「自分が検察官なら認識ある過失の主張など取り下げさせるからそんな問題は生じない」との批判について
京都弁護士会の矢部善朗弁護士が「モトケンの小倉秀夫ヲッチング」というブログを開設されたようです。現役の弁護士が特定の弁護士を批判するためだけにブログを立ち上げることが弁護士倫理上いかがなものかということは今後の研究課題です。
ところで、栄えある第2回目のエントリーである「日本産科婦人科学会における『正当な業務の遂行として行った医療』の意味」において、矢部先生は、
私が主任検事なら、というか通常の能力の検事なら、自分の前にこの看護師なり医師なりが被疑者として座って
隣のベッドに寝ている患者の血液型がA型だったから、この患者の血液型もA型だろうと勘で決めつけてA型の血液を輸血しました。
などと供述したら、過失じゃすみませんよ。
未必の故意の自供です。
上記の供述の意味するところは勘というのは当たることもあれば外れることもある。外れたとしてもかまわない。輸血しちゃえ。
と同じです。
「私の勘は絶対当たるんです。」という弁解は通用しません。
と仰っています。
刑法上の「故意」についての判例通説は、認識・認容説であるとされています。すなわち、犯罪結果の発生の可能性を認識していたとしても、認容していなければ、「故意」は成立しないというのが通説的な考え方です。上記例で言えば「勘というのは当たることもあれば外れることもある」と認識していたとしても、「今回勘が外れて患者が死んでしまったとしても構わない」という「認容」がなければ、故意犯とはなり得ないのです。つまり、「この患者はA型に違いない」とヤマ勘で判断をし、この判断に基づいてA型の血液を輸血した場合には、「ヤマ勘が外れた場合には、患者は死亡するかもしれないが、それでも構わない」という「認容」は存在しないので、「故意」は成立しないわけです(これは、講学上、「認識ある過失」と呼ばれています。)。そこでは、「私の勘は絶対当たるんです。」という弁解すらする必要はなくて、その輸血をする際に、その患者はA型であると信じていればよく、そう信じることに付き合理性があることすら必要とされていません。
被疑者たる医療関係者が上記主張を貫き、勘が外れてその患者がその輸血行為によって死亡したとしても構わないと認容していたことを確実に示す証拠が提出されない場合には、どんな能力の検事であろうとも、当該医療関係者を故意犯として有罪に持ち込むことはできないということになります。
もちろん、被疑者を逮捕勾留し、長時間にわたって高圧的な取り調べを行う等して、「もちろん、私の勘が100パーセント当たるわけなんてありません。私は、外れたら外れたで仕方がない。そのときは患者が死ぬことになりますが、それでも構わないと思っていました」と書かれた供述調書に署名・捺印させてしまう検事もおられるでしょう注1。被疑者がどのような言葉を語ろうとも、自分が設定した「文脈」に沿って、文言にとらわれることなくその言葉を解釈するという手法に慣れた元検事さんがおられることは一部に知られている話ですから、その方が検事でおられた際に、隣のベッドに寝ている患者の血液型がA型だったから、この患者の血液型もA型だろうと勘で決めつけてA型の血液を輸血しました。
と医療関係者が答えても、それは、勘というのは当たることもあれば外れることもある。外れたとしてもかまわない。輸血しちゃえ。という意味だな。当時そういう認識だったということで調書に記載しておくが、いいな。
ということで押し切られてしまうかもしれません。
でも、検察官がそのような高圧な取り調べで被疑者の弁解をねじ曲げて(というと怒られてしまうので、検察官が設定した「文脈」にそって解釈して)調書を作り上げて故意犯に仕立て上げてしまうという前提で、立法論を語るのはいかがなものかという気がします。
注1
いわゆる「山形マット死事件」のように10日間の勾留では無理でも、20日間勾留できれば、被疑者を無理矢理落とすことはできるかもしれません。
【追記】
矢部先生からトラックバックがきているのですが、上記ケースで「状況証拠で『認容』の存在を推認できる」ということになると、その医療行為を行った時点での心理状態を示す証拠がなかったとしても、その医療行為には客観的に見て一定の危険があり、その行為者は平時においてはそのことに関する知識があったということだけで、殺人の未必の故意を認定できるということになりますから、医療過誤について従前業務上過失致死で処理されていた事案の一部が傷害致死または殺人で処理されることになり、却って医療従事者にとっては厳しいことになりそうな気がします(例えば、慈恵医大青戸病院事件等)。
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» 「『自分が検察官なら認識ある過失の主張など取り下げさせるからそんな問題は生じない』との批判について」について [モトケンの小倉秀夫ヲッチング]
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Notifié le le 03/08/2008 à 12:23 AM
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小倉弁護士の 「自分が検察官なら認識ある過失の主張など取り下げさせるからそん... [Lire la suite]
Notifié le le 04/08/2008 à 09:31 AM
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