくとも、これでしばらくは我々がクビになる事はあるまい。
貢献したのだ。上手く行けば、派遣会社の方から交渉し、時給を少し上げてもらえるかも知れない。
胸の内に、少しばかり希望の灯(とぼしび)があった。しかし、私は間もなく妙な事に気づいた。
既に夏期が近いというのに、派遣社員だけ、いまだに夏服が支給されないのだ。
「まさか、なあ・・・・・」
ほんの少し希望の灯に吹き込んだ、小さな微風。わずかに私の胸中を揺らした不安。
それは、直ぐに灯をかき消す突風となり、私の胸から大きな嘆息を吐き出させた。
「ごめん。もう今週一杯で仕事ないんやわ」
これは、派遣元の担当者から電話が掛かってきた時の言葉だ。
何と社長は、正社員を入れると、貢献した我々派遣を全員クビにしてしまったのだ!
見返りは期待できない事は分かっていた。だが、まさか貢献したのにクビになるとは夢にも思わなかった。
ショックだったが・・・・・まあクビは慣れている為、社長を恨みはしなかった。
そして、当の社長は、クビにした事を悪びれる様子もなく、最終日にあっけらかんと言ってくれた。
「君らのお陰で、何年かぶりに正社員入れる事できたわ。有難うな。また、急がしなった時に来てくれたら助かるわ」
派遣は、正社員を雇用するまでの“代替品”に過ぎない。それが多くの雇用側に共通する認識だ。
貢献しようがしまいが、結局は、使い捨てになる。
そして、社長の口ぶりから分かる通り、“派遣労働者が正社員雇用を切望している”事を雇用側は認識していないのだ。
“派遣は好きな時に働き、好きな時に遊ぶなんて、スタイルで暮らしている”と思い込んでいる雇用主も多い。
遊べる程の賃金を払ってもいない癖にだ。
そして、今回の場合、私たちが会社の業績を上げてしまったが為に、会社に正社員を入れる余裕ができてしまった。その為に、正社員と入れ替わる形で、“代替品”である私たちはクビになってしまったのだ。
何とも・・・・・私たちは、
クビにして頂く為に半年間も貢献した訳だ・・・・・。
何とバカバカしい話だろうか?
貢献してもクビになる・・・・これが派遣労働の世界の現実であり、これが派遣労働における最大の問題の一つなのだ。
派遣問題を解決するには、この悪習を正さねばならない。
<続く>
ラブアゲイン