L研NEWS7号掲載

話題の論文:M33変異によるオスからメスヘの性転換

福井 由宇子
Male-to-Female sex reversal in M33 mutant mice
Yuko Katoh-Fukui, Reiko Tsuchiya, Toshihiko Shiroishi*, Yoko Nakahara, Naoko Hashimoto, Kousei Noguchi and Toru Higashinakagawa
Mitsubishi Kasei Institute of Life Sciences
*Mammalian Genetics Laboratory, National Institute of Genetics
Nature, 393, 688-692, 1998
******************************

 ショウジョウバエでHox遺伝子の発現調節をしていることで知られているポリコームグループ遺伝子群のマウスホモログの一つ、M33タンパクの機能ドメインの一つであるC末端部分を、ES細胞を介した遺伝子ターゲティング技術により欠失させた。予想通りHox遺伝子の支配を受ける中軸骨格(背骨)で形態形成異常がみられた(同様の異常は、昨年フランスのグループもM33を完全に欠失させたマウスで発表している)。今回の論文では予想していなかった、そしてそれゆえに当初フランスのグループが見落としていた生殖巣での異常について発表した。

 正常♂マウスではY染色体上のSry遺伝子が発生初期に生殖腺で発現することにより精巣ができ、その後その影響を受けて副睾丸、輸精管、前立腺等が形成される。一方の♀マウスでは、Y染色体が存在せず発生初期に生殖腺が卵巣になり、卵管、子宮が形成される。M33C末端欠失マウスでは、Y染色体上のSry遺伝子があるにもかかわらず、卵巣、卵管、子宮が形成された。このことは、M33が性決定の初期過程に関与していることを示す。性決定の系は、発生における決定のメカニズムを考えるうえで、現在注目されている分野の一つである。哺乳類では、現在までにSryをはじめDax1、Sox9などが性決定に関わる遺伝子として挙げられているが、今回の論文では新たに、一風変わったM33がメンバーに加わったことになる。

 ポリコームグループ遺伝子群は、核内のクロマチン構造を通じて一度確立した遺伝子発現パターンを、その後の細胞分裂を経ても維持していく"cell memory"機能に関与すると考えられている。1991年にLovell-Badgeのグループが発表したSry遺伝子断片(約14kb)導入トランスジェニックマウスによるXXマウスの雄性化実験ですべての個体が雄性化したわけではなく、位置効果を受けているらしいこと、またSry、Sox9などの遺伝子から20〜100kb以上離れた領域が性決定に影響を及ぼすことから、これらの遺伝子の発現と遺伝子高次構造との関連が以前から指摘されていた。性決定の過程でのクロマチンを介した遺伝子発現調節の関与を示唆したことで、今回の論文は今後多くの研究の礎となる可能性がある。

 また過去に同定された哺乳類の性決定に関与する遺伝子はすべてヒトの優性疾患より特定されたものである。ヒトでは頻度の低い劣性疾患の原因遺伝子も、遺伝子ターゲティング技術を用いればまずマウスで知ることが可能である。今回の例では、逆にヒトでの確認が追随するのではないかと思われる。今後も、遺伝子ターゲティング技術を用いて新たな性決定に関連する遺伝子が示されるかもしれない。

性決定の研究が注目されているが、生殖そのものが種の保存にとって重要であるからということは勿論であるが、♂または♀の二者択一のメカニズムを分子の言葉で語れる可能性が高いということもその一因ではないかと思われる。実際ショウジョウバエ、線虫ではかなり詳細な分子機構が解明されている。しかし、哺乳類ではこれらの動物とは'性決定機構がかなり異なっているようだ。性決定に関与するいくつかのメンバーの名前が分かっても、そのメカニズムの全貌はいまだ闇の中である。例えば、なぜ機能的Sryは胎生10.5日から11.5日の限られた時期にしか発現していないにもかかわらず、その後も間違いなくその個体が♂のカスケードをたどるのか? このM33C末端欠失マウスは、そのメカニズム解明の一助になる可能性を秘めている。

解析当初のこの個体の発見は、雌雄の分岐点での異常を予測させた
解析当初のこの個体の発見は、雌雄の分岐点での異常を予測させた
******************************

ABSTRACT
Polycomb genes in Drosophila maintain the repressed state of homeotic and other developmentally regulated genes by mediating changes in higher-order chromatin structure. M33, a mouse homologue of Polycomb, was isolated by means of the structural similarity of its chromodomain. The fifth exon of M33 contains a region of homology shared by Drosophila and Xenopus. In Drosophila, its deletion results in the loss of Polycomb function. Here we have disrupted M33 in mice by inserting a poly(A) capture-type neo(r) targeting vector into its fifth exon. More than half of the resultant M33cterm/M33cterm mutant mice died before weaning, and survivors showed male-to-female sex reversal. Formation of genital ridges was retarded in both XX and XY M33cterm/M33cterm embryos. Gonadal growth defects appeared near the time of expression of the Y-chromosome-specific Sry gene, suggesting that M33 deficiency may cause sex reversal by interfering with steps upstream of Sry. M33cterm/M33cterm mice may be a valuable model in which to test opposing views regarding sex determination.

******************************
Page Top

close