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31/07/2008

、『標準的な医療から著しく逸脱した医療』ってそんなにオープンな文言ではないと思うのですが。

死因究明で議論錯綜—日本医学会(上)」という記事がアップロードされています。

 日本産科婦人科学会の岡井崇理事は、

正当な業務の遂行として行った医療に対しては、結果のいかんを問わず、刑事責任を追及することには反対。この考えは現在も将来も変わらないと思う。
と述べておられます。これだと、「正当な業務の遂行として行った」間違った型の血液の輸血行為も不可罰となってしまいます。そういうことまで不可罰にしたいという趣旨でないならば、誰か正しい表現方法を教えてあげればいいのに。

 続いて、

(法案大綱案では)特に、『標準的な医療から著しく逸脱した医療』行為を警察に通知するというが、本当に悪質な事例に限られるのかが一番心配。
と仰っていますが、医療機関に「本当に悪質な事例」かどうか判断させることはそもそも予定していないように思います。その価値判断を行うのは、事故調査委員会になるのか、検察になるのかともかくとして、その通知を受けて、調査ないし捜査活動をする人たちだと思います。

 次に、日本小児外科学会の河原崎秀雄理事は、

『標準的な医療から著しく逸脱した医療』はいかようにも解釈できるので適切ではない。
と仰っていますが、この文言でどこまで解釈の範囲が広がるというのか、私には理解しがたいです。
警察への通知は、『犯罪の可能性が高い』と委員会が判断したものに限定されるべき。
と仰いますが、現行刑法では、軽過失で人を死に至らしめても犯罪ですから、その場合、却って通知義務の範囲が拡張されます。ここでの「犯罪」を「殺人または傷害致死」という意味に善解するとなると、医療機関は、医療従事者の「主観」まで調査した上で警察に通知するか否かを判断しなければならないことになりますが、その方が負担が大きいのではないかと思います。もちろん、誰の目にも殺意をもって殺したことが明らかな場合以外は闇に葬ってもよいことにしましょうって意味に解釈することも可能ですが、それはそれで到底受け入れがたい話です。

 高久史麿・日本医学会長が紹介した日本整形外科学会の見解によりますと、

制度が責任追及の場を提供することになっては困る。民事、刑事、行政処分の場での責任追及に利用されないようにする、という言葉がない。
とのことなのですが、まず、行政的な調査の結果を行政責任の追及に利用するのは当然のことなので、「行政処分の場での責任追及に利用されないように」せよというのは的外れです。また、行政的な調査の結果を文書送付嘱託などを介して民事訴訟の資料とすることもまた普通に行われています(例えば、火災調査報告書など)ので、これもまた的外れな話だと思います。

 調査の結果を刑事手続で利用するなという点に関して言えば、そうなると、当該事故における医療従事者の活動には特段の問題はなかったという調査結果が出た場合の取り扱いが問題となりそうです。問題なしという調査結果が出てきた場合にはそれをもって捜査を終結すべきだが、問題ありという調査結果が出てきたとしてもそれを刑事責任の追及に使うなというのも虫のよい話になりそうですし、そうなると、警察・検察としては、事故調査委員会の調査活動と並行して捜査を推し進めるということになっていくでしょうから、却って医療機関の負担を増大させるのではないかという気がします。また、調査の結果、医療従事者が故意に患者を死に至らしめた可能性が高いことが判明した場合の処理も考えなければなりません(その程度のことは、立法段階で考慮すべきレアケースだと思います。)。

 また、赤松クリニックのご意見として、

調査結果が刑事手続きに用いられることを想定しているにもかかわらず、黙秘権が明確に担保されていない。
というものがありますが、もともと法廷での証人尋問と同様の証言義務があるのかという問題がありますし、また、事故調査委員会って、言いたくないことでも言わなければならないような強圧的環境で行われるのかいなという疑問があります。もっとも、必要とあらば、担当医師に「黙秘権」を認めても制度上は何の問題はないようには思います。ただ、事故調査委員会で、どのような診断のもとどのような治療行為を行ったのかについて黙秘をしていると、警察・検察に別途呼び出されてより厳しい取り調べを受けることになる可能性は低くはないと思いますが。

 また、堤晴彦・日本救急医学会理事は、

道交法でも業務上過失致死罪が問われるものは、文章で明確に決められている。しかし、医療は決められていない。医療過誤においては法律を変えないといけないという議論があるが、現行の法律を変えなくても、医療事故のどの部分が業務上過失致死罪になるかということを法曹関係者が明記するだけでかなりの部分が改善する。
と仰っていますが、道交法上の各種義務と業務上過失致死罪における結果回避義務とは理論的に別個の話だし、実際問題として必ずしも前者が後者を包摂する関係には立っていないですから、誤解だと思います。現行の自動車運転過失致死傷罪の構成要件は、「自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者」ですから、業務上過失致死罪の構成要件と比べて特に明確ってほどでもないです。

 堤氏は、

警察・検察が、自分たちで法的判断を決めてから動くということが問題。
と仰っていますが、医療過誤ケースでは、警察・検察は、「自分たちで法的判断を決めてから動」くってことはしていないと思います。まあ、よほどあからさまなミスの場合はともかくとして、これは病院側のミスだろうと警察・検察なりに考えていたとしても、医師による鑑定意見書なしには、「標準的な医療水準」の立証ができないわけですから、「動いて、事実判断をして、これを元に鑑定意見をもらった」後に法的判断を決めるのが普通ではないかと思います。

 皆様責任のある立場なのですから、発言する前に、顧問弁護士に相談されればよいのに。

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Voici les sites qui parlent de 、『標準的な医療から著しく逸脱した医療』ってそんなにオープンな文言ではないと思うのですが。:

» 日本医学会における議論 [元検弁護士のつぶやき]
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Notifié le le 31/07/2008 à 09:53 AM

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