数年前のことだが、工場で事故が発生したとの一報が本社社会部に入った。応援の記者の派遣が必要かどうか、その現場を管轄する支社に電話で打診した。支社にいた先輩デスクの返事は「素人に来てもろうても困るんじゃ」。
日ごろ事件・事故の取材をしている社会部に対して「素人」という言い方もないだろうと思ったが、元事件記者らしい先輩デスクの言葉には思わず苦笑もした。自分の持ち場で起きたことは自分たちで対処する。よそ者に手出しはさせんという現場の意地、気概を感じた。
七月に配属された新人記者の一人は、真夜中に火事の現場へ飛び出したが、地理が分からず、到着したのは消えた後。写真を撮り、話を聞いて戻ったものの、死者がいたことを朝になって知った。「そういえばブルーシートを張っていました…」。踏み込んだ取材が足りなかったことを悔しがった。
一カ月ほど後、朝刊締め切りが近い時間、またその記者から連絡を受けた。「三棟ほど燃えています」と、今度は少し自信をうかがわせる様子。悔しさを意地に変えて頑張っているなと感じた。社会面に突っ込むべきか迷ったが、結局燃えたのは一棟だった。「三棟に見えたんですが…」と消沈した声。きっと経験をバネにまた成長してくれると期待している。
暑さも和らぎ涼しい夜風に吹かれていると、また先輩デスクの声を思い出す。社会部デスクとしての心構えなど、静かな口調だが、どの言葉もじわりと心に染みた。定年を待たずに他界され、もうその声は聞けない。心意気ある若い記者が後に続くことを願っている。
(社会部・河田一朗)