2006年 01月

人妻けいちゃん [2006-01-27 04:29 by shigeshogi]
献血ルームのなみちゃん [2006-01-26 04:44 by shigeshogi]
ゆかりとの破局 [2006-01-22 04:28 by shigeshogi]
トップシークレットバトン [2006-01-21 05:12 by shigeshogi]
今回はちと怒っています! [2006-01-19 23:47 by shigeshogi]
仕事をやめた [2006-01-17 18:03 by shigeshogi]
ゆかりとの結婚 [2006-01-14 06:05 by shigeshogi]
ゆかりとの話 第3話 [2006-01-12 01:16 by shigeshogi]
ジェンカの欠点 [2006-01-11 22:03 by shigeshogi]
大阪のかなちゃんをたずねて [2006-01-10 00:54 by shigeshogi]
「電車男」に異議あり! [2006-01-09 22:53 by shigeshogi]
ゆかりとの話 [2006-01-05 02:07 by shigeshogi]
初夢2回 [2006-01-02 11:47 by shigeshogi]
11年間メールで探し続けました [2006-01-01 00:09 by shigeshogi]

人妻けいちゃん

今回は人妻のけいちゃんのお話。
けいちゃんは人妻ではあったけど、まだ23歳の若さだった。
旦那さんとは高校の同級生ですぐ結婚。
すでに3歳ぐらいのこどもまでいた。

このけいちゃんは携帯のメールを中心に知り合った
初めての女の子だった。
携帯PC共通の出会いの掲示板に掲示を出したら
メールをくれたのだった。
自分はそれまでPCメールがほとんどだったので
とっても新鮮だった。
PCと違って短いメールで(といっても512字ぎりぎりのときもあった)
少しづつ互いのことを知っていった。

この子のメールはほんとによかった。
1日に1、2通くらいの程よいペースなのだけど
それぐらいだとあまり負担にならないし
しかもたいてい朝から昼ぐらいのあいだに
メールをくれていつも明るく元気な感じなので
1日がとっても気分がよくはじめられた。
彼女が夕方とか夜にメールをくれるときが
たまーにあって、それは時間があってさびしいときとかで
そういうときはけっこう4,5往復くらいメールするので
そこでデートの約束をするとOKしてくれるということが
多かったように思う。

けっこう付き合いが長くて1年近く続いたと思う。
ただ立川と自分のところからはちょっと距離が遠く、
またこどもだんながいるのでなかなか会えなかった。
でも会うときはいつもがんばって時間を作ってくれた
って感じがするから、気分良かった。
深夜のドライブでいろいろなところに行った。

彼女は若くきれいでぼくをいつもドキドキさせてくれた。
ちょっとヤンキー入った子だったのだけど、
好きな顔立ちで親しみやすいけど下品ではなかった。

スイーツを食べるとき半分づっこに取り分けてくれたり
カラオケでデュエットしてくれたり
ドンキホーテで誕生日に時計をかってくれたり
やさしいところを見せてくれた。
逆に誕生日のおねだりでもけっして高いものは言わないし
これくらいなら、いいかなあみたいなものを選んでくれるので
いい子だなあと思った。

ただ彼女はあくまで友達というスタンスだったので
それ以上のつきあいはさせてくれなかった
自分は何度も誘ったけどいつもはぐらかされてしまった。
でも遊ぶだけでも楽しい子だったので
それでもいいかって感じだった。

1年近くつきあったある日
デートはいつもこっちから誘うことが多かったのだけど
一度だけ向こうから誘われたことがあった。
珍しいこともあるものだなあと思って行くと
カラオケのあとで、借金の申し込みをされた。
10万円という微妙な金額だった。
ただの友達に貸すにはちょっと難しい金額。

自分は断った。
でも彼女はかなり食い下がって1時間ほど車の中で話をした。
本当に困っているのよ、と言った。
彼女はそのとき、キスをしてきた。
そしてぼくを抱きしめてくれた。
色仕掛けって、言葉がうかんだ。

「お金は上げるから、ぼくの恋人になって。
君を一度でも抱いてみたい」って言った。
それは偽らざる本心だった。
かわいいけいちゃんを一度くらい抱いてみたかった。

でも彼女はそれはできないと言った。
彼女はまたぼくを抱きしめてくれて
「あたしは人妻だからこれで満足して」といった。
「借金は毎月1万円づつ返すから、
そうしたらそのたびに会えるでしょ?」って彼女は言った。
「また抱きしめてあげる」とも言われた。
結局ぼくはお金を貸した。借用書も何もなしで。


その後けいちゃんが水商売の仕事を始めたことを聞いた。
まあ、おさわりなしのわりと健全な部類の
大きいクラブのような店だと言う。
でも、いつも朝に来ていたメールはこなくなってしまった。
途絶えたわけではないけど、頻度が減った。

借金の返済も最初の1回目はあったがそれから時間が空いた。
自分はお金は返さなくても、
会ってくれたほうがうれしかったのだけど
たぶん彼女はお金が返せないので会いにくかったのだろう。

ところがあるとき、仕事が終わったころ突然電話をくれた。
「うちの店に遊びに来てくれない?そうしたら会えるじゃない?」って。
自分は悲しかった。
今まで自分のほうから電話くれたことなんて1回もなかったのに
商売として、仕事としてならかけてくるんだな、って。
借金の返済についても一言もなかった。

さびしかった。
悲しかった。
制服を着て工務店で事務をしていた、朝、元気の出るメールをくれる
大好きなけいちゃんではなくなってしまったと思った。

自分はけいちゃんにお別れを言いに行った。
無一文で、電車のカード1枚だけをもって1時間電車にゆられて
立川にある彼女のお店に行って、彼女を指名した。
彼女はぼくの隣に座ってお酒を作ってくれた。

自分は精算はあとだと思っていたのだが前金制のお店だったので
黒服の男性のスタッフに先にお金を請求された。
自分は「お金はない。」と答えた。

「自分はけいちゃんにお別れの挨拶をしにきた」
「とっても好きになって、会える日をいつも楽しみにして待っていた」
「お金を貸したのだってそうすればこれからも会えるって言ったからなのに」
「じぶんはけいちゃんのお客さんでしかないの?」


続けざまに言った。
周りのお客さんが振り返った。

けいちゃんは「今日はとりあえず帰って」といった。

黒服が集まってきた。

ぼくはなおもいった「ぼくを利用するだけなの?」

けいちゃん「わかったから、必ず明日ちゃんと話をするから、
お金もすぐにちゃんと返すから」


ぼく「本当に好きだったんだよ?」

けいちゃん「ごめんなさい、許して」
けいちゃんはテーブルに手をついて頭を下げて謝った。

ぼく「わかった、今日は帰るから。」

黒服が二人ぐらいついてきて、出口まで見送った。
「お騒がせしましたね」といって帰った。

その翌日、たしかにけいちゃんからメールがあった。
お金を返したいから会おうと言った。

1週間くらい後に待ち合わせて会った。
彼女は郵便貯金の封筒に入れたお金を渡してくれた。
そしてお金を受け取ったぼくの手をぎゅっと握り締めてくれた。
「今までありがとう。許してね。さようなら」けいちゃんは言った。
ぼくはお別れを受け入れることしかできなかった。


あとでいろいろ考えた。
ひょっとするとけいちゃんが生活大変な状態でがんばっていて
困ってわらをもすがる気持ちで借金を申し込んだのに
自分はそれをたてに体の関係を迫った男なのだろうか?
彼女が生活のためにやむなく水商売をはじめたのに
それも考えず自分が会いたい気持ちばかりだった
心のせまい人間だったのだろうか?
それとも仕方のないことだったのだろうか?

そのあたりは今でもよくわからないけど、
つい言ってしまったけど、けいちゃんは決して
自分を利用しようとしただけじゃなかったんだろうとは思う。
結果的にそうなってしまったのかも、とは思う。
悪い子じゃなかった、って信じたい。

別れたあとも心残りで、辛いことがあると今でもついつい
電話やメールをしてしまうことがある。
でも決してつながることも、返事が帰ってくることもない。

けいちゃんは自分が今までつきあったことのないタイプだけど
根はまじめで、がんばって生きている、やさしい女の子だった。
今でも大好きだ。

けいちゃんが幸せになっていてほしい。

# by shigeshogi | 2006-01-27 04:29 | 出会い | Trackback | Comments(0)

献血ルームのなみちゃん

すこし重いテーマが続いたので、数回は軽めの話を。
大きな出会いの合間の、小さな出会いを紹介してみようと思う。

今回のヒロインは献血ルームに勤めていた
看護婦(今なら看護師か)のなみちゃんのこと。
なみちゃんとであったのはゆかりと出会うもっと前で
まきちゃん(12月18日ブログ参照)や
裕美さん(12月20日ブログ参照)などと
おつきあいした前後のことである。

なみちゃんとはネットを通した出会いではなかった。
自分は一時期献血を趣味にいていたような時期があり、
1ヶ月に1回づつできる成分献血というのを
毎月のようにやっていた時期があった。
これは別に善意とかどうとかじゃなくて、ホント、単なる趣味だ。
(まあきっかけとしてはゆみ7月13日ブログ参照が
血小板減少性紫斑病という病気で献血された血から作る
血液製剤を毎日飲んでいるという話を聞いたということがあったが)

成分献血は1時間ほど時間がかかるのでそのあいだ
テレビをみたり看護婦さんと話したり
お茶やジュースなどを飲んでのんびりすることができる。
幸い、体は人一倍丈夫なので、断られることも
気分が悪くなることもまったくなかった。

ちなみに献血のカウントは今でこそどの献血をしても
1回1カウントだが、ある時期までは成分献血をすると
3カウントに数えられていたのだ。
おかげで自分は献血130カウントぐらいは行ってると思う。
(実質は100回前後だと思うが・・・)

なみちゃんは何回か通った千葉の船橋というところの
献血ルームに勤めていたのだった。
ルームには暇なときがあって、
そうすると成分献血の人には看護婦さんが
つきっきりみたいな状態になるときがある。
彼女とはそんなときにいろいろ話をしたのだった。
んで、日赤(日本赤十字)の裏話をいろいろ聞いたり
変なドナー(献血する人)の話を聞いたりして
すこし打ち解けたと思ったので「電話番号交換しようか?」
と聞いたら、何も言わず離れていったので
「やばい、怒ったかな?」とと思ったら
献血ルームの薬の説明書の紙に彼女は電話番号を書いて
まわりを気にしながらそれをそっと手渡したのである。

そして電話で話して献血ルームのある駅のあたりで
(船橋駅にはさざんかさっちゃんという怪しい像があって
その前が待ち合わせ場所だった)
待ち合わせて一緒に食事だとかをするようになった。
話してみると彼女は年上だった。
自分が27くらいだったのに、彼女は30だった。
だから彼女のしゃべり方はいつもお姉さん口調だったし
自分のペースでしか決して会ってくれなかったけど
そのかわりにいつも食事はおごってくれた。

食事したあとは彼女のうちのある、
千葉の幕張のほうまでドライブだった。
当時ぼくが乗っていた車(沖縄で買ったミニカトッポ。
この車に荷物を積めるだけつんでフェリーでそのまま送ったのである)
のナンバーが「7353」で「なみこさん」と読めるよ。
という話をしたらとても喜んでくれたのを覚えている。

そんな彼女だったけど、気難しいところがいろいろあった。
以前精神病院で看護婦をやったときに嫌な思い出とか
お姉さんが結婚のことで男性にひどい裏切りを受けて
男性不信だということとか
(本当は彼女自身が裏切られたのかもしれないとも思う)
今の献血ルームの仕事に嫌気がさしていて
青年海外協力隊に入って外国で看護活動をしてみたいとか。

彼女とはカラオケボックスでちょっと肩をだきあったり
ソフトに体をさわりあうくらいのことしか結局なかった。
彼女のうちまで送っていったときに
ねえ、上がってもいい?ときいたら
あなたのこと段々に好きになるからあせらないで、
といわれてしまい、その後は電話にも出ないことが多くなり
自然に消滅してしまった。

その後何回か献血ルームにはいったのだけど
彼女の姿を見ることはなく、
あるとき思い切って彼女の仲間の看護婦さんに聞いてみたら
やめたのだと聞かされた。
自分はそれを機に8年くらいやっていた献血をやめてしまった。

今はアフリカで貧しい人の看護でもしているのだろうか。
容姿がけっこう好みのタイプだったので
ピンクのナース服をみるたびに彼女のことを思い出してしまう。

今回は色っぽい話はぜんぜんなしでしたね(笑)

# by shigeshogi | 2006-01-26 04:44 | 出会い | Trackback | Comments(0)

ゆかりとの破局

ゆかりとの話の5話目。
(第4話は1月14日、第3話は1月12日、
 第2話1月5日、第1話は12月28日)

前回はゆかりが妊娠したところまで話した。
実家で産むことになり、ゆかりは1年間の産休を取り鹿児島の実家に帰った。
自分は東京に残り一緒に住むための部屋を探したり
同居の準備をしたりしていた。

いよいよ生まれるというときには、
自分も鹿児島に行き、出産に間に合ったのだが
帝王切開になったので生まれる瞬間を見届けることはできなかった。

こどもは健康だったが、
切ったのでゆかりのほうは入院が長引くということで
自分は1週間産婦人科の病室に泊まりこみ
退院の日まで鹿児島で過ごした。
そして、数ヶ月たってこどもが飛行機で動けるようになってから
東京に連れて帰り同居がはじまった。
鹿児島の実家を離れるときにゆかりが涙ぐんだのをよく覚えている。

同居を始めてしばらくして、
自分はそれまでバイトで夜勤中心だった仕事を
正社員として昼間のフルタイムでやることになった。
またゆかりも1年間の産休が終わると仕事に復帰した。
自分の仕事は朝の6時から夕方までだったし
ゆかりの仕事は9時からで、夜の9時くらいにならないと帰らないので
家庭内別居のような状態になってしまった。

正直一緒に住む意味があまり感じられない生活だった。
こどもと遊ぶのは好きで、よく遊んだり風呂に入れたりしたが
ゆかりも忙しいし、どうしてもこども中心の毎日になるので
あまりこちらにかまう余裕もなくて溝は深まるばかりだった。
もう抱き合う気持ちにもなれなくなった。
結婚前はあれだけ抱き合ったのに、
結婚してからはたったの3回。

ゆかりの悪いところばかりが目に付いて
最初はいらいらしていたが、
やがてひとりで部屋にこもることも多くなった。
自分は本当に好きな人に出会わないまま一生
ゆかりやこどもに縛られて人生を送らないといけないのかなと思うと、
憂鬱な気持ちでいっぱいだった。

なんとか状況を立て直そうとがんばって二人の休みを合わせて
旅行に出ようとしたときに、祖父がなくなって中止になったり
不運なできごとも続いた。

それから何回かの衝突はあったが、
二人が最終的に別れたのは同居してちょうど1年が過ぎたときだった。
時は偶然だが、ふたりが初めて出会った日。おおみそか。

自分の仕事は暮れが忙しく、
おおみそかの夜8時過ぎまでは仕事なのだが
それで自分が仕事を終えて帰ったら、
これからこどもを連れておおみそかの
カウントダウンにでかけるといったのでぶちきれた。
けんかになって、手も出してしまった。
ゆかりは出て行った。
初めてであったときからはちょうど5年が過ぎていた。

それから裁判所などで2回その顔を見ただけで顔も見ていない。
こどもにももう3年近くあっていない。
裁判所の調停を通じて離婚は成立したが
慰謝料などの裁判は今も続いている。


ゆかりとのおつきあいで得た教訓は
やはりおつきあいをして、そして結婚までするのだったら
絶対に好きな人とでなくてはならないということだ。
世界一愛してると誰に対しても胸を張って言えるほど
好きな人と結婚しなくては、長く厳しい結婚生活は
まず乗り越えていけないのではないだろうか?

ゆかりは自分が高校生のとき初恋に敗れて以来思っていた
「自分はもてないから、自分でもいいと思ってくれ
愛してくれる女の子と結ばれよう」と思った考え方をかえた。
それほど好きじゃないのに、やさしくしてくれるからと
安易におつきあいするのではなくて
自分が心から愛せるすばらしい女性に出会いたいと思った。


その後自分は半年ほど一人ぼっちの部屋に住み続けたが
やがて、今の住居に引越し新しい出会いを見つけるべく
ネットの世界に舞い戻ってくることになる。

ゆかりとの話は一応今回で一段落。
次回からは新しい話へ入っていきたいと思う。

# by shigeshogi | 2006-01-22 04:28 | 出会い | Trackback | Comments(0)

トップシークレットバトン

このブログは知り合いの誰一人にも言ってなく
存在を知っているのは、
今読んでらっしゃる皆さんだけかと思っていたら
ジェンカのほうで調べて発見した方がいらしたようで
発見されたこっちもびっくりしました(笑)
写真が一緒のやつがあって、バレたみたいです。

やはり「ジェンカ」ってキーワードでひっかかったのだろうか?
もしまだ見ていたらコメントつけてくださいよー。


さて、本題に入ろう。
今時女の子のセキララブログはけっこうたくさんあって
女の子がエグいことエロいことなんでも告白しちゃったりしてます。
たいていの男はそういうのはそれほど抵抗感なくて
すんなり受け入れられるのだけど
男のセキララは男同士でもあまり話すことはないし
それを見る女性の目は決して寛容とはいえないように思う。

セキララといえばジェンカのほうに
「シークレットバトン」なるものがある。
バトンというのは、まあ「○○への10の質問」みたいもので
それを友達から友達へと受け渡していくのでそう呼ばれている。
「シークレットバトン」とはその中でもかなりエロい系のバトンで
女の子にHな話を告白させるために誰かが考えたものだ。

自分は今までこのバトンに答えた女性を5人くらいみてるけど
みんなすごいすごい・・・感心するやらあきれるやら。
経験人数なんて、最高27人。最低でも11人と書いてあった。
まあ、こんな質問に答える女性なんで、
比較的そっち方面に興味があって開放的な方が多いのは
わかるけど、それにしても多いねえ・・・

まあ、女性の場合、自分がしたいと思えば簡単にできるので
(たいていの男性は誘われれば断らないだろうから・・・)
やってる人はやってるんでしょうねえ。
男で素人相手に27人こなせるとしたら、
かなりのイケメン限定と思います。
まあ、女の人はセックスのリスクも圧倒的に大きいので
やっぱり大変は大変ですねえ。


自分も勝手にシークレットバトン答えてみよう。
ジェンカのほうで聞かれても答えられないですが(笑)

質問はたぶんなので、微妙に違うかも。

1.初体験はいつですか?
    遅かったです。22歳だもの。
    やっぱ、中学高校男子校なのはきつかった。

2.アナルの経験は?
    それは経験なし。アブノーマルはしたことない。

3.初体験の感想は?
    方向感覚が狂って自分がぐるぐる回ってる気がした。

4.経験人数は?
    素人限定16人
    自分は風俗行ったことないのでもしかすると少ないほうなのかも。
    このうち1回だけした人が5人くらい。
    相手が初体験だったのはたぶん3人。
    16人のうちネットで知り合った人が10人。

5.精液を飲んだことあるか?
    あるワケねーだろ!
    相手に飲ませたこともないです。

6.(ちがうかもしれないけど)相手に乗ったことはありますか?)
    ある。男はふつーのる!乗られたこともある。

7.不明 わかってたんだけど、書いてくれた人がみつからない・・・

8.あなたの性器の色、形などおしえてください
    あまり比べたことがないが、たぶん平均よりはけっこうでかい。
    色はあんまり黒くない。長さは普通だけど太いほうだと思う。

9.いかせたいほうですか、いかされたいほうですか?
    イカせたいですねえ。男としてはやっぱり。
    でも間違いなく相手がいってる、って思えたのはそんなに多くはないなあ。
    激しく反応しなくてもいってる子はいるし、
    激しくリアクションでもいってなかったり
    女の子の個性によるような気がする。。。
    ちなみに女の子痙攣したときに
    自分がぶるぶる震えてるのに「しげ君震えてる?」って聞かれて
    「いや、震えてるのは、はるみだから」って答えたことありました。
    沖縄のはるみちゃん(12月23日登場)

10.あなたの感じる場所は?
    やっぱ先のほう亀頭、になるのかなあ?
    でも、あまり自分は快感って感じなくて
    口や手でされたりとかもそんなに好きじゃない。
    相手が反応したりとか
    相手に入っていったときの征服感っていうか
    そういうのが好きなのかも?と思ったりする。
    

さて、今回もまた雑談になってしまった。
今度の更新こそ、本題のゆかりの話を進めるぞ・・・
あっちは正直気が重いんだよね。
今も完全に終わっていないし・・・
早く終わらせてその先の話を書きたいです。

# by shigeshogi | 2006-01-21 05:12 | 近況 | Trackback | Comments(0)

今回はちと怒っています!

今回も日常の雑感を中心に書いていく。

最近仕事をやめたこともあって時間は少し余裕がでたわりには
ブログ更新のペースがあがっていないかもしれない。
暇になったぶんの時間の多くは将棋に費やしてしまっている気がする。

それにしても、最近読者の方が増えているようで、
何も更新していなくてもある程度の方が見てくれているようで
ありがたいやら、不思議やら。
こんな写真もない、地味でひとりよがりな
ヘボい文章ばかりが載っているブログなんだがなあ。


今日は昼に起きて、将棋の勉強を少ししたあと
DVDで「タイタニック」を見た。
自分の大好きなくみはこの映画のヒロイン、
ローズとちょっと似た感じの女の子で、
お嬢さんなのにお高くとまってなくて親しみやすい人だ。
ホテルのディナーを楽しむこともできるのに、
ファミレスやマクドナルドを一緒に行くこともできる。
哲学や音楽理論の話をしたあとにお笑い芸人の話ができる女の子だ。
下町の浮浪者と、歴史と伝統のある美術館や芸大が同居している
上野に住んでいたのがまさにぴったりに思える、そんな女の子だった。
公美はローズと一緒で情熱的でやさしくて、しかしいつも悩んでいる。
クラシカルなドレスなどを着て演奏会やらでることも多かったから
服装なんかの感じもダブルのだ。

この「タイタニック」の映画は名作で、くみのこともあって何度見ても感動してしまう。
水死&凍死しても構わないからあんな恋をしてみたいものだ。

あの二人、タイタニックに積まれていた車の中でHしてるのだが
1度でも二人が結ばれることができて心からよかったと思える。
しかし船の中で、倉庫の中で、しかもカーセックス??
ローズはのちに結婚してこどもも二人生んだそうで
女というのは本当にたくましいなと思ったりもする。

さて、夕方から映画館に出向いて「男たちの大和」という映画を見た。
タイタニックからの巨艦沈没つながりだが、しかしこちらは最低映画。
船が沈めばいいってもんじゃないよ!(笑)
タイタニックと比べるとまさに月とすっぽん。
今まで見てきた数百の映画の中でも5本の指には入る駄作だったと思う。
わざとらしい、くさい演出連発で、途中で帰ろうかと思うほどだ。
金がないのもわかるけど、安っぽいのもほどほどにしてほしい。


さてジェンカで知り合った女の子に会いに今度は新潟に行くことになった。
正直それほど積極的な気持ちでもないのだが
まあ時間に余裕はできたし、一期一会を楽しめたらと思う。

それとチャットでおもしろい人と知り合った。
26歳の元モデルさんで本名も教えてくれた。
2回話したのだけど、将棋の話とかいろいろして
今度県代表になったら会って、Hしてくれるそうだ。
まあ女の約束なんで必ずしもあてにはならないが、
だとしてもちょっと粋な女だと思わない?
そういうの、夢があるなーーって思う。
自分も年齢的に県代表もここ数年なってなく
厳しいところもあるが、少しがんばってみよう。

ジェンカのチャットも来る人は決まっているので
最近はあまり新規の出会いがなくなった。
やっぱりどんなサイトでも最初からしばらくが旬で
それが過ぎると資源枯渇になって、出会いも少なくなってくる。
ジェンカもあと、1ヶ月くらいかもしれないなあ。
またエキサイトでも戻ろうか・・・

ところでエキサイト恋愛結婚の「体験談」(リンク先)って
みなさんは読んだことあるだろうか?
これを読んで腹が立たなかったら男じゃないぞ!

どうせたいしたことのないだろう女どもが生意気に
「男性の方はこんなふうにしたらいいですよ」とか
「○○だから、ふってやりました」とか抜かしてるぞ。
なんで、偉そうに男はこうこうすべきだなんて言うかね。

「別れのメールちゃんとほしかったです」とは何だ?
女なんて別れのメールちゃんとくれるのは半分もいねえぞ。
てめえは全部書いてるのか?
別れっていうのはふられる側は死ぬほど苦しいが
振る側はたいていなんとも思ってない。
お前が返事をかかなかった男のメールだって
男のほうはどれぐらい期待込めて書いてるかわかんないんだぞ!

「仕事も大切だけど、たいていの女性は自分も一番に思ってほしい」だと?
そういうてめえは相手を一番に思ってるのか?
相手のために働いてメシ食わしてくれんのか?
おれと同じくらいメールを書いてくれた女はひとりもいなかった。
おれと同じくらい相手に会う時間を作ってくれた女はひとりもいなかったぞ。

「自分の恋愛力のなさにがっかりしました」だと?
いいか!出会いは男のほうが何倍も苦労してんだ!!
お前ら楽な立場でああだこうだ能書きてれてんじゃねえよ。
出会いがないなんて弱音はおれみたいに
何万通もメールを書いてから言ってみろ。
何百人にあってから、いい男はいないとほざいてみろ。

男の相手がいない、は本当に誰もいない場合が多いが
女の相手がいない、は本当はいるのにぜいたく言ってるのがほとんどだ。
女の恋愛偏差値50は男の60くらいの価値はある。
どんな女でもネットにくればもてもてのはず。
だからっていい気になるなや!
女性蔑視だとかで、どこでも削除されがちなこういう意見だが、これは真実だ!
だから、ここで声を大にして言ってやる!

(なんつってたら、ブログごと削除されたりして・・・笑
 しかし原稿は全部残してるから大丈夫。
 共感されたかたはコメントをつけてみよう!)

さて、明日は最近書いている元妻ゆかりとの慰謝料裁判だ。
くだらない映画と体験談を見てしまったせいでテンションあがった。
さすがはエキサイトさんだよ。
調子にのって、余計なことを言わないようにしないと。

裁判に先立って先日弁護士に会ってきたのだが
モーニング娘の辻ちゃんと間違える名前の弁護士だが
年齢こそ40代だが知的美人タイプでおもしろかった。
今まで、自分は仕事や個人的なことで何人かの弁護士と話したが
はじめて話のわかる弁護士だと思った。
実戦的な裁判での戦い方や、勝算、
負けたときの資産隠しの仕方など具体的にアドバイスを受けおもしろかった。
今まで依頼者の実際の利益について考えてくれる弁護士には
あまり会わなかったのでこの人なら大金払って雇ってみたいとも思えた。
相談料も安かった。
もし私が人を殺して捕まったときには、この人に弁護してもらえたらいいな。


勢いでここで書いてきたが、いい加減長くなってきました。
今回はこのへんで。

# by shigeshogi | 2006-01-19 23:47 | 近況 | Trackback | Comments(0)

仕事をやめた

前にも少し書いたがこのところ、
ずっと仕事をやめたいと思っていた。
精神的な疲れがひどくて
いくら休んでも朝から疲れている感じがしていた。
貯金はだいぶたまって、数年は生活には困らないし
このまま仕事を続けていても公美とやり直せるわけでなし
がんばっていても仕方ないという気持ちになっていた。

先週の火曜日社長に今月いっぱいで辞めさせてくださいと
言おうと思ったが、
言えばああでもないこうでもないと説教されるだけだし、
将来がどうのこうのっていくら説教されても
今、苦しくて生きているのが辛いのに
遠い未来の話をされても仕方ない。
まず、素敵な人にめぐり合って
その人との未来予想図を描けるようになってから努力したいよ。


結局、先週の水曜日で仕事をやめた。
やめた日の朝は、せっかく7時に起きたのだが
どうしても布団から起き上がろうという気持ちになれなかった。

5分、10分と過ぎ「まだ間に合う」、
「今起きればまだ大丈夫だ」と思いはしたが、
会社にたまっている仕事のことや、
気の合わない社長や上司のこと、
がんばって仕事を続けても将来がないことなど、
だんだん仕方がないという気持ちにとらわれていった。

15分、20分とたち、
今、仮に起きて猛ダッシュで会社に行っても
遅いと嫌味を言われるだけ・・・
もういいやということになった。
こうして、バイト時代からあわせて5年ほど
勤めた会社をやめてしまった。

それから携帯を切って、また寝た。
こんこんと眠り続け、起きたらもう夕方だった。
会社とかから携帯に着信記録がいくつも残っていた。


それから、まだ一週間たたないが、少し気持ちが楽だ。
前は4,5時間くらいしか寝てなかったのが
今は目が覚めるまで寝てられるし
なんていうか、投げやりな楽さというかそんな感じ。
どうせ何一つ願いはかなわないし、
それなら好きなことしてだらだらすごそう。
どうにもならなくなったら、そのときまた考えればいい。
そんな風に開き直って毎日をすごしている。

将棋道場に行ってみたり、
しばらく休むことが多かった研究会に顔を出してみたり
ネット将棋をやってみたり
見る時間のなかったDVDや録画した番組を見たり
今のところ、暇だと思うことはない。
あっという間にすっかり夜型生活になった。
今日もこれから映画を見に行こうか
それともマンガ喫茶に行こうかと思っている。


仕事をなんとかがんばって続けて
一生懸命働いて疲れて帰ったら、大好きな女の子が待っていてくれて
一緒に幸せな時間をすごせたらどんなにいいだろうなってずっと思ってきた。
そのためにずっと粘ってきたけれども、ついに願いはかなわなかった。

もう人生で進むべきところはどこにもなくて
最後のときを楽しみながら待とうと思っている。

# by shigeshogi | 2006-01-17 18:03 | 近況 | Trackback | Comments(0)

ゆかりとの結婚

ゆかりとの話の4話目。
(第3話は1月12日、第2話1月5日、第1話は12月28日)

前回はゆかりとのつきあいはじめてからの
比較的良い時期のことを書いていった。
そしてふたりが付き合い始めて1年10ヶ月くらいたったころ
大きな事件が起きたことについて今回は書いていく。

2001年の秋にとある将棋の大会が地方であったとき
ゆかりと一緒にお泊まりをして、例によって抱き合った。
いつもは膣外射精していて、それで妊娠したことはなかったのだけど
その日はたまたまゆかりが「今日はちょっとまずかったかも」
というようなことを言ったのでちょっと気になったことがあった。

その後2001年10月ごろゆかりが急に「旅行に行きたい」と言い出した。
ゆかりのほうから言い出すのは珍しかったのでちょっと変な感じはしたが、
結局箱根の温泉にドライブ旅行に行くことになった。
旅行の最中、いつもは元気なゆかりがどことなく元気がない。
食事もあまり食べないし、一緒にいてもなんとなくだるそうにしている。
「どうしたの?体の具合が悪いの?」と聞いても
「そうでもないんだけど」という感じで、はっきりしない。
ともあれ、旅行は彫刻の森や、星の王子様ミュージアムなど
すてきなところを観光したりして、それなりに楽しく過ぎた。

その数日後、ゆかりからメールで「妊娠した」という連絡を受けた。
妊娠は箱根のときにもすでにわかっていたけど、
最後の記念のつもりで旅行に連れて行ってもらったと言った。
メールを受信したのは既に深夜だったが、
あわてて車を飛ばしてゆかりのところまで行った。

今の経済状態や生活状態ではとても産めないので
中絶するしかないというのが当初のゆかりの考えだった。
自分もそうかもしれない、とも思ったが
やはり生まれようとしているこどもを殺してしまうのは忍びないと思って
中絶にすぐに同意することはできなかった。
家族と相談してみると言ってその場を逃れ
ぐずぐずしているうちに徐々にお腹が大きくなり
中絶するなら決断しないといけないときが来てしまった。
自分はゆかりに呼び出され「仕方ないことなのよ」といわれ
すでにゆかりのサインがなされた同意書にサインをした。
つらい気持ちもあったけど、本当に辛かったのは
ゆかりやお腹の赤ちゃんのほうだっただろう。

しかし、いったんサインをしたものの、
ゆかりはすでに30歳になったところで
また体もとても丈夫というわけではないので
中絶してしまうと一生こどもが産めなくなる危険性があった。
また、生涯一度のチャンスという思いもあったようで
実家の両親ともいろいろ相談して、こちらには連絡しないで
自分ひとりでこどもを産んで育てる決意を固めた。

ゆかりがこどもを生むことを決めたことはしばらくして
こちらにも伝わってきたので、またあわてて尋ねていくと
ゆかりは「実家で自分ひとりで生み育てて、
あなたには迷惑かけないでやっていくから
あなたは自分の道を生きていって」と言った。
自分は20代のころ結婚願望をもってなくて
前々からそのことをゆかりに言っていたので
結婚してほしいとはいえなかったのだろう。

自分はどうしたらいいのかわからなくなってしまった。
結婚するという選択肢はありえたが、自信がなかった。
30歳を目前に控えていて結婚するというのも
普通といえば普通のことではあったのだが。
それでおそるおそる、ゆかりに聞いてみた。

「自分は結婚してもうちにはあまりお金は入れられないし
浮気もするかもしれない。
それに苦労することになるのは確実だがそれでも結婚するか?」


ゆかりは即答で「それでもいいから結婚したい」と答えた。

それからはお決まりのコースで自分の両親に引き合わせたり
先方のご両親にあいさつにいったりした。
結婚式はお金がないので、しなかった。

同居はこどもが生まれてからすることにして、
ゆかりは出産のために実家に帰ることになった。
それまでに一緒に場所を探したり、家財道具をそろえたり
そんなことをしながらこどもが生まれる日を待つことになった。

自分は結婚することを決めたものの、
結婚生活、子育て、生活費のこととか不安だらけで
気持ちは落ち着かなかった。
心から愛せるものすごく好きな人との結婚ではなかったので
がんばっていこうという強い決意がもてないでいた。

でもそんな人間と結婚することになってしまったゆかりは
もっともっと不安だったろう。

ゆかりはこどもの出産準備のために鹿児島の実家に帰っていった。

# by shigeshogi | 2006-01-14 06:05 | 出会い | Trackback | Comments(0)

ゆかりとの話 第3話

ゆかりとの話の3話目。(前回は1月5日 第1話は12月28日)
前回はゆかりとお付き合いを始めるところまで書いた。

付き合い始めてからは、夜の10時くらいからよく電話をかけたものだ。
最初に携帯にかけて、彼女がでたら、通話料の安い家電に掛けなおす。
特定番号の割引で半額ぐらいになるのだ。
コードレスホンの電池が切れるくらいまでしゃべることもしょっちゅうだった。
たいした話をしていたとも思えないが、いつも聞いてくれた。

つきあいはじめてからはずいぶんゆかりに助けられた自分だった。
将棋の大会などで負けて辛い気持ちのとき
ゆかりはいつも電話にでてくれたし、
時間さえ許せば急にでもいつもあってくれた。
自分の仕事も忙しかったはずだけど、
そんなことを感じさせないくらいぼくに時間を使ってくれていた。

一緒に食事をするときはしばしばごちそうしてもらっていた。
当時の自分が自分が彼女にしてあげられることはあまりなくて
せいぜい一緒にお出かけしたときは、
いつも帰りに送ってあげることぐらいだった。

付き合い始めて3ヶ月くらいしたとき、
横浜の中華街に行ったあと、横浜のすてきなシティホテルで初めて抱き合った。
ゆかりは処女だったと言ったし、それはたぶん本当だと思うけど
普通にして普通に結ばれたので処女とはわからないくらいだった。

それからは抱き合うことも多くなった。
ホテルに泊まるときもあったし、
ゆかりと同居している弟がいないときには彼女の部屋に行ったり
さらには車の中でとか、あちこちで彼女を求めた。

ゆかりは土日が休みなので、土曜日に会って彼女のうちに泊まり
朝、ごはんを食べてから出かけることが多かった。
ゆかりはかわいらしいものが大好きな人だったので
部屋にはかわいいぬいぐるみとかでいっぱいだった。
エアコンもなかったのに夏も窓を開けると
なぜか涼しい風が吹き抜けていくようなそんな感じのする部屋だった。

いつもおとなし目だが淡くてかわいらしい色の服をきていた。
ディズニーやキャラクターものなども大好きで
また音楽は槇原敬之が好きだった。
ちょっとベタなくらいのやさしい歌詞がお気に入りで
ファンクラブなどにも入って熱心に聴いていた。

悪くいえば田舎ものという風になってしまうが
純朴な気持ちそのまま、
まっすぐな気持ちそのままで生きてきたような人だった。
外柔内剛、という言葉を使ってもいい人だと思う。


楽しい時期は1年以上続いたと思う。
6月に2年連続で北海道に行き、ドライブ旅行を楽しんだ。
広い北海道を冒険するのは最高に楽しかった。

でもそのあいだには、ケンカをしたりいろいろなことがあった。
一緒にお泊まりした朝に、ゆかりがお財布を落としてしまって
何万円かなくしてしまい思わず怒ってしまったり、
沖縄にこどもがいるという話をして泣かせてしまったり
今思えば申し訳ない気持ちでいっぱいになることもある。
どうしてもっとやさしく、大切にしてあげられなかったのだろう。

現在の自分のこういう苦しみは
きっとゆかりのように自分を思ってくれた人を
大切にしてあげられなかった報いなのかなと思ったりもする。

くみとうまくいかなくなってしまったのも
与えられた愛情を当たり前のように思い
大切にすることもしないでむさぼり続けた罰かもしれない。



つきあいはじめて1年半くらいたったころには
だんだんゆかりとのつきあいに飽きてきている自分がいた。
ゆかりとは趣味や興味に共通のところが少なくて将棋がわからないこととか、
運転ができるのにしてくれないこととか残念だったりした。

セックスもマンネリ化して、会うときもやさしくできなくなっていた。
将棋の成績もあまりあがらなくなってきていらいらしている自分がいた。
自分が今の仕事を始めて(最初はアルバイトからだったが)
少し忙しくなったのも理由のひとつかもしれない。

知り合って1年8ヶ月くらいたった、
2001年の夏くらいに初めて「一度別れようか?」
というような話をしたと思う。
でも結局わかれなかった。
自分もゆかりとつきあっている間、多少メールを交換したり
そういうことはあったが、結局ほかの女性と会うことはなかっと思う。

そして1年10ヶ月目のあるとき、重大なことがあったのだけど
それから先はまた次回書こうかと思う。
今から4年と少し前まで時代はさかのぼってきた。

# by shigeshogi | 2006-01-12 01:16 | 出会い | Trackback | Comments(0)

ジェンカの欠点

ジェンカの欠点としてチャットで2人限定にできないところがある。
数日前ジェンカであったことだが
チャットで話していてけっこういい感じになったところで
いらない3人目が入ってきた。
男でなかったのはまだましだけど、
せっかくプライベートの話までいろいろしはじめていたのが
すっかり興ざめ。

で、2人で話したいからでていってもらえないか?と頼んだり、
元々いた女の子のほうに秘話機能で電話番号を送って
よかったら話そうと言ったが、結局逃げられてしまった。
向こうも秘話機能で女同士で話し始めたらしくて
うっとおしいことこの上ない。

あげく、あとから来たほうの女が後日ブログでこのことを書いていて。

ほかにも「ジェンカで不快な経験をしたとか」
「ジェンカにもあんな女あさりみたいな男がいる」
とか私のブログをみて「会いたいのが見え見えでみっともない」
とか言いたい放題。

よっぽど「不快だったのはこっちだよ」
と書き込んでやろうかと思ったが、泥沼化するとあほらしいのでやめた。
こっちのジェンカフレンドのところに中傷メールでも送られたら困るし
キチガイの相手するほどの元気はない。

こっちは本当に必死で、人生の希望をなんとか見出そうと
わらをもすがるつもりで出会いを探してるのだ。
一生懸命生きて、一生懸命戦っている。

中島みゆきのファイトという歌を思い出した。
「戦う君の歌を~♪ 戦わないやつらが笑うだろう ファイト♪」
人生の苦しみや悲しみを知っている人なら
決して人の一生懸命な努力をバカにしたりはしない。


今日、会社をズル休みした。
最近、あまりにもうまくいかないことが多くて憂鬱がひどかった。
朝、時間にちゃんと起きたのだけど、
どうしても起き上がる気持ちになれなくて
どうしよう、どうしようと思っているうちに
時間が刻一刻とたってしまった。
1月4日のときはそれでも会社に連絡を入れたが
今回は完全な無断欠勤。
まあクビは仕方ないのかなあという気もしている。

そのあとジェンカをのぞいたり、
録画されたテレビ番組を見たりしたが眠くなって寝る。
掃除も洗濯などもやりたい気持ちもなくはないけど
どうしても気力がわかなかった。

5時間くらい眠ってしまい、くみの夢を見た。
ものすごくリアルな夢でくみに「何で自分を捨てたの?」
と詰め寄ってつかみかかっていた。
カラーの夢で彼女の顔がはっきりわかるくらいリアルだった。

起きたらもう夕方で、食料を調達し、
相撲やニュースなど見た。
それからチャット待ちをしつつブログの更新をしている。


生きることになんの希望ももてない日々は、
今までも何度かあって今回が特別とは思わないけど、
何度なっても辛いものだ。
あと数日で、くみと出会ってからちょうど1年ということになる。
その日には何かアクションを起こしたいな。

# by shigeshogi | 2006-01-11 22:03 | 近況 | Trackback | Comments(0)

大阪のかなちゃんをたずねて

最近の話をまとめて書きたいと思う。

1月6日、7日と休みをとって大阪に遊びにいった。
昨年の暮れにジェンカで知り合ったかなちゃんという子に会いにいった。

かなちゃんはジェンカのチャットで知り合ったが
話し始めてちょっとして普通の話をしていたのに突然
「むけてる男の人にはどうしてあげたらいいんですか?」と質問。
かなり動揺したがまじめに答えてあげたのが気に入ったみたいで
その日のうちに電話番号を交換。名前やシャメも交換した。

22歳だが現在わけあって休職中。
文才があって彼女のブログはめちゃめちゃおもしろい。
もともとは90キロもあるおデブちゃんだったが
なんと30キロ以上のダイエットに成功、
今でもややぽちゃとはいえすっかり普通のうち。すごい成果だ。
しかも底抜けに明るくて元気なキャラでHトークも明るくあっけらかん。
話していてとっても楽しかった。
シャメもけっこう好みのタイプで胸をアピールしてた。

チャットで話した翌日今度は電話で話してもとってもいい感じで
これは久しぶりにいい子に出会ったなあと思った。
話も盛り上がって、
「むけてる男の子へのサービスの仕方を実践指導(笑)」の名目で
大阪に遊びに行こうか?と言ったら「ぜひ、きて」と。

でもありがちなパターンだがその日の夜に
「やっぱり好きな人がいるから、それはできない」とのメール。

でもまた2,3日して電話で話したら
「できないかもしれないけど、あったら気が変わるかも・・・」
なんて思わせぶりな発言(笑)
でも話していてとても楽しかったし、
ダメで元々だし、すごくいい娘かもしれないって思ったし
仮にダメでも大阪で遊べればいいかと思い行くことを決断。
おりしも飛行機のマイレージもたまっていて無料航空券が使える。
ホテルも2人でお泊まりできるようにちゃんとダブルのお部屋を予約。

こうして1月6日を迎え、大阪に行く。
行きは飛行機に乗り遅れて1便遅れたが、蛍池の駅でかなちゃんに会えた。
思ったより髪の毛が金色だったが(笑)いい感じだった。
明るくって話していて楽しかった。

そのままUSJに遊びに行くが、
かなちゃんが元気でのりのりなのでこっちも楽しかった。
超笑ったのがトイレに行くとき間違えて男性トイレに行って
「間違えたー」と大きな声を上げながら、飛び出てきたこと。
サザエさんかいお前は(笑)

閉園まで一緒にいて、そのあと食事をして、梅田に出た。
梅田でお茶をしたりして、部屋にきてほしいと誘ったが
やっぱり一緒にお泊まりはしたくないとのこと。

結局フラれた。
まあ、いいのさ、一日やさしくしてもらったのだから。
ダブルのベッドに一人で寝る。
翌日は会っても仕方ないと思い、握手をして別れた。



翌日は福島にある関西将棋会館を訪れた。
福島が最寄だが、野田阪神から歩く。
野田阪神はちばなおちゃん(12月10日のブログ参照)
と待ち合わせた思い出の場所で、
少し整備されてきれいになっていたがあたりの面影は変わらなかった。
道すがら、梅田のツインタワー(空中庭園)が見えたり
(ここも昔ネットで出会った女の子と遊んだりした)
折りしも大阪の街に粉雪が舞い散っていて、
懐かしい気持ちを感じながらの散策だった。

関西将棋会館では整理券を取らないために大会に参加できない
という不愉快な事態があったが(そんなルールはしらないし)
手合い戦で大阪の人たちと対戦した。
やむなく道場で一般の対戦に。

そうしたら「さんまのからくりテレビ」というテレビ番組で
「なにわの将棋少年」という企画があって
その将棋少年が関西将棋会館を訪れたときに対戦して
テレビで見たことのあった関西女流アマ将棋大会準優勝の
西山さんという女の子をはじめ
関西の研修会(プロ養成機関のさらに予備校みたいなもの)
の少年たちや関西のベテランの五段たちと対戦してみた。
東京でも何度か対戦したことある「鬼神崎」略して
「おにかん」(笑)のニックネームを持つ強豪もきたりしたが
まあ普通の日なので仕方ないところはあるだろうけど
自分より強い関西の有名強豪はいなかった。
ともあれ飛行機の時間ギリギリまでのぶつかり稽古!
いつもと違う相手との対戦は新鮮だった。

帰りは来た道の逆をたどり、環状線で梅田に出て
阪急に乗り換え、蛍池からモノレールで伊丹空港へ。
行きにはかなちゃんと歩いた道を歩くと
やはりさびしい気持ちになってかなちゃんにメールをしてみたが返事はない。
一人になって帰る道はいつもさびしい。

伊丹発ー羽田行の日航機の中で見たニュースで
その日伊丹空港で日航機のトラブルがあったことを知る。
もう空の上だし、遅いよ(笑)
自分は御巣鷹山で日航機が墜落したあの日にも偶然日航機に乗っていたのだが
飛行機が落ちて死ぬのは悪くない死に方と思うので、恐れはしない。

羽田から初めてリムジンバスで帰ったのだが快適で早いのにびっくりした。
行きもリムジンを使えば遅刻しなかったに違いない。
ちょっと高いがその価値があることを発見。

帰ったあと、かなちゃんとチャットでおしゃべり。
向こうも複雑な気持ちだったらしくて、いい子だったと思う。
でもきっともう会うことはないような気がする。


1月8日は疲れて昼までうちでだらだらして、昼から将棋。

1月9日は休日出勤をなんとかこなしたあと、こっちゃんと新年会。
沖縄料理をいただく。
東京駅キッチンストリートの「龍潭」という店。
自分が東京で食べた沖縄料理の中では最高においしかったが値段も高かったかな。
かわいくて、頭がよくて仕事ができて、
明るく元気な彼女といると楽しくて励まされる。
なかなかつきあうまでには至らないのだけど・・・


ジェンカで3人会ってみたが、3連敗。
うまくいかないもんだ。
このところツキだ最低状態なのを感じるが
降り止まぬ雨はないと信じて先に進むよりない。

ちょっと集中力が落ちていて、漫然とした文章になった。

# by shigeshogi | 2006-01-10 00:54 | 近況 | Trackback | Comments(0)

「電車男」に異議あり!

今回はジェンカのほうと共通ネタ。
これは手抜きという話もあるけど、
もともとこっちで書きたかった話。


昨年、映画やテレビドラマになってヒットとなった
「電車男」という話がある。

これはもともとインターネットの
巨大掲示板群「2ちゃんねる」
でかかれたことが元になっていて、
その「2ちゃんねる」の内容をまとめたものが
本になっていて、読んだことがある。

知らない方のために念のため
電車の中で絡まれている女性を助けたオタク青年が
ネットの仲間から助言を受け、
おしゃれをしたり、女性をエスコートしたりして
最後はその女性と結ばれるというお話。

この電車男の話は物語としてはありきたりかな?
とも思うけど、実話だと考えればドラマチックだ。
自分も電車の中で絡まれて困っている女性がいれば

ぜひ助けたい。
んでもって、仲良くなりたいものだ
どっかにいないっすか、私のエルメス(笑)

ま、冗談はさておき
自分も大切なもののために踏み込んで行動する気持ちは
いつももっているつもりだ。

しかし映画やドラマの電車男には
大事な部分でちょっと違和感を感じてしまった。
それは電車男の配役。
電車男役は映画では山田孝之さん、
テレビドラマでは伊藤淳史さんが演じた。
もちろんその演技などに文句があるわけじゃないが
電車男ってそういうキャラなの?って思った。

というのは彼らはもともとカッコいい男性で
カッコいい男がカッコ悪いふりをして女性を助け
それがあとでカッコよくなってすてきな女性と結ばれた。
???それって何?
もしかすると男がカッコよかったから結ばれただけなんじゃないの??

ぼくが電車男の監督なら
電車男役は小倉久寛さんにやってもらいたいね。
キモいキャラだし、演技力も抜群。

そのキモい電車男がネットで2ちゃんねらーに
一生懸命アドバイスを受けたところで
どのみちたいしてカッコよくなんかなりゃしない。
ちょっと無理っぽくカッコつけた男がそこにいるだけだ。
でもエルメスは彼のその一生懸命さに打たれて
最後には電車男の気持ちを受け入れる。


・・・たぶんこの演出じゃ女性に受けないことはわかってる。
スポンサーだって納得しないだろう。
だって女性はいつもすてきな男性に熱心に求められたいんだもの。
素敵じゃない人、好意をもってない人がいくら熱心でも
それは所詮ストーカー扱いだもの。
自分はその現実が痛いほど身にしみている。

でも、だからこそ電車男の奇跡に共感できるんでしょ?
電車男が本当はカッコよくて、実はイケメンだった??
ふざけんな!!
キモい小倉久寛でも愛してくれるエルメスだからこそ
素敵なんじゃねえか!!

と熱く語ったところで、この話はおしまい。
映画やドラマ(特にドラマ)は今や女性向けに作られてるものが多くて
ムカつくことも多い今日のこのごろ。
男の価値は下がる一方、
化粧もおしゃれも絶対したくない男はけっしてもてない。
それが現実。

# by shigeshogi | 2006-01-09 22:53 | 近況 | Trackback | Comments(0)

ゆかりとの話

ゆかりとの話の2回目。(12月28日のブログ参照)

ゆかりとのつきあいは最初それほど順調というわけではなかった。
何しろ出会ったのが大晦日だから、
2通目のメールは「あけましておめでとう」である。
お正月休みの間こそわりとすぐ返事が返ってきたが
向こうは保険のレセプトの仕事がけっこう忙しいので残業続き。
すぐにあまりメールがこなくなった。
週に1回がせいぜいのところ。
しかも分量もだんだん短くなっていった。
こういうのは経験的にはダメになるパターンだった。

(ゆかりが使っていたのはパソコンではなく
当時すでに絶滅寸前のワープロ専用機。
それでテキストオンリーのニフティにつないでいた
彼女は自分がニフティで知り合って付き合った最後の人である)

しかもゆかりはけっこうボケボケキャラで
20代の若さで自分の年齢を勘違いして覚えていたり
せっかく電話番号を交換して携帯にかけてみても
携帯の設定の間違いで全部留守電につながってしまったり
なかなかハプニングの多い出だしだった。

そして決定的なのが2月のバレンタインのときに
ディズニーランドに行こうと約束していたのが
前日くらいから体調を崩し、当日には高熱。
自分は元来人一倍健康でここ数年医者にかかったこともないし、
ちょっとくらい具合が悪くても一期一会のチャンスを
容易に見送ったりはしないのだが、このときばかりはダメだった。

縁のなさを感じてしまう出だしで自分は
「こんなんじゃ、もうダメになるだろう」と思った。
というのは今まで自分がつきあってきた女の子はまさに一期一会。
そのときのチャンスを逃すとそれでダメになってしまうことが圧倒的に多かったからだ。
それで「もうダメだよね?」ってメールしたらゆかりは
「体調を崩すなんて誰でもあることなのになんでそんなのこと気にするの?」
と逆に不思議がっていた。

でもおかげで延期したのが2月27日。
自分の誕生日のその日に初めて会うことができた。
舞浜の駅前で待ち合わせて、ディズニーランドに行った。

ゆかりは真っ白なコートをきて約束の場所に立っていた。
本来はまあまあかわいらしい顔立ちだと思うのだが
生まれたときに顔の筋肉に少し障害がでてしまって
笑ったときに少しひきつったようになってしまう。
自分は最初に会った瞬間に気がついてハッとしたが、
気がつかないふりをして「さあ、行こうか」と歩き出した。

いったいいくつのアトラクションに乗ったのだろう?
ミニーマウスの家の前で記念写真を撮ったことはよく覚えている。
閉園まで園内で遊び、自分は車で来ていたので
「一緒に帰る?」と聞いてみたら「帰る」と答えた。
自分はディズニーランドまで車で30分のところにすんでいて
ゆかりの住む練馬までは完全に方向違いだったが送っていった。
ここでもボケボケぶりを発揮して、
車で来たことがないから自分のうちがわからない、と言い出した。
結局、いったん駅まで行って、
駅から歩いて帰る道をたどって遠回りしてうちまで送った。

その後2回目に会ったときもゲームセンターで指輪を落とし
機械の下にはいつくばって拾ってみたりボケ全開のキャラだったが、
それぐらいのんびりした人だったから
自分なんかとつきあおうと思ったのだろうとは思った。

3回目にあったとき、新宿で食事をして
練馬まで送る途中の車の中で「つきあおうか?」と聞いたら
「私なんかでいいの?」と答えてくれた。

自分はゆかりがそれほど好きだとは感じていなかったけど
彼女はやさしくしてくれたし、一緒にいると楽だった。
当時の自分はやさしくしてくれる人なら誰でもよかったし
自分を愛してくれる人の気持ちを受けるのが男の愛情だと思っていた。
一見やさしそうに見える自分に
ゆかりがだまされたというのも、間違ってないと思う。

ともあれ二人はしょっちゅう会うことになり、
交際はまずまず順調に滑り出した。
自分はその純粋な好意に甘え、助けられた。
その助けもあったのか将棋の大会でも県代表になったり、
関東大会で優勝したり、全国大会にも出たり、最高の好調期を迎えだした。
ようやく人生が少し開けてきたような気がしていた。

ゆかりとの話はまだまだ続きそうである。

# by shigeshogi | 2006-01-05 02:07 | 出会い | Trackback | Comments(0)

初夢2回

元日の夜はくみを殺しにいって、殺すが
そのあと追われて、パトカーにはさまれて圧死する夢を見た。

元日も2日も仕事なのだが、
仕事は年明け早々手間のかかる面倒なことばかりで最悪。
バイトも使えないのしかこないし。

帰りにヤケ食いで一度にハンバーガー4つ、マックチキン1つ、
フィレオフィッシュ2つ、ポテトL、
コーラL、コーンスープをいただいた。
これで体を壊さないのが不思議なぐらいだ。


元日夜はジェンカで「小悪魔」と称する女とチャット。
彼女のページを見るとGackt好きってところで
すでに嫌な予感がしたのだが、
まあ、断っても仕方ないので話してみた。

「Gackt」の精神的な部分が好きとか言い出すから
「は?あんたGacktのプライベートしってんの?」って感じである。
テレビやファンの前ではいいところしか見せないんだから
それはそれとして割り切って楽しむ程度なら
まあ笑ってすむところだが
(男から見るとGacktってやりすぎ寸前でむしろ笑えるキャラって感じ?)
内面の美しさが外見ににじみ出ている、
とか言い出す日にはこっちは笑いをこらえるのに必死だった。

だいたいGackt好きってだけでも、男で言えば
「モー娘命」とかと似たようなもので
いかにも人間としての深みを感じさせない。
商売とはいえそんなおばさん方のゴキゲンをとらなくちゃいけない
Gacktもたいへんだろうなあと同情してしまうほどだ。

小悪魔との話は進んできたが、
住んでいるところもいわないのでいよいよ怪しいと思ったが
向こうはわりと好感触だったようで
会おうかというような話になってきた。

そうなると、しきりに、恋愛は年齢は関係ないの・・・
というような話をするので、
自分は将棋とかをやってきた経験から、
やはり25歳をすぎると衰えてくるところもあるし
それはそれで受け入れて、それ以上の人格の練磨や
経験や知識などの厚みを身につけて補っていくしか
ないんじゃないですか?みたいな話をしたが
「恋愛に年齢は関係ない」の一点張り。

んで、こりゃけっこう年上、たぶん40代くらいと思ったので
「小悪魔さんはけっこう年上の方なのかもしれませんね」
といったら激怒(たぶん 笑)
「けっこう、って何よ」
「女性に年齢の事をいうなんて失礼ね・・・」
「だからあんたはもてないの・・・」
うんぬんを言って即去りしました(笑)

年齢は関係ないといいながら、
自分の年齢にはずいぶんこだわっているようで笑えてしまいました。
本当に年齢を超えた魅力をもってる人は
そんなことぐらいで怒りゃしませんって。
自分は本当は若い子とつきあいたいのに
あまりに相手にしてもらえなくてフラストレーションが
たまっているのでしょう。

自分は女性へのストライクゾーンは広いほうだし
けっしてぜいたくを言うような立場でもないが
それでも自分より年上は「ちょっとムリ」と思いつつある。
いくらどんな理屈をこねまわしても
女性はやはり20代くらいまでが美しいよ。
30超えて美しい人ももちろんいるが、
どんな言い訳したところで衰えてくる部分は隠せない。

つまらない女にひっかかって約1時間を無駄にしたが
まあ魚釣りでもいつも鯛が釣れるわけではないので
仕方がないというものである。
ネットの出会いはとにかくゴミくずの中から
宝石を見つけ出す作業なのだから。


さて、2日の夜もまた夢を見た。
今度は一転、良い夢。
将棋の大会で優勝して、1年間に3回も県代表になるのである。
1月2日に見る夢が本当の初夢だとも聞くので、これは幸先いいか?
まあ、努力もしてないのに、殊更冥加は望まないし
自分の力を発揮できればそれで十分だ。

出会いのほうは努力しているので、
そろそろ運命感じさせてくれる人と出会ってもいいようなものだが
うまくいかないものだ。


今日の教訓
Gackt好きはキチガイ多いから気をつけろ!間違いない!!
(Gacktオタはこれで二度目である)

# by shigeshogi | 2006-01-02 11:47 | 近況 | Trackback | Comments(0)

11年間メールで探し続けました

自分の仕事は暮れこそ一番忙しいという感じなので
この数日はかなり忙しかった。

とはいえ、29日は休みで、
将棋を指し納めしてきて賞金トーナメントで優勝できたし
その日の夜にはジェンカで知り合った人にあってきた。
ジェンカ2人目はあこさんといって同じ年の会社員。
酒好きと本人がいうだけあって、本当に酒好きで幻滅。
まあ感じの悪い人ではなかったけど正直、すてきとは思えなかった。
すてきな出会いって本当に難しいものだなあと思った。

30日、31日は嵐のような忙しさである。
一生懸命仕事をしたときほど、
どうしてこんなにがんばっているのに
自分は愛する人と結ばれないのかとかえって悲しくなる。
たった一人で、部屋で年越しを迎える今日は生きていることがつらかった。
死にたい死にたい死にたい、でも死にたくない。
自分は死ぬくらいなら、たぶん人を殺す性格じゃないかって思う。

来年、自分はどうなってしまうのだろう?
今度の正月は刑務所だとしても不思議はないと思ってる。

今年は恋愛のことを除けば別に悪い一年じゃなかった。
恋愛だって、くみに出会えたんだから、まあ悪くなかったか・・・
病気もせず、一年間仕事をやり続けた。
そして、公美を愛し続けた一年だった。
我ながら今年もがんばって生き抜いてきた。
よくぞ苦しいのを耐えてがんばってきたなって、ほめてあげられる。

幸せになりたい。
ほんのささやかな幸せでいい。
あとひとつ。
たった一人、愛する人がそばにいてくれるだけで自分の人生は満点だ。
きっと来年には達成したいと思う。
きっと公美と結婚したい。

このブログももう少し書くべきことが残っているので、
1月は暇になってくるので、少しづつ書き進めていきたいと思う。

と書いているうちに、年が明けた。
少ないが確かにいる、何人かの読者のみなさん、本年もよろしく。

# by shigeshogi | 2006-01-01 00:09 | 近況 | Trackback | Comments(2)

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