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四川大地震を乗り越え、大会そのものには大きな混乱もなく、北京五輪が閉幕にこぎつけた。金メダル競争でも中国が圧倒的な強さを見せつけた。中国の人々は大きな自信をつけたことだろう。
北京五輪は中国の巨大な力と存在感を世界に示した一方で、中国が抱える深刻な問題を映し出した。
新疆ウイグル自治区では警察官が襲われる事件が相次いだ。3月に騒乱が起きたチベット自治区では、厳戒下で住民の不満が高まっている。
襲撃事件などを取材する外国人記者の拘束や取材妨害も続いた。当局は大会中にデモができる場所として北京の3カ所を指定した。だが、住民が実際に申請すると、処罰されたという。
少数民族の問題、言論や報道への締めつけ。世界が北京五輪の開催を支持し、協力してきたのは、こうした問題が改善されることを期待したからだ。開催決定から7年後の現状に失望したと言わざるをえない。
共産党と中国政府は今こそ、政治の改革に踏み出すべきではないか。
中国は市場経済化を進め、豊かさを手にしたが、政治改革は後回しにされてきた。それが民主化や人権問題を滞らせている背景にある。胡錦濤国家主席ら指導者も政治改革を口にはしているが、遅々として進まない。
中国は今秋、「神舟7号」を打ち上げて初の宇宙遊泳に挑む計画だ。改革開放30周年も大々的に祝うだろう。再来年には上海万博が待つ。一党独裁の下で、国家目標を効率よく実現する中国式統治への肯定論がいっそう叫ばれるかもしれない。だが、激しい格差や役人の腐敗などへの民衆の不満をいつまでも力で抑えることはできない。
地方議会の選挙制度を広げる。公平な裁判をめざす。行政機関のサービス意識を高める。報道の自由に道を開く。そうした改革をもう先延ばしにすべきではない。
一党独裁の下で、どこまで政治改革ができるのか。根本に矛盾を抱えた難しい作業だが、そこを乗り越えない限り、安定した大国として発展していく道筋は見えてこない。
五輪後の経済も容易ではない。世界的な景気の後退や労働コストの増加などで頼りの輸出が減速している。一方で、鉄道網の整備など大事業が並ぶ。より調和のとれた経済発展をめざすためにも、政治改革に手をつけ、人々の自由な活動を広げた方がいい。
あわせて、大国としての自信を新たな国際貢献に向けてほしい。自国の国益を追求するのみでなく、温暖化対策でも大きな役割を担えるはずだ。国際社会と協調を深めつつ地球の危機に立ち向かうことが、それこそ北京五輪が唱えた「一つの世界、一つの夢」を実現する道ではないか。
黒海沿岸の小国、グルジアに侵攻後そのまま居座っていたロシア軍が撤退を本格化させている。まだ一部の部隊が残っているが、ようやく事態収拾への一歩が踏み出された。
この2週間余りの紛争が残したつめ跡は生々しい。ロシア軍とグルジア軍が戦火を交えた南オセチア自治州の村々では多くの住宅が破壊され、住民に多数の死傷者が出た。
戦火を逃れた避難民は10万人余り。南オセチアを越えて侵攻したロシア軍によって、グルジア領内の鉄道は寸断され、港湾施設は爆破された。
グルジアなどのカフカス地域はロシアと歴史的に縁が深い。だが、今回の軍事行動によって、ロシアへの不信や反発が世界に広がったことをメドベージェフ大統領は忘れてはならない。
ロシア軍の侵攻を非難して、北大西洋条約機構はロシアとの対話のパイプを凍結した。旧ソ連による抑圧を経験したバルト3国やウクライナ、東欧諸国では反ロ感情が燃え上がった。
グルジアの安定にとって懸念されるのは、領内に残るロシア軍の動向だ。
ロシアは「撤退は完了した」としている。だが実際には南オセチア、アブハジア自治共和国の両地域に沿ったグルジア領内に「安全地帯」を設け、「平和維持部隊」の名目でロシア軍を駐留させ続けている。
安全地帯の設立は停戦合意で認められている。だが本来は、紛争の当事者を除いた国際部隊を駐留させるのが筋だ。安全地帯から離れた都市で駐留しているが、これは合意違反だ。
ロシアの影響力が強い南オセチアやアブハジアでは分離独立の動きが続いている。ロシア軍の駐留が長期化すれば、両地域での動きに拍車をかけ、問題を一層こじらせるだろう。
混乱を避けるために、ロシア軍はグルジア領内から部隊を全面的に撤退させなければならない。グルジアの領土の一体性も尊重する必要がある。こうしたことについて国連安保理の協議でロシアは譲歩し、合意を急ぐべきだ。
正常化のために米国や欧州諸国が負っている責任も大きい。
米ブッシュ政権はこの間、ロシア非難のトーンを上げてきた。グルジアの親米派政権の土台が脅かされたことへの反発からだろう。だが、今はかつての冷戦時代ではない。「対テロ戦争」から世界経済の運営や地球温暖化にいたるまで、ロシアの協力が欠かせない問題ばかりである。
欧州諸国が紛争仲介に熱心なのは、米ロ関係の悪化が欧州の安全保障に影響しかねないとの懸念からだ。
領土問題へのロシアの姿勢には無関心ではいられない。日本政府はカフカス地域の安定のため、まず、全面撤退に踏み切るよう、ロシアに働きかけてもらいたい。