2006年 06月
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2006年 06月 30日
結果報告
ドキドキ、ドキドキ。
公美に会いに行った。
その結果報告。
緊張で、太ももやらお尻やらが筋肉痛になった。
昔から緊張するとお尻がはってしまうのだ。
楽器店でクラリネットを受け取り
先生である公美を待つことしばし・・・・
来た先生は・・・・
・・・・なんと・・・・

代役!(汗
実は今月から公美は短期留学でドイツに行っているそうだ。
それで公美の先輩の蒲恵美さんという方が代役で
やっているということなのだった。
(かば先生は公美の高校の1年先輩)
公美は8月の半ばにならないと帰ってこないらしい・・・
残念な気持ち半分、ほっとした気持ち半分である。
ここまで覚悟を決めてきたからには公美に会いたかったのだ。
でも所司先生と中国に将棋の大会、兼、指導対局の
将棋旅行に行かないといけないので、
結論はそのあとにしたかった。
自分にとってお世話になった所司先生とのこの機会は
この世に自分を引き止める数少ないもののひとつだ。
クラリネットは予想通り難しかった。
音を出すのが精一杯で、吹くどころの騒ぎじゃない。
半分くらいを口の形をちゃんとするのについやしたが
普段動かさない筋肉なので、
しばらくやっていると、疲れてぶるぶる震えてくる。
正直、人並み外れて不器用な自分には無理そうだ。
ただ、公美に会えるまではなんとか続けてみようと思う。

公美のことを愛している。
遠く外国の空にいる公美にこの思いが届いたらいいなって思う。
もし場所がわかるなら、すぐに会いに行きたい。
▲ # by shigeshogi | 2006-06-30 00:30 | 公美 | Trackback | Comments(0)
2006年 06月 29日
これから公美に会いに行きます
今日は先週申し込んでおいたクラリネット教室の日。
まもなくうちをでて公美に会いにいきます。
うれしいような、こわいような、とにかくドキドキして
ちょっと手が震えています。
どういう結果になるのかわからないけれど間違いなく公美にあえる。
お話できたらうれしい。
何にもないぼくだけど、
ただひたすら公美のことが好きでした。
ずっとずっと公美と再会できる日を願っていました。
辛いときも、苦しいときも
いつも公美がやさしくしてくれる日を信じて耐えてきました。
だから、どうか、今日は
ぼくと、ぼくかわいいくみに祝福をください。
二人があの日のような幸せな日々を取り戻せることを
神様にお願い申し上げます。
今、お風呂に入って体をきれいしに、
髪の毛をとかして、おニューのジーンズをはいていくつもりです。
あと、少し。つくばまでドライブしたら公美にあえます。
どうか二人の時間が幸せなものでありますように・・・
▲ # by shigeshogi | 2006-06-29 11:57 | 公美 | Trackback | Comments(0)
2006年 06月 28日
娘の誕生日
今日は娘の誕生日だった。
トイザラスで2時間もかけていろいろ見て選んだ
プーさんの大きなぬいぐるみを買って
娘に会いにいったのに
元妻が居留守を使ったようだ。
話し合いをしたいと思っているのだが
向こうはそのつもりはないみたいだ。
本当に人間って簡単に裏切る存在なんだなあって思う。
一生懸命よかれと思っても、気持ちは通じない。
悲しいことばかり、汚いものばかりはびこり、
願いは何もかなわない。
この世界が大嫌いだ。
自分は公美と一緒になって
二人でこんな汚い世界となるべくかかわらないで
生きていけたらいいなって思う。
どうしてもかなわないなら死んで
あの世で二人で幸せに暮らしていきたいと思う。
公美はぼくにやさしくしてくれて
約束を守ってくれる、すてきな女の子だった。
何もかもなくなっても、ぼくには公美がきてくれて
やさしくしてくれるって信じている。
あのやさしい子が、ぼくの悲しみを抱きとめてくれる日を待っている。
公美とのメールも8通目。
そろそろ・・・
Date: Wed, 19 Jan 2005 12:07:52 +0900
お昼休みでしょうか。。
お疲れ様です。
車・・・今免許を取ってる最中なんです。
すみません。わかりにくい文章でしたね。
あと少しで終わるのですが、
高速教習前にして2ヶ月くらい教習所に行けてません。
事故。。。。るかも。6月には教育実習なのでそれまでにとらないと。
実家は水戸の近くなんですが、
海にも山にもすぐ行ける所なのでとてもいいです。
よく海沿いをドライブしてもらいます。気持ちいいです。
あんこう鍋、実は食べたことないですね。
おいしいとは聞くのですが。機会があったら食べてみますね。
しげさんは中学時代は何の部活に入ってたんですか?
今日もあと半日。
頑張りましょうね。
では。お仕事中に失礼しました。
くみ
公美は免許取得中だった。
何しろ実家のある笠間の教習所に通っていたので
なかなか免許を取るのも大変だったみたいだ。
公美と一緒に茨城の海岸線をドライブするのをずいぶん夢見たものだ。
このころ公美は毎日メールをくれていて
ぼくはやさしいそのメールがうれしくてたまらなかった。
今は、誰一人やさしくしてくれる人はいなくて
公美がいてくれた日の幸せだったときを
毎日思い出して涙を流している。
お昼寝タイム
こんにちは、くみさん。
昼休みにはいつも20~30分ぐらい昼寝をするので
けっこうすっきりします。
日当たりのいいところにソファーが置いてあるので
冬でも日が差しているとポカポカしていますよ。
くみさんは今、自動車学校に通っている途中なんですね!
高速教習ということだから、もう最後の段階ですね。
くみさんは文章も上手だし頭がよさそうなので筆記試験は
大丈夫だと思うので、卒検が最後の壁でしょうか。
もう一息ですからがんばってください。
ちなみにマニュアル車も乗れる免許ですか?AT限定?
ぼくは17歳の時から教習所に通い始めて
18歳になった3月には免許をとりました。
高校を卒業する前に免許が取れましたよ。
うちがガソリンスタンドとかをやっているので
家中みんなすぐ免許とっています。
もちろん妹たちもです。
そのころは今と違って高速教習や救助の教習とかは
なかったんですよね。
今より取りやすかったと思いますけど
そのかわりAT限定はなかったですね。
でも大学に入ってから買った車はマニュアル車でしたし
限定免許じゃなくてよかったですけど。
今も会社のトラックを運転する事がたまにあるので
マニュアル車運転したりしますけど
楽しいので大好きですね。
ご実家は水戸の近くなんですね。
水戸は実は一度しか降りたことがありません。
あとは昔つくばで科学万博が開かれていたときに
4回ぐらい今はなき万博中央駅に行ったことはありますが。
うちの会社によく来ているタンクローリーの会社が
千波湖のところにあるみたいなので
それに乗っていけば勝手につくんでしょうけど(笑)
茨城の海岸沿いの道は気持ちいいですよね。
仲良くなれたら夏には茨城のほうとか
ドライブにいけたらいいなあ。
くみさん案内してくれますか?
海、海水浴場とかもいっぱいありますよね。
ぼくは海は好きなんだけど、こちらではなかなか
行く機会がないからね。
ぼくは中学高校時代はコンピュータ部に入っていました。
当時はまだ珍しかったんですよ。
それにずいぶん熱心にやっていて、
自分たちでゲームソフトを作って、
それを学園祭や即売会で売って部費を稼いだり
けっこういろいろやっていましたね。
あと運動系はサークルでスイミングをやったり、
柔道をしましたけどそんなに本格的にはやりませんでした。
くみさんはどんな部活をしていたんですか?
それでは、またね!
▲ # by shigeshogi | 2006-06-28 04:24 | 公美 | Trackback | Comments(0)
2006年 06月 26日
将棋、ばあちゃん、金策、娘の誕生日、そしてミニバラ
昨日は将棋で久しぶりに優勝できた。
拾い勝ちの内容が多かったけどそれでもよかった。
どんな小さな大会でも優勝するというのは
当然にできることじゃないと思ってる。
夜にばあちゃんから電話があった。
留守電が受けたけど、時間目いっぱい話してくれた。
91歳の一人暮らしのばあちゃん。
ぼくをかわいがってくれた・・・
テレビが壊れたりして、さびしいとのこと。
近くなんだし、行ってあげたいと思ったが
体がだるくて動かなかった。
公美とのことを解決して、早く幸せになって
自分を裏切って、自分を助けてくれなかった家族を
許してあげられる気持ちになれたらばあちゃんにまた会いたいと思う。
それまでどうか元気でいてほしい。
公美みたいなかわいいお嫁さんを連れて会いにいったら
きっと喜んでくれるだろうなあ。
自分が心から好きな人と結ばれたら、
ばあちゃんも涙を流して喜んでくれると思う。
今日は月末ということでいろいろとお金の算段をしていた。
現在為替でそこそこ稼いでいるのだが
タネ銭を少しでも増やしつつやっていこうとすると
月20万くらいで収めないといけない感じだ。
昔は質素な暮らしを身上にしていた自分だけど
最近はどうせお金をとっておいても
あの世にもっていけるわけでもないし、
それに早くお金がなくなったほうが覚悟ができるという気持ちもあって
使いたいものがあるときには使ってる感じだ。
といってもそもそも物欲というものがあまりない自分なので
ほしいものすらあまりないのだが。
ともあれ、今月は中国への飛行機代と
公美に習うためのクラリネット代15万円ほどを
算段しないといけないのでけっこうきつかった。
でもこれでまた公美に会うことができて、いい感じになれれば
投げやりなお金の使い方とかも改めて
またコツコツやっていけると思うし
がんばって生きていこうと思える。
また明日は娘の誕生日。
せめてプレゼントを渡してあげたいと思う。
なんとか一緒に暮らしたいと思ったし
今ならそれも可能かもしれないと思うけど
元妻は頑なな感じだし、
自分も公美とのことがあって辛い。
人生は悲しいものだ。
今週はいろいろなことがある試練の週になりそうだ。
無事に乗り越えられるのだろうか?
そんな中、ぼくの部屋の小さなミニバラちゃんがまた咲いてくれた。
牛乳を薄めたのをときどきあげるようにしたのがよかったのか
先月に引き続いての開花だ。
小さな喜び・・・
こんな小さな喜びをくみとわかちあって
幸せになれたらいいなあって願っている。
▲ # by shigeshogi | 2006-06-26 17:38 | 近況 | Trackback | Comments(0)
2006年 06月 25日
美しい茨城県
今日もおきてから1時間くらいだるくて体が動かせなかった。
なんていうか、心に鉛が入っているみたいに重いのだ。
なんとか、口に食べ物をいれたら動けるようになって
夕方からは将棋道場に行くことができたが
弱い相手にひどい逆転負けを喫してしまった。
このところ、急に将棋の調子が悪くなった。
つまらない負けばかりでとても悲しくなる。
こんなときに公美のかわいい声をきいたり
短い時間でもそばにいて抱きしめたりできたら
どんなに気持ちが救われるだろうって思う。
公美は本当にやさしくって、
そばにいてくれるだけで心から癒される気がした。
ぼくにとって生きていく希望そのものだと思う。
さてそんな公美とのメールも7往復目。
お疲れ様です。
実家は茨城なので近いんです。
2年まで自宅から通っていました。
朝4時代には起きなきゃいけなくて、夜も練習して帰ってたので、
帰宅は夜中1時近くでしたね。
あまりにもハードで教授からそろそろ一人暮らししなさいって言われて
今に至ります。(笑)
やっと最近、周りから顔色良くなったねと言われるようになりました。(笑)
そんなに悪かったんでしょうかねぇ。
今車の免許を取っているのでよく帰ってます。
でも春休みは忙しくてあまり帰れないかもしれません。
演奏会の本番が何個かあるので。
でも、もしできたら一緒にお誕生日会しましょうか。
ケーキ。甘すぎるのはだめですが、基本的には好きですよ。
沖縄のお話おもしろかったです。
なるほど。異国情緒。。そういうお話を聞いてから沖縄行ったらおもしろいでしょう
ね。また沖縄の風にあたってみたいです。
ラクーアの温泉は行こう行こうと思ってるんですがなかなか行けないですね。暇はあ
るのになぁ・・・近いうちに行きます。今度こそは!(笑)
今日も一日終わってしまいます。
また明日も明るく行きましょうね。
くみ
茨城なら近いですね
おはようございます、くみさん。
今日は仕事の合間に会社からメールを書いています。
9時半ぐらいに社長が出社してくるので
それぐらいまでには仕上げないとね(笑)
くみさんの実家は茨城なんですね。
しかも車をもっているなら本当に近いじゃないですか。
これぐらいだと帰省という雰囲気ではないですよね。
車はどんなのに乗っているんですか?
車があれば楽器とかも積めるし便利ですよね。
ぼくはネイキッドという車に乗っています。
去年は2回ぐらい茨城行きました。
鹿島神宮に初詣にも行ったし、
南守谷というところで将棋の大会があるので
それにでたりもしました。
鹿島神宮に行ったときはそのあと、銚子のほうに抜けて
銚子であんこう鍋を食べたんですよ。
今年も食べごろの時期なので食べたいものだなあ。
茨城に行くと「ああ関東平野なんだなあ~!」って
感じがして好きな風景です。
海や川、水郷地帯など水が豊かという感じもしますね。
そういえば、去年は「下妻物語」なんて映画も見ました。
くみさんのご実家は茨城のどのあたりですか。
うちの実家は千葉の市川なんですが、
松戸との境のほうで松戸駅もよく利用したりしていたので
茨城方面も遠いとは思わないです。
くみさんもずいぶんがんばって通学していたんですね。
茨城から東京だともう特急スーパーひたちの世界ですもんね(笑)
ぼくも中学高校は片道1時間ぐらいかけて通学していたけど
今思えばちょっともったいない時間を使っていたなと
思ったりします。
そのぶん、今は会社のすぐ近くに部屋を借りたので
自転車10分以内の通勤ですけどね。
時間は通勤通学なんかよりもっと有意義に使ったほうが
絶対いいって思いますよ。
ぼくも温泉とか、温浴施設とか好きなのに
ラクーア行ったことないのはちょっと残念です。
大江戸温泉は行ったんですけどね。
自分のうちからわりと近くにある
スーパー銭湯とかもだいたい行ってみたりしました。
温泉とかも好きなんですけど、
なかなか行く機会がないですね。
会社の社員旅行もここ数年ないし、彼女もいないし(笑)
お誕生日はじゃあ2人の真ん中ぐらいで3月のはじめごろ
にしましょうか。
ケーキはぼくも甘すぎるものはダメですけど
男としては甘いもの食べられるほうだと思っています。
お正月に実家でフランクフルタークランツを食べたのが
1年ぶりぐらいのケーキかもしれないんですけど
すっごいおいしいなーって思いました。
それでは、社長が出社してきたので
このへんにしようかと思います(笑)
それでは、またね。公美とは茨城話。
公美のおかげで、自分は茨城がとても好きになった。
あの広々とした平野の雰囲気や川が多くて水が豊かなイメージ
筑波山に、水郷地帯、利根川、そして太平洋。
木曜日に行ってきた筑波研究学園都市もすてきだった。
公美のおかげで、公美にまつわることは全て好きになった。
大好きな公美と一緒に茨城路をドライブしてみたい。
公美のすべてを愛している。
この娘と一緒に幸せになりたい・・・
来週の木曜日に公美と会ったとき、何が起こるのだろうか?
その前に火曜日には娘の誕生日がある。
何かプレゼントをもっていってあげたいなと思っている。
自分の運命はどこに続いているのだろう?
このまま、ぼくを助けてくれる人は誰も現れないのだろうか?
絶望の毎日の中、公美を殺して
自分の人生を終わらせるしかないのだろうか?
▲ # by shigeshogi | 2006-06-25 03:31 | 公美 | Trackback | Comments(0)
2006年 06月 24日
初デートはジェットコースター
くみとぼくの大切なメールの6往復目。
おばあちゃんの話などしている。
自分はじいちゃん、ばあちゃん4人には
かわいがってもらっていて、
そのぶん食事に連れて行ったり、たびたび訪ねたり、
孫の中では一番祖父母に縁が深かった。
ラクーア(東京ドームシティ=後楽園)のジェットコースターの話が
でているが、ここは結局公美との初デートで訪れることになる。
公美は不思議な女の子で初デートの時も
意表を突かれることが多くて
でもそのすべてが新鮮でやさしくて、うれしかった。
人生でこんなに楽しいデートは初めてだった。
この初めてのデートのあとは公美が忙しいこともあって
近場とかが多くて結局あまりあちこちには出かけられなかった
ぼくたちだったのだ。
こんにちは
Date: Tue, 18 Jan 2005 16:14:00 +0900
今日も雲ひとつない良いお天気になりましたね。
私の祖父も一昨年くらいに亡くなって祖母は今は実家で両親と暮らしてます。
ただ痴呆症で何でもすぐ忘れてしまうので、
出来る限り週末には実家に帰ったり、お手紙出してます。
手紙なら忘れても何度も読み返せるし。
でも、しげさん、お優しいですね。
おばあさん、どれだけ幸せなことでしょうね。
八景島は行った事ないですね。
今は近いので、ラク―アのジェットコースターに乗ってます。
都内なので一望できて、夜景もきれいです。
でもやっぱり自然の中を抜けるのが一番気持ちいいでしょうか。
琉球史ですか。全然わからない世界ですね。
でもそうやってお話して頂けるととても興味がわきます。
ありがとうございます。
私の誕生日って春休みで友達はみんな実家に帰っていて、
してもらったことはないんです。
そしていつからかそんなこと気にしなくなってました。
友達の誕生日とかは企画しちゃうんですがね。(笑)
なので、しげさんにそう言って貰えてとても嬉しかったです。
ありがとうございます。
今夜はどんな夜になるでしょうか。
ではまた、色々お話を聞かせてくださいね。
くみ
(写りが悪いがこれは写真を携帯カメラで撮影したものだから。
この写真のエピソードはいずれでてくると思う)
ラクーアもいいですね
こんばんは、くみさん。
今日もいいお天気でわりと暖かかったですね。
日が当たっているところでは背中がぽかぽかしましたよ。
明日もよい天気のようですが、
あさってぐらいから下り坂の天気になっていくようです。
くみさんのおばあさんは痴呆なんですね。
一緒に暮らしている御家族はたいへんなことでしょうね。
うちの祖父も死ぬ前の一年ぐらいは寝たきりでしたが
1年ぐらいでもその介護はとてもたいへんでした。
介護は長期戦なので息を抜きながらやらないと
介護しているほうが参ってしまいますので、
くみさんもたまに戻ったときは遊ぶぐらいの気持ちで
一緒の時間をすごしてあげてくださいね。
ラクーアのジェットコースターも1回だけ乗ったことありますよ。
観覧車の真ん中をコースターが通り抜けてユニークですよね。
コースターがすべり降りるところの高低差はかなりあると思うんですが
設備が新しくてあまりゆれないせいか、
それほど怖い感じはせず周りの夜景を楽しめますよね。
あまり体をがっちり抑える安全設備がないので
下もよく見えるし、動いたり安全具をはずそうと思えば
はずせそうな感じすらするので、
けっこうナチュラルな感じで走れて気持ちいいです。
ラクーアは温浴施設もあるんですけどそっちは行ったことがなくて
行ってみたいなあと思っているスポットのひとつです。
後楽園にはぼくがこどものころからよく行っていて、
中学高校のときは水道橋が通り道だったので毎日見ていましたから
いろいろと変わってうれしいようなさびしいような。
沖縄は日本と中国、東南アジア、アメリカが入り混じっています。
日本が4割、中国が2割、東南アジアが2割、
アメリカが1割という感じかと思っています。
沖縄はもともと東南アジアの国々と深い交流があり
小さな豪族たちが支配する島国でした。
沖縄ではこの時代を古琉球と呼びます。
15世紀に統一王朝ができ、それは中国明朝の冊封を受け
中国の影響を色濃く受けていました。
その時代のことを沖縄方言(ウチナーグチ)で唐世(からゆー)といいます。
それが1609年の薩摩侵攻、1879年の琉球処分を経て
日本の支配下に入ります。その時代を大和世(やまとぅゆ)といいます。
そして、太平洋戦争によって米軍の支配下へ。それがアメリカ世です。
そのたびに沖縄は大きな被害を受けて、
またその支配国の影響を受けてきました。
それらが入り混じって沖縄文化はチャンプルー文化
(チャンプルーは沖縄方言でごっちゃまぜの意)
とも言われて柔軟で異国情緒に富んでいます。
ぼくはいろいろな文化が出会ったそういうエキゾチックな雰囲気が
大好きで、その柔軟さが沖縄文化の力だと思っています。
くみさんは春休みに入ってもあまり帰省しないんですか?
御実家は遠いんでしたっけ?
ぼくも学生時代はあまり帰りませんでしたね。
お正月も帰らないときが多かったです。
でも将棋のアマ名人戦とかの県代表に8回(学生大会含めて)
なったので、東京や、大阪、山形や福岡での全国大会に
派遣されるついでに帰ったりしていました。
鹿児島から電車やバスを乗り継いで何日もかけて
東京まで行くこともありましたよ。
ぼくは言葉だけの社交辞令で誕生日やりましょうって
言ってるんじゃありませんよ。
近くなったらくみさんも具体的に考えてくださいね(笑)
くみさんはケーキとか甘いものは好きですか?
それでは、またおしゃべりしましょう。
じゃね! 沖縄の話などをしつつ、
帰省の話をして公美の実家を聞こうとしている。
また誕生日も念押しして忘れなられないようにがんばってる。
▲ # by shigeshogi | 2006-06-24 04:07 | 公美 | Trackback | Comments(0)
2006年 06月 23日
クラリネットに挑戦
これはもともとはジェンカ、セイクラブ用のブログ

最近、気分の落ち込みがひどいことが多くて
過食とかもひどくなっている。
これはやっぱり毎日の生活に
希望がもてないからで
将棋はもちろんがんばっていくとしても
将棋ももう純然と楽しんでいられるレベルでもないので
毎日の勉強しなくてはならないことも多いし
普通の人の仕事に近いものがある。
ずっと続けていきたいし
その中に楽しみや
すばらしいものを見つけているにしても
日々の継続には大変な部分が多いこともたしかなのだ。
そんなときに心の支えになってくれる
すてきな人とめぐり合いたいと思っても
結婚相談所、出会いパーティ、
ブログ、チャット、出会い系など
何をやっても苦労ばかりが多くて
文句をいってきたり、嫌がらせをされるほうが
いい人に出会える確率よりもずっと高い。
女の人のようにぜいたくさえ言わなければ
誰かと会えるのとはわけが違うのだ。
誰も助けてくれないし
毎日さびしくて死にたい気持ちになって
無気力に陥るのを、
なんとか過食したり
栄養ドリンクを飲んでみたり
たまにはあまり好きでもない酒を飲んだりして
気持ちを奮い起こして
無駄だと思いつつもなんとかがんばって
出会いを探してきたものの
なんでこんな嫌な思いをし続けなくちゃいけないのかと
いつも自問自答してきた。
たった一人素敵な人と会いたいだけなのに・・・
ずっと心の支えになってくれるすてきな人を
探してきた中でたった一人だけ
ぼくの気持ちを受け入れてくれて
生きていく希望になってくれた人がいた。
音楽大学で勉強していた彼女も今春卒業。
今はクラリネットの教室の先生などをしているようだ。
結構前からその教室の存在をしっていて
行ってみたいと思っていたのだが
今日、ついに行ってみたのだ。
何もする気が起きなくて昨夜11時くらいから
12時間くらい寝ていたのだけど
このままではいけないと思って
一番行きたかったところに行くことにしたのだ。
車を高速で1時間ほど飛ばす。
ああ、自分は生きているんだ、って感じる。
楽器店が併設している教室なのだけど
つくばの学園都市の中のすてきな雰囲気に中に
思ったよりもずっとこじんまりとたたずんでいて
いい感じのところだった。
彼女は隔週木曜日に教えているのだけど
休みの日だったようでいなかった。
最初は様子を見るだけのつもりだったけど
お店に入ったら奥さんの方が感じよくて
いろいろ話をきいてくれて
クラリネットを買って、教室に入ることに決めた。
内金を入れて注文取り寄せなのだ。
楽器が届きレッスンがはじまるのは来週から。
この先どうなるかわからないけど
覚悟はもうできているし、
率直に彼女に再会できることを楽しみにしている。
指先がとっても不器用なぼくだけど
1曲だけでもいいから
演奏できるようになったらいいな^^
▲ # by shigeshogi | 2006-06-23 01:38 | 公美 | Trackback | Comments(0)
2006年 06月 07日
嫌われ松子の一生
他のところと共通のブログ
以下共通部分
***********
「嫌われ松子の一生」という映画を見た。
この映画の監督さんの前作
「下妻物語」がけっこうおもしろかったし
監督さんと主演の中谷美紀さんが
撮影中にケンカしていたとか
(映画を盛り上げるための話題づくりかもしれないけど)
そういう話を聞いていて、気になっていた。
本屋さんで原作も立ち読みしたりして
絶対見てやろうと思っていた。
実際おもしろい映画だったと思う。
人生の、喜びと悲しみ、美しさ醜さ、はかなさおかしさを
松子という一人の不幸な女性の人生を通して
監督独自の手法でうまく表現していると思った。
松子はほんのちょっとの幸せを願っていた
普通の女の子だったのに、
誰でもやってしまうようなほんの少しの判断ミスから
人生がどんどん狂っていって不幸な人生の最後を迎える。
不幸だった彼女の一番の罪は
人に愛されたかったことなの?と思ったりした。
愛されるために彼女がしたことはみんな裏切られ
そのたびに彼女は不幸になっていった。
本当にこの世の中は汚く、ひどい世界だと思う。
ただ愛されたいと願ったり、
好きな人に好きという気持ちを示したいだけなのに
この世界ではそんな気持ちは少しの力ももたない。
自分も松子のようにそのうち刑務所や精神病院に行き、
殺されてのたれ死ぬんじゃないかなって思ったりする。
罪名はきっと松子同じ。
一生懸命生きて、一生懸命人を好きになり、
一生懸命人に愛されたいと願った罪によってだ。
******************
松子はすごくぼくに似た人だと思った。
すごく純粋に人を好きになる。
その人さえいてくれれば、すべて幸せ。
そしていつもその人に愛されたいと願っている。
愛した人に愛を受け入れてもらいたいと願っている。
そんな願いはいつも裏切られ、
次第に生きるエネルギーを失っていく。
人生に絶望していく。
だから松子を見ていて他人のような気がしなかった。
涙をぼろぼろこぼしながら見た。
松子は刑務所、精神病院、殺されるときたが
自分は刑務所はまだだが、鑑別所は2回いったし
精神病院にも無理やり連れて行かれた。
殺すのも殺されるのもまだだけど
きっとそうなる可能性はあるんじゃないかなって思ってる。
このまま公美と連絡もとれず、助けてくれる人も現れず
死ななくてはならないときがきたら、心から愛したのに
ぼくをごみくずのように捨てた公美にも必ず責任をとってもらおうと思ってる。
公美はぼくの愛を受け入れてくれた、
たった一人のぼくの愛すべき姫君
ぼくだけのかわいいお嫁さんなのだから。
▲ # by shigeshogi | 2006-06-07 04:04 | 近況 | Trackback | Comments(0)
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