ロシアの精鋭艦隊がにらみを利かす黒海に、米軍のミサイル駆逐艦が入った。ロシアと対立するグルジアへの「人道支援」が目的とはいえ、何ともきな臭い状況である。反米のキューバを支援すべく、ロシアがカリブ海に戦闘艦を送るようなものか。黒海艦隊を創設して19世紀に制海権を握ったロシアの反発が心配だ。
グルジア情勢や東欧へのミサイル防衛(MD)配備をめぐり米露関係が悪化している。ロシアと北大西洋条約機構(NATO)の協力は凍結され、冷戦再来という言葉も現実味を帯びてきた。アフガニスタンでのNATO加盟国の戦いにも悪影響は避けられまい。
もっとも、米露の対立は今に始まったことではない。米国が推進するポーランドとチェコへのMD配備に対抗して、ロシアは昨年、欧州通常戦力(CFE)条約の履行一時停止を宣言した。各国が配備できる戦車や軍用機などの上限を定めた条約だ。この取り決めが空洞化すれば、欧州は冷戦時代に逆戻りしかねない。
これを「ロシアの過剰反応」と批判することも可能だが、米国の手法もいささか強引だった。例えば今月下旬、グルジア問題をめぐって米露関係が緊張するさなか、ライス国務長官はポーランドとMD配備の協定に調印した。果たせるかな、ロシア政府は「外交手段を超えて対抗する」との声明を出し、米露関係はさらに悪化してしまった。
任期切れが近い米ブッシュ政権と、大国への復権をめざすロシアのメドベージェフ・プーチン体制の意地の張り合いとも映る。具体的な対立要因は、ロシア軍がグルジア領内から完全に撤退しないことだろう。確かに、ロシア軍は完全に撤退すべきである。だが、一部地域の撤退問題が米露関係を根本から揺さぶっているわけではあるまい。
米露関係が不安定なのは、冷戦を乗り越えたはずの両国がいかなる協調体制を築くのか、という問いの答えが見つからないからだろう。ソ連崩壊で世界は米国の一極支配に移行したが、その後ロシアは石油資源を生かして復興を遂げ、米国に挑戦するに至った。米国がNATOの盟主なら、ロシアは中国とともに上海協力機構を率いて軍事的な影響力も強めている。
だからこそ米国はロシアに妥協できないのかもしれないが、間もなく退任するブッシュ大統領は「新冷戦」を次期政権へ引き継ぐより、米露協調の道を模索すべきではないか。北朝鮮をめぐる6カ国協議でもイラン核問題でも、米露は協力すべき立場にある。米露対立は日本にとっても不幸なことだ。
グルジア問題も欧州MDも、協調を前提とした米露の対話が必要だ。互いに友好国を巻き込んで対立の構図を広げるより、米露のトップ会談こそ問題解決に役立つはずだ。
毎日新聞 2008年8月26日 東京朝刊