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「成功」五輪、遠い存在 チベット・ウイグル・北京

2008年8月25日12時49分

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 広大な国土に少数民族との軋轢(あつれき)や貧富の格差、環境汚染など、深刻な内憂を数多く抱える世界最大の途上国での五輪が、幕を閉じた。国家指導者は「偉大な成功」と胸を張る。その裏で異論は封じ込めた。多くの国民にとって北京五輪は遠い存在でもあった。(ラサ=西村大輔、タシュクルガン=古谷浩一、北京=坂尻信義)

僧に毎日「愛国主義教育」 チベット

 24日、チベット自治区ラサのポタラ宮前広場。浙江省から観光で来た30代の漢族女性が「金メダル数が1位になってうれしい。国家の実力の象徴です」とはしゃぐ傍らで、20代のチベット族男性は「中国がいくつ金メダルを取ろうが、どうでもいい」と冷ややかだった。

 この男性は3月のチベット騒乱後、小銃を構えた武装警察官の家宅捜索を4回も受けた。若いチベット族が数人集まるだけで拘束されるという。「五輪後にチベット族への一斉家宅捜索が始まる、とうわさが広がっている。国際社会の関心が薄れると弾圧が強まるのではないか」

 当局が描いてみせるチベットはバラ色だ。自治区発展改革委員会の胡新生副主任は「北京五輪の大成功で観光客はさらに増えます」と胸を張る。「チベットの経済成長率は7年連続12%以上。識字率は95%を超え、医療制度も改善……」。だが、街で会ったチベット族の女性は「経済発展の恩恵は漢族ばかり受けている。私たちは仕事を見つけるのも大変」と嘆いた。

 寺院の管理はさらに強化され、3月に僧らが抗議デモを最初に始めたラサ郊外のデプン寺は門を閉ざしたまま。騒乱以降300回以上の「愛国主義教育」の講座や座談会が同寺で開かれたという。

 チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世への批判も繰り返されている。別の寺院の僧は「政治学習が毎日。読経の時間も増やされた。当局は僧に自由時間を与えないようにしている」と話す。

 自治区民族宗教事務委員会の幹部は「法律で許されていること、許されないことを僧に知ってもらうためにも教育は必要。ダライ・ラマの欺瞞(ぎまん)性もしっかり知ってもらう」と強調する。信教の自由の侵害につながりかねないという問題意識は希薄だ。

 ある僧は語った。「北京五輪のスローガン『一つの世界、一つの夢』はすばらしい理想だが、ここでは当局が『一つの声』を押しつけただけだった」

「私たちに自由などない」 ウイグル

 新疆ウイグル自治区タシュクルガンは、タジキスタン、アフガニスタン、パキスタンと国境を接する西端の街だ。標高は3千メートルを超え、山々は頂に万年雪が輝く。人口約3万5千人のうち多くはイスラム系タジク族だ。

 パスポートがなくても地元の通行証で国境を越え、パキスタンへ行くことができた。イスラム教徒はここからメッカを目指す。当局が公認する巡礼は人数が厳しく制限されているからだ。しかし、五輪前に管理が厳格化。一本道にはいくつもの検問所が設けられ、国境警備部隊員が銃を手に立つ。

 ある住民の女性は、周囲を慎重に見回してから「タジク族の大規模な移住計画が進んでいる」と打ち明けた。5千人が半ば強制的に集められ、内陸部に移されるという。タシュクルガンを国境警備部隊だけの街にして周辺諸国との接触を断とうとしている、と住民たちは見ている。

 「私たちはどうなってしまうのでしょう。不安で仕方ない」。そこまで話したところで政府当局者の男性が近づいてきた。女性は口を閉ざす。恐怖で唇が震えている。

 五輪開幕直前に武装警察が襲撃された同自治区カシュガルでは、ウイグル族の自営業の男性(26)が匿名を条件に重い口を開いた。

 「私たちはテロリストなんかじゃない」

 事件以来、外を歩けば尋問される。漢族の若者がヘルメットに迷彩服姿で長い棒を手に練り歩く「民間警戒」も春から続いている。

 「この圧力がわかるか。私たちウイグル族には『自由』などない。不満の声を上げることさえできない」

 一連の襲撃事件は、地元当局が一部をウイグル族の「テロリスト」の犯行と明言。中国政府幹部は16日、北京での会見で「民族問題とは関係ない」と言い切った。

 胡錦濤(フー・チンタオ)国家主席は五輪閉会直後の外遊で、上海協力機構の首脳会議が開かれるタジキスタンに向かう。「反テロ」で中央アジア諸国と連携強化を狙う構えだ。

「外出控えよう」標語 北京市民

 チベット問題は中国の「アキレス腱(けん)」、新疆ウイグル自治区は中央アジアの「火薬庫」と呼ばれる。しかし、チベット族もウイグル族も、総人口の1%に満たない。

 一党支配の閉塞(へいそく)感が漂う社会では、9割を占める漢族も不満を抱える。

 24日、「鳥の巣」周辺には使用済み入場券を売買するダフ屋の姿があった。収集家に人気があり、開会式の入場券は5千元(約8万円)の値をつけるものもあるという。農民の平均年収を超える額だ。

 人口の過半数を占める農民にとって、五輪は遠い存在だった。「鳥の巣」建設現場で働いた河北省の出稼ぎ労働者(33)に感想を聞こうとしたが、隣人宅の電話口に出た彼は「テレビがないから試合を見ていない」と答えた。

 北京の市民生活は犠牲にされた。街頭には「外国の友人に道を譲り、外出を控えよう」と標語が掲げられた。北京っ子は「避運」という造語を流行させた。「奥運(五輪)から避難する」の意味だ。市内3カ所で「公認」されたはずのデモは、一件も許可されなかった。

 北京に隣接する河北省では集中豪雨で農作物が被害を受けた。周辺に雨を降らせて北京を晴天にするため薬剤入りロケット弾を打ち込んだ「人工消雨」の影響と指摘されている。

 今年は中国が改革開放路線に転じて30周年。貧富の格差や共産党・政府幹部の汚職、深刻な環境汚染被害などは、その負の遺産だ。胡主席は24日、各国要人を集めた昼食会で「北京五輪の成功は中国と各国の人々の努力の結果」と誇ったが、東京やソウルと同様、五輪開催とともに国際社会の成熟した一員として認知されるには、残された課題があまりに多い。

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