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14/06/2008

患者の権利は重んじていない

 全国医師連盟というのが結成されていたのですね。

 患者と医療従事者の権利を重んじ、医療の質の向上と診療環境を改善するために活動しますというお題目は立派です。でも、実際のところ、医療行為に関して医師に法的責任を問うなという話に重点が置かれすぎていて、少しも「患者……の権利を重んじ」ているようには見えません。

 例えば、「産科崩壊阻止のための対策要望書」では、第1に、医療の結果に付き、刑事責任免責として下さい。これは全ての科に必要です。出産には産婦人科、麻酔科、外科、小児科、内科が関わり合いますから、産科だけでは無意味です。 最近は外科、救急医療が崩壊中ですから、必ず必要です。という要求から始まります。しかし、横浜市立大学病院事件のように、肺の手術予定だった男性患者と心臓の手術予定の男性患者を取 り違えて執刀してしまった例や、慈恵医大青砥病院事件のように、医師に経験を積ませるために、腹腔鏡下手術の十分な経験のない医師3名が、指導医無しで執刀し、大量出血による脳死で死亡させたような例まで含めて刑事免責とすることに国民的な合意が得られるようには到底思えません。ある意味正直といえばそうなのかもしれませんが、このような国民が受け入れがたい要求を第1番目にもってくる時点で、アピール文書としては最低です。

 ついで、民事訴訟での上限設定が必要です。分娩保険も支払わない場合だと、1000万円まででしょう。或いは分娩保険を支払う場合は、更に上乗せしても良いでしょう。例えば妊婦死亡の場合損害賠償額2000万円なら分娩費50万円。妊婦死亡の場合損害賠償額1億円なら分娩費500万円とか。支払い可能な額を計算して決めれば良いです。という要求が続きます。国民に対してけんかを売っているのでしょうか。「分娩費500万円を先に払ったら、妊婦が死亡したときには賠償額として1億円払ってやるぜ。そんなに払えないのなら、上限1000万円でせいぜい我慢するのだな」ってことをいっているわけです。産婦人科では、20人に1人の割合で妊婦を死亡させるおつもりなんですかって話ですよね、これは。何で1事故あたりの上限1億円の医師賠責保険の保険料100年分を妊婦が1回の分娩に際して支払わない場合には賠償額として1億円も払う必要がない、保険料10年分を妊婦が1回の分娩に際して支払った場合でも上限2000万円でよいという話がどこから出てくるのか不思議です。

 次に、3 検察審査会の起訴は医療事故には適応されないことにすべきです。感情は医学的判断に影響すべきではありません。あくまで科学的分析すべきです。との要求がなされています。しかし、検察審査会には起訴権限はありません。検察審査会の不起訴不相当ないし起訴相当の議決があった場合に、検察官がこの議決を参考にして事件を再検討するにすぎません。

 一つとばして、病死は異状死でないと定義すべきです。医療関連死は異状死でないと定義して下さい。医療関連死をどうするかは、今後話し合えば良いでしょう。医療関連死は届出義務がないとして下さい。診療行為に関連した予期しない死亡は異状死だという法律上の定義はどこにもありません。法医学会の声明など意見に過ぎません。何ら届け出を法的に拘束するものではありません。診療行為に関連した予期しない死亡が業務上過失致死罪に相当するという法律は存在しません。最高裁が言い出したことは立法権の侵害と思います。法律は国会 が決めることです。との要求がなされています。しかし、「医療関連死」とは、「医療に関する有害事象発生と死との因果関係が疑われうる事例」であり、「遺族が、医療行為、または、不作為との因果関係を疑う可能性のある死亡」である定義されている以上、「医療関連死は病死であって異常死ではない」と定義することは不可能です。例えば、都立広尾病院事件のように、看護師が点滴薬を取り違えて準備し、他の看護師がそれを患者に注入した結果患者が死亡するに至った場合に、これを単なる病死として右から左に処理をしてしまうことに、私は強い違和感を感じます。

 次に、福島県大野病院の産婦人科医加藤先生逮捕事件は不当逮捕不当起訴だったと宣言して下さい。直ちに起訴取り下げして、裁判を終了して下さい。2度と国、政府、厚生労働省、法務省、警察、検察が、この事件の様な不当逮捕、不当起訴事件は起こしませんと宣言して下さい。その宣言がなければ、恐ろしくて産科や外科医療など出来ません。その宣言がなければ、医療冤罪で逮捕起訴される医師が必ず出るからです。何故なら、妊婦は一定の確率で必ず死ぬからです。その度に産科医が逮捕起訴されるのであれば、産科など出来ません。警察は告発あれば、必ず、書類送検します。検察は遺族マスコミの感情に流され、起訴してくる可能性が高いからです。そこに科学的分析の概念はありません。今回の大野病院の刑事裁判で明らかとなりました。と要求しています。しかし、この事件での起訴が正しかったかどうかは、第一審判決も下されていない現段階では未だ明らかではありません。さらにいえば、この事件の前後においても、妊婦が死ぬたびごとに産科医が逮捕起訴されているという事実はありません。日本の刑事司法は、起訴された場合の有罪率は高いですが、起訴率は高くありません。

 一つとばして、陣痛促進剤被害者の会で、「無過失保険で得た保証金で訴訟の準備もありえる」、「産科訴訟に無過失はない全て過失だ。」と公然と宣言されました。だから、無過失保証制度は無意味です。効果はありません。この制度で産科医療崩壊阻止は出来ません。この制度では年間数百億から、数千億円使うことになりますが、この金は無駄なことに使うのではなく、 周産期医療施設の建設や維持に使用すべきです。との要求がなされています。「陣痛促進剤被害者の会」がそう述べたからといって、「産科訴訟に無過失はない全て過失だ」ということになるわけではありません。また、産科関連の無過失補償制度としては、これなどが報道されていますが、その一人あたりの総額は「総額は3000万円弱になる見通し」とされており、また、日本医療機能評価機構の「第12回「産科医療補償制度運営組織準備委員会」次第」では、調査報告書にもとづく推計では、補償の対象となる者は概ね500人〜800人程度と見込まれるとされていますから、必要な予算は、200億円前後です。さらにいえば、出産時の事故により子供が脳性麻痺になってしまうというのは大変なことであって、そのような家庭を経済的に支援するために3000万円程度の給付を行うことを「無駄なこと」と言い切ってしまうセンスにはついていけません。この連盟は「患者と医療従事者の権利を重ん」ずる旨標榜しているものの、患者の権利を軽視し、むしろ憎しんでいるようにすら感じられます。

 こんな独善的な意見書を公表する前に、ちゃんと弁護士にチェックしてもらえばいいのに。

【追記】

 心臓外科医の南淵明宏先生は、政府案に反対し「医療従事者に刑事責任を問うべきではない」との主張があるが。との質問に対してどのような職業でもリスクはある。良かれと思って一生懸命やったことで人が死んだ場合に、医師だけが刑事責任を免じられる理由はないだろう。と答え、司法の介入は「医療崩壊」につながるとの指摘もある。との指摘に対しては、日本の医師社会は個々の医師に関する質の管理を放棄し、見せ掛けを良くする努力ばかりしてきた。その総本山が大学病院であり、ばかばかしさに気付いた若い世代の医師が新たな価値体系を求め迷走している。それが『医療崩壊』と表現される現象だ。事故への司法介入とは次元が違う問題で、刑事責任と医療崩壊を結び付けた議論は、医師社会の幼稚さや秩序の無さを露呈させている。医療は既に根本から崩壊しており、今後は再構築の段階と言えると答えています。矢部先生のブログのコメント欄でとぐろを巻いている方々の意見のみが医師の意見だと思うと他の医師の方に失礼に当たるのだなあということを改めて実感させられる次第です。

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