正観世音菩薩様・聖なるお言葉

正(聖)観世音菩薩様がお語りになります聖なるご啓示を掲載しています。 Divine-Scenario

限界をからの跳躍

人は限界に到達なさいましたときが
好機であられますことを伝えましょう。

限界とは次なる道行への分岐点であられますことを
申しましょう。

人生の岐路と申しますものは、
どの人々のみならず、種々な意識に於いて
宇宙の法よりいざなわれ来るものでありますことを
伝えましょう。

宇宙は常に全体との大いなる連動のなかで、
その中心を意識的に貫いています創造主様の一連が機軸となりて、
すべてのあらゆる意識を常に見開きへとバランスのなかで
調律なさり導かれていますことを申しましょう。

限界を与えられて
そこで諦められますことは、
真に高らかなる昇華を自らが手離されます。

昇華とは意識の見開きであり、
三次元的な道行の上昇を申しますものではありません。

この星で如何に三次元的に賞賛を浴びられましょうとも、
それが高次的にこの世での果たしと見通されますものでは
ないことはかつても申しました。

この世での真実の貢献は意識の見開きであることに
目醒められますよう。

この世での賞賛は高次へは持ちゆけないものでありますが、
意識の見開きは、
あなた様のその後の循環を大いに移行なさってゆかれますものです。

今生で果たされますべき意識の昇華を成されずして、
三次元的には認められましょうとも、
高次では果たされましたこととはならず、
また転生のうちに歩まれますことを導かれます。

真なる覚醒者とは、
次なる編成へと向われ、
新たなる大いなる存在として
より確かな貢献へといざなわれてゆく在り様なのですと
申しましょう。

道行は常に定まられておられますかの如くに、
見開きに共時しました方向へ
育まれつづけています。

もしも自らが道に迷われ、
選択に迷われますものならば、
意識の根底からの昇華をこそ
意図なさいますよう。

それらの歩みは最も崇高さに近くなられます。
自らへとそれをお与えになろうとなさらずして、
意識の純粋なる昇華の方向へと
常に自らも他者をも育まれ参られますようと伝えましょう。

限界がこられましたならば、超えられますよう。
意識昇華を成されます 真に高らかな好機であられますことを申しましょう。

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気づきが深まれば
小さな限界は日に何度もくることに気づきます。
それはまた意識的チャンスの到来なのです。

できないと諦めてしまいますところへ、
より高らかな視点からの見通しや
バランスからの調整をはかりましょう。

限界を超えるとは、
何を限界だと決めつけているのか、
最大に果たせることはそれ以外に本当にないのか、
それを越えるとはどのような在り様なのかに
ひらめいてゆく方向です。

超えたならば、
何でもないところに壁をつくっていたことに気づかれます。

同じ視点でばかり捉えているものではなく、
限りなく超越をはかって参りましょう。

自己還元に陥らず、バランスのなかの昇華を意図なさるなら、
どこまでも限界はなく、完璧に超えつづけられますことを
気づきはじめられますことでしょう。

私達は 宇宙の機軸に添い
自己のみならず、すべてを同時に引き上げるという
今、正観世音菩薩様の周波数をいただいています。

それはまた他の神聖方とも聖なるバランスのなかに
いらっしゃいますことを確信できるものです。

本日も心より、尊びをお捧げし、
皆様と共に また限界を超えてゆけましたことに、
聖なる力のよりあふれきますことに、
深奥の扉は開かれてゆきます。

( ご示唆に導かれ、 本日3回目の投稿で 最終となります。 )


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     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩


☆限界ほど見開かれるものはないから、超えてゆけるのです。

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癒しというもの

癒しなるものは、
三次元世界の愛の枯渇故の
低次元意識の要求でありますことを
申しましょう。

我等はそこへ手を差し出されなきことを
申しあげますものではありません。

見開ききれず、非常に疲弊してしまわれました意識には
癒しゆく期間は必要であると伝えましょう。

また肉体に症状のあられます折には
癒しによりて、意識の調整をなし、
そしてバランスを取り戻されます必要のありますことを
真に見通しゆきますものでありますことを伝えましょう。

しかし過剰なる癒しの手解きは
低次元の意識に枯渇を昇華するという気概までをも
消沈させてしまわれますことを伝えましょう。

癒しというものも薬のようなるハタラキであることを
見通されなき限り、
過剰なる癒しの施しは、真に根底からの見開きを延滞させ、
打ちたてゆくという気概を過保護的に弱まらせてゆきますことを
伝えましょう。

我等は すべてはバランスへの立ち返りこそが何よりもの
調整であり調律でありますことを伝えましょう。

概ね見開かれ気づかれて参られましたならば、
もはや低次元意識の要求にいつまでも
応えられておられましても昇華のないことを告げましょう。

癒しとは意識の昇華の段階には
必要なきものでありますことを伝えゆきますものです。

癒しは昇華の前の段階の手法であり、
もしも悟りや覚醒を意図なさりておられますならば、
癒しを求めゆくその低次元意識の要求こそを
越えてゆかれますようと伝えましょう。
越えられないならば、それは真には見開かれておられません。

昇華の段階に真に癒しはもはや必要のない在り様へと
移行していますことを告げましょう。

肉体の管理や病の治癒は必要となられましょう。
しかしそれらもより見開きと共に体内の調整は
高次的に共時にて整えはじめられますことを伝えましょう。

しかし肉体は三次元意識であり、三次元世界に共時しますものです。
意識の昇華とは、それらを離れたところで行われてゆくものですと
伝えましょう。

故に高次の叡智は頭脳で辿りつけます回路ではないことは
明らかでありますことを伝えましょう。

癒しは高次の世界にはないことを告げましょう。
意識の昇華と癒しは向われます次元が違われますことを
伝えましょう。

そのことにお気づきになられましたうえで
今自らには、または他者へは何が必要であられますかを
真摯に見通され、
我等は早き段階で、癒しを手離して参られますことを
諭しゆくものでありますことを申しましょう。

高次の自己には、
これを癒してください、
これを与えてください、などという
そのような感覚から 遥かにかけ離れた確信のなかにあるものなのです。
他者の支えも必要としない完成された次元でありますことを
申しましょう。

癒しを越えたところに昇華があります。
癒しながら昇華と申しますものはなく、
癒しを終了した後の 意識の昇華でありますことに気づかれますよう。

今 捉え違いのなされておられます意識の
少なくなきことを見通しゆくものですと伝えましょう。

癒しを施されます方々は
いつまでも依存をさせられぬよう、
早めに切り上げられますことを伝えましょう。
そのことは他者のみならず自らの次なる昇華をいざなわれましょう。

癒しでとどまられなき、昇華の途へと進まれますようと
申しましょう。

癒しは依存でもあられますことを悟られますよう。
悟られますよう。

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( ハイヤーセルフより )

低次元の自己は 浅く狭い視野のなかで
何が原因で心が消耗し、
どのような経路で肉体にまで及んでいますのかを
見通しきることができません。

癒しを求める声と申しますものは、
低次元の私の気づかないところへ見通しをさし入れてくださいという
悲痛な叫びのようなものでもありますが、
我等と通じきますものならば、
我等は決して癒しをさし入れますものではなく、
自らが見開かれ、自らを見通されますようと
指導してゆくものなのですと申しましょう。

そして我等と通じますものならば、
何の癒しももはや必要とせず、
ひたすらの昇華へと歩を進めゆくものでしょう。

しかし肉体に歪みが参りましたものならば、
治癒も必要でしょう。
真なる覚醒はそれをも消散してゆけるものとも
伝えましょう。

段階をおわれて歩まれますよう。
他者と比較なされずして歩まれますよう。
また他者と歩調を揃えずして歩まれますよう。

個々が真摯に見開きつづけられますことが、
全体の調和を結果としてバランスへと調整されます。

真実の在り様は、
まだ三次元意識には見通しきれないことが
多いことを受けられますよう。
悟られますよう。

高次へと融和されますよう。

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見開いてゆくことは
そこに癒しの作用も包含されているように思います。
あえて癒しを求めなくても
いつも確信と安泰のなかに身を置きつづけていられるのが高次です。

癒しの段階を超えて、聖なる見開きへとジャンプをしましょう。

  ( 本日2回目の投稿。 ご示唆により 続くそうです。 )
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☆癒しを越えてゆきましょう。

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三次元世界からの超越

三次元世界は愛の枯渇を共有している
次元のなかにあるものです。

愛に満ち足りた聖なる波動を保持する者は
わずかとなられます。

この星の常識や世論と申しますものは、
多勢である愛の枯渇のある意識の感情的な英知のうえに
広がりをもたれておられますことを伝えましょう。

人々は自らと意見の合わない者や異質の思想に対して
常に過剰なる抵抗を示しつづけておられますことを
伝えましょう。

抗体反応を起こし過剰なる砦を築かれますかの如くに
異質なるものには無意識に危険を捉えゆく方向のあることを
伝えましょう。

しかし肉体に於かれまして
抗体は種々なる病から現実に守りつづけておられます。

我等は肉体よりも、意識の方が常に先行していますことが
摂理であり、
意識の見開きは 細胞の在り様にも、より聖なる進化を
与えてゆけることを既に見通しているものですと
申しましょう。

しかし三次元意識は集団で未だ高次的昇華への道行を
押し留めておられますとも伝えましょう。

愛の枯渇である意識と申しますものは、
不信の礎にある意識でありますが故に、
一度掴まれたものを なかなかに手放し難い
性質であられますことを伝えましょう。

本質的に宇宙への信頼が薄く、不信を手放されません。
不信から皆様々な確保をなされておられます。

金銭や土地…
家族であられましょうとも、
生きてゆくための保険や担保のようなる関係が
真には少なくはないことを伝えましょう。

種々な功績の在り様も、社会の体系も、組織の制度も、
概ねが心底にある不信を払拭するかのごとくの
手法の構図であられますことを告げましょう。

もしもこの星の住民の大半が愛に満たされたる意識で
あられますものならば、
あれこれと所有なさろうとなされますことも、
保証を求められますこともなく、
もはや何をも求めずしてより愛にあふれかえる世界を
構築なされてゆかれますことでしょう。

そして、枯渇に凝縮されましたる意識と申しますものは、
我等の語りをも そのような夢ごとはありえないと
固く蓋をなさいましょう。
しかしそれこそが愛の枯渇の故であられます。

政治であれ、
宇宙への信頼薄きものは世界全体への脅威を隠されません。
恐怖の大きい三次元意識ほど、

世界を先に敵対してしまわれますことが大半であられますことを
伝えましょう。

概ね非常なる恐怖の持ち主が 
国や民族を束ねゆかれますことも少なくはないものです。

安心を与えずして、
自らの恐怖をより世の現実と捉えられますものならば、
世は常に動乱となられましょう。

しかし主となられますもののみが恐怖を持たれますものではなく、
概ねの人々が共時の恐怖を所有なされておられます故であり、
その恐怖を払拭するべく、意識の昇華を成されずして、
仮想の敵を多く互いに産み出しておられますことを伝えましょう。
それらの意識は敵を倒している瞬間のみが安泰であられます。

戦争も殺人も 意識の心底に恐怖がなければ、
相手を射止めることが出来ません。

戦いの多き時代や地帯と申しますものは、
不信や恐怖の具体化であられますことを告げましょう

それらの地帯は死というものをより許容なさいますことで、
この世界最大の闇となされて疑われなき 
死への恐怖や 不信から渦を巻いてくる脅威のエネルギーを
沈滞なされますまでは、恐怖の具体化はつづかれましょう。
それは、また悟りへの過程であられます。

それらは宇宙の法である摂理によって、
戴かれておられます。

闇はただ闇であるためにいざなわれますものではなく、
それもまた昇華への道行であられます。

地球は自らの代償を払われながらも、
大いなる意識の目醒めを 今日も育まれておられます。

すべての問題の裏側に
この愛の枯渇が故に引き合わされます学びの手法が 
宇宙よりいざなわれていると申しましょう。

この星のあらゆる事象に、
宇宙のからの育みがあられます。

しかし未だ人は根底から愛というものを
創造しようという決意には至られません。

枯渇の感情を掴まれたまま、
慣れ親しんだ意識の方向を 手離されずにおられます。
そして、まるで愛だけを奏で構築するものならば、
それは決して生きてゆけないものだと
三次元意識の主導による神話を手離されません。

気づかれますよう。
気づかれますよう。

枯渇の意識は 愛さえも敵にまわしておられますことに。

愛のみが すべてを救う体系を築きゆけるものなのに、
それを未だに 概ねの枯渇を請け負われます人々は
いざというとき、愛よりも 不信を選ばれ、
また鎧をつけてゆかれますことを伝えましょう。


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私達は常に 確信か不信かを目の前に置かれ、
選択をつづけています。
愛を奏でながらも、
心底では愛を信じきれずに宇宙を信頼できずに、
イザという時には、常に不信の世に対する対策を選び
行なっていることを 
正観世音菩薩様は 見明かされておられます。

私達にとって、世の中が恐怖や信頼のおけないものではなく、
私達自身のなかに棲む 恐怖の意識が
心底でこの世の中を築いていることに目醒められますようと、
お語りになっていらっしゃいます。

愛を選らんでゆくには勇気がいるものです。
何故ならば 概ねの方々が心底では この世の不信を手放されません。
同じ意識の深層のなかで 人は社会を築いているものです。

今真実の愛を口にすること事態が、
それを現実的に実現すること事態が、
幻想的だと 撥ねのけられてしまいます。

しかしすべての人々の深奥では
誰もが等しく愛を確信し、
その美しい世界を築くことを意図しておられます。
それは高次へと移行すれば 鮮やかに見通せるものです。

私達は刷り込まれたように、不信の世での生き方を学び、
また次の世代へと 同じことを疑うこともなく、
刷り込み教えつづけようとしています。
なぜならば、生きてはいけないのだから、と。

しかし 内心で悟りはじめています。
本当にそうなのだろうか、と。
私達は当たり前の愛の意識を純粋に掲げ、
そのことで例え全体から嘲笑を受けましょうとも
真実の生き方は愛こそを奏で 愛こそを築くために
この星へ生まれて来たのだと、
目醒めはじめています。

今日も私達は、愛の世界の平和の構築のためへと
更なる一歩を進めてゆくことができます。

すべての意識の深奥の愛の泉に 祝福を捧げます。

尊びを込めまして。

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☆この「三次元世界からの超越」は、長文の一部であり、
 全文は ホームページのブログに掲載しています。
 上をクリックされHPブログ★印からお読みください。

( ご示唆により、再度 投稿をつづける予定です。 )

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☆真実の愛を語る勇気の向こうに光が放たれます。

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ルーツなるもの

子育てなるものは、
自らの鏡であるその意識から
育てなおしをいざなわれましょう。

その子供の真髄にある聖なる意識は、
親なる環境を自らが選び、生まれ来ておられます。

人は成長なされて親を責められますものならば、
自らの始発の選択を 自らが裁かれますこととなられます。

あなた様が親であられますならば、
子供はあなた様のすべてを許してそこにおられますことを
尊ばれますようと伝えましょう。

あなた様が親を慕わぬ子供であられますならば、
自らが選び来られました親を許され、その許せぬ扉の超越こそが
今生の根本的な課題であられますことに気づかれますよう。

意識の昇華のために必要であられますものならば、
皆子供を授かられましょう。

あなた様が子供のない人生であられますならば、
それは戴かれないことが最大の学びとして
据え置かれておられますことに目覚められ、
自らの果たしに気づかれますよう。

あなた様が複雑なる境遇を選び来られましたならば、
その複雑さのなかからの超越にこそ、
あなた様の飛躍があられます。
拘りを外されますよう。

あなた様が孤独なる境遇を選び来られましたならば、
自らはそれこそに耐えられますことを
誇りとなさいますよう。
気概のあられますことを尊ばれますよう。

人のみならず、すべての意識は誕生の折に
課題と果たしをたずさえて参り来ておられます。

その境遇にこそ、今生の課題があられますことを伝えましょう。
その境遇にこそ、あなた様の光がともされましょう。

他者の在り様を比べられますことなく、
自らの環境こそをいただかれますよう。

生まれ来られましたその瞬間を受け入れられずして、
その後を昇華へといざなわれますことは
困難となられます。

意識の昇華を意図なさいますものならば、
先ずは自らの始発の選択を祝福なさいますよう。

また同時に他者の境遇を、
共に祝福をなさいますよう。

あなた様が愛情のある境遇を羨まれますものならば、
自らの意識こそが、今を築かれておられますことに
気づかれますよう。
真なる愛は、すべてを許し受け入れてゆく真光なのです。

あなた様が富裕なる境遇を羨まれておられますものならば、
自らの意識のなかに、不足なるものを奏でておられますことに
目醒められますよう。
富裕かそうでないかは真には意味のないものであることを
伝えましょう。
しかし自らを打ち立てられ、
羨まれずしてバランスなる暮らしへと立て直しなさいますよう。
自らが打ちたてられましたならば、光は宿りましょう。

あなた様が病なるものにて、
身動きのとれなき在り様であられますものならば、
病を許されますよう。
必要のなきものは与えられないことを見通され、
自らは今何を見開かれますかに真向かわれますよう。
例え余命の僅かであられましょうとも、
生命あるものは皆死に逝くことが摂理であり、
それを悲しまれますことは道理ではありません。
早すぎるか否かではなく、死期が近きときには、
今生の課題の修了期であられます。
見開かれますことにこそ真向われますよう。
死後も遥かに道行は つづきゆくことを悟られますよう。


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悟るということは
ミクロにもマクロにもキリがありません。

しかし何かを省略しては卒業できないかので
限りなく輪廻転生をいただきます。

受け入れられないものを受け入れるとき、
扉が開かれてゆきます。
丸呑みして苦しいようでも、そこを昇華できれば
意識は飛躍を遂げてゆきます。
意識の昇華とは 
それまでの意識のレベルで試行錯誤していたところからの
跳躍です。

すべては自分自身の意識が
築いている世界なのだということに
目覚めてゆきます。

このブログの展開の主導は
正観世音菩薩様です。
私には考えて書くという作業はありません。

今日の最終は ルーツの意識的整理をいざなわれました。
その後はゆっくり 意識を休ませてくださいますよう。

今後も 時事を踏まえました平和への構築・
聖なる愛につきまして・意識の昇華等…。
多面的・多重的・多次元的にご提示なさいます
ご指導の方向をお示しになりました。

しかし今日は 意識を休ませてくださいますようと。
本日の最後のお言葉の周波数は そのようなご指導なのです。

私も 休みます。
意識の昇華と すべての存在に 愛と感謝と尊びを捧げ。
長い旅路にそなえ。

  ( 3回目投稿。 本日はこれが最終です。)
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☆穏やかな時間を過ごしましょう。

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正観世音菩薩様へのご質問 

☆本日2回目の投稿

ご質問(ハイヤーセルフとつながる)        月見草さま

8月19日「高次の愛」で「小さな自己を手放した時から大いなる自己への到達は可能である」というお言葉をお示しになっております。そして続いて「愛されたいと願いつづける在り様から、私の元へ参られますよう。それは逃避にはならないもの」とおっしゃっております。私には常日頃「自己を手放したい」という思いは抱いているのですが、では今、どうしたらできるかわからない状態でおります。そういう自分にそのお言葉が強く印象に残りましたが、このことについてお教え下さいませ。

--------------------------------------------------------------        

このご質問は、私のハイヤーセルフの言葉に対するものでいらっしゃいました。
私からお応えするようにと正観音様からご示唆が参りました。

聖なる自己との出会いは、瞑想に似たチャネリング的な手法で近づいてゆきます。
個々の見開きにより、聖なる共時がかかりますと愛の扉は開かれてゆきます。

ただ申しあげますことは、
声が聴こえたから宜しいものではないということです。
意識は無限に共時する次元と交信をはじめますので、
紙一重の世界です。
私自身 今に至りますまで、数々の段階を運ばれてきました。
また高次からも そのところは厳しくご指導をいただきます。
すべてに開かれた、自己を明け渡す高らかな愛の意図をお持ちになられて、
聖なる自己へと打ち立ててゆかれますことが大切です。
諦めないでください。
信じて歩まれつづけられますことです。
ただ成功や癒しを求めて、繋がることも可能です。
しかし欲や恐怖で繋がりますものは 、聖なる意識ではなく、
より迷路へと意識はいざなわれてしまいます。
また欲を抱えたまま高次へゆきましても、手放しのご指導を受けます。

高次へ繋がりましても、完璧であるものではありません。
そこからまた更に意識を昇華して、日々磨きつづける継続の道行に
高次との連動・信頼がさしかけられて来るものです。
人生は三次元を超えた 高次的な歩みとなります。
( チャネリングは、聖なるシナリオでも導かせていただいていますが、
真実の愛に生き、三次元を超えた大いなる高次の自己への移行とその暮らしを
決意されますとき、聖なる扉は最もふさわしい時に開かれてゆきます。 )


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                       かぜさま

聖観世音菩薩様、お言葉有難う御座います。そしてブログ主様、お役目ご苦労様です。毎日ブログを読ませて頂いております。輪廻の中で、数え切れない程に学び生きてきたはずなのに、今ここで「愛」の大きさに心がふるえています。そして内外(いろんな意味で)を分け隔てる事のない愛が、今必要なのですね。有難う御座います。これからも勉強していきたいと思っております。繋がる糸とご縁に感謝。合掌。

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ありがとうございます。
二度目でいらっしゃいますね。
宜しければ、
正観世音菩薩様へ 
よりご自身のご意図やお気づきを打ち立ててくださいますよう。
「愛」をどうなさいましょう。
意識の共時が生じられますと お語りになられます。
そうしますとお取次ぎが可能となります。

神聖や高次へは 感謝や祈りを越えて、
より打ち立てられますと、私達は近づくばかりか、
共に大いなる橋を歩ませていただきますことが可能となります。
強要するものではありませんが、それがメッセージでもいらっしゃいます。

高次へは 此方からより向わせていただきますことで
大いなる扉が開かれてゆくものなのです。

お一人お一人様の美しい真実の愛への目覚めが、
この地球の在り様を 大きくいざなおうとしています。

私達はより聖なる確信・つよさ・叡智
何よりも慈悲慈愛をたずさえて 次元の橋を超えていく段階にいます。

心より、尊びと感謝をお捧げいたします。

     
(投稿はこの後もつづきます。)

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     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩


☆高らかな自己へと移行いたしましょう。

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国を動かすもの

人々は愛を求めながらも、
国には愛を求めてはおられません。

平和を求めながらも
他国の脅威を許しながらも
信頼のないものに対する警戒は緩められず、
常に緊張の関係にあることを申しましょう。

人々は戦争からの超越を求めながらも、
先に武器を手放されません。

内政も 愛よりも
人々の不満の声にて主導のなされます。

政治家は愛よりも戦うことを求められ、
国会なるものは常に戦の如くです。

それらの根底にあるものは不信からの脅威であると
伝えましょう。

それを築かれていますものは、
政治家ではなく、すべての人々の意識なのですよと
伝えましょう。

最も国の中心は、政府であることを伝えましょう。
しかしそれを築きゆかれますのは 人々なのですよ。

しかし人々はそこへ愛を求められません。
愛よりも現実的に
他国の敵や内政の数々の愛でない取り組みに
勤しまれますことを望まれておられます。

そして生きにくい、と呟かれます。

どなた様が成されても同じであるものではないものの、
はじめから無関心であられますことは、
自らが先にこの世界から逃避をなされておられましょう。

この地上に愛の政治の種を蒔かれますようと
伝えましょう。

人々は余りにも政府に愛を求めておられません。
人々は余りにもこの星に無関心でおられます。
人々は自らが 自国のみならず
すべての世界と一連となりておられますことこそに目醒められ、
政府に愛のハタラキこそを築かれますようと申しましょう。

行く末はすべての世界へと橋を架けゆく
未来を今から耕かされますようと伝えましょう。

自らも愛の種こそを蒔かれ、
愛の具体化へこそ歩み参られますようと申しましょう。

不足を奏でられましても、不足の世しか築かれません。

無関心であられましょうとも、
自他共に無責任なるものを 築かれましょう。

我等は真なる愛の具体化は、
今の世の轍を通りましたうえでの昇華であられますと伝えましょう。
道なき道を築かれますことも、
現実を踏みしめられましたうえでの実現であられますことを伝えましょう。

意識であると申しましょう。

愛こそを具体化なさいますために、
現実こそを切り開き参られますようと伝えましょう。

先ずはあなた様の愛こそが、
今の世に欠けておられますことに気づかれますよう。
目醒められますよう。

あなた様の愛こそが
世界を築いてゆくものなのです。


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私達には真実の愛も 愛による叡智も
既にハートの深奥にたずさえてこの星にいます。

正観世音菩薩様をはじめ神聖方はそれをお見通しに
なっていらっしゃいます。

三次元という枯渇を請け負う次元での体験で、
すっかり意気消沈してしまいました枯れ果てたかのような愛の意識を
よみがえらせてゆく時が今なのです。

私達人は誰ひとり、愛でないものを望んではいません。
戦争も革命も個人的な悲しみも、
誰ひとり愛でないものを 望んでいる存在はいないものなのです。

愛の目醒めは 
冷めきってしまった意識を 
パワフルな慈悲慈愛へとよみがえらせてゆきます。

私達は愛を築くために この星へ来ています。
愛だけの手法を用いて、生きてゆくことは可能なのです。

可能なのです。

真実の愛へと 今日もまた一歩を進めて参りましょう。

心より、愛と尊びを込めまして。

( 本日もご示唆により、投稿はつづけます。 )

追伸、この「国を動かすもの」は長文の一部であり、
   ホームページのブログへ掲載しております。

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         すべての方のブログに対して
     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩


☆私達は愛ですべてを築けることを知っています。

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愛を奏でるということ

真実の愛は、
届けるものではありません。
真実の愛は
伝えゆくものでもありません。

愛とは確信のなかの真光であり、
ただすべてに公平に開け放つもの。
言葉で巧みに奏でられましょうとも、
その深奥にある意識が如何に純粋に愛のなかにあり、
愛だけを放ちつづけているかの
言葉を越えた波動のなかにあるもの。

聖なる愛は表も裏もなくどこまでも
すべてを許し・受け入れ・慈しむという
バランスのなかに真光を放ちつづけているものなのです。

届ける必要もなく伝わりゆくものが意識なのです。

表層は言葉や音色を捉え、それを憶測のなかで
こうではないかと分析をするものです。
私は愛しているのではないか。
私は愛されているのではないか、と。

しかし真髄にある意識は表層を飛び越えて
真実のすべてを既に見通していますものなのです。

愛していないのに、愛していると捉えます。
愛されていないのに、愛されていると捉えます。

真実の愛を放たれない限りは
真実の愛には出会えないものでしょう。

しかし両者をゆるされますよう。
なぜならば、お互いに愛がわからないのですから。
お互いに意識の鏡なのですから。

聖なる愛は全体へとひらかれた光であるものです。
真実の愛はただ確信のなかで
すべてに見開かれた真実の真光のみを放ちつづけます。

傾斜のないものは、
より高らかな愛を放たれるでしょう。
公平なものは、
より広大な愛を放たれるでしょう。

愛だけを放ちつづけること、
それが高次の愛の差し出しなのです。

愛を捧げることは
ひたすらな確信のなかで
ただ真光を放ちつづけること。

我等は常に
変らない愛の真光を
すべての全体へと隅々まで
ただ愛を確信の極みにて 
どなた様へも等しく放ちつづけるものなのです。

----------------------------------------------------------------------------

私達は既に真実の愛を知りつくしています。
愛は常にこころの確信の中にあり、
真実の愛はずっと私達を裏切ることなく支えつづけてくれました。

今愛に応えてゆく時です。

人は自己の強さに立ち返り、
他者を求めず、
外側へと追い求めた夢の変わりに
在りのままの真実の愛を隠さず表へとあらわすとき、
愛は確信のなかで輝きはじめ、未知な扉を開けてゆきます。

私達のハートの奥深くにすべての答えは既にあります。
何も心配をする必要も、探し求める必要も
何一つないことに私達は気づきはじめ、
今日も また一歩を進めてゆくことができました。

私達は、愛することができるのです。

今夜はこれで最終となります。  心より感謝と尊びをお捧げいたします。

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         すべての方のブログに対して
     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩

☆愛のみがすべてです。

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変容の兆候

今人々のこころの内側で、
根底からの意識の在り様が移行してゆく
内面的変容の段階にありますことを伝えましょう。

それは表層的に現われてくる転換期の前の
無意識的な領域での段階と伝えましょう。

宇宙の摂理と平行しない三次元世界の意識の構造に、
次元的限界を感知していく段階に
ありますことを申しましょう。

今はまだ表層ではより三次元的意識が主流となり、
この地上でなせるあらゆる挑戦や創造に
大いに着手をなされ、
三次元意識を主導とする進化の過程を
踏みしめられておられます。

しかしよりその道行を極められますほどに
進めど進めど三次元世界のあらゆる功績のみでは
決して意識の至福へは到底到達できるものではないことを
悟られましょう。

人は働かれましても悟られますが、
遊ばれましても悟られますものなのですと
伝えましょう。

しかしその悟りにも次元があり、
真なる極みへの悟りには、
到達しきれず、
意識の発達は踏みとどまられた在り様となると伝えましょう。

人のみならず、すべての意識は
進化をすすめてゆく方向に摂理があります。
立ちとどまりていることが難儀であるものなのです。

人の総意識は、やがて大いなる次元の境界を
越えてゆかれますことを決意なさいますことでしょう。
意識昇華とは、
限界へ踏みとどまりましたエネルギーの蓄積と共に
それを礎にするようにして移行し始めますことを伝えましょう。

誰もが 同じ経験ばかりをして
満たされてゆく意識の構図ではないものなのです。
やがてあらゆる体験・創造をなされても、
概ねカタチが変るだけでそれほどの意識的気づきのないことを
見通されました段階で、
意識というものは 視点を高めてゆく方向に移行してゆく
傾向にありますことを伝えましょう。

人々のあてどもなく求めつづけられます自己への探求は、
概ね三次元的世界の境界を越え始めてきていますことを
見通していますものなのです。

我等の言葉は10年前でありますならば、
より届かないものでしたと伝えましょう。

今後、精神世界という枠組みを越えて
現実的なこの星の意識的昇華の段階へと
入りゆきますことに見開かれて参られますようと申しましょう。

より我等高らかなる高次の連帯は、
この地球の国や職種・宗教などに
意識の内側から 限界に於ける超越を開始してゆくことでしょう。

今やこれらの我等の言葉を読み進められましても
それのみでも意識の移行はいざなわれてゆくものです。

真に高次へとバランスの極みで到達なさいますものならば、
昇華の轍は限界なく
折々に進められてゆかれますことでしょう。

しかし自己に固執をなさり、
自己のみの救済を意図なさいます限りに於かれましては
全体と切り離された意識となられ、
我等高らかなる高次の連動とはなられなきことを伝えましょう。

高らかなる目醒めほど、
全体へと公へと果たしを進めてゆきますことは
意識の摂理でありますことも伝えましょう。

真に高らかなるマスター性の開花は
寧ろ私的な生き方をより手放し、宇宙的公務へと
共時してゆきますことこそが摂理であり、
真理でありますことに目醒められますよう。

視野を全体へと見開かれ、
感情ではない聖なる意識へと打ちたてられますよう。

慈悲慈愛とは 真に感情である筈もありません。
愛は情で奏できれますものでは真にないことに目醒められ、
自らの聖なる本質は、如何なる方面に
聖なる果たしを携えられましたか、
高らかに打ちたてられますようと申しましょう。

      ---------------------------------------------

今、私達は歴史的な転換期に差し掛かりつつあります。
三次元世界の意識の限界を超えてゆく 
その内面的な転換の最中にあります。

表面的には変らない社会のなかで
私達共有の人の総意識は
宇宙の摂理と 人の社会が平行していないことに
悟りはじめています。

それが無意識レベルで飽和するとき、
表層的にも具体化されていきます。

社会を変える必要は何ひとつありません。
今の社会を慈しみ継続しながら、
しかし意識の目醒めは
結果として 宇宙の法に添うカタチで
社会の在り様を根底から移行しはじめてゆくものです。

それはそれまでも人は幾度か
意識的目覚めによる 歴史の転換期を越えてきています。

より高次的な見開きへの段階へと
内的レベルで近づいていますことに
祝福を捧げてください。

あなたも私も
無理な変容を試みる必要は何もなく、
ただ自分のなかの本来の大いなる自己を確信してゆくこと。
この星の次の段階を祝福のなかで受け入れてゆくこと。

歴史的な転換は、
人の総意識的なレベルで移行してゆくものですから、
ただ素直に私達は愛のみを表現し、
愛のみをカタチにしてゆけば宜しいだけなのです。

宇宙を創造した愛のなかにこそ 限りないパワーはあります。
私達は悲しみよりもバランスのなかで
愛をカタチにしはじめてゆくのです。

       尊びと感謝を込めまして。
  
(本日2回目の投稿です。ご示唆により再度投稿の予定をしています。)

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☆愛のみを携え、私達はいつでもパワフルです。

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精神世界

人は歴史のなかで
精神の向上と社会の向上に
隔たる回路をもたれましたと伝えましょう。

それは宗教と科学の隔たりでもあり、
信仰と政治の分離でもあられますことを伝えましょう。

今国の主となります政府の機関に
意識の向上は分離なされたままに循環されていますことを申しましょう。

我等はそれらがいけないものではなく、
しかしそれらを超越した方向に、
世界的平和の構築はなされてゆくことを伝えましょう。

今、こうして我等の言葉を読まれますあなた様も
「 精神世界 」という枠組みを越えられておられましょうかと
問いかけて差し上げましょう。

この地上の人々の意識は
進化の過程で、頭脳的限界のこともあり
処理しきれない情報を 区分けして処理なされましたことに
気づかれますよう。

そのことはコンピューターのように
種々なる分野を一度に収集できない頭脳の限界に
共時なされた進化の道行であられました。

もしも人がはじめから高次的なる叡智の回路を
肉体的に保持なされておられましたならば、
このような分離の体系はありえないものでしたと
伝えましょう。

故に今 コンピューターの世界的な普及は
結果として人の叡智の高次的な復旧を
おぎないはじめていますと伝えましょう。
しかし未だ人は区分けを手放されません。

我等神聖も このようなインターネット等の
高次的な通信回路を使いますことは
国や文化の境界を越えて、
共時による意識の伝達が可能となります故の
共時であることをお伝えいたしましょう。

我等高次の視点からは
政治や環境・科学・スポーツ・文化等
分野の区切りはなく、
意識は本来すべては一連なりとして
共有なされているものとして
見通していることを伝えましょう。

真にこの地球の意識的向上をはかりゆきますためには、
人の頭脳の限界による、
縦割り的なありとあらゆる体系の在り様に
意識的な光の昇華の目をもたれまして、
すべてを高次的に関連を見通されます
本来の高らかなる高次的叡智の回路の復旧こそが
大切なのですと伝えましょう。

あなた様はいつの間にか
すべてをジャンル分けにして区分けにされ
物事を処理なさりながら見通そうとしておられます。
その意識の在り様に
全体をより高らかに共時を見通されながら、
狭き視野を覚醒なさりますようと伝えましょう。

我等は本来 精神世界という枠組みに
おさまりゆけますような小さな意識では真になきことを
申して差し上げましょう。
それは他の神聖も同じであられ、
誠に高らかなる在り様とは
すべてに精通した宇宙の法のなかで
役割を果たしてゆくものなのですと伝えましょう。

今この星の意識はより区分けなされた細切れの小さな視点から
すべてを統合できます許容の多様さ・多面さ・多次元さを
育まれますようと申し伝えますものなのです。

精神世界に精通なされましても、
真に現実世界へと昇華の回路を差し出しゆけずして、
ただ成功論的な在り様に傾倒してゆかれますならば、
成功のためのこの世的な枯渇の回路への適用のために
高次的なるものを応用なさろうとされましょうとも、
またどこかで進みきれない限界は参られましょう。

また現実から逃避なされ、
癒しのための時間へといつの間にか
傾倒しておられましょうとも、
やり残しは蓄積なされてゆかれますことを伝えましょう。

バランスの視野をこそ培われますようと伝えましょう。

真なる昇華とは、
すべての中心から自他共に引き上げられてゆきますものなのですと
伝えましょう。

精神世界という意識の世界は高次にはありませんことを
申しましょう。
宗教と申しますカテゴリーも
我等高次にはないことを伝えましょう。

我等高次には国等の境界もなければ、
区分けされました三次元世界的なジャンルやカテゴリーは
ないことを申し上げ、
この星のすべての在り様に既に広く関わりをもちていますことを
伝えましょう。

自らも我等と共に
より大いなるバランス的な視野を見開かれ・育まれ
先ずは高らかにこの星の在り様や宇宙の在り様を
摂理的に見通しゆかれます意識の礎を
築いて参られますようと申しゆきますものです。

真なるものはバランスの真髄にあり、
バランスこそ意識の礎であられます。
かたよられました意識には 
真実は見通しきれないものであります道理に
気づかれますようと告げてゆきましょう。

真実はバランスの真髄からすべての全体に見開かれた
意識の見取り図のようなものであると伝えましょう。

-------------------------------------------------------------------

私達人は 長い進化の過程を踏みしめてきました。
肉体という 限界の世界を請け負っていますが、
しかし私達は 無限の意識の存在であることに気づいています。

高次の自己を見開いてゆくことは
今の時代 それほどに難関ではありません。
高次へと到達しても、そこからも学びつづけることが
限りなくあることに気づきます。

そして見開きは同時に私達を宇宙的崇高な使命へと
駆り立ててゆきます。

今の地球上の表層の社会は、
宇宙の法に添う回路ではなく、
三次元意識の経験と英知による具体化であることを
学びます。

ですからがんばっても 努力しても
また認められましても
認識できないところで
常に見えない糸で操られているような感覚があり、
思い通りには運ばないことも多々あります。

宇宙の摂理はより全体の中心を通り、
すべての意識を公平に引き上げてゆくという方向に
常に流れているものです。

私達は 宇宙的な大きな視野を目醒めさせる時にきています。
真実は探しにゆくものではなく、
私達がすべての宇宙の中心に立った時、
バランスの真髄に身を置いたとき、
それまでは見えなかった真実が見開かれてゆきます。
それが真理なのです。宇宙の摂理です。

私達は より意識の境界を越えてゆく
聖なる強さと確信を持つことを 意図して、
見開かれた視野へと 私達を打ち立ててゆくことが可能です。

あなたと共に バランスの視点で見開いてゆけますよう。
心より、尊びを込めまして。

( 本日も ご示唆により、投稿はつづきます。 )


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☆私達は既にこの世界をどう昇華してゆくかを知っています。

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真実の敵

人々は戦いや勝敗に意味を見出されつづけて参られました。
その戦いの向こうに栄光の無限につづく光があるのではないかと
大儀を掲げ、何度もそれを掴もうとなさいましたと伝えましょう。

しかし勝敗の向こうには、常に平安は訪れなきことを
悟られますようと申しましょう。

人は敵のなかに自己を見出しておられますことに気づかれ、
それを許されますよう。

あなた様が憎まれます相手のなかに
あなた様の弱さや愛の足りなさがあることを見通され、慰められますよう。

あなた様は自らの分身であるがの如くの相手に引き合わされ、
自己の足りなさを責めるように相手に向われますことをやめられ、
自らを愛されますよう。

この星で巡り会わされます対象は、
皆共時であられますことに尊びを捧げられますよう。

愛せない自己を許され、
自己の変わりに他者を責められますことをやめられ、
感謝をお捧げになりますよう。

その相手はあなた様自身が最も見たくないと塞がれてしまわれますあなた様
そのものであられますことを悟られますよう。

あなた様がその相手をいつまでも許されず傷つけてゆかれますことは、
あなた様自身が常に見開かれない視野のなかで自らの幻想を
抱かれますことを世に晒されましょう。

もはや憎しみに向上の意味のないことを悟られます時なのですと
伝えましょう。

今自らは平穏のなかに暮しておられますものならば、
この星のすべてにあなた様の課題があられますことに気づかれますよう。

この星に引き合わされますすべてのものものは、
あなた様とまた一連なりであられますことを悟られ、自らの窓を開けられますよう。

自らが安泰なる世界が平和でありますものではなく、
もしも無関心なる自己にお気づきになられますものならば、
自らのなかに自己のみに拘られます愛でなき自己のあられますことを
悟られますよう。

共に悲しみても、平和にはならないことを悟られますよう。
なおさら憂いや惑いは何をもにもならず、ただ互いを引き下げましょう。

この星はあまりにも愛でないものを求められすぎました。
愛でないものに非常なる価値をあたえ、
それを互いに掴もうと競われましたと申しましょう。

何度も血を流され、
繰り返し歴史の轍を歩まれましたものの、
未だ枯渇のない愛の摂理の通う道行へは
踏み出されておられないと伝えましょう。

人は恐怖に打ち勝たれません。
戦争の内底にあるものは恐怖であられますことを申しましょう。

人は武器を持たなければ自らが先に倒されると、
先手を打たれますものならば、循環はいつまでも絶えません。

掴んでいるものを手放されず、
必ず訪れる死というものを恐れられ、
常に愛ではない恐怖を前提とした体制を築かれ、
その体制は決して変わりようがないものであると疑われません。

相手が降伏されなき限り手放されないと申されますならば、
常に慈悲慈愛の信頼の世は構築なされないことを伝えましょう。

戦争は恐怖が生み出されていますものであると伝えましょう。
争いは愛ではない不信を超えた感情がその火種となると申しましょう。

自らを愛されますよう。
他者を許されますように。

真なる敵はあなた様のなかにあられますことに目醒められ、
この地上の人々がより自己を信頼され、
愛のみを奏でられます在り様へと より打ち立てられますようと
申しましょう。

-----------------------------------------------------------------------

平和への歩みは
私達のなかにある憎しみや怒りからの超越をいざなわれます。

私達はより自己を許し、自己の満ち足りなさを
他者へと転化しない成熟の意識を育みつづけることが
人の総意識を引き上げてゆきますことを見通すものです。

私達には戦場へ駆けつけなくても出来ることがあります。
この星に起きていることを受け入れながらも、
より愛へと見開かれた意識の存在へと移行していく。
その歩みをつづけることで、意識は進化をはじめます。

数の原理はつづいてゆきます。
この星に愛を奏でる意識の存在が増えてゆくことが、
やがて大きな世界の変容を伴ないはじめます。

それまでは動かないものを動かしつづけていく
見えない取り組みが全体を真底で引き上げてゆきます。

この星の世界の体制は 恐怖や不安からの保持のために
築かれています。
その体制を人々は真底から望んでいるものではないけれど、
超越することが未だ出来ない段階です。

しかし意識は常に愛を学んでいます。
見開くことを決断しはじめています。

勇気は必要です。
私達は確実に昨日よりも今日と継続して
丁寧な意識の見開きをつづけています。

すべての世界に戦いよりも愛を決断する
高き意図と勇気と聖なる好機の おとずれますよう。
共に平和への歩みができますことに 心より感謝と尊びをお捧げいたします。

( 本日はこれが最終です。 遅くなりました。 )

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☆平和へと向う勇気をもつ時、闇は闇でなくなります。

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人というもの

人はみな聖なる意識と連動しておられます。
あなた様があなた様を認められずとも、
聖なる自己は、自らの真光を確信なさっておられますものなのですと
伝えましょう。

人はこの星の昇華のために
聖なるハタラキを既に高次の自己がお持ちであることを 
やがてより次第に鮮やかに悟られましょう。

聖なる自己は限りない深さをもたれ、
あなた様のみならず、すべての存在を救い引き上げられます
愛の泉であられます。

あなた様はあなた様の本質に気づかれますとき、
そこに紛れもない真光を見通され、
それまでの長き三次元的枯渇の意識の鎧を
昇華の涙で溶かされましょう。

あなた様はあなた様でなければできない
聖なる果たしをお持ちです。

それは自他共にすべてのために
あなた様は自らの持たれますものすべてを差し上げても
まだ輝きつづける光なのです。

真実の自己は何をも境界線がなく、
ただ慈しみを奏でるためにのみそこにおられます。

あなた様がここに存在いたしますことも
他の方がそこに居られますことも、
すべての意識のより最上に輝かしい極めのために
すべてが在ることを尊ばれましょう。

人は本来 自らの心の泉に
底なしの愛の輝きを保持され、
与えずにはおられない存在であることを伝えましょう。

どうして私のみを救うことなど出来ましょう。

愛以外のほかに何をもない世界から生まれこられた真髄の意識には、
ただひたすらにすべてが慈悲慈愛に開かれつづけゆくことのみに
捧げ尽くされるものなのです。

あなた様のなかの愛を隠されてはなりません。
それは差し出されますためにそこに居られます。

あなた様のなかの確信を不信に染めてゆく必要はないものなのです。

愛だけがすべてであり、
愛以外のものに染まりゆく必要はないものです。

あなた様の愛こそを必要としています
宇宙の声に、地球の声に 応えられますその時であることを
伝えましょう。

我等も含め 人は高らかなる神聖と共に
この星の聖なる世界の構築のために、
みなその位置に就いておられます。

愛を奏でますことに どうして躊躇う必要があるものでしょうか。

人は愛を深め、愛の世を隅々にまで築きゆくためにそこに居られます。

他の動植物を救われますよう。
育まれますよう。
同じ人同士であられますならば、
尚更共に橋を架けられましょう。

聖なる橋こそが、この地球を聖なる愛の構築へと
築かれましょう。

あなた様の愛を必要としています
宇宙の声のありますことに、応えられます時が来ておられます。

----------------------------------------------------------------
本日もこの日のありますことに心より感謝をお捧げします。

また正観世音菩薩様の 大いなる慈悲慈愛のお言葉を
皆様へとお届けし、
皆様がそれをより真実の愛の行動へと 今日もまた
一歩をお歩みくださいますことに 尊びを捧げます。

私達は愛を具体化するために 今ここにいます。
地球は大きな私達の愛の昇華を待っています。

長き歴史に渡り、肉体の細胞の隅々に悲しみや不信が
染み付いてしまいました。

しかしそれは闇ではなく、
私達は本当は偉大な愛の根源から生まれ、
意識の昇華の長い長い旅を経て、より高らかな愛の意識として
帰還しますための用意された複雑なカリキュラムでした。

しかし その悲しみや憤りを昇華して、
本来の真実の愛に立ち返りますその時が 来ています。

愛のみを選び愛のみを奏で、築いてゆくときが来ています。
私達には もうそれが出来る頃なのだと
みな気づき始めています。

何もかもを許し、平和へと進んでゆきましょう。

何ができるかは、ハートの真髄に答えはあるものです。

愛と光、尊びを込めまして。


( 示唆の元に、本日も投稿をつづけてゆきます。 )


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☆愛を互いに満たし合うことをはじめる時が今なのです。

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平和へのご提示

我等は広く提示いたしますものです。

世界の平和への歩みへと
深層の意識を打ちたてられますようと。

祈りのキャンドルを集会にて灯されましょうとも
真には平和は実現なさいません。
そのキャンドルのお金で、
飢えたる方を食べさせられますようと伝えましょう。

しかしより高次的な視野を見開かれ、
それまでになき聖なる橋を架けられますようと申しましょう。

応急的に手当てをつづけられましょうとも、
追いつかない枯渇はあるものですと申しましょう。
根底からの救済とそれを実現へと向わせられます
新しき叡智は必要なのですと伝えましょう。

高次にはすでに高らかなる慈悲慈愛の英知はあり、
如何にすればその方向へと 地球はいざなわれますかを
知り尽くしているものなのです。

今 大事なることは、
多くの人々が根底から 聖なる平和を意図なさり、
平和の実現へと 深層から向いはじめられますことなのですと
伝えましょう。

先ずは 意識の深層で、
平和とは 飢餓にみまわれました国や戦争のつづきゆく国のみの
問題ではありませんことに 
お気づきになられますことですと伝えましょう。

平和とはこの星の要になります最大の共通の真光なのですと
申しましょう。

そのことは全ての在り様を根底から
愛の枯渇のない・生きることに於いての恐怖をも、
すべてを超越なさいます 唯一の慈悲慈愛の扉でもあることを
悟られますようと申しましょう。

自らの救済は 全体の救済
自己の変容は この星の昇華に
完全に連なりをもたれておられますことに
目を見開きはじめられますようと伝えましょう。

そして あなた様にはすべてを共に成し遂げられます
大いなる叡智や真光があられますことに 自負なさいますよう。

大切なることは
平和を一番の自らの意図となさいますことですと伝えましょう。

そのことは自らを立たしめられましょう。
あなた様を宇宙の公の果たしへと次第にいざなわれましょう。

人は本来 食物連鎖の捕食の体系を
超越してゆくために そこにおられますことに
目醒められますよう。

慈悲慈愛のすべての意識の共生に
大いなる叡智をともされ、捧げゆかれます在り様に
愛にあふれかえる現実がもたらされますことを
実現なさいますために ここにおられますことに
目醒められますよう。

我等は何度でも 日々繰り返して
囁きゆきましょう。

あなた様は この星を救われますために
そこにおられ、
この星の 弱肉強食の体系を超越なさいます力を
既に深奥に持ちきたりておられますことにこそ
目醒められますようと申しましょう。

我等は無限なる意識にて
この星の古より、提示しつづけているものなのですと伝えましょう。

今ようやく耳に届きて参られますものならば、
真にあなた様がお目醒めになられますまでは、
我等は常に奏でつづけましょう。

我等の確信は人の域ではなく、
次第に人々は真の慈悲慈愛なる生き方へと
変容なさいますことを既に見通しているものなのです。

自らの愛にこそ目醒められますよう。
あなた様は冷たい方でありません。

自らの聖なる意識にこそ立ち返り参られますよう。
あなた様は自らも他者も公平に救い出せる方なのです。

硬直なされた意識を溶かされますよう。
本来の愛のみの存在となられ、愛のみを放たれますようと
申しましょう。

我等は不屈の真光にて、
常に高らかに伝えつづけてゆくでしょう。

目醒められますよう。
目醒められますよう。

三次元の枯渇の意識をこそ、
本来の高次の自己へと 打ち立てて参られますようと
伝えゆくものです。

次第に溶かされましょう。
溶かされましょう。

愛とは 何よりもの根底からの変容をいざなわれ、
いつまでも終わらない確信と信頼と平穏の在り様へと
すべての存在を共に引き連れてゆく、
果てしない世界であるのですと伝えましょう。

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日々お読みくださいます方々へ
心より感謝を申し上げます。

私共は 友人・知人にお伝えせずして、
このブログを
正観世音菩薩様のご意図により開始いたしました。

高次的な運びで
このブログをお読みくださり、
共にお歩みくださり、
その恩恵により大きな循環がなされ、大いなる育みをいただいておりますことに
心よりお礼をお申し上げます。
数え切れない愛と影響をいただきました
友人・知人にも心よりの感謝を申し上げます。
先達の偉大なる方々
ブログ等で日々貢献をなさっていらっしゃいます方々から
果てしない学びをいただいております。
共に宇宙全体で慈悲慈愛の育みを受けていますことに
心からの祝福と 感謝をお捧げいたします。

聖なるお言葉は、
平和への愛の意図を打ちたて、
この星を慈悲慈愛に見開かれた地球へと
根底から救済するべく、
高次的なひとつの回路として模索を開始しはじめています。

私達は 
大いなる高次のご指導の元に
やがて動きゆく準備を 日々重ねている段階です。

正観世音菩薩様は
人生のなかで何よりも 平和を第一に置いてゆく、
そのような高次的な生き方への昇華を
いざなおうとしていらっしゃいます。
平和こそが 愛の実現なのです。

あなたはあなたの限りなく高らかな
聖なる自己へと辿られます。

私共は その世界平和へと共にすべてを捧げてゆきます。
心から信頼のできます聖なる仲間たちと共に
あなたと共に
この星で素晴らしい新しい愛の旅立ちができますことに
心から尊びを捧げ、感謝を申し上げます。

 ( 本日は これで最終となります。 )

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     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩


☆私達は私達のなかにある無限の力を気づいているものです。

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最大の救済

世に抵抗をもたれます方、
高く抗議をなさいます方
内なる泉から、それらを行動でお示しになられます方々は
少なくはないものです。

人は要因がなくして大きな活動を開始なさりますことはあり得ません。
内側から押されゆくようして それらの行為へと進まれましょう。

しかし訴えと申しますものは要因が概ね自己の外側にあり、
外の世界から私は被害を受けた
このような事象が展開されなければ自らは非常に安泰に居れたのだと
意気高くそれを うたわれましょうとも
真なる根底からの引き上げには至らないものであることを
伝えましょう。

道を通しゆかれますことは必要です。
しかし宇宙の機軸は常に公平なる意識の昇華の角度に
すべての事象を引き合わせて参られます。

一方的に被害者というものは無いと申し上げますより、
そのような感情的な三次元的見地からでは
到底紐解けない 聖なる宇宙の育みの法が
完璧に可動なされておられますことに気づかれますよう。

訴えゆかれます周波数と申しますものは、
自らが被られた時の周波数と同じエネルギーを
周りへと放ちてゆかれます。

真に自己に落着きを取り戻されましたならば、
被害を受けられましたその周波数と同じものを
自らへも他者へも与えられずして、
そこから昇華の扉を見出されますようと伝えましょう。

あなた様がもしも訴えておられますならば、
自らの訴えられましたことを またお詫びになる必要はありません。

なぜならば、それを成そうとして成されたものではなく、
内側から溢れくる憎しみや激怒・無念さ等の感情からの
自らが調整できない運びであり、
それをどうして詫びられましょう。

しかしまた加害者という立場をいただかれました意識にも、
同じようなことが申しあげられますものなのです。

何故ならば何かの要因がなくして、
人は人を傷つけたり、殺傷したり、
非共生的な行為を成すことはできない
ものだからですと伝えましょう。

この星は元々枯渇の星であられますものの、
進化のなかで、
人同士の間に於かれます殺傷や非共生的行為というようなものは
互いの向上にならぬことを概ね悟りておられます。
社会そのものも三次元的にそれらのことを教育しておられますことを
伝えましょう。

歴史をとおした体験のなかで 概ねの人々は
無意識的に悟りはじめておられます。
つまり人全体が人同士の殺傷等の重さを
悟られます段階へと到達しておられます。

時代の経緯のなかで
結果として人を傷つけられます行為があられるとするならば、
その奥にはそれを誘発させる意識的要因があられずして
容易に行為はなされなきと伝えましょう。

意識的な病という場合もあられますが、
しかしすべての行動の根源には
稼動させられます意識の要因があられます。

平らかに申し上げますならば、
要因を辿りゆかれますと、
枯渇の激しさや 自らも被られたという思い等の
連鎖があられますことを見通すものです。

訴えゆかれましょうとも、
その周波数はまた他者をも引き下げてゆく循環へと
巡らせてゆく 延々とした共時を生まれますことを伝えましょう。

目醒められますよう。
目醒められますよう。

それらの堂々巡りの周波数を超えてゆく方向に
真光の次なる扉がありますことを伝えましょう。

怒りや憎しみ・悲しみの意識では
何をも互いに引き上げられません。
例え加害者と呼ばれます対象を
報復なるようにして区切りをつけられましょうとも、
真なる向上へは到達なさりておられなき在り様に
皆々根底から目醒められますようと申し上げますものなのです。

憎しみを晴らされますことよりも、
如何にして自らをも他者をも互いに引き上げられますかに
聖なる意図をお立てになられ、
世の昇華へと邁進なさいますことをこそ申し伝えましょう。

許されたくないならば、許されずとも宜しいでしょう。
しかし同じことを相手に与えられましたとして、
誰をも救われなき真実にこそ目醒められますようと伝えましょう。

皆ともに加害者であり、被害者であられます。

自らをも含むすべての存在にそれらを請け負わされませぬよう、
自己の最大に成せる意識の昇華をこそ打ちたてられますようと
申しましょう。

目指されますよう。
目指されますよう。

この地上の最大の救済なるものを。
-----------------------------------------------------------------

神聖のご啓示は慈悲慈愛の高さ・深さ・広さで
その事象の奥にあります根底の要因をお示しになり、
どのようにすれば自他共にすべてを引き上げられるかを
お導きになります。

これらのことは社会の定番のような問題であり、
同じような枯渇の周波数が地上をめぐっていることに要因がありますと
お見通しになります。
そこからの個々の打ちたてや引き上げがなければ
真の救済へはいたらないことをご提示なさっておられます。

皆ともに 被害者であり、加害者であるということ。

社会で起きていることは、
私達自身の鏡です。
そこに果たしてゆく扉は幾つもあり、
常にあります。

意識の周波数は、
境界を越えて常に伝導しています。
交信し合っているものなのです。

意識の昇華は
この星の様々な事象に
慈悲慈愛の具体的な変容をともしてゆくことを
可能としてゆきます。

正観世音菩薩様は、
教義というような手法をお持ちにならず、
情や熱意…等を超えられました 
聖なる慈悲慈愛のご示唆で、
この世の襞(ひだ)を明らかにし、
根底からの救済に既に着手しておられます。

私たち人は 高次の愛の姿勢を
真摯に学び 目醒め
自らも打ち立ててゆく時を
迎えています。

聖なる手足となり、
実際にこの地球で動かざるものを動かしてゆくのは
私達のお役目なのです。

それを果たしに皆、 ここにいらっしゃいます。

意識の昇華へと バランスのなかで
真摯に向いましょう。

「今最大になせることを成してゆきましょう。」正観音様のお言葉です。
             
            尊びを込めまして。
   
  ( ご示唆の元に、本日も投稿を続けます。 )

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         すべての方のブログに対して
     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩


☆慈悲慈愛の橋を架けましょう。

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真実の法則

人はいつまでも枯渇した意識ではおられなきことを見通すものです。

今多くの書店に成功本が積み重ねられ、
如何に何かを掴もうと臨まれましょうとも、
宇宙の法は、いつまでもその段階に留まらせてはおられないものですと
申しましょう。

宇宙の法は、個々の自己還元に真には応用できます小さな
流れではないことに目醒められますことです。
如何にそれを表層で三次元的に使われましょうとも、
真にはいざないきれるものではないことに次第に目醒められましょう。

しかし渇望の止まれなき間は 
それを掴みゆこうと成されましょう。
ならば掴まれますようと伝えゆくものです。

すべては意図によりて可動なされてゆくものです。

三次元意識は表層で非常に多くのアンテナをお立てになられ、
そして自らを動かされ、辿り着こうとなされましょう。
しかしその深奥で、より偉大なる聖なる自己が
渇望を遥かに越えられました慈悲慈愛の見開きへと
ゆるやかに 確実にいざなわれておられますことを伝えましょう。

この星に完璧なる成功とは、真には在り得なきことを
見通されますようと申しましょう。
私は真に栄光を手にしていると奏でられましょうとも、
真にそのような運びではないことに気づかれますようと申しましょう。

すべては公平なるいざないのなかに既にあられますものなのです。

自らに栄光をあたえられますものならば、
他者にも全体にも栄光を授けられますようと申しましょう。

光も闇も 勝者も敗者も
そのような意味合いは どこにもないものが
真実の法則なのですよと伝えましょう。

我等は何をなされても宜しいものですと申しあげますものなのです。
自らの望みゆかれますものをなさいますよう。

しかし何が栄光で 何がそうでないとそのような三次元的解釈を
明け渡されてゆかれますようと申し伝えるものなのです。

何故ならば宇宙の法はすべてに均衡であり、
どこかに多くの光を注ぎゆくものではないことを
見通しているからです。

人は無心で見返りもなく
打ち込みゆかれますものこそに光を見通されますよう。

他者と比較なさらず 互いに自己の道こそを
極め参られますようと伝えましょう。

すべてに光はあるものです。

すべてに栄光も成功もあるものです。

このようなものだけがそうであると
三次元的解釈で限定なさらなきことを諭しましょう。

宇宙の法はすべてに平らかに
育みつづけておられます。

すべてをいざないゆかれますことは
何よりも慈悲慈愛への見開きなのです。

目醒められますよう。
目醒められますよう。

宇宙はすべてのものものに
勝利も栄光も豊かさも 既にあたえておられます。
それを三次元的解釈で意味を置き換えられなきことであられます。

宇宙の価値は
遥かに愛に開かれておられます。
三次元価値を 
超越して参られますよう。

越えられますよう。
越えられますよう。

自らの深奥に 果てしなき
大いなる視野の既にあられますことを悟られますよう。


------------------------------------------------------------------------

三次元意識による固定観念を
外されますようと お語りになっておられます。
それは恐れではなく、高次への扉となりますと。

私達は 三次元的固定観念で
見動きのできない状況にあります。
思考回路を定着させたまま、
それを越えてゆけることさえ気づかずに長い期間を
過ごしています。

神聖方は 始めの頃より
今「天動説」から「地動説」へと
変わりゆく以上に 移行のなかにありますと
お伝えになりました。
それは以前にもお伝えしたように思います。
それ程に 真理に気づく時が近づいています。

このような気づきは
意識が昇華していらっしゃらないと
受けつけることが出来ないばかりか、
それをお読みになられたり聞かれたりすることもありません。
共時がないからです。

地球はすべての意識の見開きの在り様に共時を戴かれて
次元を保持しています。
三次元意識の昇華には
ある程度の人々の変容が必要になってきます。

本当に大切なのは 周りの方々へと呼びかけられますことより、
先に一人でしっかりとした意識の昇華を果たしつづけてゆくことです。

その後にできることは あるものです。

真理への目醒めへと向いましょう。
人の価値観は この後大きく変ってゆくものです。
皆 真実を求めはじめています。
真実のみの生き方へと
時代は 心底で動きはじめています。

尊びを込めまして。

( 3回目の投稿です。本日はこれが最終となります。 )

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☆真実を見通しましょう。

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高次の愛

高次の愛は 
分け隔てることを知りません。

高次の愛は
均衡に捧げゆくことのみにあふれ出す光です。

我等の愛は
すべての全体と共にありますものであり、
自己と他者の間に境界はないものです。

我等の愛は要求ではなく、
許容し、引き上げゆくものであり、
何かを慈しみ・何かを拒絶するものではありません。

特別なるものを求めすぎる意識は、
自己のみに偏りておられましょう。
真に分かち合うということは、
すべての局面において、
特別なるものを求める意識から越えたところにあるものです。

我等高次は、愛されたいと願いません。
我等高次には、他者と比較して自らを諫めゆく術も持ちません。

他者に光があるように 我等には光があるものです。
我等に恵の多き道行は、また他者へと捧げゆくために戴いているものなのです。

我等は我等を愛するように あなたを愛しゆくものなのです。
我等は他の方々と隔たりなく、あなたを愛しつづけるものなのです。

他者から特別なるものを 求めゆくことを手放されますよう。
要求は枯渇をよりいざなわれるものなのです。

すべてがバランスの愛で保たれますよう、
調和こそを愛されますよう。

自らに愛が偏るよりも、
全体が愛であふれかえることを望まれますよう。

すべてが均衡なる愛で満ち溢れたときに
至高の聖歌が流れましょう。

愛されますよう。
愛されますよう。

皆が同じだけの愛に満ち溢れていることこそが
我等のよろこびであるのです。

自らに偏ることなくすべてを愛されますよう。
他者と比べ、優越や哀れみのない均衡な愛のみの世界をこそ
目指されますよう。

すべてが愛で満たされますよう。
均衡の愛の世が訪れますよう。

我等は愛のみの歩みを意図し、
それのみに自らのすべてを捧げゆくものなのです。

全体が等しく愛で満ち溢れてゆく世界をこそ目指されますようと
伝えましょう。
全体を等しく愛せない自らを 許しながらも育まれますよう。

愛されますよう。
愛されますよう。
どこへも偏りのないように。

高次の愛は 
紛れもなく公平な愛なのです。
その域へと この星を引き上げて参られますよう。
枯渇はすべてなくなりましょう。


-------------------------------------------------------------------
( ハイヤーセルフより )

私共の小さな自己は
独りよがりな思考のなかで、
自己救済のみへと傾倒してゆく傾向がありますことを
公開いたしましょう。

あなたが私でありますならば、
その小さな殻を突き破り、
私のようにすべての全体を愛されますよう。

分け隔ても 
好き嫌いもなく
すべてをそのまま 愛することから始められますよう。

私共は 既にすべての許容のなかにあり、
均衡なるもの・公平なるもの・
聖なる愛こそを美とし、
それ以外の道行は必要ないものと
見通しゆきますものなのです。

すべての許容と愛の捧げのなかのみに
自らもまた光を放たれましょう。

小さな自己を手放したときから、
大いなる自己への到達は
次第に可能となるものなのです。

愛されたいと願いつづける在り様から、
私の元へと参られますよう。
それは逃避にはならないものです。

愛されますよう。
愛されますよう。
それがあなたという私なのです。

高次の私には既に
どのような愛し方で歩みゆけば宜しいのかも
すべては知り尽くしているものなのですよ。

愛されますよう。
愛されますよう。
そのことのみが
あなたを生かされます。
真実の愛のみを
捧げられますようと伝えましょう。

大いなる視野を放たれ、
大いなる心で
愛することのみを実現なさいますよう。
それがあなたである私なのです。
真実の自己なのです。

----------------------------------------------------------------

私達は愛するために 生まれて来ています。
真実の愛を奏で
この星に枯渇のない世界を
根底から築きゆくために、
今、ようやく悟りはじめています。

愛の世界の実現を意図しましょう。
そのためになら、越えられないものは何一つないと思います。

尊びを込めまして。

(☆2回目の投稿です。 可能ならば つづけます。時間は遅くなります。)

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☆愛するために生きましょう。

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恐れを越えゆく


恐れを抱かれますとき、
あなた様は何かを掴もうとしておられます。
恐れを抱かれますとき、
先に迷いを抱こうとしておられます。

恐怖と申しますものは、
感じてはならないものではなく、
しかしそこに見開きの足りなさを見通されますよう。

同じ状況におられましょうとも、
恐怖の意識を持たぬ存在もあられましょう。

恐怖とはひとつの
超越の扉であられますことを伝えましょう。

自らを先に手放されますものならば、
それはまた実現なさりゆかれましょう。
自らを引き上げて参られますならば、
それはまた次なる昇華へといざなわれますものなのです。

打ちたてられますよう。
打ちたてられますよう。
自らの慈悲慈愛のなかで引き上げて参られますようと
申し伝えましょう。

すべての意識は 行く道に必ずや波を戴かれましょう。
その周期がこまめに参られましょうとも、
また緩やかであられましょうとも、
すべては共時の運びであられます。

慈悲慈愛で引きあげて参られますこととは、
それは自らの無条件の確信であられますことです。
またすべての宇宙を確信なさりますようと
伝えますものなのです。

打ちたてられますよう。
打ちたてられますよう。

恐怖を戴かれますことはいけないものではなく、
その限界を超えてゆける力を育まれておられますことに
見開かれますよう。

そして聖なる気概をお持ちになられ、
自らでその恐怖を引き上げて参られますようと
申し上げますものなのです。

意識と申しますものは自在に上昇下降は叶うものなのです。
しかし慈悲慈愛の見開きに添われます
いざないを授けられましょう。

恐怖というもの、
それは限界を超えゆくための育みであられます

越えられますよう。
越えられますよう。

次なる段階へと自らで引き上げて参られますよう。

---------------------------------------------------------------------

私達には
よろこびもあれば、悲しみもあります。
恐怖という周波数に見舞われますと
理屈もなく意識は沈下してしまいます。

しかしどのような状況であれ、
それを越えてゆくことは可能なのですとおっしゃいます。

意識の昇華とは物質的昇華とは違い、
例え死期のいざないによる恐怖に
体自身がそれを超えてゆく力がないときにも
意識的昇華は可能であり、
真の覚醒者とはその域をも軽く超えてゆける
在り様であるとおっしゃいます。

いつ如何なるときにも、
越えてゆける力と叡智がありますことを
確信くださり
落着いた高い周波数のなかへと
移行なさってください。

恐怖の周波数のなかで考えても
光の叡智には辿り着けないものなのです。

恐怖がきたときこそが、チャンスです。
そこにいつまでも居るのではなく、
意識を引き上げてゆくことを
開始なさってくださいますよう。

訓練で意識というものは
強さも高さも培われてゆけるものです。

どのような時にも光の扉はあります。
それを共に越えてゆきましょう。
慈悲慈愛の意識のなかで越えてゆきましょう。

それはすべてを信頼し、確信してゆくということです。
いつ如何なるときにも、
自らは大いなる全体に育んでいただいているという
尊びを忘れないよう。

本日も心より 尊びをお捧げいたします。


☆本日1回目の投稿です。
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☆どのような時も越えましょう。

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次元昇華の地球 3 ( アセンションにつきまして )

すべての意識はすでに選ばれた在り様であり、
創造主様なる根源は、すべての意識の昇華をこそ
みちびかれておられますことを伝えましょう。

次元昇華に於かれまして
生死の選考が成されますものではなく、
意識の昇華の宇宙的周期のなかにありますことを伝えましょう。

生死の選考を恐れられますが為に
意識を見開かれましょうとも、
その根底の恐れの在り様にこそ 
見開きの足りなさの共時は参られましょう。

見開かれた意識と申しますものは いついかなる時もすべてを受け入れられ
そして何ごとをも恐れず、高らかに愛を捧げゆく在り様でありますことを
伝えましょう。

人は常に自己の救済を望まれておられます。
しかしそのような小さな意識からの超越にこそ
高次への道行はあるものですと奏でましょう。

真には救われておられないものではなく、
見開かれてはおられない在り様です。
救われたいと願われすぎておられますことが、
救われないと諭しましょう。

すがりたいと願われますならば、
より恐れは目の前に置かれましょう。

生も死も三次元世界には常に目の前に置かれますものであり、
それらの在り様から越えて参られます方向に意識の昇華はあるものです。

見返りを求められずして、 愛されますようと囁きましょう。
恐れを手放されて、捧げられますようと伝えましょう
生も死もどちらをも越えている在り様こそが 高次であることを説きましょう。

自らの小ささを越えられますよう。
既に聖なる死を自らが受け入れられましたならば
何を恐れられます必要があられましょうか、と問いましょう。

今の世情は 摂理に引き合わされておられます。
環境もみな共時にてその在り様をいただかれておられます。

今真に大事なるは、意味もなく恐れられなきことであられますと
囁きましょう。

自らのみの救済へと走りゆかれましょうとも、
高次の意識と申しますものは、
自己のみの救済へと向われなき在り様であり、
恐れという感情が生まれ来る隙が何一つないものなのですと
伝えましょう。

自らの在り様を鏡へとお写しになられまして、
真に根底より恐れなく、全体へと見開かれておられますものならば、
その意識をこそ打ち立てて参られますようと伝えましょう。

意味もなく恐れゆかれますことは、
よりその共時を煽りゆかれましょう。
怖い怖いと申されながら、真にはそれらを呼び込まれますことを
意図なされておられましょう。

我等は今 この星は大いなる転換期であることを伝えましょう。
しかし、人は無意味に煽り参られなきことを伝えましょう。
恐怖を煽り参られます意識は、真には聖なる平和を望まれてはおられません。

真なる在り様は、常に全体はひとつであり、
すべての意識は慈しみの育みのなかに今も既にあられますことを
伝えましょう。

この宇宙に確信こそを放たれますようと伝えましょう。

この宇宙から手放されますことを怯えられますものならば、
あなた様は自己も全体をも信じてはおられませぬ証しであられましょう。
真には宇宙は常にすべてと共にありつづける在り様なのですよ。

すべては同時に引き上げの最中にあり、
次元の差異が起こりましょうとも、
それらは共時にての運びであり、
恐怖の構図であられます筈のないことを見開かれますよう。

この星では常に災害や事故・殺人は引き合わされておられます。
しかしすべては完璧なる引き合わせであり、
すべては意識の育みであられます。

意味もなく怯えられますことを手放されますよう。
恐怖を煽られますことを超越して参られますよう。

環境もすべては慈しみの回路のなかで育まれているものなのですよ。

意識を高められますよう。
高められますよう。

見開かれますよう。
見開かれますよう。

確信のただなかで、
真実の愛を 具現なさいますようと伝えましょう。

-------------------------------------------------------------------

同じ自己でありながらも
ハイヤーセルフは聖なる確信の域にあります。

私は完璧な覚醒者ではありませんが、
高らかな神聖や高次と繋がらせていただきますと、
悩みや恐怖からかけ離れた 確信の領域へ入ります。

超越した高次の次元には、
生死の限界も既になく
意識の興味を持つ方向も全く変ってきます。

しかし三次元の小さな自己も今も存在しています。

私のお伝えできます限り、
アセンションとは意識の昇華の局面であり、
しかしそれは既に 今もみちびかれておられます。
何かが起きる起きないに関わらず、
非常に少なくない人々が 自己の聖なる本質に
目醒めようとなさっています。
理屈を越えて立ち上がってゆく昇華の
周期であるようです。

私共では、自己が意識のみの存在になるとは伺っておりません。
しかしそれがどのようなカタチであれ、
宇宙の育みによって、
結果として慈悲慈愛の目醒めへといざなわれつつありますと
お伝えになります。

恐怖こそ、必要のまったくないものです。

正観世音菩薩様は 
ただひたすらに慈悲慈愛の世の構築へと
今成すべきことを果たされますようと諭されます。

三次元の肉体とはいつか別れがくるものです。
しかし 意識は無限な存在ですから
闇があるものではありません。
死こそまた新たなる段階への大いなる扉であることを諭されます。

そして昇華を遂げた死は、新たなる次元への移行となります。
意識の本質・死の真意にお気づきになられましたならば、
怖いものは なくなります。
すべては 完璧なのです。
大丈夫です。

どのような時も真理を見通し、
ハードルを越えてゆきましょう。

  (本日 3回目の投稿文です。)
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☆平安ですごしましょう。

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正観世音菩薩様との対話

新しき聖なる世界             聖なるシナリオ メンバー ヒトシ

愛に満ちた世界には国という境界がありません。
所有するという意識がないので、
獲得することも保持することもありません。

他からの侵略など想定しようがなく、軍隊や兵器は存在しません。
力で平和を維持することなどできないと誰もが知っています。
意見の調整は慈悲慈愛のバランスの中で行われ、全てに公平です。
対立や戦争は過去のものになるでしょう。

仕事は全体への貢献が基本であり、競争ではなく与えることが中心になります。
だれもが自らにふさわしい配置につきますので、
不満やポジション争いはなくなるでしょう。

物資、食料は必要なものが必要なだけ均衡に循環されていきます。
生産も消費も地球全体の調和を保ちながらおこなわれます。
もはやお金の存在は必要なくなるでしょう。

人間だけでなくすべての生命、物質、存在が尊ばれ
均衡に引き上げられていきます。
高らかな愛の世界はあらゆる限界を超えて
全体の融和へと向かうでしょう。

-----------------------------------------------------------------------

正観世音菩薩であると伝えましょう。

聖なる平和とは、
今の世の資本主義や社会・共産主義を超越した体系にあり、
それはすべての共生を培うものと伝えましょう。

三次元的一律公平なる体制は、
個性を埋没させ、聖なる昇華への道行を塞ぎますことでしょう。

権威や土地の所有者に
それは多すぎると申されて、
その手放しを求められます者があられますならば、
では自らも
健康や家族など何かを共にひとつを手放されますようと
申し上げますものなのです。

この世の幸不幸は、片側の立場からでは決して
はかり知れない均衡さがありますことを伝えましょう。

宗教や民族間の戦いは根深いものであられますものの、
それらの両者には意識の共時を戴かれておられます。
共に引き合わされましての昇華の最中であられます。

我等の申しあげます平和への構想は、
ひと息に成されようといたされますならば
ただそれは革命となられ、
まさに互いは破壊なされましょう。

そのような至急の要求は、すべてを惑わされましょう。

どうして他者ばかりを変えられますことに、
または賛同を得ようとなされますことのみに
傾倒なされてゆかれましょう。

その方向に平和への昇華の道行はないものです。

個々が根底より悟り参られますものならば、
個々の責務で次第に整えはじめられましょう。

多すぎるものは手放され、
不足は補いゆかれましょう。

それをどうして自らを変えずして、
相手ばかりに要求を成されましょう。

戦争も枯渇ゆえの欲望であられます。
自己の果たせぬことを
他者を減退させ、変容させられますことに於いて
自己達成を果たされようとなされます。

目醒められますよう。
目醒められますよう。

聖なる世界は誠に美しい在り様であられ、
何処を見渡されましょうとも、
亀裂や格差があられません。

しかしそれらを個々に実践なされながら、
他者へは求めず、
意識の昇華を具体化なされますよう。

聖なる平和を築かれますよう。

故に我等は個々に個別に誘いかけますものではなく、
大きく提示をなしゆく手法なのですよと伝えましょう。

我等は誘いかけますものではありません。
しかし立ち上がられますならば、共に果たしましょう。

皆 個々が決断の力を授かりておられましょう。
それを強制してもはじまらないことなのです。

あなた様の内なる方も
ひたすらに誘いかけずに 提示をなしておられます。

我等はまた曖昧に待ちつづけますものでもありません。

目醒められますよう。
目醒められますよう。

聖なる世界の構築は決して夢ではないものです。
ひと息になそうとなさらずして、
しかし自らを昇華へといざないつづけられますようと
申し上げますものなのです。

個々が開かれましたならば、
必ずやバランスのなかでハタラかれましょう。

次元をあがりゆきますほどに、
公平に捧げつくしゆくという在り様が摂理で
整われてまいられますものなのです。

聖なる世をこそ、鮮やかに描かれますようと伝えましょう。
個々がこころにその在り様を公平・バランスの域で描かれますならば、
何れカタチは現われましょう。

築かれますよう。
築かれますよう。

他者を変えようとなさらずして
自らを打ち立てて参られますようと申しましょう。

我等はひたすらに光の提示を差し出しつづけるものなのです。

今はまだこの言の葉をお受け取りにならずとも、
次第に人は気づかれ、
聖なるものへと目醒められますことを
既に見通していることを伝えましょう。

-----------------------------------------------------------------

私達は今、
大きな転機に近づいています。
それは長年待ちつづけてきたものです。

個々それぞれが本当の自分・生き方・幸せ等
人は常にそれを自問自答し長い旅をつづけてきました。
それは今生のみならず、過去世からもそうでした。
そして未だ辿りつけずにいるものが
何でありますのか。

それが真の平和であり、慈悲慈愛なのだと気づきます。

しかしただ気づくだけでは
到達にはなりません。

私達は聖なる自己を発揮し、
聖なる愛の世界を創造するために
今 その生を請け負っているものなのです。

真実の愛へと辿りましょう。
聖なる平和を築きましょう。

その術は、既に知っていますことを
思い出してください。

愛と光と…尊びを 心より込めまして。

( この文章は、本日2回目の投稿文です。 )

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☆新しい慈愛の世界を目指しましょう。

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聖なる価値

聖なる意識は 皆ひとつところへと向われます在り様です。
高らかなる高次は、
全体の次元の引き上げへと意識を向わせ
ひとつところへと集結していますものなのです。

中心はすべてのなかの真髄にあり、
それは創造主様であり、そこから連なりゆく聖なる機軸の元へと
一致してゆくものなのですと伝えましょう。

三次元世界に必要なる価値観は、
あらゆる境界を越えられて、
真の平和へと昇華の途を歩まれますことへの
高き誇りであられますことを伝えましょう。

個々の賞賛や成功に拘られますことの価値観からの
超越を目指されますよう。

国や民族や宗教等の隔たりを重視されます価値観からの
超越を目指されますよう。

家族や身近な方々へのみの傾倒を当然となさいます価値観からの
超越を目指されますよう。

金銭の豊かさや贅を尽くされますこと・特別なるもの、
そのような枯渇がゆえの価値観を
超越なさいますよう。

貧困を目の前に置かれ、共に昇華へといざなわれますよう。

差別というものを超えられますよう。

根拠もなく強者を批判なさいますことを手放されますよう。

弱者というものを盾になさるのではなく
越えてゆかれますよう。

金銭の据え置かれておられます体系を越えて
聖なる体系を模索なさいますよう。

人の上に立つことの価値から、
すべてのあらゆるものものとの共生への価値へと移行なさいますようと
伝えましょう。

見開かれますよう。
見開かれますよう。

バランス的でない体系は すべての意識を疲弊なされておられますことに
気づかれますよう。

高次の手法は
討論や抗議・抗争のような段階を踏みますことは皆無です。

すべてのありとあらゆる意識にとられ、
如何なるものが平和であられますかを具体化なさいますようと
背を押しているものなのですと伝えましょう。

すべてのありとあらゆる意識にとられて安泰なるものこそが
聖なる平和でありますことに目醒められますよう。

どこかへのみに都合の良き意図では
聖なる平和を構築なさいますことは不可能でありますことを
悟られますよう。

すべてに開かれた公平なる道行が平和であり、
しかしそれらは簡易に今の体制を打ち壊しゆかれますことでは
あり得ません。

すべての立場を受け入れられますよう。
すべての意識を敬われますようと伝えましょう。

次元を超えられますよう。
次元を超えられますよう。

国や風習や教義に捉われておられますところから、
慈悲慈愛による超越を目指されますようと伝えましょう。

その道行はすべてのものものを次第に解放してゆかれましょう。

この星は余りにも言葉で既定なされ
身動きできない在り様であられますことに気づかれますよう。

大切なるものはバランスであると伝えましょう。
バランスのないものは
革命を引き起こされましょう。
それらは聖なる道行ではないものです。

今の体制を尊ばれ、そこからの昇華をこそ
目指されますようと申しあげますものなのです。

今の在り様を全面否定なさりての打ちたては
ただ破壊的なるもののみを構築なさいましょう。

バランスへと意識の精進を積み重ねられますよう。
自らを聖なる公平さへと育み直されますようと申しましょう。

歩まれますよう。
歩まれますよう。

すべての三次元的価値観を 
慈悲慈愛の聖なる価値へと引き上げて参られますようと
背を押しゆくものなのです。

-----------------------------------------------------

今日本は意識的にも非常に恵まれた環境にあるものです。
昭和の戦争で甚大な生命が捧げられましたが、
今私達はその大いなる差し出しからの恩恵を受け、
自由に自己を探索し、夢を叶えられやすい環境に暮しています。

聖なる使命とは次元の昇華に関係してゆくことを
次第に気づかせていただきました。
正観世音菩薩様は、ただ祈るのみではなく、
その祈りの周波数で具体化してゆくことが
大事であるとご提示なさいます。

意識の世界からすれば 鈍い肉体(それも意識とおっしゃいます)を
受け持ち、枯渇を味わいながらも
この三次元世界全体を引き上げてゆくことに
私達の聖なる使命があることを強くお語りになっておられます。

私共も日々その方向へ向っています。
大切なのはバランスの視野と意識の保持をすることです。

しかし意気込んでもバランスの視点からズレてしまいますと
平和への構築は模索できません。

平和への取り組みは 私達の最も身近な課題なのです。
そこへ意識を向けますことは 自己救済のみならず、
自他共に全体を引き上げてゆく宇宙の摂理との共時の歩みへと入ってゆきます。

ご提示されました今の地上の価値観からの超越は、
夢ごとではなく 本来誰もが望んでおられますことだと
思います。

私達はそれを革命でもなく、慈悲慈愛の見開きで
緻密に具体化をはかって成し遂げてゆけるものだと
確信の域にあるものです。

今まではどうにもならない地球の現状のなかで
如何にすれば安泰に暮せるかばかりに意識は向けられていました。

しかし私達さえ腰をあげますならば、
この地球は慈悲慈愛の意識による構築から、
やがて次元昇華ははかられてゆきます。

次元昇華とはどこからか時が来れば光の次元が降りてくるものではなく、
私達が自らの根底からの見開きで この星の限界を超えてゆく
大いなるチャンスなのです。

見開きましょう。
そして私達が聖なる使命へと位置いたしますとき、
それは現実となるものです。

使命とはかけ離れたところにあるものではありません。
既に用意してそこにお持ちなのですから。

本日も 尊びを込めまして。

( 今日も可能な限り投稿をつづけてゆきます。 )

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         すべての方のブログに対して
     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩


☆聖なる価値観を高めましょう。

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希望

絶望の淵に立たれますならば、
そこには次なる次元への真光の扉があることに
気づかれますようと囁きましょう。

絶望という感覚は、あなた様のなかの拘りにすぎないことに
気づかれますよう。

その限界を超えられなければ
それは絶望として目の前に置かれましょう。
自らが奈落へと落ちてゆかれたいならば、
あなた様がそれを選ばれますよう。

宇宙はすべてを見放されません。
あなた様自らが選んでおられますことにこそ気づかれますよう。

我等は絶望を選びゆかれますものへと差し出しますものではありません。
たとえそのことで自らが生命を絶たれましょうとも、
その後にまた自らが真に打ちたてて参られますまでは
その死後の向こうにも同じ経路はつづかれましょう。

すべては育まれておられます。
越えられなきものを越えられますがために育まれておられます。

顔をあげられますよう。
顔をあげられますよう。

誰かに打ち勝つために打ち立ててゆくものではありません。

越えられますよう。
越えられますよう。

限界を越えて自らの御心に先に希望の矢を放たれますようと
伝えましょう。

いついかなる時も、
真に自らが高らかに意図をお立てになってゆかれますならば、
その道行が摂理に合うものであられますならば、
必ずや道はついてゆかれましょう。

希望をもたれますよう。
希望をもたれますよう。

掴もうとなされずに、歩まれますよう。
掴むものならば、手放されますよう。

どこまでも広く高く真摯に歩み参られますようと伝えましょう。

無心になりて歩まれますよう。
必ずや道は掛かり来るでしょう。

先に希望を放たれますよう。
もはやその意図が大きく扉を開いて参られますことでしょう。

他者と見比べないことです。
自己を手放されないことですと伝えましょう。

今何を成すかに向かわれますようと申しましょう。

希望を抱かれますよう。
希望を抱かれますよう。

結果を望まれますものではなく、
自らの聖なる位置へと立たしめて参られますよう。
参られますよう。

自らの本来の果たしへと参られますよう。
それは三次元自己の願望を遥かに越えてゆかれましょう。

歩まれますよう。
歩まれますよう。

絶望の淵にこそ、自らの聖なる気概を立たしめて参られますよう。
何もすることがなくても、自己を打ち立てて参られますよう。

道なき道を開拓しつづけて参られますよう。

それは年齢に関係のないことです。
体調も及ばぬものですと告げましょう。

参られますよう。
参られますよう。

越えゆくことにこそ、
道があることを悟られますよう。

何をも掴まず、
ただ今在ることのみを尊ばれ、
成せることをこそ成されますよう。

無心に成されますものならば
聖なる意図は宿られましょう。

歩まれますよう。
歩まれますよう。

すべての意識は聖なる果たしを持たれて
そこに居られますことを悟られますよう。

自らを真に打ち立てて参られますものならば、
それは競い合われますこともなくなく、
聖なる位置へと辿られましょう。

歩まれますよう。
歩まれますよう。

自らに苦しむときには、より愛を捧げて参られますよう。
より聖なる道行きへと 参られますようと伝えましょう。

歩まれますよう。
歩まれますよう。

聖なる希望を自己のみならず、
ありとあらゆるすべての方々へと捧げて参られますよう。

自らを捧げきられますものならば、
どうして道がつかない筈はあるものでしょうか。

捧げられ、無心にただ愛をこそ
自らへもすべてに捧げて歩まれますようと申しましょう。

正に死の淵にこそ、
聖なる道行は開かれましょう。
開かれましょう。

希望を絶やさぬことであられます。


------------------------------------------------------------------

( ハイヤーセルフより )


低次元の自己が もうダメだと投げ出しにかかりますとき、
高次の私共は、そこに扉がありますことを見通します。

低次元の自己は真摯に限界まで突き進むことをなさず、
途中であきらめにかかります。
その方が失敗をしてダメージを追うよりも
得策であると捉えてゆきます。

しかし私共は限界の淵に大いなる次なる次元がありますことを
見通していますものなのです。

私共の限界と申しますものは、チャレンジの限界であり、
概ね低次元の意識は何ごとへも臨まずに
安易に結果をイメージして、出来ないと結論づけてゆきます。

あきらめが早く自らは傷ついていないと見通しているようですが、
結果として人生を小さく留まらせ、また悟りもせずに
道を塞いでしまうことの どれ程多く、
数知れぬチャンスを逃しているでしょう。

ダメージを追うことは、悟っていないために起こり、
またその結果に対して受け取りたくないという感情が
それを引き起こしているものなのです。

成功を掴み望みすぎるものは、
バランスを越えたところで、
宇宙の摂理である機軸から
学びをいただきます。

それは失敗ではなく聖なる調整なのです。

事象と申しますものは、すべての存在に開かれました
ものであり、全体の中心である摂理に添って 
意識に添うカタチで運ばれてくるものです。

常に全体で聖なる意識の調整は行われているものですが、
地球上では、結果を得ようとするがために
事象的な歪みをいただいてしまわれます。

私共の低次元にも掴みがあり、
依存もあります。
そのような意識は
機軸からまたそのための育みを受けてゆきます。

希望も絶望も感情がなせるものです。
私共は、絶望することがいけないものでも
良いものでもなく、
しかしそこに低次元の感情の掴みを見通すものです。

それは簡易に申し上げますならば、願望です。
願望がなければ、絶望はありえません。

あきらめるというものではなく、
しかし掴みすぎることなく、
超越した高らかな視野と意図で
実現を成しつづけてゆく、
そのような姿勢を見開き育まれますようと
我等も低次元のみならず、
同じ傾斜のある方々へと伝えましょう。


☆本日三回目の投稿をさせていただきました。
-----------------------------------------------------------

いついかなる時にも、希望をもって進みましょう。
自己への信頼を絶やさずに進みましょう。
                 
      尊びを込めまして。

   ---------------------------------------------------

         すべての方のブログに対して
     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩


☆絶望の淵から越えてゆきましょう。

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聖なる視野

三次元意識の視野は狭く、
すべてのあらゆる事象や立場を公平に見通されますことは
困難となられます。

自己の立場や環境は概ねどなたも容易に把握なさいましょう。
とりわけ足りないところ・改善の必要とみなされますところは
非常に敏感となられます。

しかし見通しきれない他者の環境や隔たりのある地域につきましては
見地の余地もなく、また関心から度外視なさいますことが
概ねの傾向であられましょう。

高次的視野とは、
個人的な立場を超えた聖なる視点を申しあげるものです。

それは国や民族をも超えてゆかれましょう。
その視野を見開かれずして、どうして改善の策は得られましょう。

まずその視野こそが礎となられますことを目の前に置かれますよう。
しかしその視野こそは悟りの境地にて、
見開かれてこない限りは辿りつけないものと伝えましょう。

視野で見通されますことは文書で学びゆかれますよりも
より鮮やかなる諭しを得られますことでしょう。
しかしその視野は、聖なる心の眼であり、
見開きでもたれて聖なる公平さへと辿られますようと
告げましょう。

しかしこの星の概ねの意識は皆が皆、不公平を奏でておられますよ。
他者ばかりを責めてゆかれましょう。
自らの足りておられますところは見通されずして、
足らぬところばかりを掲げられ、
足りておられます対象に向けて批判を開始なさいます。
見比べてゆかれましょう。

それらの傾向は概ねの意識が所有なされておられ、
それは三次元意識の特徴でもあられますことを伝えましょう。

既にすべてを公平に見通すことが可能であられますならば、
それはある意味人の域を超えられておられましょう。

しかしそれが覚醒への第一歩であり、
聖なる意識とは三次元意味の公明正大を遥かに超越した
公平なる視野の所有でありますことを伝えましょう。

先ず自らは如何に不公平なる視野をもたれ、
不均衡な見通しばかりをなしておられますことにこそ
気づかれますようと申し上げますものです。

気づかれますよう。
気づかれますよう。

自らの傾斜にお気づきになられますことこそが扉であられ、
それは三次元意識であられますものならば、
概ね皆が皆所有なさいます傾斜でありますが故に
どうして恥じられたり、自らを責められます必要などがあられましょう。

自己を苛められます意識はまた他者をも苛められます。
しかしまた簡易に自己を優位や正当化なさいます意識も
真には他者を受け付けられません。

何れにしましても、三次元意識と申しますものは
傾斜があられます。
傾斜と傾斜の引き合わせであられ、参集であられますことを伝えましょう。

習慣と申しますものは
一代で築かれましたものではありません。

尚更肉体の回路に備わられました感知の在り様は、
この星そのものの進化のあらわれであられます。
どうして簡易に越えられましょうか。
しかし越えてゆかれますことにこそ、意義はあるものと真に諭しましょう。

歩まれますよう。
歩まれますよう。

真理への極みへと、到達へと。

しかし意識の昇華とは人が見通されます以上に安易ではなきものですよ。
故に如何程に死をあたえられておられましょう。

如何に輪廻を繰り返されましょうとも
それらは決して簡易には昇華しきれないほどに、
意識の昇華とは微細なるものなのですと伝えましょう。

歩まれますよう。
歩まれますよう。

真なる道行は、
自己の覚醒のみならず、この星の昇華と共に宇宙全体の昇華へと
既に連なりてのその位置におられますことに
目醒められますようと伝えましょう。

先ずは自らが如何に公平でないかに
次第に気づかれて参られますよう。
怖がりておられます間は、真には不公平を具現なさいます。

三次元意識は世は公平でないと申されながらも、
心底ではそれを求められ、自らへも他者へも公平でないものを
互いに創造なさっておられますことにこそ目醒められますよう。

真には聖なる平和を心底から未だ望まれてはおられません。
自らに優位性・正当性を授けるがための種々なる道行を築かれておられましょう。
それは強者のみならず、弱者は弱者を常に正当化なさいましょう。

目醒められますよう。
目醒められますよう。

聖なる気概をもたれて、真の公平なる眼を見開かれますよう。
それはすべてを変容して参られましょう。

一歩一歩と歩みて参られますよう。

----------------------------------------------------------------------
神聖と繋がらせていただきましても、
自分のなかに不公平なものをまだ抱えていることに
気づきます。

自分のなかの傾斜を見通すことは見たくないものまでも見、
しかし同時に他者をも受け入れられますことを育まれます。

事象とは意識を礎にして引き寄せられてくるものですから、
聖なる平和へと向うためには、
礎になる公平な意識をしっかりともっていることが大切になります。

しかしこの聖なる公平な視野へと見開かれていくことは
容易ではありません。

正観世音菩薩様は簡易に悟るという道行はないと
お語りになります。
神聖でも常に悟り・見開かれ・昇華の途にいらっしゃいます。

日々気づき、目醒め・調律し
その繰り返しの昇華のなかから、
聖なるものへと次第に辿りはじめてゆくものです。

日々意識の新陳代謝をつづけて参りましょう。
意図することは、必ず可能となってゆきます。

この愛する地球の限界・境界を超越することができますよう、
聖なる公平な視野を共に見開いてゆきましょう。

心から、尊びをお捧げいたします。

( この文章は、本日2回目となります。)
-------------------------------------------------------  
追伸 

昨日 ブログ村のカテゴリーを「哲学・思想」から「精神世界・スピリチュアル 」
の方へ移行させていただきました。
いつもご覧になってくださっています方々へは至急のことで 
心よりお詫びを申し上げます。 
より広くご提示を掲げさせていただきます意図をもっております。
「精神世界・スピリチュアル」の回路はまだ定着いたしておりませんが、
より見開いてゆきますことに向かわせていただきます。 

                    感謝を込めまして。

------------------------------------------------------------

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     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩


☆すべてに可能性を灯しましょう。


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事象と意図

この地球上で種々起こり来る事象は、
すべてが意図の元に具体化なされていることを伝えましょう。

それは環境であれ、同じことですと申しましょう。
我等は一方的に環境を破壊なさいます存在を
責めゆくものではありません。

もしもすべての意識に愛の見開きがなされましたならば、
事象は昇華の途を辿り、意識のみの地上となりますでしょう。

しかし今の見開きの段階に於かれましては
やはり枯渇はあられますが故の事象をいただかれておられます
ことを伝えましょう。

我等はただ破壊をとどめましょうと申しあげますのみでは
まだまだ、それらの在り様は至急の昇華はなされなきことを
既に見通しているものです。

しかしマザーアース( 地球を請け負われます神聖 )は、
すべてと共に在られますことでしょう。

マザーアースも星の寿命を請け負われておられます。
無論真実はみな無限なる意識なれども、
皆様を含む三次元意識のすべてを請け負われ、
昇華へと捧げておられますことを伝えましょう。

神聖は悲しむ・嘆くと申します感情を遥かに越えた域にあるものです。
我等もまたこの星の在り様に関係し、
すべての事象の深奥にあります、何故にそれがもたらされ
何を宇宙は育まれておられますかに気づきを導きゆくものと伝えましょう。

我等は聖なる平和は
一方的に何かを悪・罪と捉えられます意識では
真に実現できないことを 真底より見通し申し上げますものなのです。

木を切りゆく者は、
自らに枯渇があられますが故にそれをなさいましょう。
しかし概ね皆が皆 関わりておられます。

この星の事象は、
善悪を超えてゆく気づきからの方向に光は灯されますことでしょう。

すべてを許し、そして共に引き上げて参られますようと伝えましょう。
責任はすべての存在にあられますものなのです。

気づかれますよう。
気づかれますよう。

隔たりのある意識と意識に
共生の橋を架け始められますようと申しましょう。

開始なさいますよう。
開始なさいますよう。

すべてのありとあらゆるものものは
真には事象的にも共生は可能なのですよと諭しましょう。

その方向に例え時間は掛かられましょうとも、
自らのまだ見開きておられない

慈悲慈愛・叡智の扉を開き参られますようと伝えましょう。

可能なのです。
可能なのです。


------------------------------------------------------
正観世音菩薩様は
物事や行為に善悪をつけて、
責任は悪にあると、そのような訴えてゆく方向に
事象の超越はありませんとお奏でになられます。

平和とは
皆で共有し合うものであり、
また既に皆で請け負っているものですともお語りになります。

平和とは ひとつテーブルに
種々なる立場の意識が向いあう方向に
昇華の角度が見えてきますとお伝えになります。

誰も悪と呼べる人などいるものではなく、
皆互いに枯渇がありますから
結果として、環境の破壊や殺人等の事象が起きて
くると諭されます。

慈悲慈愛の観点で
まずは善悪を決めつけない、
そして接点を見つけるのではなく、
その超越の方向に大いなる扉はありますと
お伝えになります。

今 個々が見開かれ、
バランスの灯された視野で全体を先ずは公平に見通せる
その土台を各自に育んでゆくことが必要であると思います。

平穏でない意識からは
平和は創造できないとお伝えになります。
平穏とは、聖なる平穏の意味で、
見開かれた高らかなる公平な視野を持つことが
まずは、先決の課題です。

意識の昇華へと共に向かいましょう。

心より尊びをお捧げいたします。


===================================

コメントの掲載                  かぜさま

いつも、聖なるお言葉ありがとうございます。すごく勉強になります。日々の精進の足りなさの為か、なかなか理解していない所もあって。 頑張って勉強していきたいと思っております。繋がる糸とご縁に感謝。合掌。


-----------------------------------------------------------------------

私共も、毎日が精一杯の学びの継続のなかにあります。
三次元意識では到底理解の及ばないところがあり、
このブログの開始により、皆様とともにより学ばせていただけますことに
心より感謝を捧げます。

神聖からのメッセージは尽きることはございません。
その奥なるご意図
正観世音菩薩様のお掲げになります
聖なる行動・聖なる実現へとより近づいてゆけますよう、
尊びと共に意図を持ちます。

どうか ご自身の深奥にあられます 
まだご存知でない真光をご信頼くださり、
できることなら、
正観世音菩薩様の聖なるお言葉を
すべてに公平であるというバランスの意識で
頭脳を越えたひらめきのような回路・
またはハートのチャクラでお読みくださいますよう。
そのことは 結果として 日々の意識の昇華となられますことを
神聖が 既に意図なさっておられます。

共に昇華への道行を歩んで参りましょう。

高次のお導きのございますことに 
心より尊びと感謝をお捧げいたします。


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共生への道のり

聖なる平和への礎は、
すべてのありとあらゆるものとの共生への打ちたてと
なりましょう。

すべてのありとあらゆるものと 如何にして共に歩みゆかれますかに
自らの知恵をくだかれますよう。

如何に行動をなすことが真の根底からのこの星の救済となられますかに
自らの英知を捧げられますよう。

人はモノを差し出し・パンを与え、
しかしそれのみが聖なる救済ともならず、
如何にしてこの星の不均衡なることの多大であられますかに
真理を見通されますようと伝えましょう。

問題の根源にあられますものは
如何なるものかを紐解かれますようと伝えましょう。

すべての境遇はその意識の共時にていただかれておられます。
自らがまた今生のはじめより、貧苦を請け負われましての
存在であられますことも少なくはないものです。

境遇がいけないものではなく、
しかし何故にこの小さな地上に種々なる境遇・環境が
据え置かれておられますかに、自らの深奥の目を覚めされますよう。

不均衡なる世の如何なるところへの気づき・目醒めが
その根源の事象を引き上げて参られましょう。

皆表層で応急処置はなさりましょうとも、
尽きない事象は繰り広げられてまいられましょう。

それはその国の問題であられますものなどではなく、
この星のみならず、また我等もふくめた全体に
関わられますことを伝えましょう。

我等はそれらを悲惨であるとか悲しみ・闇であられますとかの
判定をくだしゆきますものではありません。

すべては公平に育みを受けてはおられますものの、
過酷なる事象は引き上げゆかれ、安泰なる在り様へと
昇華をなされますことにこそ、光は射し入れられますと伝えましょう。

非常に過酷なる在り様に喘ぎゆかれます方々は、
真に立ち上がり参られますことを、意図なさいますよう。
しかし掻き分けて参られます在り様は、結果として
聖なる到達へとはなられません。

種々なる福祉の体系はあられますものの、
規制のなかで身動きはとれず、表層のみの手渡しをつづけられますことに
意義を見通しますものの、それのみの繰り返しでは
根底からの事象の変容とはなられなきことを伝えましょう。

先ずはこの世にあられますあらゆる事象に、
自らが関連なされておられますことにこそ目醒め参られますよう。

しかし我等は容易に恐怖を煽りゆきますものではありません。
飢餓であれ、戦争であれ、環境なる問題であられ、
すべてはすべてのありとあらゆる意識と皆共時にて起こりきておられます。
まずはそれらを目の前に置かれますようと申し上げますものなのです。

それらの事象に既にお関りをお持ちになられておられます方々も
少なくはあられなきことでしょう。


見開かれますよう。
見開かれますよう。

------------------------------------------------

今日の朝のご啓示
大変大きなご提示でいらっしゃいました。

しかしその先を進もうといたしますと
どのように何を目指せば宜しいのか、というところに
留まってしまいます。

何処へどのように何をすればよろしいのでしょうか・・・と。

上記はその折にお尋ねし、そして戴きました
正観世音菩薩様からのお言葉です。

全文ではなく、概ねを掲載させていただきました。
全文は 少し内容が狭義にもなり、関連いたします
「聖なるシナリオ」のブログの方へと
掲載させていただきました。

慈悲慈愛への道行を歩みつづけることが出来ますよう。

すべての存在に愛と尊びをお捧げいたします。
感謝を込めまして。

------------------------------------------------------------
           
     すべての方のブログに対して
     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩


☆愛するために生きましょう。

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人生の構図

人生に壮大なる構図は 可能でありますことを
伝えましょう
自らをより手放され、この星へと捧げられますよう。

人生に聖なる到達をもたらすことは 可能なのですと語りましょう。
ひたすらに愛のみを奏でられ、愛のみを捧げられますようと
申しましょう。

人生に浮き沈みのない道行を 通過させられますことは可能なのですよと
囁きましょう。
宇宙の摂理に添う暮らしをなさり、求めすぎないことですと
申しましょう。
真には求めないということです。

求めることと 打ち立てゆくことは
遥かに違いゆかれますものなのですと申しましょう。

自己を見開かれ、他者を救われますようと囁きましょう。
それはこれみよがしに 与えゆくことではありません。
それは他者を依存させ、自らに傾倒させることでもありません。

バランスのなかにこそ身を置きつづけられますようと伝えましょう。

真理に添いゆくことは、すべての救済を
自らの身辺から開始なさいますこととなられます。

それは他者へ 変容を求められます道行ではないものです。

自らの道行は 自らのみで果たされますようと伝えましょう。
必要以上に 他者を連れ添わせられますことを 手放されますようと
伝えましょう。

真に自らのみが打ち立てられましょうとも、
その意図に曇りがないならば、
必ずやその道行に、共時の果たしのお仲間は授けられましょう。

求められますものではなく、
まずは個々の道を極め、切り開かれますようと告げましょう。

この星に最も足りなきことは、
個々の打ち立てであられます。

目醒められますよう。
目醒められますよう。
真の眼を開けられますようと伝えましょう。

いつまでも愛の道理の通りゆかぬ
この世の法や風習を 超越なさりはじめられますようと
啓示をいたしますものなのです。

法を学びゆかれますものは、
境界のなき聖なる大地をこそ 打ち立てられますよう。

ビジネスを志されますものは
金銭の循環をこそ、自らへ還元なさらずして、
如何に全体の隅々へまで 暮らしの打ち立ての成されますかの
新しき聖なるリーダーシップをこそ開始なさりますよう。

医薬へと取り組まれますものは、
より慈悲慈愛へと見開かれ、
特許の獲得よりも、貢献へこそ打ち立て参られますことを
伝えましょう。

人気の在るものは
自らに贅を与えずして、他者とのより共生の道行を
模索なさいますようと伝えましょう。

今耳の痛きものは その痛さを越えられましたところに
真の愛の世界のありますことに見開かれますようと囁きましょう。

自らに与えゆかれますことを栄光と成す
この世の価値観をこそ 超越なさいますようと申しましょう。

他者へと与えゆかれます者をこそ、目指されますよう。

自己還元のなき世をこそ、創りゆかれますようと申しましょう。

自己犠牲をせずして、与えられますよう。
自らを埋没なさいますことなく、打ち立てられますよう。

成されますよう。
成されますよう。

真に人が成さざるならば、
よりこの星は難儀となられましょう。

目醒められますよう。
目醒められますよう。

宇宙は与えるためにのみあり、
愛は捧げゆかれます方向へのみ
摂理は共時してゆくものと語りましょう。

-------------------------------------------------------------------------

私達は愛に目覚め 打ち立ててゆく時が
来ています。

正観世音菩薩様は、
今の世の一般的に成功者と呼ばれます方々や体系を
批判しておられません。

それどころか、何かを達成しようとするならば、
非常に過酷な道を通過しなければ、
到達・維持できない構図にあることをお見通しになり、
弱者も強者も共に 根底で疲弊していることを
お語りになっておられます。

競争原理を超越してゆく見開きと 
高らかな新しい叡智が必須となってきています。

その新たなる世界の価値観の幕開けとして
ここで高次の叡智をお奏でになっていらっしゃいます。

私共の今の果たしは
その手足となり、お伝えしてゆくことにあります。

この世は多くの方が生き難いと思いながら、
この世の体系を 概ね 越えてゆくことは困難です。

その叡智やパワーもまだ沸き立っていません。

それは地球の進化の過程をそのまま延長している形態ですが、
しかし人には この弱肉強食の構図(それは決して強者が
幸せであるという構図でなく、共に生存競争を繰り返しゆくだけの
疲弊の構図なのです。)を超越してゆく力があるとお伝えに
なっていらっしゃいます。

しかしまだ踏み出しきれていません。
それを種々な高次の意識は ご提示なされておられます。
自己を打ち立ててゆくパワーを持ちましょう。

この地球の根底からの救済と引き上げに
自己を捧げてゆくことが、
三次元世界を聖なる次元へと次第に昇華してゆきます。

すべてのありとあらゆる存在・在り様を受け入れ慈しみながらも
模索を開始いたしましょうと。

この星に矛盾を見通していらっしゃいますならば、
あなたのなかに慈悲慈愛のパワー・叡智は眠っておられます。
共に 聖なる自己を 打ち立ててまいりましょう。

高く・・・

心より 尊びを込めまして。

   ------------------------------------------------------
 
         すべての方のブログに対して
     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩


☆聖なる貢献へと向いましょう。

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終戦

この国の大きな転機は 第二次大戦の幕切れにあられますと
伝えましょう。
その聖務として、昭和天皇なる方の高次的果たしがあられました
ことを申しましょう。

このような国を継承なさいます器のみならず、その深奥にあられます意識は、
より大いなる自己の打ちたてを今生の目的となさいますものではなく、
三次元世界への打ちたてと公の果たしを目的となされて
生をもたれておられますことを伝えましょう。

しかし必ずしも神道系であられます等の紐解きを成せるものではありません。

日本の大いなる長き継承であられましょうとも、
その聖なるものを請け負われます意識と申されます在り様は、
全体の調整に於いて、その長としての果たしを持ち来られておられますことを
お伝えいたしましょう。

すべては世の全体と共に、育まれ引き上げられておられますことを
申しましょう。

この国の新たなる道行は、それまでの美徳をも一掃なさいました。
一新した在り様での国開きは、また諸々の継承なされておられます
多くの人々の持ち越されました課題や集積なされた見開かない感情を
その後に発散してゆく経路を辿られておられます。

今正に肉体レベルの種々なる感情が溢れかえりゆかれておられます。
それは個々の本質であられます大いなる自己に伴なうものではなく、
請け負われました肉体に関わられます意識の昇華の前の
溢れゆく様とでも申しましょう。

かつての国の世情からは散出しきれない過去からの意識の堆積が
吹き返しきておられますようなる時と申しましょう。
このような在り様はまだ少しは掛かりゆかれますことを見通すものです。

しかしそれが落着き参られますものならば、
また人は安泰の意識のなかにての向上をより求められますものとも
伝えましょう。

先に申し上げましたこの国の文化の在り様とて、
今が噴出しの過度期でもあられます。

人のみならず意識と申しますものは、学ばれましたならば、
如何にそのことに傾倒なされておられましょうとも、
方向は即座に転換できるものと申しましょう。

同じところへは留まりてはおられないのが、
意識の在り様ですと伝えましょう。

我等は戦争に罪人はあるかと問われましょうものならば、
すべては総意識で動かされましたものと申しあげますものです。

しかし事象は常に共時を運ばれましょう。

我等は人に罪というレッテルを貼りゆくことは皆無であり、
しかしその戦争は、高次的見地で見通しますならば、昇華の方向に
必需として引き合わされましたことを伝えましょう。

また戦前の体制を保ちゆかれますことは何れにせよ成らぬところであられ、
また 天皇の在り様は、その国の総意図により、
事象的には動かされて参られますものと伝えましょう。

この星のみならず、すべての存在に選ばれますものも
選ばれ無きものも みな皆無であられます。

人の上に立たれましょうとも、意識の昇華のあられなき限りは
悲しみや惑いはいただかれてゆかれましょう。

また、戦火に散りゆかれました多くの意識も、
我等高次の見地から見通しゆきますものならば、
それも見開きへの引き合わせであられ、
我等は今も尚 迷いたる霊があられますものならば、
しかしもはやすべてを許容なされて、次なる在り様へと
進み参られますようと諭しゆきますものと告げましょう。

闇を申し上げられますとキリはありません。
しかしまた新たなる時代もいただかれましたと伝えましょう。

すべての生死に無駄なるものは何ひとつ無く、
すべては昇華のために体現をいただかれておられます。

生きておられましょうとも、
死しておられましょうとも、
共に悟りつづけられますようと申し伝えますものなのです。

すべては最終的には また大いなる全体へとひとつとなる
意識の総集があられます。

上も下もなく、聖なる個性は放たれましょう。

許されますよう。
許されますよう。

過去はもはや非常に遠くになられましょう。
生きても、死しても、今をこそより見開き参られますようと
申しあげますものなのです。


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神聖に出会わせていただきましてから、
過去や過去世等の探求よりも、
今何を見開いてゆくかにこそ意義はあり、
自己を昇華させることは、
結果として何よりもの先祖供養となりますことを学んでいます。

遺伝子的にも私達の肉体は 地球の創誕からの三次元形成の継承を
いただいています。
お墓よりも、ご先祖様との肉体的縁は
私達こそが深く関わっていますことを教えられ、
今生で自己が昇華してゆくことは、結果として肉体的縁のあるご先祖の意識をも
引き上げてゆくことに気づかせていただきました。

しかし必要な時には 虫の知らせで、
霊の方からお呼びになるようです。
その時は丁重にお迎えになり、ご供養され、
引き上げをどうぞなさってくださいますよう。
人それぞれの手法・お祭りの仕方で宜しいともお伝えになられます。

正観音様は個々折々に共時された運びが
摂理的にいざなわれてくるとおっしゃいます。
この手法でなければならないものではなく、
ご供養なさいます方や対象の霊との共時にもよると
お伝えになります。

この次元で至高のものはなく、
しかし完璧に必要なものが引き合わされてゆきます。

ご先祖様もいつまでも同じ意識のまま留まりて
いらっしゃらないことでしょう。

霊であれ、人であれ、高次であれ、
全体で共に 意識の昇華へと向かいゆかれますよう。

すべてのありとあらゆる存在に 
尊びと 慈しみをお捧げいたします。

  
             (本日「真実の愛」も投稿いたしました。)


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     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩


☆すべての意識に尊びを捧げましょう。

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真実の愛

真実の愛なるものは、すべての在り様への尊びであられますと
伝えましょう。
この地上の意識は、未だその域に到達なさりますことが
困難であられます。

真実の愛なるものは、裏表のないすべての在り様への
聖なる慈しみであられますことを申しましょう。

この地球では自らを守り生き抜くために、
聖なる愛には至らぬ自己防衛の手段なるものを愛と捉えられ、
自己も他者も偽りて 真なる意図を包み隠され、
それを美徳となさりましょう。

しかしたとえ愛でなき愛情で結ばれました家族であられましょうとも、
やはり無二の育みを宇宙の機軸はなされておられます。
そこに完璧なる引き合わせをいただかれておられますことを
伝えましょう。

愛せぬ者を家族として引き合わされましたものならば、
しかし自己をも他をも共に許されますようと伝えゆきますものです。

真実の自己を根底より見据えられましたとき、
特に夫婦の様なる関係は 親子の関係より薄れゆく傾向もあり、
意識の見開きと共に 共時を得られなきこともあられましょう。

高次に於かれましょうものなら、常に夫婦としてその世界のなかに
あられます筈もなく、
真にはすべてを同時に公平に真底より尊び慈しみゆきますことが
愛の真の在り様であることを伝えましょう。

この星の在り様は仮の世界であられます。
この世界のすべてをどうしてそのまま高次へと連れて
橋渡しがお出来になれましょう。

聖なるものを極めずして、人は愛を
三次元自己の陶酔(最も希望されますところ)の道行として、
概ねの方々がその三次元的愛を 愛と捉えられ、
そしてその愛憎や三次元的感情の起伏を根底で求められ、
そのなかで溺れゆくことを生きておられますと伝えましょう。

我等は家族を軽視なされますような指導を与えゆきますものではありません。

しかし聖なる愛へと目醒められましたならば、
それは摂理的にただ一人のみを特別に愛するという、
また家族のみを慈しむという
愛の大いなる本質から逸れました意識には成りえないものなのですと
伝えましょう。

高らかなる聖なる道行へと辿られますものならば、
摂理的に小さな範囲に限定なされました境界のある三次元的愛には
とどまりておられなき在り様が真の愛の在り様なのですと
伝えましょう。

自らの家族や特別に思われます方を求めてはならぬという
示唆ではないものです。
しかし聖なる覚醒は その域でないことは明らかなるものなのです。

本来の愛に目醒められましたば、
それは自他共にすべてを慈しむという在り様に立ち返りゆくと申しましょう。
その域であられなきならば、真にはまだ見開かれておられません。

聖なる高次は隔たりのない無限の愛を惜しみなく与えゆきます。

ワンネスとは誠に、人のみならずすべてのありとあらゆるものの一切を
同時に慈しみゆくという聖意識であり、
それは三次元意識の感情をもたれましては、到達なされません。

三次元世界は枯渇の基盤がありますが故に
限定なされた対象を選ばれ、三次元愛の世界を仮想しておられます。

しかし聖なる次元にはもはやそのような境界は互いになく
真に溢れゆく慈しみと尊びの在り様でありますことを伝えましょう。

誠に目醒めゆかれましょうものならば、
皆意識のみの在り様へと移行なされましょう。
肉体という限界をもたれましては、聖なるものは奏できれないものなのです。

目醒められますよう。
目醒められますよう。

自らの本質に添われたました生き方は叶うものなのですと伝えましょう。

しかし我等は極論を申し上げますものではありません。
概ねは肉体をもたれ、子を授けられてゆかれましょう。
進化と共に徐々に意識の昇華は成されましょう。

しかし真実の愛は、厳選された対象のみへと捧げゆかれますものでは
ありません。
三次元愛では、枯渇を昇華できるものではないものです。
三次元愛を超えたられましたところに 聖なる愛は現われましょう。

目醒められますよう。
目醒められますよう。
すべては共時をいただかれておられます。
自らの表層に。深層に。

しかしより高らかなる慈悲慈愛の在り様が
高次にはありますことを伝えましょう。

自らを悟りゆかれ、真摯に越えられましょうものならば、
聖なる死の扉を越えて、聖なる愛の在り様へと更なる
昇華の途を辿られて参られますことでしょう。
それは意識の本筋なのですと伝えましょう。

高次的愛へと辿られますよう。
聖なる愛は すべてを引き上げるでしょう。


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高次を受け入れられない間は、
自己の本質が肉体をもたない意識の存在であることも受け入れられません。

また限定された人・対象を愛することこそがよろこびであり、
すべてのありとあらゆるものを同時に慈しむという
聖なる愛の感覚も 遠いものでしょう。

正観世音菩薩様は、
無理強いをなさっていらっしゃいません。

ただ行き着くところは、皆
聖なる高次・聖なる愛へと辿り着くことを
見通しておっしゃっていらっしゃいます。

たとえ今は受け付けられなくても
どうか否定なさらないでください。
否定は光の扉をふさいでしまわれます。
そうかもしれないと…。

しかしそのような世界へは行きたくないと心配される方も
少なくはないでしょう。
大丈夫です。
共時の法で、高次にはそう簡単に辿りつけないように
出来ていますものなのです。

この後 幾度も育まれてゆきますと、
聖なる高次へと必ず真底から辿りつきたいと意図されますときが
やって来るものです。
今生ではなくても。

しかしその時、また簡単には扉は開かないように
聖なる昇華への道は果てしなく続いてゆくものなのです。

しかし摂理的にも
私達すべては意識の存在であり、
長大な意識の昇華の果てに、皆大いなる一つへと
聖なる帰還を果たしてゆくことは明らかです。

私達は現世だけの存在ではありません。
ですから死は 一旦今生のすべてを切り離してゆくものなのです。

本日も 尊びを込めまして。

宇宙の真実に目覚め、
本来の在り方に立ち返りましょう。

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     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩

☆聖なる愛に気づきましょう。

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高次的平和への構築

この星の具現の意識的方向は
勝ち抜きの原理から未だ超越なされておられません。

例えばこのブログなどに関しましても、
ランキングや掲載等で功績をあげてゆく方向に
人々は耳を傾けてゆかれます。

しかし、また掲載者に関されましても、
如何にしてクリックを押していただかれますかに
結果として意識が追われてゆかれます循環があることを見通すものです。
真なる打ち立てを純粋に灯火してゆきますには、
多勢の賛同を要しゆくものですが、
現実は競争社会のなかに身を置きますものです。

尚更社会の構図は、今如何にしてより多くの人々の
賛同・注目をえられますかに傾斜しておられます。
また消費者や視聴者は如何にして必要なる情報を得られるかに
傾倒しておられます。
全体を慈悲慈愛で構築し、共に引き上げてゆく
広き叡智・視野へと見開かれますことを提示いたしますものです。

皆自己の目先のことのみを照らされてゆかれます。
消費者は賢いと提供者は見通しておられますが、
我等から申し上げますならば、
今社会全体が非常に個々の目先の損得で動きゆかれ、
しかしその循環から全体が身動きできなくなっておられますことを
見通しお伝えいたしますものなのです。

我等は高次的な循環を進めゆくことを意図し、模索を開始します方向ですが、
真に全体の引き上げを唱えゆきますものならば、
結果として人の賛同は低下ぎみになりますことは事実なるものと
お伝えいたしましょう。

この星で高次的な歩みを具現いたそうと開始いたしますものならば、
まずこの星の体制との共時の外れを見通しゆかれましょう。

如何に表層で高次的意図を唱え、それを高らかにあげましょうとも、
それを実現いたしますことは誠に難儀なることでありますことを
申しましょう。
勝ち抜きの構造から身動きがとれません。

この星では慈悲慈愛の聖なる摂理が未だ
表層でのみしか通りゆかない現状でありますと伝えましょう。

真摯に魂を磨き生き行くことを決意なさりましたならば、
この星で埋没すること無く、しかし傑出なさりますこともなく、
少し世の体制とは意識を隔たれたなかで、
歩みゆかれますことになりゆきますことが現状であられ、
聖なる慈悲慈愛の体制の具現は、誠に困難であることを
伝えましょう。

しかしそこに大いなる扉はありますことを申し伝えますものなのです。

今はまだこの地上に真の慈悲慈愛の摂理の循環が
成されておられないことは現実です。

表層では概ね 如何なる社会の在り様が真には慈悲慈愛の体系で
ありますかに人は気づかれてはおられましょう。
しかし脈々とつづき来られました社会の体系は
何処かで変わりようがないものと自らが許諾しておられます。

皆表層では愛を唱えられます。
しかし現実は競争原理のなかの順応・対応へと自らを定着なされてゆかれます。
そのことはいつまでも 真の慈悲慈愛の聖なる摂理に添う体系を
この星に定着なさいません。

我等は表層のみでこの意図をお聞きくださいと申しあげますものではなく、
それをお悟りになられ、実現へと打ちたてられますことを
申し上げますものなのです。

しかし、それは社会の根底からの昇華の方向でありますが故に
人々は真にはなかなかに腰をあげられなきことを
見通しゆきますことを伝えましょう。

我等は人の意識の耳障りのよき奏でをばかりいたしますものではありません。

しかしまた全体の根底からの昇華の打ちたてを意図し、
その聖なる実現にこそ意義のありますことを見通し
提示しつづけるものなのですと伝えましょう。

皆腰をあげられますよう。
自らの目先の利潤にばかり、気をとられなきことですと諭しましょう。
今の現実に非常なる矛盾を感知しておられますならば、
そこに意識を順応いたされ、減退なさりておられなきことを
伝えましょう。

次世代の子供達に平和を残すと申されましても、
真には表層のみの打ちたてであられ、
慈悲慈愛の摂理が真に通りきれない今の現実の世の循環の在り様に
根底からの社会の昇華の具体化をはかられません。

腰をあげられますよう。
腰をあげられますよう。

人は自らに真底より恐怖や限界が来られなき限り
行く道を変更なされなきことは多くあられます。
しかしそれを待ちておられますならば、地球が減退いたしましょう。

この星は誠に聖なる摂理の循環が儘ならなくてあられます。
未だ勝ち抜きの体制を越えられておられません。

矛盾は他にあられますものではなく、
自らにあられますことに目醒められますよう。

聖なる愛の原理とは勝ち抜きの道行とは共時しないものなのですと
伝えましょう。

聖なる世にあられますものならば、
すべての自然を 資源を 人のみならずすべての存在で
共有してゆくという 美しき慈悲慈愛の社会の体制は
摂理的に具体化なされてゆきますことが可能であることを伝えましょう。

腰をあげられますよう。
腰をあげられますよう。

それらの方向はビジネスの在り様を昇華なさいますことでしょう。
お金の存在をも昇華なさいますことでしょう。
すべての体系をも慈悲慈愛の叡智でもたれて
移行なさいますことを提示いたしますものなのです。

目醒められますよう。
目醒められますよう。

変革でも革命でもありません。
慈悲慈愛の意識による 見開かれた愛の世界の打ち立てへと
模索を開始なさりますようと真に申しあげますものなのです。

-------------------------------------------------------------------

私達は青く美しい地球に生をいただき、
そして今の世の体制をそのままに受け入れています。
それが摂理であると。

正観世音菩薩様は 
根底から地球自身の体系の昇華にこそ
自らを打ち立てられますようとお奏でになります。

それは否定し・変革させる方向ではなく、
気づき・目醒めによる意識的昇華を
示されておられます。

慈悲慈愛の道理や摂理が通らないこの星の体系に
昇華してゆく扉のありますことにお気づきになられますよう
にとお語りになっておられます。

しかしこのことは根底からこの星の価値観をねこぞぎ昇華してゆく
方向になりますので、
あらゆる体制が気づきや目醒めにより、移行なされてゆくと
そのようにお伝えになっておられます。

社会とはこのようなものと封じきってしまわないで、
私達は私達の気づきにより、
大きく世界の在り様を 慈悲慈愛の体系へと昇華し移行してゆける
可能性の多大にありますことを 見通すものです。

心より、尊びをお捧げいたします。

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☆聖なる社会へと向いましょう。

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笑い( 娯楽 )の昇華 2

( 本日一回目の「笑いの昇華 1」からお読みください。)

今非常なる笑い( 娯楽 )の文化の時代であり、
しかし人を笑わされられますことは、
笑う立場を超えて ある意味過酷ともなりゆきますことを
先に語りゆきました。
しかしまたそこに三次元的悟りの角度もあられます。

また人は娯楽を求めてゆかれます。
過度なる程に、如何に楽しむべきかに
重きをかけてゆかれますと伝えましょう。

遊びのなかにこそ悟りゆく到達の道があると
世の文化なる傾向はより刺激的なることへと技を極め
進みゆきて参られましょう。

この国の歴史を見通しゆきますならば、
所望を叶えゆかれますことに 何故これ程に皆々が
触覚を立てておられましょうか、と問いかけましょう。

笑い・楽しみなる文明の元には
どのような意識があられましょう。

今何を真には求めておられます時代であられますか、と問いましょう。

他者からの賞賛でしょうか、注目でしょうか。
認められますために如何程の灯火をなされておられましょう。
まさに全身全霊で その職へと賭けてゆかれますと伝えましょう。

ある意味聖なる悟りへの灯火とそれほどに変らぬ在り様であられ、
我等から見通しゆきますならば、
真にバランスを越えられました邁進を成されておられますことを
伝えましょう。
肉体をも捧げゆかれましょう。

人は何を求めておられましょうか、と問いましょう。

頂点を極め、またその道に飽きることなく、
何を具現なされつづけてゆかれましょうか、と
問うて差しあげましょう。

バランスを超えた刺激なる感覚を魅力として 
奏でゆかれますことに麻痺してゆかれます。

注目を浴びられますことが 生なる証しとなられましょうか、
と囁きましょう。

何を欲してゆかれましょう。
何を求めておられましょう。

今人はあらゆる所望を叶えゆくための英知を明らかとなされ、
皆が皆、自らの根底からの救済へと向われておられますことを
伝えましょう。

私の救済の道行は、この生存競争の激しさのなかに
勝ち進みゆくこと、存在の証しを明らかにすることと、
それらの所望からの超越の道行を未だ
概ねの意識は到達なされてはおられません。

非常に過酷ではあられますものの、
しかし賞賛や勝利の道を手放さずにチャレンジをつづけられます。

または、それらを内心に於かれまして
その力はないと諦めにかかられ、簡易なる鑑賞に耽けられます。

それらの両者に於かれ今非常なる需要と供給の共時が
成り立ちておられますことを伝えましょう。

我等はその両者共に、真には安定は成されておられなきことを
高次の目をもちては見通しゆくものですと伝えましょう。
しかし両者に於かれましては、自らの在り様を
真に確かめ昇華へと向かいゆかれますには難儀となられましょう。

なぜならば、需要と供給の関係は密であられます。

自らはもはやそれを手放そうと意識がよぎられましょうとも、
真には手放しにくくてあられましょう。
なぜならば、より昇華の見取り図をお持ちではありません。

それ以上の昇華となれば、
正に三次元自己の超越となられましょう。

人は悟りゆきますことより、
三次元世界での到達こそが生きがいであり、
それが如何に過酷なる灯火を必須となすものであられましょうとも、
楽なるもの・幸せなるものと言い聞かせておられます。

しかしまた、現実社会の逃避として悟りへと
入りこられました意識にとられましても
真には達成とはなりえられなきものでもあられますことを
伝えましょう。

どの様なる道行であられましょうとも、
逃避なる道行は、行き止まりを戴かれてしまわれますことを伝えましょう。

過酷であられましょうとも、
具現の先の昇華にこそ、真光の扉は放たれますことを伝えますものです。

この過剰なる過酷さの娯楽からの昇華にこそ、
新たなる文明を見通すことができますものです。
これらを職務となさいます実現者も、観客も、
何れバランスの如何なるものかに 限界の果てに目醒められますことでしょう。

愛なるものを具現なさりますときには、
正に何をも求めず掴まず、聖なる差し出しのなかにこそ
自らをひたすらに置きつづけられますことなのですと奏でましょう。

この世の意識と申しますものは、
決して気弱なる在り様ではなく、
皆全身全霊を賭けて如何に多くの意識が命ごと生きておられ、
結果として意識の昇華へと向われておられますことを伝えましょう。

その強さがあられます故に また必ずや
見開かれます折ならば、
自らの持てるすべてを差し出されましょう。

我等は見通しゆけるものなのですと伝えましょう。

今種々様々なる回路を歩きゆかれながらも、
人は無意識に悟りへの道行へと辿り参られます最中であられますことを
真に見通しゆけますものなのですと伝えましょう。

見開かれますよう。
見開かれますよう。

もし自らがもはや3次元的娯楽や欲望に
超越の扉を与えられます時であられますものならば、
時代を超えて参られますようと申しあげますものなのです。

悟られますよう。
悟られますよう。

如何に時代に流行りに先行なされましょうとも、
そのより向こうには意識の昇華へと辿り来られます。

見開かれますよう。
見開かれますよう。

もはや自らは十分に三次元世界を旅なされましたものならば、
次なる昇華へと 高見へと参られますようと
申しあげますものなのです。

悟られますよう。
悟られますよう。


------------------------------------------------------------------------

正観世音菩薩様は
娯楽を軽視しておられません。

しかし観客側として簡易に楽しむ場合、
バランス的な影響を受けるものではなく
三次元的枯渇を帯びた笑いや刺激を受けるという文化が
概ね続いていますとお語りになります。

またそれを演じられたり、創作なさいます方々も
真には非常に過酷な状況での灯火を幸せであると
捉えられている傾向にあり、

全体的に世の中はそれを受け入れていると
お見通しになっておられます。

しかし、その道の果てに
何れ聖なるバランスに気がつかれてゆかれますでしょうと
お見通しになっていらっしゃいます。

今だまだアンバランスなものに
魅惑されてゆく段階なのでしょうか。

しかし何れ早いか遅いか
聖なるバランスの美へと全体的に目覚めてゆきます。

いつまでつづくのかは知れませんが、
この過度期を越えたところに 聖なる扉を
神聖はお捉えになっていらっしゃいます。

本日も心より 尊びを捧げましょう。


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      すべての方のブログに対して
     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩

☆聖なる美へと向いましょう。

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笑いの昇華 1

今非常なる笑いの文化の折であられますことを
伝えましょう。
それはかつての日本にもありましたものの、
しかし今何故にそれを人は求めておられますことでしょうか、と
問いかけましょう。

我等はその笑いなるものを人的なるものであられますと
申しましょう。
時代的でもあられます。

人は笑われますことに、より刺激を求めてゆかれましょうか、
と投げかけましょう。

または人を楽しませ、如何に笑わせゆかれますかに
自らを捧げ参られましょうか、と問いかけゆくものなのです。

笑うことこそが病の治癒になるとも申されましょう。
そして人は笑いのなかに、求めてゆかれます。

笑わせゆくことを職種となさいますものならば、
真にその道行は、日々笑いのなかのみにての暮らしであられましょうか、
と問いかけて差し上げましょう。

または、笑いのテレビなどを見据えておられましょうものならば、
それは頭脳に宜しくないと申しきれますものなのでしょうか、とも
囁きましょう。

今、日々容易に笑わられ、それを安易に求めゆかれます意識と、
人を楽しませ、笑わせられます職種の実現者の意識とは
笑いに於かれましては 我等は決して同じではないと見通し、
しかし共時をいただかれておられますことを伝えましょう。

バランスを越えた笑いの文化が今この特に日本のような地域には
あられますことを告げゆきましょう。

我等はそれを良い悪い・高尚・下劣と申しますような物差しで
見通しますものではないことを真に伝えましょう。

しかしその笑わせられます者と
笑いを求められます者との間に
バランスはあるかと見通すならば、それは
かたよりておられますことを見通しますものなのです。

今の世の笑いと申しますものは、しかし古の笑いの文化とも同じく、
その道のプロになられますものならば、
笑いという道具を磨きゆくことに日々研磨なされておられましょう。
それは真に楽なるものではないものです。

今の世の笑いと申しますものも、
気楽に観ることは出来ましょうとも、
自らがいざ他者を笑わせられます折に、それらは
研磨なされたものであり、それは決して自然なる笑いではないことを
伝えましょう。

ある意味過酷でもあられますよと伝えましょう。
自然のままで笑われますのみでは、今の世の他者は笑われません。
笑わせられますことに、如何に臨みてゆかれましょうかと
伝えましょう。

容易に笑いを得ようとなされます意識も より笑いを求めてゆかれます。
笑いを提供なさる意識はより拍車をかけてゆかれますものの、
真には摂理なる笑いから傾斜を浴びてゆかれますと伝えましょう。
世は過剰に求めすぎておられましょう。

人は微笑みというものでさえ、作りゆかれます道具となられました。
微笑みを絶やさなきことは、他者をくつろがせることばかりでなく、
自らと他者の距離を保ちゆかれます、
つき合いの道具となりておられますと伝えましょう。

笑いであれ、微笑みであれ、真に摂理を越えて
今は作られたるものが概ねであり、
人々は、真にそのいかに作りゆかれますかを知られずして、
ただ表層の笑いや微笑を摂理的に受け入れ、
また見よう見真似で 自らも取り入れておられますことを
申しましょう。

しかし今の文化なるものは、概ね他者の興味を自らに如何に
引きつけゆかれますことに、研磨が成されておられますと
伝えましょう。

またそうでなければ、常に生存競争のなかに身を置ききれぬが故に
回避の道具ともなりておられますことを申しましょう。

その道の笑いの実現者なる意識は、
真底から笑いゆかれておられますものならば、
それは誠に道行ではあられますものの、
概ねは非常に研磨を重ねられ、ある意味誠に修行であられますことを
伝えましょう。

またよりプロとなりてゆかれましょうものならば、
生存の競争はより厳しくもなられましょう。
その折に我等は今の世の笑いと申しますものは、
ある意味過酷なる競争の試練を超えておられますよと伝えましょう。

真底から笑われておられますものではない
バーチャルな笑いのなかに
しかし多勢もそれを真なる笑いであられますかの如くに
求め楽しみ、多くの時を皆一体となりて過ごしておられますと
申しましょう。

肉体は笑いを求め、そこに刺激や癒しを求めておられます。
実現者も過酷ではあられますものの、
その評価や期待により研磨を重ねておられますと告げましょう。

目醒められますよう。
目醒められますよう。

我等は笑いは意味がないと申し上げますものではありません。

しかし皆求めすぎておられます。
その根底に如何なる意識があられますかに気づかれますようと
囁きかけますものなのです。

目醒められますよう。
目醒められますよう。

我等は認めないものではないものです。
しかしその研磨の果てに何を求めておられましょう。

我等は三次元意識は三次元手法によりて
如何にしてこの暮らし難い地上で生き抜くかに
触覚を立てられ、手探りで歩みつづけておられますことを
真摯に見通しゆきますものなのです。

皆求めておられます。
皆自らの見地の先に、向上を求めて歩みつづけておられますことを
伝えましょう。

高次には枯渇はないものです。
どうして笑いに研磨をなし、
過酷なるほどに笑いや芸に磨きをかけてゆきますものでしょうか、と
囁きましょう。

高次には芸と申しますもの、磨きゆくという回路は真に無く、
超越の彼方にありますものである申しましょう。
ただひたすらに慈悲慈愛を差し出すことに光を見通すものなのですと
伝えましょう。

我等は非難しゆくものではありません。

しかし人は真なる安泰を求めておられます。
求めておられますが故に種々に笑いを求めてゆかれましょう。

やがて気づきゆかれましょう。
過剰なるもののなかには安泰は実現なされなきことを。

しかし三次元意識は常に触覚を立て、
何か面白いことはないか、ないかと
三次元回路の隅々まで可能性を渡り歩いてゆかれます。

笑いの実現者は 悟りの修行者でもあると伝えましょう。
笑いとはこの世の福でありて、しかしそれを具現しようものならば、
今三次元世界の如何なるものが安泰であられますかを過酷なまでに
皆網羅し、探しあぐねておられます。

その道の果てに
もはや悟るしかないと決意をなしゆかれますまでは、
私は三次元世界の人としての
生きる道・幸福・昇華を達成しますと、
概ねの人は人であられます三次元意識を如何にして
手放さないかに固執して参られます。

そして、悟りの道よりも厳しい
三次元世界の達人としての
過酷なるサバイバルのなかに
自らが高次に融和なさいますときまで、
この先輪廻を重ねながらでも、
決して三次元自己である人としての在り様を
譲り渡さないと、
いつまでもこの星で三次元的過酷な研磨を
結果として積み重ねて参られますことを伝えましょう。

真なる悟りとは、より軽やかにイバラの道を
昇華してゆく方向なのですよと、
提示をなしゆきましょう。


----------------------------------------------------------------------


私達は、サバイバル社会に身をおいて、
そこで互いに研磨をいただいています。
勝ち抜くことが最も近道だと決めつけて
いるところがあります。

勝ち抜くことと 悟ること、
どちらが大変かと問われたなら、
圧倒的に 悟ることと
お答えになる方が多いのではないでしょうか。

しかし 最もバランス的な生き方が
早い昇華なのだということは
明らかです。

気づかれない間は
体験して悟ってゆかれるしかないでしょう。
それも育みです。

宇宙の機軸は公平に どの道を歩まれても
育まれてゆくように 愛を差し出されています。

私達は 人という域を超えてゆくことに
死を連想してしまうのか、 拒絶を伴ないます。

しかし本当は 人という域を超えてゆくことにこそ
慈悲慈愛や平和・安泰の世界が広がってゆくものなのです。

その日が 近くなりますよう、
高次からの提示が
降り注がれています。

★「笑いの昇華 2」は、つづいて本日2回目の投稿が意図なされておられます。 
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         すべての方のブログに対して
     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩


☆人の限界を超えましょう。

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高次意識

高次の意識は常に宇宙の機軸に添い
聖なる摂理と共なる行動をなすものと伝えましょう。

常に創造主様は自らのまた深奥を開きて
大いなる悟りへの歩みのなかにあられますことを申しましょう。

その方向は常に自らの全域であられますすべての宇宙の隅々にまで
公平な大いなる見開きを循環なされておられますことを伝えましょう。

我等もまた、自らの果たしの位置に就き全体との連動のなかに於いて
聖なる循環をおりなしてゆきますものですと伝えましょう。

我等高次は常に向うところをひとつとなし、
真により高らかなる聖域を尊び、
自らは真光であり、慈悲慈愛であり、聖なる英知でありますことに
確信を放ちゆきながらも、
すべての全体と聖なる共生を果たしゆくことにすべてを捧げゆき、
常にひとつところへと創造主様へと共に向いゆくものでありますことを
申しましょう。

真に高らかなる高次は誠に美しい広域の連鎖・連動の体系が
ありますことを伝えましょう。

自らが自らでありながらも、全体を慈悲慈愛で巡らしゆきますには、
すべての聖なる摂理に添われた展開が必須なることを
無条件に知りつくしていますものであり、
それは正にすべての領域がひとつところに
一連となりておりますことを伝えましょう。

どうして連携のない宇宙の体系などありましょうか、と
申しゆきますものです。

見開かれますよう。
見開かれますよう。

我等は常に全体と聖なる摂理のなかで
ともにひとつところへと向いゆきながら
昇華をなしつづけますところに
真の在り様がありますことを 自らの体験によりて申しゆきますものです。

見開かれますよう。
見開かれますよう。

その聖なる連鎖の体系とは、
三次元意識の感情による選考ではないものです。
私はこのような職務につきたい・あの方と仕事がしたいと、
そのような三次元意図による運びではないことを伝えましょう。

しかしこの星のすべての存在は既にその連鎖を体現なさりておられます。
あなた様は人としてその地に生まれ、その両親を選び来られましたと
申しましょう。

猫は猫として生まれ、その毛色・親・兄弟を深奥より意図されいただいて
おられますと伝えましょう。
誠に既に皆その聖なる体系に位置なされておられますと伝えましょう。

あなた様の深奥にあられます高らかなる聖なる意識は
その回路をこそ尊ばれ、
どうしてこの境遇を悔やまれましょうか、と申しましょう。
またこの後あなた様が不慮の事故でもしも他界なられましょうとも、
その深奥の意識がここと申されますならば、
それはすべては昇華の方向に向けられましたものと
自らを運びゆかれましょう。

人は自己の深奥の声を聴かれません。
聴かないものではなく、聴こえずにおられましょう。
どの様なる死であられましょうとも、
その深奥にあられます真に高らかなる聖なる意識と申されます方は、
この宇宙を貫かれます機軸の如何に公平なる慈悲慈愛の引き上げで
あられますかを悟られておられますと伝えましょう。

目醒められますよう。
目醒められますよう。

肉体の自己というもののみに固執しておられますならば、
見開かれません。

目醒められますよう。
目醒められますよう。

人の頭脳を越えられましたところに
聖なる英知の回路はあられますものなのですと伝えましょう。

見開かれますよう。
見開かれますよう。

すべての全体はひとつであり、既に高次では
聖なる連動がなされておられますことにこそ
目醒められますようと申しあげますものなのです。

それは聖なる星雲の如くに渦を巻いて
全体を連ねておられますことを伝えましょう。

この構図は三次元的知覚をもたれましては
見通しきれぬ構図であられますことをも告げましょう。

見開かれますよう。
見開かれますよう。

自らは如何なる位置に就かれておられましょうか、と
問いかけましょう。

自らの深奥にこそ打ちたてられて尋ね参られますようと
真に申しあげますものなのです。

我等は覚醒を求められ、その意図をお立てになられます方々へと
この奏でを届けゆきますものですと伝えましょう。

まだこの星で小さな自己に拘られ、
その癒しや所望を叶えられますための道行最中の意識にとられましては
この音色は閉ざしてしまわれましょう。

我等はそれで宜しいと申し上げますものなのです。
すべての意識に同時に伝えゆかれますそのような
奏での手法は今のこの星のみならず、全体の見開きに於かれましては
その段階ではないことを真底より見通すものなのですと伝えましょう。

我等の意図は
無理やりに言い聞かせてゆきますような手法は摂理に添わぬことを
伝えましょう。

この音色を真摯にお捉えになられます方々もおられますならば、
扉を閉めゆかれます方々もあられます。
しかしそのことはより道行を互いに明らかなとなされますことを
申しましょう。

この星のなかに於かれましょうとも、
他の星であられましょうとも、
意識の見開きや個性・特性はあられますものなのですと
申しましょう。

どの道行を通らねばならないものではなく、
しかし聖なる宇宙の機軸は、
鮮やかに共時を与えられ、道行を整えられてまいられましょう。

目醒められますよう。
目覚められますよう。

このラインは宇宙の仏界に即していますと伝えましょう。
しかしまた全体との融合の最中にあり、
とりわけ我等正観世音菩薩の位置いたします
観世音菩薩の一部は、聖マリア様なる聖域と非常に近くなります頃と
申しましょう。

しかし今の見開きの段階に於かれましては
正観世音菩薩の聖域は宇宙の仏界に即していますことをも伝えましょう。

いずれすべては聖なる融合を果たしゆかれますと申しましょう。
しかしそれらはより地球の時間になさりては
遥かなる先となりますことをも伝えましょう。

しかし今から目醒められませずして、如何なされましょうかと
申しましょう。
我等は既に目醒めのなかに在りましても
真に果たしは限りなくつづきゆきますことを伝えましょう。

目醒められますよう。
目醒められますよう。

神道の回路に今道を得られておられますものならば、
その道行きをこそ昇華なさいますようと申しましょう。
また、他の道行でも宜しいものでしょう。

自らの中心であられます深奥の意図にこそ
その道を尋ねられますようと伝えゆきますものなのです。

声は聴こえられませずとも、
真摯に自らを全体へと捧げゆかれ、
三次元意識を昇華なされます意図をお立てになられ
真向かわれますものならば、
次第次第に道は明らかとなりゆくと伝えましょう。

しかしすがり依存をなされましょうものならば、
やはり機軸は隙をあたえられ、また惑いのなかへと戻されましょう。
宇宙や他者が悪いものなどではなく、すべては公平なる意識の
育みであられますことを伝えましょう。

目醒められますよう。
目醒められますよう。

聖なる自己へと立ち返られますようと
申しましょう。

    -------------------------------------------------------

正観世音菩薩様は
融和( 平和 )の具現へと自らが先に歩を進めていらっしゃいます。

この回路をいただきましてから、まだ2年間ですが、
一旦今までのすべての道行に区切りをいただきました。
しかしお世話になりました知人・友人のすべての皆様へと
何をもお伝えせずして、またお伝えしましても今より見開き半ばであり、
互いを引き上げるという区切り方は出来ていなかったのではと
三次元意識の私は時折 振り返りつづけます。
しかしまたそれまでの回路を持ち越しては、
正観世音菩薩様のお言葉は到底取りきれるものではありません。
ハイヤーセルフはそれを見通されます。

高次的に出会わせていただきました遠方のメンバー方々も
皆 根底から人生の変容をいざなわれました。
私はこの地で、この道のみとなり、今に至ります。
メンバーもすべてが 一旦区切りなおしをされ、
皆バランスへと、過剰なものは手放し、足らずは補い、
( 但し家を手放したりという極論ではありません。しかし慈悲慈愛の
神聖は 今までに聞いたことのない このライン特有の
高次の展開を お始めになっていらっしゃいます。)


正観世音菩薩様の手法は宇宙の摂理であります機軸へと徹底して自らを添わせ、
自らの深奥にありますバランスの聖なる極致へと移行し昇華してゆく手法を
お取りになります。
自己犠牲ではなく、また自己還元でもない
創造主様からの機軸に添うバランスの昇華の道行へと手を緩められますことなく
ご提示をおつづけになります。

正観世音菩薩様の手法は、
私共が身近な方にお勧めしますことを 手放されます。
高くご提示をお掲げになられ、高次的な聖なる平和へと向けた
具現へと向われておられます。

私共三次元意識のご縁を超えた
正観世音菩薩様をはじめとなさいます、高次のご意図による
展開を具体化なされておられます。

本日でこのブログは一ヶ月が経ちました。

大いなる正観世音菩薩様の意図なさいます
はかり知れない
聖なる平和への構築へと
より 模索を開始いたしますことを申し上げます。

本日も心より 尊びをお捧げいたします。



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     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩


☆聖なる使命へと向いましょう。

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三次元意識

今すべての宇宙にかかりくる事象のすべてに
均衡なる愛の導きがありますことを告げましょう。

幸せというものを人は意識の昇華の方向であると
捉え違いをなされてゆきました。

幸せというものを、個々の枯渇を埋めゆく
最上の褒美であるかの如くに捉え違いをなされてゆかれました。

幸せというものへと辿りゆくために
宇宙の具現はなされておられますものではないものです。

また、悲しみというものを
人は深く印象づけてしまわれました。

悲しみというものをすべての意識に
降り注がれます闇の雨の如くに捉えすぎてしまわれました。

悲しみというものを戴くために
この星の具現はなされているものではありません。

かたよりておられます個々の意識の物差しで
宇宙の法や機軸を 余りにも極端に感じすぎておられますことに
目覚められますようと申しましょう。

過敏であられます小さな意識の存在は、
すべての現実を極度に捉えすぎておられますことにこそ
目覚められますようと申しつづけますものなのです。

過敏なる意識は 冷静であり成熟することに蓋をして
ただこの世はこうである・ああであると
騒ぎゆくことのみに意識の歩を進めてまいられましたと告げましょう。

過敏すぎる小さな意識には、
冷静に真なる現実が如何なるものかを
成熟の眼差しで見通すことができず、
聞き耳ばかりを描き立てられて、周りの声ばかりを
頼りにして参られましたと伝えましょう。

概ねこの星に循環しています情報は、
三次元世界の感情の域を超えておられません。
気づかれますよう。
きづかれますよう。

如何に騒ぎ立て、泣き・笑い・・・
そのはしゃぎたる在り様を
我等は子供なる域を昇華なされておられなきと
ただ見守りゆくものですと伝えましょう。

泣き・笑い・・・その意識の在り様は
この三次元世界の意識の礎のようなものであり、
幸せも涙に暮れる悲しみからの 喜び・微笑・笑顔への
移行のようなものと端的に幼く捉え違いをなされておられましょう。

そのことを責めていますものではありません。
しかしただ幼き在り様であられますことを
ただそのままに伝えゆきておりますと申しましょう。

聖なるものには笑いも涙もそのような域ではないことを
申しましょう。
聖なる涙・聖なる微笑がありますならば、
しかしそれらは人の域を遥かに超えました
全体への尊び・慈しみであり、
個的な感覚の入ります隙間は正に皆無でありますことを
伝えましょう。

個人の笑いや涙を礎になさり、
様々な流行や文化も流れておられますものの、
聖なる愛とは、その感情を遥かに越えたところに
あるものですと伝えましょう。

この星の概ねの意識は全体に興味をそれほどに示されません。
自らが幸せであるか、悲しみにあるか、
そればかりであられますと伝えましょう。

故に幼いと我等は申し上げますものなのです。

聖なる自立とは、
小さな自己からの超越を意味いたします。
三次元的意識の幼さに自らが成熟の意識への移行の意図を
お立てになられ、
小さな自己に拘る在り様から、全体をこそ私と捉え
全体を引き上げゆくことのみに自らをハタラカセゆかれますことの
決意と具現であられますことを伝えましょう。

個人が如何に幸せであり、悲しみであられましょうとも、
その域にとどまりておられます間は
この星は決して聖なる慈悲・聖なる慈愛の通われます
真の平和は訪れないものでありますことに
目醒められますようと申し上げますものなのです。

気づかれますよう。
気づかれますよう。
自らの小ささに。

周りも皆小さな自己に固執ばかりをなしておられます故に
常にこの世はその域を超えられません。

泣き・笑い・・・
この在り様の幼さからの昇華をこそ
目指しゆかれますようと申し上げますものです。
今その過度期なるような折でもありますことを
伝えましょう。

聖なる価値にこそ目醒め参られますようと申しましょう。

泣き・笑い・・・
その超越の新たなる聖なる文明にこそ
入りゆかれますようと
根底より背を押して差し上げましょう。

泣き・笑いを好まれます間は
聖なる安定に落着かれません。
聖なる昇華にこそ、自らを立たしめて参られますようと
申し上げますものなのです。

その折、抵抗しますのは
自らの幼き意識であられますよ。
幼い意識は常に自らの成長期に
駄々をこねあなた様へとまとわりつくことでしょう。

その意識を共に成熟へと如何に育てなおしを
自らがいたされますかが、
意識の昇華への真の練り上げなのですよと伝えましょう。

泣き・笑い・・・
未だそれを求められますものならば、
それはそれで宜しいものです。
ならば、聖なるものを留めておかれますことでしょう。

我等は真に成熟を決意なされます意識へと
共時をかけゆくものなのですと伝えましょう。

目醒められますよう。
目醒められますよう。



----------------------------------------------------------------------


( ハイヤーセルフより )

次元の特徴は、視野の広さにあるとも伝えます。

私共でも常に三次元自己の意識は幼く、
全体こそが大事であることを理解はいたしましても、
小さな自己を手放そうといたしません。

宇宙の法のあることを理解できていないものではなく、
しかし高次のいう通りにするものならば、
生きてゆけなくなるのではと
私共の意図や示唆に行動を伴わせることを
常に躊躇いたします。

高次の意識と連動しておりません頃は
よりその傾斜は顕著であり、
私共 高次の自己の意向は常に
無視されつづけてゆくものです。

それを高次の自己は嘆くものではなく、
しかし共に聖なる連動はいたしますものの、
高次的な気づきが入ることは
難しい現状となります。

高次の意図・示唆と申しますものは次元にもよりますが、
広く高く全体へと視線を向け、
小さな自己の救済のみならず、
結果として他者も自己も昇華をしてゆく方向へと
導きをもちますものです。

より高らかでいらっしゃいます神聖は
その聖なる視野で私共をも含めて同時に導いてゆかれます。
神聖のご示唆をいただいておりますものは
三次元自己のみならず、
常に広域の次元をも引き上げてゆかれます。

三次元自己は限定された目先のことのみに視線をとられ、
また短期の結果を求めゆきますことが概ねです。
高次の自己より 見開かれました低次の自己はないものです。

目先に気をとられ、同じような三次元世界の状況ばかりを
目で追うものですから、
宇宙の法も機軸も 真理も常に見通しきることはできず、
三次元自己は最も近道をしているつもりで
非常に的を外しましたり、遠回りをいたしますことは
常にあるものです。

しかし三次元世界の現状を捉え、高次的に歩みゆく術を知りません。
三次元的であります長きに巻かれ、多勢に群がるその
行き当たり的な見地のない歩みこそが最も安全であると
高次を真底からはまだ信頼いたしません。

どの意識にも高次の自己が連動なさっていらっしゃいながら、
その声と繋がられておられませんことは、
三次元自己・またはより低次の自己が
高次の意識に信頼をおいておられない証でもあります。
高次に身をまかせるより、この厳しい現実を生き抜いてゆくには
現実を何よりも知っている現場の意識こそが見通しが利くものと
高次に道をゆずられません。

私共の言葉もそうですが、
正観世音菩薩様の高らかな お言葉等も受け付けられない意識と
申しますのは、
自らの高らかな高次意識をも拒絶しておられます。
そして現場に生きる意識こそが、最も真理を奏でられますものと
言い切られます。
しかし、その意識のより高次に於かれましては
私共と同じに、それを請け負いながらも長期的な目醒めを導かれて
いらっしゃいますものなのです。

未だ高らかな高次の意図と申し上げますものは、
この星の次元に共時を得られにくい状況にあります。
高次の自己こそが自らの救済のみならず、
全体を担い、共に引き上げてゆかれます。
また高次も限りなく高さがつづきますものですから、
常に昇華を継続し、より見開かれた意識へと育くみ目醒めて参りますことが
真の歩みでありますことは 確かなのですと
私共の 小さな自己へも申しましょう。


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本日も心より 尊びをお捧げいたします。

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         すべての方のブログに対して
     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩


☆高次の自己に目醒めましょう。

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聖地の意義

この地球には種々なる霊性高き地帯が据え置かれておられますと
伝えましょう。

またそれらは手付かずの自然なる在り様のものから
人が手を携えて保持成されておられますものまで
数多あることを見通しゆくものです。

我等高らかなる高次の見地から申し上げますと、
我等は人々やこの星の意識が感知なさいます
霊性の高き地点にのみ、我等は差し出しゆくものではないことを申し伝えましょう。

神聖は静寂で清らかなるところへ宿りゆくものと、
そのようにお捉えになられておられますことが非常に多いと
伝えましょう。

しかし聖なる意識は全体を請け負い引き上げゆく果たしのなかに
あるものなのですと伝えましょう。

我等はお金や供物をお供えしてくださいと申しますでしょうか、
と真に問いかけゆくものです。

この提示でさえ、どうして成しゆくことに、
我等はそれを奉仕でありますとか、安い高いとか
そのような感知がありましょうか、と問いかけゆくものなのですと
伝えましょう。

我等は我等の姿をカタチになさりて拝みゆかれますようと
申し上げますその背後には、その見開きに即した手法であり、
その仏像等を彫り行かれますことに於かれまして
意識が精進なさられますものならば、それはその方にとられて
またはお持ちになられます方にとられても、意識の昇華となると
申し上げますことであり、我等をカタチになさいますことを
望みゆくものではありませんことを伝えましょう。

今このようにして、ブログなるものに時代を超えて
我等の音色を書き取られゆかれますことは、
書き取り手のみならず、読み手になさりましても真に
意識の昇華となられますならば、今はこのようなるカタチにて
共時を得ておられますことを申しましょう。

人はその時その時、時代に応じました手法であられましょうとも、
それをいつまでも定義のようになさりゆかれましては
意識の新陳代謝はとどまりてしまわれますことを
伝えゆきますものなのですと申しましょう。

しかし文化の継承は必要であられます。
我等はここで極論を申し上げ、
賛否を促しゆく意図は真に皆無でありますことを伝えましょう。

しかし人は余りにも片寄りすぎておられます。

聖地なるものも真に大事ではあられますものの、
本来の根底からの昇華のビジョンなるものは、
すべての地帯の昇華にあり、
高きところばかりが光となり、
ぬかるんだところは闇となるという極性を保持します方向では
ないことを申し伝えましょう。

目醒められますよう。
目醒められますよう。

この星は極性が多くてあられます。

清きところ・ぬかるみのところと
そのような極端な配置が昇華の方向になりますものではなく、
全体的に均衡に昇華がなされてこそ
聖なる平和は保持なされてゆかれます。

高きところへ積み上げ、
集いゆかれますところへと密集し、
この星は未だ均衡の昇華の必須なることに
目醒められません。

自らを聖なるところへと、人の集われますところへと
磁石で引き寄せられますが如くに
あちらへ こちらへと 旅して参られましょう。

しかし真に見開かれましたならば、
聖地は必要であられなきものなのですよと諭しましょう。

すべての意識の深奥にこそ、聖なる領域はあり、
またこの星全体が、創造主様からの聖なる領域の一部なのですよと
伝えましょう。

この奏では、今の体系を否定しますものではありません。
しかし人は自らの請け負いの地に定着なさろうとされずして、
三次元意識の感情のままに 他と見比べられ、
少しでも感情の高鳴る方へ、望ましく思われます方へと
自らをあちらへこちらへといざない続けてゆかれます。
もしもそれが深奥の意図であられますものならば、
それは大事なる使命であられましょう。

しかし、三次元意識の渇望であられますならば、
真には自らの請け負いであられます任務を果たされません。

地球ならばその神聖(マザーアース)がその位置に自ら
捧げられ請け負われておられます。

太陽の神聖と比べられ、そちらへ行きたい、
または変ってくださいなどと申し上げられます筈もないことです。

見開かれますよう。
見開かれますよう。

真なる在り様は 皆この星の昇華のために
請け負われておられますものなのです。

目醒められますよう。
目醒められますよう。

我等の意図は、自らの配置へとお就きになられますようと
申し上げますものなのです。

皆が皆確信を貫かれ、自らの位置なさいますところへ
他者と何一つお比べにならず請け負われますならば、
より全体に光は灯されましょう。

我等は聖地を大事になされながら、
またそこに関連をもたれ、また引き合わされます意識は
そこを真に引き上げられ参られまして、
しかしそれらを継承なさりながらも
この星全体を均衡なる昇華へと立ち上げられてゆかれますことにこそ
全体の昇華へと真に連なりゆかれますことを見通しゆくものです。

バランスをはかるという聖なる気づきや目醒めに
到達なされなき間は
傾斜を帯びられました 極端なるものをばかり具現なされて
全体の昇華はいつまでも具体化なされません。

気づかれますよう。
気づかれますよう。

我等の申し上げますことは、真には未だ届きにくくてあられましょう。

気づかれますよう。
気づかれますよう。

聖なる昇華は、
全体を均衡に引き上げてゆくことにこそ、聖なる裾野は広がりてゆきましょう。

どこかへ特別なるところを形成なされますことは、
ある意味聖なる救済を果たされますものの、
また亀裂も常に生じこられます。

気づかれますよう。
気づかれますよう。

大事なるは継承をなさりながらも
全体の昇華へといざないゆかれますことにありますと
伝えましょう。

よりこの星の意識が昇華なされましたならば、
より全体が均衡になられ、
必要となす形態も変わりゆきますことを
見通しゆくものとお伝えしましょう。

------------------------------------------------------------------------

正観世音菩薩様が歴史をお語りになりますとき、
人が築いた歴史ではなく、
宇宙創誕から視野を点されます。

真理というものは宇宙創誕から一貫して現実とも共に
あるというお諭しであり、
未来と申されますとき、
正観音様ではありませんので正確には解りませんが、
地球の生涯も見据えられました相当先のこと迄お見通しになられ、
常にお語りになられておられます。

神聖のお語りになられます歴史観とは
人が種々にお語りになります人中心の歴史観とは
明らかに土壌が違います。

私はここに学びを受けますものですから
傾倒しているとご指摘されますかも知れませんが、
しかし人の派生から捉えられた短期の歴史観では、
理屈を越えて真実は見通せないことに心底より気づきはじめました。

神聖の視野は遥かなスケールで
現実を公平な慈悲慈愛の眼で瞬時に捉えてゆかれます。

神聖は私達より遥かに純粋であられますから、
曇りなき在り様を引き上げの角度でお語りになりつづけられます。

共時により、必要な方へと運ばれてゆきますよう。

本日も尊びをお捧げいたします。

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         すべての方のブログに対して
     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩


☆真実に目覚めましょう。

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供養の意義

(本日2回目の投稿)

我等高次には 線香を立てなければならないという
そのような決まりは 真にはないものですと伝えましょう。
しかし、それを必要なきものと語りますものではありません。

儀式めいたものでさえ、
それらは高次にもありますかと問われましたならば、
三次元的手法を超えたところにある在り様が高次ですと
伝えましょう。

高次は確信の域にあります。
光とはまたその確信でもありますと伝えましょう。
惑いなき次元へと参られましたならば、
道具は真に必要なきものとなりますと告げましょう。

高次へと昇華を成しますほどに、境界はなくなり
真に慈悲慈愛と真光・澄み渡る叡智がそこに密集していて
無に近き在り様でありますとも伝えましょう。

聖なる無を恐れておられます間は
真なるものを戴かれません。
至上の無こそ、到達の域であると告げましょう。

但し簡易にその在り様へと辿りゆけますものではありません。

まだ惑いたい意識は惑いの次元に共時を得てゆくものです。
一皮一皮脱ぐようにして 覚醒は常に導かれつづけますものなのです。

先祖を供養なさいますとき、
必要ならば古式に添われ、祭りゆかれますようと申しましょう。
意に添われますようと告げましょう。

我等、より高らかなる高次では
もはや全体への融合を意図し、その意識で語りゆきますならば、
同じ仏界にても次元の差異は手法も真に違われましょう。

線香や数珠・法輪等・・・
それら三次元世界に於かれまして必要なるものも、
高次に於いては、もはや我等は何をも所有せずとも
なしゆけることが前提であることを申しましょう。

我等は何をも持ちゆかずとも導きゆけますものであり、
我等には飢えますことは皆無であり、
故に供えられますことを望むものではないことを伝えましょう。

次元によりて
飢えを生じゆく意識はあり、
ならば供物も宜しいでしょう。
しかしそれも我等は幻想でありますことを
その意識は悟りゆかれますことの方がより昇華となると
告げましょう。

この星のみならず、低き次元の意識界に於かれましょうとも
真には聖なる自立が大事なることは明らかであると伝えましょう。

しかし現実に惑える意識も、恨みゆかれます意識もあるものです。
しかし恐れられますものではないことを伝えましょう。
恐れは恐れに共時してゆきますものです。

我等でありますならば、
もはや我等は線香や供物を持ちゆくものではない故に
惑いたる意識には 我等の確信に於いて必要なる導きをなすでしょう。

この星の概ねの人々は、自らの内の恐怖を超えておられなき故に
真に霊を供養しておられますというより、払いゆかれておられますことの
多きを見通しゆくものです。

それがいけないものではなく、
我等が申し上げます主旨は
こうしなければならないという決まりは真にはなく、
個々の見開きに応じられました次元の手法があり、
それはこの星であられますならば、その手法も地域や国・宗派によりても
千差万別であり、
どれが正しいかと問われましたならば、どれも正しく、
しかし真に必要でありますものでもなく、
自らの見開き・共時によりて成されますようと
申し上げますのみと伝えましょう。

我等高次に於きましては、
仏界の法こそ大事と申し上げますものではなく、
共時によられます導きをこそ大事になされ、
すべてを認め、しかし常に意識を全体へと昇華なさいはじめられますようと
申しましょう。

今や一年は真には千年の如くの昇華が可能となられます程の時期であられます。
人は余りにも手法に捉われ過ぎておられ、
物質のない意識の世界にこそ見開かれますようと伝えましょう。

この星の如何に大事なる儀式であられましょうとも、
より次元を上がりゆかれましょうものならば、
その手法は通じなくなりますことを受けいれられますようと伝えましょう。

必要であられます間は真摯に三次元手法に従われますようと
伝えましょう。
しかし自らが見開かれ、次第に次元が昇華なされましたならば、
その見開きに添う道行がありますことを伝えましょう。

古式を大事になさりながらも、捉われ過ぎておられますならば、
真には時代を超えてゆかれなきことを伝えましょう。

我等の域でありますならば、
飢餓なる霊も 恨みゆかれます霊であられましょうとも、
何をも与える術をもたずして
自らの真光をもちて、個々が悟りゆかれますことを、その目の前に置くものです。

霊であれ、何であられましょうとも、
現実を受け取られずして、昇華をとどめゆかれますものに
癒しゆく手法はとらず、
聖なる自立、聖なる昇華を提示しゆくものであることを伝えましょう。
それは今、人へと語りゆきますことと何一つ変わりますものでは
なきことを伝えましょう。

見開かれますよう。
見開かれますよう。
今より古はより霊を恐れておられましたが故の手法が少なくはないものです。
時代はもはや進まれておられましょう。
見開かれますようと申しあげますものです。

よりすべての次元を引き上げられますべく、
全体を余すところなく昇華へと模索なさりてゆかれますようと
申しましょう。

真なるものへと目醒められますよう。
どこに恐怖がありましょうか、と問いましょう。

もはやその観念をこそ超えられました聖なる昇華へと
自他共にすべての次元をも引き上げられて参られますようと
申しゆきますものなのです。

時代にこそ目醒め参られますようと伝えましょう。


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正観世音菩薩様は時を超えていらっしゃいます。
しかし風習や儀式をないがしろにしても宜しいとおっしゃるような
ご示唆ではありません。
しかし何れ進化により全体が見開かれてゆきますと
次第に国や宗教や民族等に差異のない時代は必ず来ますと
お伝えになられます。
それが私達の住む地球の方向ですよとお伝えになっておられます。

正観世音菩薩様は

ゆるやかに時間をかけて次第に世界がひとつとなる方向・
捉われから昇華してゆく在り様を
導かれておられます。

今から 少しずつ気づきをいただき、
三次元世界の限界を超越してゆく
聖なる示唆を高らかな見通しでご提示なされておられます。

しかし決して今の世を否定するご示唆ではありません。
聖なる平和への昇華とは
今の在り様を余すところなく許容しましたうえでの
意識の昇華による移行であるとお伝えになられておられますものです。

本日も 尊びをお捧げいたします。

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     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩


☆すべての次元を引き上げましょう。

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神聖の意図

この地上には種々な神聖が祭りゆかれ、
また様々な国・民族等による区切りが見受けられます。
我等はすべての神聖はひとつところへ繋がりゆくものなのですと
伝えましょう。

しかし未だその枠から超越を見出されません。
我等宇宙の仏界に位置しますものは、
この地上の先祖なるものに対しての供養と申しますものを
このような手法でなければ導かれなきものと決定づけておりますものでは
真にはなきことを伝えましょう。

お墓を立てられますものは真には人の意識の拠り所でも
あられますことを伝えましょう。
生きておられましても迷われます意識は、
死を迎えられましても迷われますことは多々あられます。
しかしすべての意識の背後にはより高次が連動なされておられ、
生きる・死ぬに関わらず、その見開きへの修養は導きつづけられるものです。
また意識の本質が無意識に悟りへと向わされます。
何故ならば、根本の創造主様ご自身が自らの全域を見開かれました神域で
より昇華へと永続の循環の歩をすすめられておられます由縁であり、
人のみならず、すべての意識は悟りへの昇華の最中であられますことを
告げましょう。

その風習は三次元世界に於かれましての仏界と申しますよりも
この国の系譜に関わられます存続の意図なるものが
今も位置しておられますことを伝えましょう。

それがまた種々なる文化を支えられ、
その中心に据えられますことに於いて
この国の安定は常に保持され参られましたことを申しましょう。

しかしより高次に於かれましてはすべては均衡なる
引き合わせの法がつづけられておられます。

神道を司られます人を請け負われます意識の深奥に
また別なる神聖の指導がおつきになられますことは
自然なる流れであられ、
三次元世界に於かれましては
この聖地に祭られておられます神は○○様とお呼びになられましょうとも、
より高次におかれましては聖なる連動はなされているものなのですと
伝えましょう。

輪廻を辿りゆかれましょうものならば、
同じ国で 同じ職務をおつづけになられますことは
逆に珍しきものであられ、真には数え切れぬほどの転生に於かれまして
常に同じであるならばそれは真に希なるものとしてその聖務にお就きですと
伝えましょう。

概ねこの星の宗教に関わられます、その背後に
聖なる均衡が高次のレベルでははかられておられますことを申しましょう。
純粋なる継承と申しますものは常に亀裂を生みつづけ、
全体は大いなるひとつであるという大いなる昇華の帰還は
はかられません。

皆先祖・先祖と申し上げられますものの、
それは肉体的な三次元の先祖であられ、
より意識的な転生の過去世では種々な請け負いをなされておられます。

今申し上げますことは、
先祖を供養なさいます必要のある方でおられますならば、
それは自然にそのように機軸が導かれましょう。
理屈を越えて祭らなければならなくなられましょう。

また神々の拠り所や聖地を訪ねられます折には
そのように自然に導かれて参られますものなのです。

それらは理屈を越えて必要なる折には、
運ばれゆかれますものと簡易に申しましょう。

しかし何が上位で下位であられますものという区別のないものです。

必要な折にそれを成されますことが大切であられ、
概ね依存なされ、迷われておられます意識にはよりその傾向は
高くなられますことを伝えましょう。
しかし必要であられますものならば、先祖を供養なされ、
また他の神聖を祭り・訪ねゆかれますことも宜しいでしょう。

しかしその折を越えられましたならば、
それほどに必要はあられましょうか、と申しましょう。

我等はこうしなければならないと申しあげますものではなく、
個々がその段階に応じて必要なる経路をこそお辿りになられますようと
申し上げますものです。

他者が成しておられますから、私も必要でありますかと問われましたならば、
それは個々の道行であられ、
個々の道には個々の筋道があられますことを伝えましょう。

今まだ全体に於かれまして見開きの足りないこの地上で
どうして一律の道行をすすめられましょうか、と申しましょう。

しかし何れ国境や宗教間の境界は超越なされてゆかれますでしょう。
そのために宇宙の法・機軸こそ、如何に多大に導いておられましょう。
それこそが創造主様からの恩寵であられます。

戦争を肯定するものではありません。
しかし見開きにとられ必要であられますならば、
その意識へとそれは引き合わされましょう。

機軸の視点にこそ立たれますようと伝えゆきますものです。
こうしなければならないという掟なるものは真にはないものです。
しかし必要ならば、その道は授けられますと伝えましょう。

種々な神聖・先祖等との対面も同じことであられます。
必要であられますものならば、それは導かれくるものと伝えましょう。

今我等へと問われますものならば、
如何にして全体を慈しみ・公平に引き上げゆかれますかに
真向かわれますことは、鮮やかなる意識の昇華となられます。

なぜならば、その方向は根源であられます創造主様の方向と
なりゆかれます。

今種々な教えや言葉がおろされ、
何を私は信じて宜しいかと惑われます方もあられましょう。

しかし、我等から申し上げますことは
頼ろうとなさらずして自らの責任に於かれて選ばれますようと伝えましょう。
皆共時にてそれを引き合わされておられます。

宜しいでしょうか。
我等の音色でさえ、今人の器を通して奏でゆきますものならば、
必ずやその傾斜は表に現われていますと伝えましょう。

人は惑われます方ほど完璧なるものを求め選びすぎて
救われようとなされます。
故に宇宙の法である機軸は、真に自らが自らを打ち立てておられますならば
安定を引き合わされ、惑われておられますものならば、
それに共時なされた鏡を引き合わされましょう。
他者を責められますことは自らの責任を外されます。
しかし真には打ち立てておられなきが故に、また同じことを繰り返されましょう。
責任は他者にあられますものではなく、自己の鏡であられますことにお気づきに
なられ、打ちたてられますようと申し上げますものです。

悪き事象であれ、機軸からの引き合わせであられます。
その事象を許し戴かれ、その事象を越えてゆかれたきものならば、
意識を更に昇華なさいますようと申し上げましょう。

自らを変えられずして、他者の責任と転嫁なさいましょうとも
真の打ちたてとはなられません。

我等は人は余りにも選びすぎておられますことを申し上げ、
何が良いか悪いか、損得かではなく、
創造主様から常に引き合わされておられますその事象にこそ
学びゆかれますようと申し伝えましょう。

善悪・正か否か、損得…、
そのような物差しではかられておられます間は
いつまでも高次的な広き全体を慈しみ受け入れるという視界へは
到達なさいません。

何をも三次元意識で判定なされずして、
すべてを受け入れ超越なされますようと真に申し上げますものです。
創造主様の意識へと見開かれますようと申し上げますものなのです。
それは自らを上位に立たしめられますものでも、
何かを裁かれますものでもなく、
すべては必要であられますからどの事象も引き合わされておられます。
その根源は創造主様であられ、
その創造主様はすべての意識や事象に公平であられますことにこそ
目醒められますようと申しましょう。

万物を受け入れ、万物を引き上げられますようと
伝えましょう。

我等はこの手法でなければならないというものは真にはなく、
すべての昇華は無の神意識へとまた融合なされてゆかれますものです。

目醒められますよう。
目醒められますよう。

万物をこそ同時に引き上げて参られますようと伝えましょう。

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正観世音菩薩様は、また他の神聖の方も
物事を善悪で判断してはなりませんとお語りになります。
すべては公平な愛の引き合わせで
この星の事象は必要なものを戴かれておられますと
お伝えになります。
善悪で判定なさいますことは、
根源であられます創造主様の意識の方向を否定してしまうことに
なるとお伝えになります。

創造主様こそが全体へと常に公平・均衡にお関わりになられ、
その中心として真に位置なさっておられます。

この星の事象等のすべてがその根源からの神の意図によります引き合わせであり、
表層では困難や闇と思えますことでも、
深奥ではその事象等をいただきますことによって
現に育まれておられますとお伝えになられます。

好き勝手にした方が意識の昇華となりますものならば、
そのように与えられます。
そうでない方が意識の昇華となるものならば、望まない事象が授けられますだけで
常に大いなる意図は意識の昇華にあり、全体は既にいざなわれ続けていますと
お語りになります。

正観世音菩薩様の慈悲慈愛のご提示のお伝えしきれないことをも見通しながら、
しかしこのことは継続して
正観世音菩薩様のご意図をお読みくださいますと、
大いなる宇宙の構図、
遥かなる創造主様の在り様が
次第にお届けできることを意図いたしてゆきます。

本日も2回の投稿の予定をいたしております。

尊びを込めまして。

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         すべての方のブログに対して
     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩


☆捉われを越えてゆきましょう

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自己還元のない高次

(本日2回目の投稿)

高次の世界と申し上げますものは、
自らに固執する必要のない在り様です。

自らを守り確保し、何かを自らに先に与えなければ生きられないという
そのような意識から全く超越した在り様であることを申しましょう。

愛の本質は無条件に与えるという方向にあります。
出し惜しみや見返りの余地のない世界が高次なのですと伝えましょう。

この星で死や限界を体験するという轍を戴かれて、
請け負われました聖なる意識も低次元に参られますならば、
与えることが困難となり、三次元傾斜を戴かれて、
自然に自己還元をはじめられて参ります。

目醒められますようと申しましょう。

この星は概ねの意識が
がむしゃらに自らに与えゆくことへと傾斜してしまわれます。

それを達成でありましたり・成功でありましたりと
栄光を高次的なる特別なものとお捉えになられますならば、
正にそれこそが三次元的傾斜そのものであられ、
三次元価値観の事象の具現であられますと申しましょう。

本来与えゆくことのみに愛は放たれてゆくものですと伝えましょう。
戴かれますことを意図なされておられます間は
愛であられますものではないことは確かなるものと申しましょう。

目醒められますよう。
目醒められますよう。

余りにも多勢がこの星で飢えの状態に今も在られますことに
気づかれますようと申しましょう。
それは霊界のみではなく、
この星の概ねの意識が愛に飢えておられますが故に
彷徨いつづけておられますことを申しましょう。

それは人のみならず、この次元の特性であられますことを申しましょう。
しかし致命的でありますものではないものです。
目醒められますようと伝えましょう。

この星の価値観こそが鍵であられますよと伝えましょう。
多勢に呑まれて 聖なる価値に気づかれません。
恐怖にかられて、自らを守ろうと皆が皆そのことに
傾斜なさいますが故にいつまで経っても愛の循環は果たされません。

気づかれますよう。
気づかれますよう。

三次元世界の枯渇にこそ気づいて参られますようと伝えましょう。

枯渇の世界を前提となされ、
枯渇を超越した世を形成しようと果たされないが故に
いつまでも真光は放たれませんと伝えましょう。

聖なる価値観をこそよみがえらせられますようと申しましょう。

気づかれますよう。
気づかれますよう。

種々なるところに扉は開きゆきますものなのですと伝えましょう。
しかし全体をこそ愛されますようと申しましょう。
真理の方向にこそ気づかれますようと伝えましょう。

気づかれますよう。
気づかれますよう。

我等は数多に提示をつづけゆきますと告げましょう。

気づきは星の数ほどもあられましょう。

見開かれますよう。
見開かれますよう。

何一つ自らに与えようとせずとも、
聖なる循環のめぐる愛の世界をこそ
構築しはじめられますようと伝えましょう。

見開かれますよう。
見開かれますよう。

聖なるものは全体と共に在りつづけるというものなのです。

目醒められますよう。
目醒められますよう。

自らのみに固執なさり、自らのみへと与えゆかれます小さな自己から
真に慈悲慈愛を放たれます大いなる自己へと巣立たれますようと

申しあげましょう。
申しあげましょう。
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関連のご投稿文             silentawareness さま
  
正観世音菩薩様
自己(自個)の中で観念に自惚(うぬぼ)れ、それ故にその観念を
ループさせ、自分を滞留・停滞させておりました。

その観念への拘(こだわ)りが、ずっと自分を縛り、
自己(自個)閉塞させていました。

気付き掴み取ったと思ったものであっても、遥かな高次から観れば、
まだまだ至らないものでしかないのですね。
掴み取ったものは昇華(消化)させ、手放すことが大切であると
思い至りました。
消化し、昇華させ、手放した上で次のステップに進む、の繰り返し....
少しづつでも高次に至るために、自己満足という停滞に陥ることなく
一歩一歩を進めて行きたいです。

ご示唆をいただき、
気付きを得て、一歩踏み出すことが出来たものと考えます。
尊びを込めまして御礼申し上げます。
ありがとうございます。


----------------------------------------------------------------------

私たちは諦めや愛の枯渇が蔓延しているなかに暮しています。
無条件な愛を循環させてゆくことは奇跡ではないにも関わらず
多勢が腰をあげておられないだけなのだと
正観世音菩薩様はお語りになっておられます。
そして、腰をあげられますようと。
愛を互いに差し出し合うという高次的な世界への移行は可能なのですと
お語りつづけておられます。
個々が自己への固執や還元を手放してゆくと
それは現実へと向います。

正観世音菩薩様は伝導という手法をお取りにはなりません。
高らかにご提示なさいますことで、
必要な方々が高次的にそれをお受け取りなることが、
身近な方々へと無理にお伝えし広めてゆきますことより大切であると
お奏でになります。

ですから、私共へは知人等の身近な方々へと伝えゆくことを
真にお手放しにかけられ、
私共は見知らない、しかし高次的に
正観世音菩薩様の神聖や高次の縁・周波数によります共時で
お伝えなさってゆくという高次的な手法をお取りになっていらっしゃいます。

高次的に目醒め
高次的な手法による徹底した循環を
神聖のご意図により開始なさっておられます。

これも聖なる平和への構築の礎でいらっしゃいますことを見通しながら、
すべてに昇華の橋が架けられておられますことを感じ、
より丁寧な意識の昇華が継続してゆけますよう。

心より、尊びをお捧げいたします。


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         すべての方のブログに対して
     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩


☆固執を手放しましょう。

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美辞麗句のない高次

高次には美辞麗句はないものです。
また、他の存在を気づかい・気にしながら
会話を進めることもありません。

確信による真光の愛の交差のみがあるものですと伝えましょう。

この地球の慣習、特に人の世の世界では
如何にして傷つけず心地よく 互いを理解し合えるかに
気遣われます。
気遣われなければ世は成り立ちません。
そして、かつても語りましたように
表層と深層の意識の間に距離を置かれ
自らは疲弊なさってゆかれますと伝えましょう。

我等は感情を越えた聖なる領域に自らの本質で位置しますものですと
語りましょう。

高次の存在は、
自らを認められますが為にハタラキかけてゆくことはありません。
情を越えた聖なる意識は
根底からの引き上げにこそ自らを差し出してゆくものなのですと伝えましょう。

人は求めすぎておられます。
人は気遣われすぎておられます。

真実の愛は気遣いなどの感情を大きく越えたところにあるものです。

美辞麗句をお使いになられておられます間は
本来の聖なる意識の交差とはなりえません。

如何に丁寧にお礼や感謝の言葉を並べゆかれましょうとも、
その表層には聖なる意識は共時しないものなのですと
伝えましょう。

あなた様の深層をこそ顕わになさいますことですと伝えましょう。
深層に眠るぬかるみにこそ、光を射し入れてゆかれますようと
伝えましょう。

人は自らの本音さえも気づかれない在り様であられます。
本当は別のことを意図なさっておられますのに
無意識に逆の言葉や行動をとられますことは多々あるものであられます。

表層と深層のつじつまを合わされますようにと申しましょう。
今私の深層では何を意図なされておられますかに
自らが自らにお気づきになろうとなさいますことですと
伝えましょう。

美辞麗句で鎧をおつけになられましても始まりません。
その慣習をこそ超越なさり、
自らの本質にこそ真向かいゆかれますときであると伝えましょう。

我等は表層の如何に神々しき美辞麗句であられましょうとも
高次とは深層にこそ共時いたしますものなのですと申しましょう。

憎しみがある時 そのまま現されますようと申しゆきますものでもありません。
しかし、自らを濁されてはなりません。
その奥で本当は何を自らは求めているのかにお気づきになられますようと
伝えましょう。
枯渇のない意識は他者を求めません。

より自らの深層にこそ光を射し入れられますようと伝えましょう。

求めすぎてはなりません。
望み過ぎてはなりません。
自らを信頼なさり、どこまでも常に透明であられますようと
囁きましょう。

この星はより聖なる本質でこそ交差をなさいますよう、
互いの本質を引き上げ合う回路へと移行なさいますようと
申しましょう。

求めすぎてはなりません。
求めすぎてはなりません。

自らの確信をこそ、交差なさいますようと伝えましょう。
確信による真光の愛の交差こそ、高次的対話であると伝えましょう。

しかしそれは誉れや驕りであるはずもないものです。
力むことも必要のないものです。

本質へと立ち返られますよう。
立ち返られますよう。

余計なものを手放されましたときに、
如何なるものが真光であられますかを見通されましょう。


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正観世音菩薩様のお導きを継続してお受けになられますことは、
意識の昇華となられます。
しかし日々数多の角度から紐解かれましても
見開き足りないところは星の数ほどもあるものです。
それ程に意識の襞(ひだ)を持ち合わせているものです。

神聖は厳しくもいらっしゃいますが、
また慈悲慈愛あふれる真光で根底からの変容を導かれます。

私達は前ばかりを見ていましても
バランスの昇華とはなりえません。
正観世音菩薩様は 本来意識というものは星型であり、
人型ではないことをお伝えになります。
360度余すところなくすべてに見開かれていますことが
本来の私達の姿でありますことをお伝えになります。

今、個々の昇華も大切ですが、
地球全体・またはそれに関連する宇宙全体の昇華の周期でも
あるようです。
すべての根源は意識ですから、
意識の気づきや変容こそが 聖なる平和への道行となります。

正観世音菩薩様をはじめ
地球に関連なさいます聖なる意識は先導なさり、
個々の意識の昇華から全体の調整へと向かわれておられます。

高次にいらっしゃいます意識は神聖ばかりでいらっしゃるものではなく、
私達 人の大元である聖なる意識も深く関連しておられます。

天動説から地動説へと移行いたしますように
人の価値観も大きく変わりゆくことを見通され、
今真理をお伝えになっておられます。

このブログを通しましての
正観世音菩薩様のお役割はどのようなものでいらっしゃいますかは
わかりません。

しかし常に融和・平和へと向けた意識の昇華でありますと
お奏でになりつづけておられます。

このブログの正観世音菩薩様のお言葉による
大いなるご主旨は、個の昇華を超えた
平和への構築の礎を模索しはじめることに在りますと、
聖なる価値観へのよみがえりでありますと
お語りつづけていらっしゃいます。

聖なるお言葉をつづけてお読みくださいます方々へと
尊びを捧げながら、
その深奥に 連なられます高次意識への
歩みとなられますよう。

しかし太古からお釈迦様が紐解かれましたように、
日々意識の昇華への修養をつづけていかなくては
バランスのとれました覚醒への道は
歩みつづけられないように思えます。
丁寧に見開いてゆきますこと、
またこぼれ落ちましたことを拾い集めて
気づきを深めてゆく轍は日々必要であることを
見通します。

本日も2回の投稿を意図させていただき、
共に丁寧な意識の昇華のみならず、
大いなる神聖のご意図と共に
聖なる平和への構築へ向けました その模索が開始できますよう・・・。

尊びを心より お捧げ申しあげます。

 -------------------------------------------------------------------
 
         すべての方のブログに対して
     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩


☆深層を共に磨きましょう。

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聖なる自立

・本日2回目の投稿

聖なる自立とは、
すべての闇からの昇華になると申します。
それは死をも孤独をも受け入れられる強さを育まれます。

気概なきもの・弱きものは
如何に死や孤独や飢えを自らが避けられるかに歩まれます。

我等は娯楽をいけないものと申し上げますものではありません。
しかしそれを求められます間は聖なる意識へは到達なされておられません。
到達なされておられなきことがいけないものではなく、
しかし人生の謳歌を、人の行く道と捉えられ
選ばれたる勲章のようなものに 擦りかえられておられますところへ
我等はそれのみではないことを申し上げますものです。

それは宇宙の機軸からの差し出しであられますことに気づかれますよう。
用意のある意識には、より難関を超えゆくことを手渡されます。
難関とはまた、三次元世界の生き残りを賭けた道行とは
意味が違いゆくものですと申しましょう。
しかしこのことは真には解りきれない段階であられます。

この星の依存的なる在り様は、
真にはまだ成熟の聖なる叡智をおろされておられません。
皆無であると申していますものではなく、
しかし全体的には未だ真の摂理である聖なる道理は
受け入れられない在り様であるとも伝えましょう。

人の解釈のみで、そのことのみを称え、
それ以上の世界はまるで無きかの如くに捉えゆかれ
自らの覚醒の扉を自らが閉ざしてしまわれますことは
少なくはないものです。

我等の意図を この奏でを
まっすぐに聞きゆかれますものならば、あなた様は概ね自己を
引き受けられます。
しかしこの言の葉が耳に痛く、重たきお捉えになられます
ものならば、真には自立には到達なされておられません。

自らの淵を見通されずして光の自己へは引き合わされません。
人は真実を受け入れられますことにこそ自らが遮断を
なされておられます。

そして小さな意識の断片で あたかもこれが全体であるかの如くに
自らが自らをも鈍くされてゆかれます。

真実へと 到達したいと意図なされて於かれながら、
ある程度まで来られましたならば難所となられ、
進みにくい道行の果てに光はあるにも関わらず、
逆にこのような難しい道行は真理である筈はないと決定づけられて
しまわれがちです。
人にとられて都合良きものが真理であると解釈をなさいますものならば、
より自らをも濁されてゆかれましょう。
真理とは 死をも含みゆく宇宙に関わる法であるものです。

真理とは、あれもこれも所望を取り込まれます道行ではありません。
超越してゆく・極める・手放してゆく方向にこそ真光の道行は
常に据え置かれておられます。

しかしまだ鷲掴みになさりたきものが多々あられますものならば、
それはそれで宜しいものです。
しかしそのようになさいますことが、選ばれたる光の道行では
ないことに気づいてゆかれますようと伝えましょう。

今の世は鷲掴みをすることを競い合われます在り様であるものです。
鷲掴みみをなさいますことを光と見通されておられます。

我等は勝者を攻めておりますものでは真になく、
勝者であれ・敗者であれ、概ね鷲掴みをなさいますことに
所望の強きことを見通されず、光と捉え違いをなされておられます
全体の在り様に警告を掲げゆきますものであると伝えましょう。
勝者も敗者も我等からいたしますならば、

同じ意識であられます。
同じような意識の段階であられますと伝えましょう。

でありますならば、
中庸が宜しいかと問われましたならば、
概ねの人々はどちらにも付かずに気概を失せておられますことを
伝えましょう。

聖なる自立とは
そのどちらでもあられなきことは確かであると申しましょう。

聖なる価値を見開かれますよう。
この星の失せておられます意識にこそ光を灯されますようと
伝えましょう。

そして人がいけないものである筈もなく、
大事であられますことは、
見開かれておられない稚拙さにこそ気づかれますよう。
それを責められずして、ありのままの世界を受け入れられますよう。

扉は幾重にもあるものです。
目醒められますよう。
目醒められますよう。
成熟の意識へと 自らを真に引き上げゆく意図をこそ
抱かれますようと伝えましょう。

この世にのみ通じますことならば、
それは真理ではないものです。
すべてに通用なさいます真に大いなる聖なる価値観に
こそ目醒め参られ、根底から行く道に変容をお灯しに
なられますようと伝えゆきますものです。

この星の稚拙さに
聖なる意識でこそ、自立をはかられますようと
この日も 申してゆきましょう。

----------------------------------------------------------------------

神聖に出会わせていただきましてから、
それまで信じて疑うこともありませんでした
三次元世界の常識や道徳的なことから、外れてゆきました。

正観世音菩薩様は すべての許容と継承の超越から、
徐々に世界の体系は変わりゆくことをお説きになります。

高次の視野からは 日々の暮しの在り様はかけ離れて傾斜のありますことに
徐々に気づいてゆくものです。
今でも気づいていないことの方が多いと思われます。

どの神聖・どの宗教・どの説・教えと申しますよりも、
次元の違いこそが 鍵であるように捉えられます。

次元を上昇しますほどに 人の世とはかけ離れてゆきます。
理想を越えた意識の世界が既にそこには広がっています。

この地球の意識の昇華も可能でありますことは確かです。
しかし今掴んで手放しきれない価値観や習慣などを
どのようにして超越してゆけるでしょう。

日々のご提示も
神聖の大いなるご意図とエネルギーにより、運ばれています。

不屈の確信でいらっしゃり、それは遥か悠久な太古から
私達を導きつづけてくださっておられます。

無限である神聖は 聖なる力を弱めることなく、
頑なな傾斜のある私達が真実へと気づきますまで
お導き・ご提示しつづけられます。

その姿勢に
動かざる岩も やがては動きゆくことを見通しまして。
本日も心より 尊びをお捧げいたします。

 -------------------------------------------------------------------
 
         すべての方のブログに対して
     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩


☆成熟の意識へと向いましょう。

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正観世音菩薩様との聖なる対話

聖なる対話                silentawareness さま

「勝・敗」、「貧・富」という属性をベースとする価値観―
その価値観は仰る通り「自己(自個)」に閉ざされた価値観かと存じます。
いえ、その価値観に生きることが「自己(自個)」に閉じ込めて
いるものとも考えます。
そして確かに、今の世、この価値観に沿って生きることに人々は
何の疑問も持っていない様です。

御講和にあります「聖なる価値観」とは、「『他者(多者)』への貢献」
という開かれた意識の発揚を仰っているものと解釈致します。

平和は一人で実現するものではありません。
平和は全ての人々と共に実現するものです。

全ての人々が「聖なる価値観」に沿って生きることで、
平和が実現できると信じます。

ありがとうございます。

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正観世音菩薩であると伝えましょう。

人はどなた様にも高次的回路はあるものですと申しましょう。
しかしそれを磨き・披露するという その場がないことも
確かですと告げましょう。
しかしまたあなた様へと申しゆきますならば、
そうであるからと閃かれまして、
それでは至急に身近なる方々からと開始なされますものならば、
それは道行をもつれさせられますと伝えましょう。

人は伝導にあけくれられました。
我等高次は真にそのような意図を掲げ、示唆を成したでしょうかと
申しましょう。

また全体はひとつであるからと、人はまるでそれを祭りでありますかの如くに
ただ集いゆかれましょうものならば、真に平和となられましょうか、と
問いかけて差し上げましょう。

平和とは 聖なる価値へと気づかれますことは
それは轍の礎でありますものの、
それのみでは決して平和の構築は今まで通りで成せません。

閃かれますよう。
紐解かれますよう。

真なる平和とは、
人が高次的価値へとお気づきになられますのみならず、
高次的歩みを開始され、高次的に具現を構築なされなければ
どうして
どうして この三次元的迷宮の域を超えられましょうかと
申し上げますものなのです。

真摯に聖なる道行に目醒められますものならば、
真に成されますべきことは
山ほどにありますことを伝えましょう。

しかしまた、今までの道行をただ掴まれて
何をも自己を変容なされずして、
どうしてそれは果たされましょう。

真に気概をこそ打ちたてられますものならば、
自己の在り様を根底からをも移行なさいます
気概を超えられました聖なる意図をこそ
打ち立てられまして、

自らを聖なる構築へと
深奥をお開きになられまして、
全体へと捧げ参られますようと
ただ、申し上げますものです。

------------------------------------------------------------------------

私達は三次元意識のベールを纏っていますが、
本来の大いなる自己へと立ち返りますとき、
それまでの轍を一変させる聖なる道行きへと
突入してゆきますものです。

高次的な果たしの道行は決して簡易ではないものですが、
既に持ち来ています自らの聖なる使命を明らかにしますとき、
できないものでは何もなく、
それまで三次元意識の私には到底できないこと、道のつかないことが
高次的自己の循環に於いて可能となってくるものです。

正観世音菩薩様は可能性の道を
開きつづけられますことをご示唆なさいます。

それは一旦自らに聖なる死をも与え、
しかし新たなる自己の聖なる本質を
根底から発揮してゆく 聖なる極めの道が
始まってゆかれますものなのです。

それを行かれますか、否かは
ご自身次第でいらっしゃいますと
正観世音菩薩様は 今の波動をお捉えになられまして、
そのことをお伝えになられていらっしゃいます。

高次へと徹してゆかれますか
否かであられますと・・・。


 心より、尊びを込めまして。
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         すべての方のブログに対して
     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩


☆極めの道を歩みましょう。

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聖なる気概

聖なる気概をこそもたれますようと伝えましょう。
この星の開かぬ扉・冷めた意識にこそ
聖なる愛の光を射し入れられますようと申しましょう。

自らを立たしめて参られますようと申しましょう。
自らを閉ざしておられます限界の淵をこそ越えられますようと
伝えましょう。

慈悲慈愛の世を打ち立てられますようと申しゆきますものです。

我等は聖なる平和への模索を開始なさいますようと
真に申し上げるものです。
慈悲慈愛の世を自らが構築はじめられますときですと
申し上げますものです。

この星の事象は
この星に関連なさいます意識がすべてを
創りておられます。

不平を申し上げますものならば、
不平の世を創りておられましょう。

傍観しておられますものならば、
いつまでも自己は中心には据えられません。

我等はすべての意識をも生かしゆくという
大いなる道行にこそ光は射し入れられますと伝えゆくものです。

我等は革命も改革をも求めゆくものではなく、
その超越の手法にこそ辿られますようと申し上げますものです。

勝者か敗者か、その構図をこそ
その価値観をこそ、より高次へと見開かれますようと
申し上げますものなのです。

気づかれましたならば、模索を開始なさいますようと
伝えましょう。

そして、宇宙の摂理・法に添われた生き方に
光を照らされますようと申しあげましょう。

真に見開かれた世界であるならば、お金も飢えも存在はいたしません。
しかしただ与えるというのみならば、何も見開かれません。

富が幸福で、貧困が不幸であると人は申されます。
しかし我等高次から見通しゆきますものならば、
富のなかにも 貧困のなかにも どちらにも
閉鎖された扉はあることは明らかなるものです。

人は自らにないものを羨まれます。
しかし自らに満たされたものには尊びが足りなくておられます。

この星の事象は既に公平に与えられておられますが、
人の世の価値観こそに
聖なる視野を灯されますようと申し上げますものです。

先ずは聖なる価値に目醒められますよう。
それは批判を超えて、
この星の行く道の方向を変えてゆけるものです。

勝利か敗北か、
その三次元的興味から紐解かれて参られますようと
申し上げますものです。

他者の敗北を足場になさいましても
真なる到達とは成りえません。

我等は勝者がいけないものではなく、
この星の体系に 聖なる疑問をもたれなきことにあられますと
伝えましょう。

目醒められますよう。
目醒められますよう。
聖なる気概をこそ打ちたてられまして、
個々それぞれが聖なる価値観をこそよみがえらされますようと
真に申しあげますものです。

何をも打ち壊さずして、
しかしそこから聖なる超越・聖なる移行の
開かれた叡智をこそ おろされますようと
真に申しゆきましょう。

バランスのなかで
すべてのものを引き上げてゆくという
大いなる気概をこそ、自らに育まれますようと申しましょう。

------------------------------------------------------------

正観世音菩薩様は、
慈悲慈愛の世界への具現は 意識の昇華・悟りとなると
お説きになります。

私共は日毎 大いなるエネルギーに背を押されます。

個々それぞれに意識を三次元から
大いなる意識へと昇華してゆける回路はあるとお伝えになられます。

その開かれた意識で、自分のみの救済へと向いますものではなく、
国や民族等の境界線のない 世界全体の引き上げへと向けた
大きな視野へ目醒め、具現を開始・模索しはじめられますようと
常にメッセージは響きます。

真にはビジネスを越えた
全体を連動する慈悲慈愛の体系への高次的模索を開始なさいますようとも
お伝えになられます。

しかし今の社会を否定するものではなく、
現実社会にしっかりと根をおろしながら、
新しい高次的な世の構築を模索なさいますようと
お奏でになられます。

日本は時代を遡りますと
戦は常にありましたものの、
今よりは公に捧げるという精神・ひとつの美学がありましたとも
かつてお奏でになりました。

今、封建時代の歴史の反動から癒しが求められる時代ですが、
バランスを越えて
自己に固執的になりすぎていますともお伝えになられます。

聖なる気概を持ちますことは
必然的に聖なる強さも育くまれて参ります。
私達には思いもよらない聖なる力を携えていますものなのです。

こうしてブログを神聖のご意図により
はじめさせていただき、
皆様の意識・ご意図とも共時をいただき、
共に循環をさせていただいていますことに尊びを捧げますものです。

より聖なる貢献へと歩みはじめられますようと
お告げになります。

目の前にあることから、
ひらめくことから始められますようともお奏でになります。
完璧でなくても宜しいともお伝えになっておられます。

より自由に意識の交差をしていただけますよう
掲示板も立ち上げはじめました。

自己確立も、慈悲慈愛も、世界平和も
究極を辿れば同じところへ行き着けるようです。

正観世音菩薩様がお語りになりますように、
聖なる気概を育み、
自己の限界をバランスのなかで超え
慈悲慈愛の世界の構築へと 模索を深めてゆくものです。

皆様のなかにこそある
無限の可能性と、光に尊びを捧げまして。
より 愛を 高次的にカタチにしてゆけますよう。

限りない抱負を 今日も言葉に載せまして。

共に聖なる具現へと向いましょう。


 __________________________________________________________________     

追申 本日、掲示版を立ち上げました。
それは意識の昇華をいたしますメンバーとの管理となります。
 「聖なる具現者」ライブドア掲示板  サイドバーに表示しています。
 どうぞ ご自由に お使いください。 
           聖なるシナリオ・倫子
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         すべての方のブログに対して
     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩


☆共に慈悲慈愛の世を模索しましょう。

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正観世音菩薩様との聖なる対話 全2

聖なる対話 1                 万里子さま

正観世音菩薩様。
万物を引き上げる英知とは、自らの中にあります種々の意識の引き上げに
連動しゆく事と学ばせていただきました。
真なる、聖なる愛、慈悲慈愛を持ちて高次意識に昇華し、
永続できる社会、次世代に繋ぎゆく真の平和の構築とはどのような英知を
持ちゆけばよろしいのでしょうか。
大いなる全体の一つであるという捉え方
宗教・地域・国・戦争・飢餓・全地球的・宇宙的な広い視野で意識を持ちゆくには核なる所、中心をどこに持ちバランスの生き方をなしてゆけばよろしいのでしょうか。
又弱肉強食のこの三次元的摂理を超えゆく、公平な、真の平和を築く聖なる英知とはどのようなものでしょうか。
-----------------------------------------------------------------------

正観世音菩薩であると伝えましょう

先ずは自らに聖なる叡智へと連なりゆかれます可能性にこそ
目醒め参られますようと伝えましょう。
しかしまたそれは簡易なる道行ではありえません。

それは悟りのような方向にこそあるものと伝えましょう。
聖なる叡智とは、真に自らを極められ、
他者や環境との距離をバランスのなかで真摯に整えられ、
すべての全体の引き上げを意図するうえで
何が自らに成すことがお出来になられますかであられますと申しましょう。
それはまた聖なる使命でもあられます。

ひとりの存在が如何に極めゆかれましょうとも
すべてを紐解ける、そのようには成り立ちません。
それは我等神聖をも同じであり、
個々の聖なる果たしの参集にこそ、
聖なる道は灯されますと伝えましょう。

先ず自らは何に精通して参られましょう、と
問いかけましょう。
その精通とは、三次元世界に通じます役職・ポジションを
問うているものではありません。

あなた様は自らの深奥のなかにどのような回路をお持ちでしょう。

それが解らぬならば、今真に我等に問いかけられました
種々なる点のなかでどの事にこそ自らは起点を置かれましょう。

我等に問われますばかりではなく、
如何に成されましょうか、
あなた様はまた如何なる意見・意図をこそお持ちでしょうかと
逆に問いかけて差し上げましょう。

先ずは慈悲慈愛というものがお解かりにならずとも、
自らをも他をも公平にすべてを引き上げゆくという始点に
お立ちになられまして、
何をかをひらめかれますようと伝えましょう。
我等は答えを授けるものではありません。
しかし具現をなされますには、
まず自らは今如何なることに共時をなされておられますかに
気づかれますことが大事です。
それはひとつの研究の如くに、小さなひらめきの積み重ねであることを
伝えましょう。

先ずは意見を持たれますよう。
何かを告げゆきましょう。

大事なることはバランスのなかでのひらめきであられます。
この世の未知なることを発見するという大志と申しあげますよりも、
自らは何に意識を向けておられましょう。
漠然となさったなかから、
よりひとつを鮮明になさいますことをお伝えいたしましょう。

-----------------------------------------------------------------------

とても鮮明な周波数をお持ちでいらっしゃいます。
正観世音菩薩様は、
深奥にご自身のご意図を既にお持ちでいらっしゃいますことを
お見通しになられまして、このようにお伝えになられました。
お尋ねくださいますだけでなく、
ご自身の奥にある聖なる意識・叡智によりお近づきになられて
それをお言葉になさってくださいますようとお語りでいらっしゃいます。

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聖なる対話 2                   中村浩司さま

真の英知とは何なのか考えました。私が思うに、英知とは真の孤独の中からうまれてくるものではないかと思うのです。真の孤独とは、余計なものを振り払うというような、ちょっと世間ずれした考え方かもしれません。しかし、孤独であって孤独でないそんな状態がベストだとも思っています。(ハートから上のレベルのつながり)。
はっきりとはわかりませが、何かに打ち込んでいるときそれが一番いい状態なのではないのかと思います。研究するなり開発に携わっているとき、そのとき真の孤独の中から何かが生まれてくるような感じがするのです。苦しみも悲しみも乗り越えた真の英知、慈愛に満ちた英知、そんな智慧を世の中に提供できたらいいなと今日は思いました。

-----------------------------------------------------------------------

正観世音菩薩様

真なる叡智とは、万物を引き上げゆくというものであると
伝えましょう。

医学であられますならば、
もしも根底からの聖なる治癒を申し上げますものならば、
それは意識の昇華となり、進化の転機となられましょう。

またウイルスであれ、何かを滅して
何かを救済すると申し上げられますものならば、
真なる治癒へは到られなきものと
我等高次は見通し申しゆきますものです。

今は皆共生のなかには居られません。
意識の枯渇や葛藤が種々なる引き合わせを
いただかれておられます。

この世の病がいけないものではなく、
それも育みであられます。
それを戴かれずとも、意識の昇華をなさいますものならば、
真には病は無くなり、
無限なる意識の回路を戴かれましょう。

しかし肉体を請け負われて無限であられます筈はありません。
本来物質を体験なさり、請け負われておられます間は
病や死は戴かれますものなのです。

治療の進化は必要なれども、より意識の本質、
本来の生の目的にこそ目醒められ、
自らのシナリオに添われた生き方をなさいますとき、

より肉体の在り様もバランスへと整いゆかれますと
伝えましょう。

研究という回路はまたひとつの悟りでもあられます。
バランスのなかで、宇宙の摂理や法に添われました
すべての救済という意図を立てられて
そこへ真摯に向いゆかれますものならば、
迷路のなかの回路は開かれましょう。

しかしまた自らへと還元を意図なさいますものならば、
宇宙の摂理や法は、別なる事象をあたえゆかれましょう。

我等高次にはこの世の賞賛や功績が必ずしも
高次的見地での光とは別なるものとなられますことは
少なくはないものです。

真に聖なる研究を人が意図なさいますものならば、
それは聖なる未知の回路へと重なりゆかれますことは可能でしょう。
しかし、より真摯に明け渡されました澄み渡られます意識にて
未だ手のつけられておられない慈悲慈愛の叡智への到達こそが、
賞賛や功績を超えて
この世の変容を担いゆかれましょう。

結果を求めゆかれますよりも、
ただひたすらにバランスのなかで
聖なるものを求めつづけてゆく、
その継続にこそ光は射し入れられましょう。

---------------------------------------------------------------------
正観世音菩薩様は
より慈悲慈愛の深みへと分け入ってくださいますようと
お伝えになられていらっしゃいます。

それは聖なるハートでもあるものですが、
今気づいておられないものではなく、
しかし真の慈悲慈愛とは人の意識の解釈を遥かに越えて
いますものです。
その聖域に叡智は広がっているものです。
そこに触れられましたときに、別の扉が開かれて参られますと
お伝えになっていらっしゃいます。


・本日は1回目の投稿もしております。

__________________________________________________________________     

★正観世音菩薩様は日々お語りになられておられます。

正観音様のご意図によりご質問をお受けさせていただいております。

生きること・愛・自己具現・覚醒等につきましての正観世音菩薩様へのご質問をお受けさせていただきます。すべての方のご質問にはお受けできないかもしれませんが、出来る限りの対応をさせていただきます。

コメントからお寄せ下さいませ。
公開をお望みなさらない方はお申し出下さいませ。

心より尊びをお捧げいたします。

__________________________________________________________________     
 
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     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩


☆共に叡智を開きましょう。

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許容

もしも自らが他者の在り様を心より受け入れられないと申されますならば、
それは自らをも拒絶なさいますこととなられましょう。

他者を受け入れられますことと、
自己への許容は一連なりであると申しましょう。

自らを確立なさりておられない間は
他者と比較ばかりをつづけられましょう。
しかしその迷路には光は射し入れられますものではなく、
そこに留まりておられたきならば、
それでも宜しいものですよと伝えましょう。

宇宙の摂理とは意識に共時して参りますものなのです。
自らが在りのままの自己を許せず、
また他者をも羨んだり、優位にお立ちになることはなされましょうとも、
共に真摯に許容し、引き上げゆくという回路へおつきになられなき間は、
常に宇宙の摂理であり機軸というものは、
あなた様の傾斜の角度に添われます事象を引き合わされてゆかれましょう。

他者を比較なされ、許容できないという意識を超えられて
そこに拘りをお持ちになられなきことが扉であられます。

また私はすべてを受け入れていますと
バランスを越えてそれをアピールなさいます方向にも
聖なる扉は開かれません。

受け入れることは、気になさらないところから
次第に開かれて参られましょう。
気になさらないことと、
無視をすることは違うものです。

人は余りにも狭い境地にて非常に自己に
捉われすぎてしまわれます。
自己への非常なる傾倒が他者との距離にひずみを置くことを伝えましょう。

大いなる自己とは、
狭い視野からの超越なのですよ。

開かれますよう。
開かれますよう。
自らの心の窓を。

意識の回路は習慣づけてゆかれますことで
如何様にも歩みゆけることは可能なのですと伝えましょう。

大事なることはなさいますか、否かであられます。
自らの淵に留まりておられますものではなく、
大いなる自己への歩みを一歩・一歩進めて参られますようと
背を押しましょう。

我等は悩みには癒すと申しますよりも、
もはやその視点を外され、バランスのなかにて
引き上げられますようと申し上げますものです。

マイナス志向の方はバランスを超えてプラス志向へと
極度に進み参られます。
故にいつまでも右へ左へ、上へ下へと意識はより揺れ動かれたままで
安定をなくしゆかれますものであると提示をいたしましょう。

自己の感情を整えられ、
ありのままの現実をそのままに受け入れられ、
まずは微動だにしない意識の確立へと育まれて参られます
ようと伝えましょう。

依存のなかには光は共時しないものです。
引き上げられますよう。
引き上げられますよう。

___________________________________________________________

( ハイヤーセルフより )

人の意識は天候にも左右されやすいものです。
暑さから、思いもかけぬ低次元意識の本音のようなものが
隠しきれずにこぼれてしまいます。
そこにも扉はあると
正観世音菩薩様はお語りになります。

本音というものは、各意識層によって違うものです。
低次元がいけないものではなく、
そこにも肉体に関わりますような大事なメッセージもあり、
すべてが本音であるとも申します。

人は様々な意識を連動しています。
自己の中心から逸れますと、
他者の意識とも交じり合うことも直に可能となるものです。

自らのなかから思いもかけぬ疲弊的な音色がこぼれた時に
そこに気づき、もしも相手がおられますならば、
言い訳よりもそのことを認め、
しかしまた別な意識のあることにも気づかれ、
少し間をあけられますようとお語りになります。

三次元意識でより詰めあわれても
解決できず、傷口が大きくなることはよくあります。

互いに完璧ではなく、
また様々な意識・音色のあることを認識しあわれ、
より高次的な視野へと移行できますよう、
少し間をあけられますことが一つの方向であるとお伝えになります。

私共は、解決しようとなさいますより、
矛盾や違いに気づいてゆくこと、
しかしまた別な視点から共時できることも多々あることにも
気づかれますとき
互いに許容できる空間は生じてきますことを見通せるものです。

感情に走られている間は
より開かれた意識へと移行されますまで、
意識の間をとられ、
バランスへと調整をなさいますことを指導してゆくものです。

感情的な意識から結論づけます方向と、
見開かれた視野から見通す方向は
道行がかけ離れて違ってくるものです。

高次とは感情を超えた意識ですと
正観世音菩薩様はお伝えになられます。
まして神聖は人の意識を遥かに越えられておられます。

ハイヤーセルフとお繋がりにならなくとも、
意識が乱れたときには
間隔をあけられ、調整なさり、
そこからまた物事へ向われますと
一時的にはスットップはしましても

また進みゆけますものです。
沈んでしまわれましたままに歩調をとられますと
その意識の周波数と共時されます事象へと
道行は移行されてしまいます。

常にバランスへと、バランスへと
お整えになられ、歩んでくださいますようと
神聖は奏でていらっしゃいます。

すべての道行に扉はあり、遅すぎることはないものです。
個々の意識を常に整えますことは
全体にとりましても聖なる平和を運ばれます。
日々の何気ない意識の昇華にこそ、
また目に見えぬ全体への貢献はありますものです。

夏場で士気が下がります三次元意識へと向い、
如何に体調や意識に不調を見通されましょうとも、
自己を沈めきらぬよう、
肉体と意識の調整を施しながら、
(それは特別なことではなく、ありのままの自己の現状を
把握すること。そして必要なときには休ませることでしょう。 )

より高らかな公平や視野で歩みつづけられますよう、
聖なる引き上げを継続してゆけることは可能であることを
申し上げます。


・本日2回目の投稿も予定しております。
    ___________________________________________________________
  
         すべての方のブログに対して
     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩
    
☆バランスの中で受け入れましょう。

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枯渇

(本日2回目投稿)

地球は枯渇の要素の上に成り立つ構図であられます。
人のみならず、あらゆる意識が共生を望まれながらもそこへ辿れず、
歯がゆさのなかに身を沈めておられます。

他者を求め、愛し合いたい 認め合いたいと
渇望ばかりが渦を巻いてゆかれます。

しかし現実には枯渇を埋めきれるものには出会えず、
ひとときの逃避に向われたりするものです。

真に確信を得た意識と申しますものは
揺れる必要はないものです。
また愛に満ち溢れた意識と申しますものは
与えずにはおられないものなのです。

しかしそれは必要以上に捧げる・差し出すというものではありません。
バランスのなかで如何に聖なる向上を果たせるものかを
互いに救い合われます構図と伝えましょう。

バランスを越えたものは、愛ではなく過剰なる執着となられます。
または依存・見返りをもつものともなられます。

聖なるバランスをはかりますことは、
次第に互いを枯渇からの超越へと導きかけてゆける橋となるものです。
但し、安易になせるものなどはなく、
誠心誠意に昇華を練り上げつづけてようやくカタチは見え始めますものです。

枯渇というものに蓋をなさいますものではなく、
自らが如何にそれらを請け負われておられますかに
目醒められますことです。

そして自らの枯渇を自らが気づきでもたれて
引き上げられて参られますようと申しましょう。

枯渇の鮮やかなる対処は、
如何にしてありのままに公平に見通しが利かれますかであられます。

公平でない間は、自己肯定がつよくハタラかれ、
何ごとも自らに都合良きように運んで参られましょう。
自己否定はならぬものの、自己肯定のみをなさりゆかれましょうとも、
自らの塞がれました在り様が如何なるものかに見開かれません。

自らの深い淵に種々なる意識が住まわれておられます。

我等は低き次元の意識はより高次の意識へと
融和なさいますことを伝えましょう。

枯渇を帯びた意識と申し上げますものは、
自らを譲歩なされず、砦を築いてしまわれます。
頑なに守りとおしたり、批判を繰り返し他者に責任を転嫁なさいます。

融和とは、広くすべての意識を受けいれながらも、
より高次的な見地・視野へと自らを硬直せずに受け入れ、そこへ尊びを捧げて
従いゆかれますことを申します。

何も我等へと融和成されますようと申し伝えますものではなくとも、
自らのより平和的・高次的な意識へ
自らの偏狭な小さな意識を融和なされてゆかれますことに
扉は開かれて参られます。

我等の申し上げますことが解りにくくておられますならば、
あなた様はよりこの意味を悟ろうとなさいますことです。
それが融和であられます。

枯渇あられます意識ほど、他の意識は受け付けられません。

融和なさいますよう。
融和なさいますよう。

まず、より高次的な意識の波動・周波数に
自らを融和して参られますようと申しましょう。
理屈を越えて、次第に意味も悟られましょう。

--------------------------------------------------------------------
(ハイヤーセルフ)

三次元意識には精一杯に生きていますことが、
高次にはアンバランスに見通せることは少なくはありません。
頑張れば報われますかと問われましたならば、
それも大事でないものではありませんものの、
しかし結果として全体の調和を知らず知らずに自らが崩していますことは
非常に良くあるものです。

高次では常に調和を保持しました連動のなかで循環できますことが、
次元を低くしますほどに歩調は乱れ、
個々が個々の守りに入られ、全体と調和をとられますこと、
またその大切さをすっかり忘れてバラバラな動きとなられます。

全体から切り離されたものではありませんのに、
自らが歩調を乱して、その連動を断ち切ってしまわれておられます。
しかし常に我等高次の意識は連なりを持っているものですが、
低次元下に於かれましては、高次の繋がりのあることを気づこうともなさいません。
自らが高次との連動を断ち切って於かれながら、
この星は孤独であると申されて、
恐怖や不安やそのより低次元の意識へと自らが橋を架けておられます。

全体との連動は、私共高次の意識まで、
個々が橋を架けて来られますとまた繋がりゆきますことは可能です。
しかし私共は慰めたり、ただ依存をさせ必要でない要求を叶えるために
存在していますものではありません。

今この星へと到達なされました意識は、
私共のより高次にあります大元の大いなる意識よりの派遣であるものです。
その派遣はただ低次元を経験するためにお送りになられたものではなく、
その大元の大いなる意識のより昇華と、
三次元世界の救済である意識の昇華を兼ね備えられました聖なる請け負いで
いらっしゃるものなのです。

私共から申し上げますと、
三次元に連なりを持たれます意識はその次元の特徴であります
正観世音菩薩様もおっしゃられます枯渇の傾斜を皆請け負われます。
ですから、私共高次の意識から見通し、
三次元世界の自己が枯渇を奏で迷いゆくことは認識していますものの、
本来私共の意識の大元はそれを承知で請け負われ、
そしてそこからの昇華にこそ手を掲げていらっしゃいますものなのですから、
ただ迷われておられますものではなく、
聖なる道をこそ自らの気づきで見つけられ、
こちらまで引き上げて来られますようと申し上げますものです。

そして、引き上げて参られましたものならば、
自らの聖域にはまた光の英知はございます。
絶望的なものは何一つなく、扉を開けつづけますことは可能なのですと
申し上げますものです。

三次元意識のままでおられますならば、枯渇の循環はつづかれましょう。
自らが真摯に目醒められ、慈悲慈愛に開かれますと
そこから自らの三次元的在り様も他者の枯渇も同時にすべてを引き上げる
という摂理に添われましたバランスある歩みへと修正して参られますことは
可能なのですとお伝えいたしますものです。

しかしそれは三次元意識のすべての欲求を叶える方向ではありません。
もしもそれを三次元意識が望みつづけられますものならば、
私共とは共時せず、ただ自らの三次元意識の望みの達成へと歩まれ、
三次元意識が悟りきられますまで、成りたい三次元意識の自己の達成の旅を
つづけられてゆきますことでしょう。

しかしそれは全体とのバランス・調和・高次との連動の歩みではないものですから
また何れ悟られますときに、昇華の橋は架けられましょう。
遅くても早くても、何れは皆悟りはじめられますものです。
しかしもう私共高次は既に三次元意識と共に高次的に連動をし、
この星のみならず、全体に関わります意識の昇華への果たしの遂行に就く
準備はすでに出来ているものなのですと届けましょう。

   _____________________________________________________________

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     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩
    
☆枯渇を共に超えてゆきましょう。

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可能性

正観世音菩薩であると伝えましょう。

意識というものは限りない可能性を秘めておられますものですと申しましょう。
凝り固まられた意識では、今の世のより慈悲慈愛への開かれた世界への構築は
半ば果たせないもののように捉われてしまわれますことでしょう。
しかし我等高次の意識から見通しゆきますならば、
皆様は概ね自らの聖なる回路を真にお使いになられてはおられません。
本来意識というものは境界線のない全体に広がりゆくものであり、
それらは常に全体で聖なる統制・バランスがはかられておられます。
その意識が宇宙全体のバランスを保持していますものですと伝えましょう。
個々の高次意識の見開きは、未だまだ到達なされておられませんこの星の
聖なる平和・慈悲慈愛の目覚めをも可能にしてゆきます。
我等高次から見通しますと、
概ね真の愛なるものも真には皆判られてはおられません。
自らのみの達成・成功・境界ある愛情は幾ら身近なる周辺に降り注がれましょうとも、
必ずや何処かで亀裂や障壁を築かれてしまわれます。
高次的な視野をお持ちになられましたならば、
宇宙の法や摂理はどのようにかかり、
如何に小さな自己にのみ固執なされておられましょうとも、
それでは通りゆかない道理に気づかれましょう。

我等の音色は未だ共時により、届き参られます方は決して多くはないものです。
しかし真にこの高次的な音色が響かれましたならば、
あなた様の深奥にも、未知なる慈悲慈愛にあふれ参られます泉の園が
あられますことにお気づきになられますよう。
我等は夢ごとの存在ではありません。
どの方の深奥にも真に高らかで見通しの利く、
すべてに公平であるという大いなる意識は連動なされておられますものなのです。
しかし小さな自己にのみ拘りをお持ちになられましておられましょうものならば、
真にありのままの現実は終ぞ見開かれないものとなられましょう。
意識の見開きと申しますものは、
マインドコントロールや洗脳でなせるものでは真にあられません。
それは他者に依存され、自己を打ちたてられずして、
甘さのみを戴かれようとなされましたならば、その事象は学びゆかれます。
しかしまた、そこから開きをいただかれましょう。
意識には致命的なるものは真にはないことを申し上げ、
如何にバランスのなかで昇華を果たせるかにありますことを申しましょう。
真なる見開きとは自己確立を超えた聖なる自己具現にあります。
それはこの星のみならず宇宙的な視野を持たれ、
全体を自らと共に引き上げゆくという大いなる自己へと
次第次第に到達をなしてゆけますものなのですと申しましょう。
自らのみの成功や達成に臨まれますことも宜しいでしょう。
しかしもはやそれを越えたより大いなる到達に心を動かされますものならば、
小さな自己の限界を超えて聖なる英知・聖なる使命へと自らを引き上げ
育まれてゆかれますことを開始なさいますことを広く提示いたしますものです。

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ハイヤーセルフとして


頭脳を越えられましたひらめきのような意識の領域に、自らをも他者をも互いに根底から立たしめてゆこうとする大いなる意識がありますことを、ご提示しますものです。
ただ意識を奏でれば宜しいと申し上げますものではなく、
意識とは正に数知れない回路を保有し、
その回路はすべてが完璧なる愛でありますものではなく、低次元から高次元まで
バランスの整われました意識から傾斜のあります意識まで、またその傾斜も種々な角度をもちますものがあるものです。
ここでは正観世音菩薩様のご指導により、完璧を求めすぎると申しますよりも、
その誤差や互いに肉体の意識には限界のありますことを学び、共に許容し、
しかしその限界を超え、意識を常に全体へと摂理に添われ見開きつづけることで、
慈悲慈愛に溢れました英知がこの星に個々のお一人お一人の気づきで生み出されて
きますと背をお押しになられます。
共に正観世音菩薩様の神聖意識と連動をいただき、またこの星で、
そのご示唆による高次的な展開を掲げゆき、しかし何より行く末広く多くの方々へと
高次的な価値観をご提示いたしますことが、真の果たしです。
人は限りない慈悲慈愛の可能性を持たれていらっしゃいます。
まだその扉を真に開かれてはおられません。
正観世音菩薩様は、冷めた心で世界をこのようなものだと諦めてしまわれますものではなく、開かれた慈悲慈愛のあふれます世の構築は真には可能でありますことをお告げになられていらっしゃいます。
その可能性を個々がお持ちでいらっしゃいますとお伝えになられていらっしゃいます。しかしそのことは決して安易に成せるものでもございません。
覚醒とは成功ではないこともお伝えになられます。
聖なる世への開きであり、慈悲慈愛への目醒めでありますと。
それはまず種々な気づきから深まって参られます。
それをご提示してゆく意図を持っております。
 
   ______________________________________________________________
         
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☆可能性を実現いたしましょう

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対立( 共感 )からの超越

この星は互いを互いの鏡とし、
研磨しあうという構図のなかにあられます。
すべては全体で一つでありますが故に
川中の石ころのように
種々な対面を戴かれて丸くなるものです。

しかし、そのことが習慣となりすぎられて、
わざわざ摩擦を生じゆく道を歩まれます。
嫌悪を抱かれます対象は、自らの淵に共時しておられます。

責めゆく相手のなかに必ずや自己に類似性をもたれておられましょう。

気づかれますよう。
気づかれますよう。

皆、混沌とした出口のない憂さを吐き出しておられます。

気づかれますよう。
気づかれますよう。

それは嗜好品の如くに常に吐き出すことを望まれます。

その意識は共時して 
他者のまた同じような周波数を呼び合われます。

しかし出口のない憂さで互いに互いが共鳴しあわれましょうとも、
そこからは愛なる構築はあられなきものです。

我等はそのことの繰り返しに超越の意図をもたれない限り、
愛という世界の構築にはなかなか進みゆけないことを見通すものです。

その周波数を越えてゆかれますようと申し上げるものです。
その周波数を越えてゆかれますほどに
愛というものにより近づいて参られます。

何を我等が申しゆくかと告げますのならば、
人は自らが憂さの周波数を奏でられ、
そしてその周波数の共時を待っておられます。

憂さを発散されますとき、
すでに早くからその周波数を奏でておられます。
そこへ共時の周波数が訪れられましたときに、
それはカタチとなりて相手を攻撃するか、
他者を肴に語り合われてゆかれましょう。

しかし、癒されますものではありません。

気づかれますよう。
気づかれますよう。

自らがそのどれにも関わられず波動を持ち上げられますとき
意識は転換して参られます。

この星の方は 自らと意見の違われますとき、
攻撃( 対立 )なさるか
対面され互いの理解を分かち合われますか
それを自虐的に鵜呑みになさいますか の概ねであられます。

我等は超越なさいますことを示唆するものです。

人は憂さであれ、対立であれ、
それは共感を求めておられますよと伝えましょう。

自らを律して立たしめてゆくことが
とりわけ今の世のこの日本なる国の方々は
共感を余りにも過剰に求めすぎておられます。

共感とは、好みゆく対象のみに関わりますことではありません。
反感を種として、共時を呼び合われますことも
真には共感を求めてやまない音色があられます。

人は人を求め、
より孤高では歩みてはゆかれません。

共感を求め合う間は、
真には愛を差し出すという意識の本質へは立ち返られません。

本来高次には求めるという意図は皆無なるものです。
この星の存在は余りにも求めすぎておられます。
そして求めゆくものたちは
与えあえません。

与える意味を気づかずにおられます。

もはや、この日の提示にはこの辺りで宜しきことでしょう。

今自己確立と申されます言葉が
真に多く謳われておられますが、
真なる確立とは、
悟りの段階へと近づかれましょう。
しかしそのことも皆、曖昧に捉えておられます。

気づかれますよう。
気づかれますよう。
目を醒まされますよう。


-----------------------------------------------------------------------

ここからはハイヤーセルフ(高次の自己)の言葉として
綴らせていただきます。

低次元の自己( 三次元以下の私 )は、
このようなお話は聞きたくはないのだと耳を塞ぎます。

見たくない自分を知り、聞きたくないことを聞き…
しかしもしも同じような感覚を覚えていらっしゃいますならば、
それは気づきという変容をいただいておられます。

私共では神聖から幾度も、
低次元にあります自らの淵を覗き、浄化してゆくご指導を
いただいてはおりますが、
時が経ちますとまた ぬかるんで参ります。
脆弱な下次元の自己は自らを直視することなく、
できれば上澄みだけを整えて通り過ごそうといたします。

三次元世界では皆お互い様といって済まされますことも、
高次のまして神聖におかれましては
すべてはお見通しになられます。

次元と申しますものは、擦りよる余地のないものです。
人が感情で点数をつけられ、評価をされるものではなく、
正に公平な意識の戒律のようなものがあり、
宇宙のゆるぎない法則によって
それらは既に据え置かれておられます。

三次元世界は愛という意識の地盤・基点から下がられた
枯渇の意識地帯とも呼べるものです。
しかしこの地球は、皆既に高次とも連動され、
私共ハイヤーセルフも、高らかな神域へと限りなくつづきゆくものと
お伝えいたします。

今日正観世音菩薩様は、
個々の意識のぬかるみに鏡を置かれました。
そのことに、お気づきになられましたならば、
浄化であり、変容となられます。
しかし一度の浄化で澄み渡りますものではありません。

徹底して0にしなければならないかと問われましたならば
そうではなく、
しかし人は皆この下次元を請け負われておられますことを
気づき受け入れることは必要とお告げになられます。
自らの淵を受け入れずして、肯定のみに歩まれますと
いつまでも聖なるバランスは整えられません。

正観世音菩薩様は、平和への構築を前提に、
今、次元の垣根を超えて
共時なさいます方々へとお語りでいらっしゃいます。

平和への構築は、
生やさしい筈もないことは明らかであり、
戦いを望まれておられない方々の意識の淵にも
ぬかるみは山積みであり、腐敗していますものもあります。
それらを自らの気づきで、ヘドロのようなものを取り除いてゆく。
真なる癒しとはそのようなものであり、
上澄みだけを整えて出来るものではありませんとお語りになられます。

表層では概ね人は見通され、見抜いていらっしゃいます。
しかしそこまでであり、互いに互いの淵を真に
掃除し合おうとはなされずして、
攻撃・または回避・または無言でなかったかの如くに
過ごしてしまわれます。

高次の意識と申しますものは、
愛の比重が多いものですから、
冷めた目で見過ごすということはありません。
しかし感情的に知らしめるというものでもありません。
それを遥かに越えられました手法で、
常に下次元を導きつづけておられます。

与えられても与えられても、足りないというのが下次元です。
高次は常に一方通行のように愛を与えつづけてゆきますが、
磨り減らないのは、
愛の摂理である宇宙の法に添っていますからなのです。

私共は自らの下次元へも申し上げますように、
目醒められますよう、とエールを送るものです。
しかしご自分で気づかれ、そこから打ち立てて参られますようと
真に申し上げますものです。

見てみぬふりをし続けておられますのが、三次元世界です。
気づいておられますのに、皆隣の方も同じだからといって
いつまでも意識の腰をあげられません。
批判はなさいますが、自らは変容なさいません。
自らをこそ 目醒めさせて参られますようと
慈悲慈愛の神聖方は声をあげておられます。
そのことにより、
この星に愛の扉が開かれます可能性は 幾らでもあるものなのですよ。

我等はハイヤーセルフとして、
萎縮しています自らの下次元へと またその周囲へと
声を掲げゆくものなのです。
可能性は 真に無限にありますことに
目醒められますようと…。

あなた様のハイヤーセルフも
高らかにお奏でになられますことでしょう。

------------------------------------------------------------------------

本日も尊い気づきへの運びに、

心より、尊びと感謝を捧げます。
_________________________________________________________________

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☆共に限界を乗り越えましょう。

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霊性をきわめるとは

自己を極めゆくことは
他者を批判しゆくことではありません。
また他者に共感を求めゆくことでもありません。

批判か共感か…
その間にあられましてはいつまでも
融和的な高次の扉は開かないものであると伝えましょう。

その意識の次元を超えて
そのどちらをも求めないところに
和合を超えた聖なる融和のテーブルは置かれていると
申しましょう。

人は種々な意識の複合であることは前にも語りました。
私はこう考えると断定なさいましたとしましても、
その奥には更なる高次・または低次の意識があるものです。

聖なる高次には論じ合うという意識は生じきません。
なぜならば個々に開かれた視野があり、
個々それぞれに真光の個性の放たれますことを見通し、
如何にすれば互いを引き立たせ、
より全体へと如何に互いの貢献が成せるかを
聖なる交信で道をつけゆく、その継続であることを告げましょう。

高らかなる英知を紐解かれますならば、
対立ではなく、
両者を引き立たせるという英知はおろされますものですと
真に伝えましょう。
しかし譲りゆく意図をもたない意識であられますならば、
平和的・融和的な高次的な回路はまだ開かれません。

この星は未だ論争のなかにあられ、
批判・批評の域を超えてはおられません。
その循環の連鎖を超えてゆかれますことに、
真に全体を共に引き上げてゆくという英知の回路はあるものです。
それは意識の摂理であられますよと伝えましょう。

批判を求められますことも、
共感を求められますことも、
真なる道は開かれません。

我等は道のないところへ道をつけはじめられますようと
意識の回路を申しております。

この次元の意識の回路は無意識に
どこかに境界線を築きゆかれます。
そのことにお気づきになられましたならば、
批判や共感…等の意識の連鎖から
越えてゆかれますようと申しゆくものです。
それは次第に次元の昇華へと繋がりゆく回路なのですよ。

すべての全体を引き上げるという
大いなる意識の道をおつけになられますようと申しましょう。

比べあうことを超越なさいますことに
聖なる平和は築かれましょう。
この星にある事象はすべてが意識の具現なのですと申しましょう。

聖なる価値観へと目醒められますよう。
目醒められますよう。

三次元意識を超えられますということは
瞑想の極みを探求なさいますことのみではあられません。

我等は意識の回路をこそ個々が引き上げて参られますようと
申しゆきますものです。
慣れ親しんでおられます 使い古しの意識の回路にこそ
光を射し入れて参られますようと申しゆきますものです。

気づかれましたならば、具現をなさいますよう。
聖なる世を運ぶでしょう。
ありとあらゆる自らの意識の回路にこそ
聖なる光を射し入れられますようと伝えましょう。

我等は真に手を掲げゆきますものです。
この奏でが響かれましたならば、
もはや自らの生き方を
意識の方向をこそ、
自らのお気づきで移行なさりはじめられますよう。

それが悟りであり、意識の変容の方向なのですよと
申しゆきましょう。

__________________________________________________________________

私達は、生まれたならば死ぬものであり、
お金がなけれは生きられないものであり、
幸せな暮らしとはこのようなものでありと・・・
三次元世界の価値観のみに捉われ、
三次元社会で如何に適合してゆくかに日々追われています。

正観世音菩薩様のご提示は、
三次元価値を拒否や批判することではありません。
それを超越できる可能性のあることに気づかれますようと
仰せになっておられます。

三次元世界の体系をより開かれたものにしますことは
可能なのですと仰せになっておられます。
ノーベル賞的な英知も、それはその方の日々の探求により
既に高次にある英知の意識層に到達なされました。

私達は一見それほど平和を期待していないように見えますが、
心底では多くの方々が真の平和を望まれ、
根底から互いを認め合い愛しあえる聖なる世を望まれておられます。

真に多くの方々が根底から平和を望まれておられながら
現実にはそれはあり得ないものと諦めきっておられますと
とても冷めておられますと
正観世音菩薩様はお語りになっていらっしゃいます。

そして目醒められますよう、と。

私達は、私達の意識次第で、
弱肉強食の食物連鎖( 勝敗の連鎖 )がつづきますこの星の
体系をも聖なる進化へといざないゆけることは可能なのです。
その扉を 神聖から お届けになっておられます。
その動きは 正観音様のみではいらっしゃらないことでしょう。
私たちは 応えてゆくときではないでしょうか。

耳を澄ますと、高らかな高次から常に引き上げの音色は届けられておられます。
皆様の心の深奥にこそ届けられておられます。
私達はそれに応え、
本当の愛を実現してゆくときなのです。
それは可能なのですよと、神聖はお告げになっておられます。

他者を批判したり、
共感をもとめたりしないこと。
たやすいようでとても難しいことです。
しかし、そこに聖なる自立が生まれ、バランスが生じます。

この世を責めたり、諦めたりしますよりも、
自らを高次へと打ち立て、
聖なる平和の構築へと
正観世音菩薩様が申されます構想を夢では終わらせぬよう、
たとえ小さな一人の力でも
その聖なる可能性に向って
扉をあける決意と実行をしているものです。

聖なる具現こそ、この星を光へと変えてゆきます。
私達は皆、心の深奥に三次元的意識には思いも及ばない
公平で英知にみちた遥かなる力を既に携えているものです。
大いなる 大志を共にいだきましょう。

この星の三次元価値観を
慈悲慈愛のあふれる高次元価値観へとよみがえらせる
その実現を意図して。

心より 尊びをお捧げいたします。
_________________________________________________________________

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☆霊性を高めあいましょう。

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バランスの極致


宇宙はバランスの極致から成り立つものです。

偏りのないバランスの意識が 高次であると伝えましょう。
傾斜のある意識からの昇華が、悟りであると申しましょう。

プラス志向にもマイナス志向にも
どこへも昇華の橋は架けられません。

バランスへの到達にこそ 目醒められますよう。
何故ならば、それは摂理であるからです。
何故ならば、真理であるからです。
聖なるものは、バランスの極致にこそあるものです。

この星では、刺激を 愛・光と捉え違いをなさっておられます。
多勢が同じような価値観を持っておられます。
多勢が同じような傾斜を手放さずにおられます。
皆が皆、同じような傾きのなかにおられますことにこそ目醒められますよう。
そしてそこから立ち上がられ参られますようと伝えましょう。

究極の扉は刺激ではありません。
バランスの極みにこそ光は放たれます。
すべての中心に聖なるもののあることに気づかれますよう。
それは自らの中心とも連ねられておられます。
自らの中心に、また聖なるものはあるものです。

バランスの極致にこそ、
目醒められますよう。
目醒められますよう。

この星に必要なるは
バランスの恩寵に気づかれますことです。
それは宇宙の摂理であり、
すべてはバランスのなかで存在しているということです。

この摂理を崩すものならば、
鏡となりて自らの目の前に
行き止まりをいただかれることでしょう。

しかしそれは罰ではなく、
聖なる育みなのですと伝えましょう。
もはや気づかれますようと…

行過ぎるも足らざるも
すべてはバランスの崩れであり、
バランスを好まれず、刺激を求められます間は
真なる達成へは辿られません。
聖なる昇華へは参られません。

歩まれますよう。
歩まれますよう。
バランスの思考にこそ
この星の転機は起こりえましょう。
バランスへの移行にこそ、
この星へ聖なる愛を芽生えさせることでしょう。

聖なるものは バランスのなかにこそあるものです。

目醒められますよう。
目覚められますよう。

我等も共に向いゆきましょう。
究極のバランスの深奥へと。

------------------------------------------------------------------------

正観世音菩薩様をはじめ高次の神聖は、
バランスの極致にいらっしゃいます。

すべての存在・事象に対して
宇宙の中心に立たれます公平な眼で
見通されます。
そこに常に慈悲慈愛が放たれておられます。

かたよりのない見開かれた意識は
傾斜を持つ意識の視野とは
同じ事象のなかに居てもかけ離れているものです。

見開かれた意識はすべてを公平に見通し、
裏も表もなく
それを共に引き上げてゆかれます。

聖なる平和へは、バランスへの意識の立ち返りが大事であり、
私達は互いに他者を意識を引き上げてゆくことは
本来は可能なのですとお語りになります。

真理への到達・悟り・平和・慈悲慈愛というものは
一連なりであることに気づかせていただきます。

意識の昇華による聖なる平和への構築は
不可能ではないことに 光を見通すことができます。

プラス・マイナス・右・左…と
揺れ動く意識の傾斜を自己の中心へと据え、
慈悲慈愛の見開きをより深め、
バランス志向という聖なる方向に共時します生き方を
極めゆく意図を持ちつづけるものです。

本日も心より、感謝と尊びを捧げます

__________________________________________________________________

         すべての方のブログに対して
     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩
    

☆バランスを極めましょう。

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宇宙的大志を抱く

宇宙的大志を抱かれますようと申しましょう。

聖なる眼を覚まされますよう。

平和を望んでおられますものは、
人のみではないことに目醒められますよう。

動物達も常に孤独であり、
如何にして生を貫くかに追われていますと告げましょう。
虫や魚でありましょうとも、
生存競争のなかで常に身を守りておられましょう。
皆真底から安泰を願われておられますよと伝えましょう。
平和を望まれますものは、人のみにあらずと申しましょう。

人のDNAは5パーセント程しか開かれておられません。
この先の進化に如何なる可能性があられましょう。

我等はすべては共生の方向へと
長大なスケールで育まれておられますことを
掲げゆきますものです。

どうしてこの星に共生が不可能であられましょうか。
皆そのために今の枯渇をいただかれておられます。

進化をなしているのは人のみではありません。
意識は皆学びをいただかれていますと伝えましょう。
それらの課題は戦争や飢餓をも超越の先に掲げられます。
真なる平和とは戦争や飢餓の終焉のみで具現できるものではありません。

人はこの星で先陣をきられ、すべての意識をこそ
引き上げられて参られますようと申しましょう。

宇宙的大志を抱かれますよう。
宇宙的大志を掲げられますよう。

人の果たしは壮大なる宇宙の計画に添うものですよと伝えましょう。

人のみの救済などどうしてあり得るものでしょうかと問いましょう。
すべては一連なりであられます。
まして自己や家族のみの救済で真なる達成が得られますものでは
ないことは明らかなるものです。

万物をこそ慈しまれますよう。
万物をこそ目の前におかれ、
すべてを引き上げゆく可能性へと歩み参られますようと
告げましょう。

我等は何の道具も文言も真には必要はないものですと
伝えましょう。
聖なる気概をこそ打ち立てられまして
道なきところに道をおつけになられ、
すべての救済・万物の引き上げへと
聖なる模索を開始なされますようと、
真に語りゆきましょう。

__________________________________________________________________

正観世音菩薩様は 

私共へは,拝む・祈る・唱えるというご示唆よりも、
一貫して
こちらは融和の具現の提示ですと
聖なる自己・聖なるシナリオの実現を導かれます。
具現をしながら、悟り・昇華への歩みをいたしますと。
( 祈りや唱えられますことは、宇宙の言葉として尊重しておられます。
役割・道行の分担であると捉えさせていただいております。)

世の事象のすべてに意味がありますとお語りになります。
そして既に公平に差し出されていますと。
高次の見通しは三次元意識の幸・不幸 光・闇の捉え方とは
かけ離れていらっしゃり、
すべての事象は意識の昇華にとり
必要な方向へと導かれているとお奏でになられます。
しかし、道行に聖なる具体化をはかりますことは
意識の昇華を伴なうのだとお諭しになります。
 
全体を慈しみ常に同時にすべてを引き上げゆくという扉を
模索しながら歩みますことをご提示なさいます。
それは瞑想や祈りとはまた別な手法の
悟り・覚醒への極めとなりますとお奏でになります。

神聖のご提示は日を増すごとに鮮やかとなられます。
日々背を押されて参ります。

宇宙の真理・摂理から見通しますと
自己のみの救済が叶うというシナリオはないのだと
お説きになります。

成功することを至高とお捉えになりますと
競争原理のなかに身を置くことになります。

悟りとは
この星の枯渇した構図から紐解かれてゆく方向にあり、
悟りは
この星全体に枯渇からの超越の道をつけゆくと
お説きになられます。

正観世音菩薩様は
如何にして三次元的枯渇の構造から
慈悲慈愛のあふれた世界への構造へと移行してゆくかに
真光を射し入れられます。

聖なる平和へと向けた模索をはじめられますようと。

宇宙的な大志を抱かれますよう…
背をお押しになり、
視野の狭い私共のような存在にも
心の深奥の聖なる扉を開きますと
無限の可能性と開かれました高らかな英知と力が
巡り来ますことを
慈悲慈愛の波動でお導き、立たしめてくださいます。

神聖や高次の意識の方は不屈の真光を放っておられます。
私達には皆どの方にも大いなる聖なるハタラキを行ってゆける
慈悲慈愛溢れました聖なる英知や
その力がありますことを見通し、背を押しておられます。

共に万物を引き上げゆくという
壮大な聖なる平和への模索へとお歩みになられますようと
高らかに手を掲げておられます。

本日も感謝と 心より尊びをお捧げいたします。

__________________________________________________________________

         すべての方のブログに対して
     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩
    

☆宇宙的大志を共に抱きましょう。

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聖なる指針

我等は聖なる平和への道行を提示するものです。

しかしそれは我等の教えというものではなく、
真の摂理であると申しましょう。

高次の聖域には慈悲慈愛の見開きによる階位のようなるものはあれども、
共に昇華への歩みを引き上げゆく連動です。
高次にはお金に代わる意識・勝敗を意味する音色はないことを
伝えましょう。

食物連鎖の構図さえ、この星の特性であられます。
進化の行く末には すべては共に共生へと辿り参られますことでしょう。
食し食されますというこの地球の特性は
非常なる年月をかけた行く末に
やがて共生なる構造へと変わり参られますことは見通せるものです。

魚であれ、虫であれ、食し食されます輪廻の果てに
如何にして共存を成せるかに目覚められましょう。
その生物の物質なる要素は人も他の生命も変わりません。
同じようなものを食して形成なされているものです。

目醒められますようと伝えましょう。

国といわれますものも、民族であられましょうとも、
大元を辿り参られますものならば、
どうして境目があるものでしょうか。

宗教におかれましょうとも、
三次元意識はその優位を決めゆかれましょうとも、
真に高らかなる高次に於かれましては
すべては創造主様の元に一つとなりてゆかれましょう。

我等は高らかな高次の仏界に位置しますものなれど、
より我等の深奥には根源とひとつである回路が据え置かれているものです。
それはすべての神聖も同じであられますと申し上げましょう。

我等は何ごとをも意味ありて具現なされておられますことを尊ばれ、
しかしより超越の方向に慈悲慈愛の悟りの扉がありますことを
示しゆきますものです。

悟りとは、自らのみの救済であります筈もなく、
同時に他をも引き上げゆくものです。

自己救済というものは本来何処にも存在しないものが摂理であり、
何故ならばすべての意識は共に連動なされて次元を超えて連なられておられます。

選ばれたる存在というものは真にはないものです。
皆請け負われ、果たされておられますと伝えましょう。

三次元的頭脳を用いて真理を紐解くことは不可能となられます。
我等の言葉でさえ、ひらめきのような周波数のなかにて
それを流し参られますことですと伝えましょう。

頭で整理し、覚えようと成されておられます内は見開かれません。
我等は矛盾のなかにこそ、大いなる扉は眠りているとも伝えましょう。
しかしそれを刺激的に捉えゆかれますものならば、
聖なる覚醒とはなられません。
覚醒とは澄み渡ります慈悲慈愛への開きなのです。

我等は目覚められますことを意図し、
長き年月の掛かります聖なる平和への構築へと歩み参られますようと
伝えゆくものです。

聖なる平和とは
限られました小人数で築きゆけるものではありません。
そして悟りこそが、平和を創造してゆくことは明らかなるものなのです。
故にまた、聖なる平和へと歩み参られますことは
自らを慈悲慈愛の真の見開きへといざなわれます。

悟り・覚醒とは自己達成であるものではなく、
全体へ関わりゆかれます回路であられますと伝えましょう。
全体とは人のみならず、すべての全体を担いゆかれます構図であられますと
伝えましょう。

しかし、自らを君臨なさいます方向ではありません。
自らの慈悲慈愛を差し出されます方向に、
聖なる覚醒も 聖なる平和も 具現成されてゆくと伝えましょう。

これらは簡易であられます筈もなく、
真の平和の世とは、後どれくらい遥かなる年月が必要なるものでしょう。
人は真に進化を始められましたばかりであられますと申しましょう。
しかしまた聖なる平和へと向けられました構築へと意識を歩ませられます
頃でもあられます。

聖なる共生はやがて長大な年月の果てに訪れて参られますものです。
しかしその轍をバランスのなかにて開始なさいます頃でもあられますと
提示するものです。

聖なるものへと目醒められますよう。
聖なる真理へと目覚められますよう。

すべての中心にその道行はあり、すべての意識の聖なる参集は
いづれより真に高らかなる高次より徐々に渦を巻かれて参られましょう。

今すぐではないものです。
それは物質宇宙の最終となりゆく方向と伝えましょう。
しかし意識は常に無限なる道行を歩みつづけて参りますものなのです。
創造主様の存在は、すべての存在を可能としておられます。

万物に共有の意識にこそ目醒めはじめられますようと伝えましょう。
そのことは聖なる革命とはなりません。
慈悲慈愛の見開きはすべてのものを受け入れた上での昇華であり、
何かを根底から否定する方向では真にないものです。

この宇宙にあるものはすべてが必要故の参集であられます。
善悪・幸不幸・好き嫌い等の感情で見通しゆかれますものならば、
亀裂はより生じゆくことでしょう。
それらの混沌とした矛盾のなかにこそ聖なる扉は
据え置かれておられます。

高らかなる意識にて、三次元意識の限界を超えられました
聖なる見開きへと辿り参られますようと申しゆくものです。


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正観世音菩薩様は、
この三次元世界にある矛盾したところに
光の扉があるとお伝えになられます。

勝敗・善悪等の価値判断で決めつけずに、
最も難しいそれらの間にある扉を開けて超越し
聖なる平和へと歩みはじめられますようと
お語りになられます。

聖なる変容による新しい英知の目醒めを促されます。
それは枯渇した三次元意識の超越から橋が架けられますものと
お伝えになられます。

難しいとお思いになられます方は正観音様のお伝えのように
先ずは頭脳で処理されようとなさらず、
ひらめきのような周波数を立ててこのお言葉をお聞きくださいと
お語りになられます。ハートの中心に自己を据えてお試しください。

正観音様のお教えは常に現実的に即して宇宙の法に添うことを
お導きになられます。
正観音様に依存してくださいとはいっさいお語りになりません。
依存しようとするものならば、手放されてしまいます。

何故ならば何かに依存することは、
自己を打ち立てず意識も分離してしまわれ、
精神の世界では紙一重で危うくなることをお見通しになられ、
聖なる自立を促されます。

私共には親よりも遥かに厳しく、しかし
慈悲慈愛に溢れられました真に公平な偉大なる意識でいらっしゃいます。

現実に即してしっかりと根を張り、
その上での自己確立が基本であるとお伝えになります。
自己確立が出来てまいりますと、
聖なる自己の打ちたてである自己具現が可能となられます。

高次のご示唆は
三次元世界にとりましては究極の理想であり、
はじめから無理であると三次元意識であるならば、
諦めてしまっていますところに光を灯して参られます。

共時により、必要な方々へとお言葉が運ばれますよう。

本日も心より 尊びをお捧げいたします。

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     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩
    

☆光への扉を共に開けましょう。

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聖なる平和

7月29日 2回目の投稿

平和とはこの地球にとられまして
最も最終的な大いなる課題となるものです。

この三次元世界の意識にとられまして、
平和の構築ほど難しいものはないものです。

誰も真底から傷つけ合うことは望まれてはいないものです。
真実の愛というもの・安泰というものを願われてやまないものであると
見通すことは可能です。

枯渇のない高次には不安・疑心・恐怖等の感情はないものです。
そのことは人のみならず、三次元世界の意識の土壌のようなものです。
しかしそうであるからと申し上げてそれは闇であると
我等は告げゆくものではありません。
すべてはその体験を戴かれてましての昇華への道行であられます。

真なる平和とは枯渇した三次元意識には不可能でありましょうとも、
自らの内にある聖なる自己を打ちたてられますことに於かれて
それらは徐々に安泰なる方向へと近づきゆくことは可能となりますものですと
伝えましょう。

すべては進化の最中にあり、
それは肉体的細胞レベルのことではなく、
真なる進化は意識の目覚め・悟りゆくことと比例するものと伝えましょう。

三次元世界の枯渇を請け負われます体験からの昇華にこそ、
この星での大いなる果たしでありますことは明らかなるものですと告げましょう。

聖なる平和は見開きの意識で実現がなされて参ります。
それはすべてを公平に慈しみ境界線のない慈悲慈愛の循環を
いかに全体で織り成してゆくかの新しき高次的英知・波動等こそ
必須となられますことでしょう。

聖なる世界とはすべてに開かれた在り様です。
言葉にするのは簡単ですが、
それを実現しますことは如何にこの星では困難でありましょうか。

真なる高次には
競い合うという遊びは存在しません。
鬼ごっこ・かくれんぼという遊びも、三次元的遊びであり、
それらの遊びに於いて、競争社会・弱肉強食の連鎖のなかでの
身の置き方を無意識に学び育んでおられます。
それは人のみならず、動物のなかにも見通すことが可能です。

高次が重視しますのはバランスであり、
競争ではないものです。
また勝ち抜かねば存続できないものなどでは全くなく、
如何に全体との調和・バランスを調律してゆくかに意識は
摂理的に向うものなのです。

高次と三次元は似ていますようで
意識の方向は全くかけ離れてゆきます。
しかし人が真なるものへと徐々に目覚められてゆかれますほどに
共時による安泰は次第に具現されてゆきます。

この星の平和は決して成せないものではなく、
意識の昇華と密に関連し合って参ります。
時間はかかりましょうとも、
すべての存在は慈悲慈愛の見開きへといざなわれていますものなのです。

平和とは刺激を好まれておられます間は
具現されないものでしょう。
我等は刺激を悪いと申し上げますものではなく、
しかしそれらを超越された意識の在り様に安泰は据え置かれて参られます。

如何にして聖なるバランスに目覚められ、
全体が栄え昇華するという英知に光を見通されますかであられますと
伝えましょう。

未だ自らのみを救われ自らのみの勝利を願われておられます間は
聖なる平和への英知には辿り着かれません。

我等は人が聖なる意識・視野へと目醒められますまでは
提言を奏でつづけることでしょう。

それを受け取られますか否かは自由なるものであられます。
国・民族・宗教等の間の矛盾を超えた向こうに
大いなる平和への道筋は据え置かれておられます。

目醒められますよう。
目醒められますよう。
境界のない聖なる世界への構築へと。

もはや生きておられます間に果たし得ない聖なる課題にこそ、
気概をもたれて取り組まれますようと、背を押しましょう。

_____________________________________________________________________

正観世音菩薩様をはじめ高次の神聖は
聖なる平和へと立ち上がられていらっしゃいます。
しかし私達の短い一生の間に埋めきれる課題ではないかも知れません。
しかしその大いなる課題へと向けて橋を架けはじめることが
大切であるのだとお奏でになります。

聖なる使命とは、全体に関わるものともお語りになります。
高次的な英知による具体化は
三次元意識の発想を遥かに越えていらっしゃいます。
高次的な視野・基点にお立ちになられましたご示唆を
皆様へと公開させていただきます意図をもっております。

すべての全体が如何にして同時に引き上げられますか、
聖なる平和への構築の模索へと促されます。
宇宙の法則に添い、すべての全体を共に尊び、
自他共に引き上げ合うという、
決して容易ではない慈悲慈愛の英知を
個々に見開かれてゆかれますことの背をお押しになられます。

私共もより見開き、
正観世音菩薩様のご意図をお届けできますよう、
遂行して参ります。

新しい聖なる世界への構築のお言葉は、
このブログの中心となります。
正観音様は今後もお語りになられますことをお伝えし、
バランスのとれました慈悲慈愛の聖なる世界への意識の昇華と
その礎づくりの模索へと 共時をお持ちになられます方々へと
手を掲げて参られます。

万物にとりましての昇華への道行となりますよう、
共に英知を見開いてゆけますよう。

本日も心より、感謝と尊びをお捧げいたします。

____________________________________________________________________

         すべての方のブログに対して
     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩
    

☆聖なる平和へと共に模索をいたしましょう。

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正観世音菩薩様への対話 

正観世音菩薩様への対話  使命への意図      中村浩司様

私の守護霊様は、女性、マリア様のような感じのこの世にはいない存在だといわれました。(霊能者の方に)。しかし、つい最近までは違っていたそうです。これは、私が病気を患ったこともあるせいだともおもいます。そのことを肝に銘じこれからは社会に貢献できるような人間になっていきたいとおもいました。医療関係の仕事に就く、そんな目標をもっております。
 
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正観世音菩薩であると申しましょう。

医療なるものは、生死にも関連され
三次元的貢献また他者からの要望もつよく、必須なるものであられます。
今後も益々進歩し、それはより複合的な連携となりますものでしょう。

我等から申し上げますならば、細胞というものはすべてがひとつひとつの意識であり、人は人という塊ではありませんことをあなた様へと贈りましょう。

しかしその細胞はどの様に増殖・または減滅させても宜しいものではなく、
すべては摂理的に連なりておられますよ。

人は自らが小惑星の如くの意識の参集でありますことに目覚められなき限り、
聖なる進化はまだ先のこととなられましょう。

我等は病気を闇であると、そのような捉え方は皆無であります。
ウイルス等が悪の使いであるように決定づけますことも皆無であると伝えましょう。
すべては意味ありて創造主様から連なられます広大なる宇宙に位置されておられます。

すべての万物は必要であり、
生をいただかれますことにより意識の昇華となりますものは、
共時によりその体験をなされておられます。
導かれておられると伝えましょう。

すべては死を知らぬ無限なる意識であられますならば、
例え病なる体験も、その意識には意味ありて引き合わされておられます。

医者なる方々でも、短命であられます方も少なくはないものです。
またその専門の病なるものをも戴かれますことも皆無ではありません。
しかし我等高次から見通しゆきますならば、
すべては段階を踏まれた学びのなかで育まれておられます。

長寿が聖なる運びで短命がそうでないなどと申し上げます基点はありません。
幸も不幸もそれらは三次元的判定であられます。

治療なさいますことは無論必須ではありますものの、
しかし大いなる目で見通しゆかれますならば、
死というものは必要でありてその体験を皆公平に戴かれてゆくものです。

個々が個性のある肉体を請け負われて、何を見開かれますかであられます。
聖なる社会への貢献をこそ目指されますようと伝えましょう。

表層的に効果を成そう・得ようとなさるものではなく、
自らの深奥の聖なる意識が如何なる道行に手を掲げられておられますかに、
常に耳を傾けておられますよう。

同じ職種であられましょうとも、
意識の矛先により道行はかけ離れてゆくものです。
聖なる声にこそ、導かれ参られますようと申しましょう。

貢献とは、功績ではありません。
功績を掴もうとなされずして、そのままに穢れなき意識をこそ掲げられ、
聖なる使命の遂行をこそ意図なさいますようと伝えましょう。

-----------------------------------------------------------------

正観世音菩薩様をはじめ高次の方は、
結果を摘み取ろうとしてはならないと常にお語りになります。

自らに功績を与えようとしてはならないと最初に非常に厳しく教わりましたことを
思い返しました。
今そのお諭しの恩恵は計り知れず、しかし今も肝に銘じますところです。
例え自らが何かを成し非常に認められ賞賛を浴びたとしても、それを一旦手放し、
真新しい気持ちで次の職務へと就かれますようと常にお諭しになられます。
厳しいようですが、道に逸れぬようお導きくださる慈悲慈愛の
お言葉でありますことを後になります程に悟って参ります。

天使やマスター守護霊と申されます意識の方々も、
何一つ見返りなく軽々と次々に聖なる貢献を果たしつづけておられます。
私達はこんなにしてあげているのだとどなたもおっしゃいません。
それが高次の在り様であり、
神聖をはじめ高次の意識の方々には尊敬が絶えることがありません。

正観世音菩薩様は、
浩司様の今のクリアーでいらっしゃいます周波数をお見通しになり、
より高らかな聖なる使命へと辿りゆかれますべく、
自らの道行を極めつづける歩みをおつづけくださいますようと
お告げになっておられます。
 
--------------------------------------------------------------------

★正観世音菩薩様は日々お語りになられておられます。

正観音様のご意図によりご質問をお受けさせていただいております。

生きること・愛・自己具現・覚醒等につきましての正観世音菩薩様へのご質問をお受けさせていただきます。すべての方のご質問にはお受けできないかもしれませんが、出来る限りの対応をさせていただきます。

コメントからお寄せ下さいませ。
公開をお望みなさらない方はお申し出下さいませ。

★本日は 2回目の投稿を予定いたしております。

心より尊びをお捧げいたします。
   ______________________________________________________________________
    
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     正当な評価を意図するものです。 正観世音菩薩


☆聖なる使命を共に遂行しましょう。

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 宇宙的大志を抱きましょう 

ー3つの聖なる指針ー

○真理とは万物すべてに共通
 の法であります。      .

○愛とは万物すべてを引き上
 げることであります。    .

○万物にとって昇華の道を切
 り開くことが聖なる平和です。


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