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社説

大野病院判決/医療の立て直しにどう生かす 

 医師が正しいと信じて行った医療行為を罪に問えるのか。福島県立大野病院の産婦人科の医師が、妊婦を死なせたとして逮捕された事件の衝撃は大きかった。医療崩壊の原因にもなったと指摘される事件である。その裁判で、福島地裁は医師を無罪とした。妊婦が亡くなった事実は重いが、正当な医療行為と認めた判決に、医療側は安堵(あんど)したことだろう。しかし、事件から教訓をくみ取り、安全・安心の医療を確立するという重大な責務が残っている。

         ◇

 事件が起きたのは二〇〇四年十二月。妊婦は極めてまれな癒着性の前置胎盤で、医師が器具を使って胎盤をはがそうとしている間に大量出血してショック死した。

 県警は、県が設置した医療事故調査委員会の報告書が出た直後に捜査を開始。発生から一年以上たった〇六年二月、医師を業務上過失致死などの疑いで逮捕した。その約一カ月後に地検が起訴した。

 逮捕・起訴は波紋を広げた。診療の医学的判断の領域にまで、警察や検察が踏み込んだ例はほとんどなかったからだ。

 日本医学会は「不可抗力ともいえる事例に結果責任だけで医療に介入するのは好ましくない」との抗議声明を出した。

 裁判では、医師の判断と処置の適・不適が争点となった。

現場の萎縮を懸念 検察側は女性が以前にも帝王切開していたことを踏まえ、胎盤癒着は予見できたとし、出血する前にはがすのをやめて子宮を摘出すべきだったと主張した。

 対する弁護側は、はがした処置が大量出血に結びついたとはいえず、はがすことによって子宮の収縮が期待できたとし、医師の判断に基づく医療行為と主張した。

 判決は、医師の主張を全面的に認めるものだった。胎盤のはく離を継続したことは標準的な医療措置であり、中止する義務はなかったとしたのである。

 もう一点。検察側は妊婦の死亡を異状死として届け出なかったことは医師法に違反するとした。判決は、これについても正当な医療行為として認められる以上、届け出る義務はなかったと退けた。

 この裁判が注目されたのは、医師が通常の医療行為として行っている処置が罪に当たるとなれば、難しい医療を避ける風潮が広がりかねないからだ。医師が萎縮(いしゅく)すれば現場は混乱し、私たち患者も困る。

 事実、医師の逮捕をきっかけに、医師一人の産科医院や診療所が、事故や訴訟を恐れてお産から相次いで撤退した。妊婦など急患のたらい回しの原因ともなった。

 影響は産婦人科にとどまらず、外科や救急医療など医療全体に広がっている。

 もちろん、いまの医療をめぐる混乱はそれだけではない。都市と地方の間で医師の偏在が進む。地方では医師不足による地域医療の弱体化が著しい。市、県境を越えての入、通院が当たり前になっている。

 赤字が深刻化する全国の公立病院では、医師不足や法定時間を度外視した過剰勤務が半ば常態化している。病院の統廃合や診療科の再編につながっている。

 そこへ診療行為に伴うプレッシャーが加われば、医療の閉塞(へいそく)感はますます強まるに違いない。そうした意味でも、刑事責任の追及にはよほど慎重さがほしい。

 大野病院のケースでいえば、産婦人科の医師は一人で、入院患者のほか外来患者もいた。この医師は普通に勤務しており、逮捕して一カ月余りも身柄を拘束する必要があったのか。そんな疑問も出てこよう。

鍵になる信頼関係 一方、患者・遺族にとって今回の判決だけでは承服できないだろう。

 説明を求めても、専門的な内容が多く、納得のいく答えが得られない。裁判で争うには膨大なエネルギーを費やさなくてはならない。患者側の負担を考えれば、公平な第三者機関が必要になってくる。

 大野病院のケースを端緒として、厚生労働省は「医療安全調査委員会」(仮称)の設立準備を進めている。

 対象となるのは「診療行為に関連した予期しない死亡」だ。医療の質を高め、安全・安心の医療を確立するのが目的で、設置自体に異存はないだろう。すでにいくつか試案が出ているが、捜査とどう距離を置くのか。「重大な過失」の定義をめぐり議論が分かれるなど、多くの課題を残す。

 遺族に参加を求めながら、事故原因を究明し、再発を防止する仕組みが作れるのか。重大な局面にあるといえるが、何とか国民が納得できる形をめざしたい。

 かつて、お産といえば命がけともいわれた。それが、医療の進歩によって安全なお産を誰も疑わなくなった。しかし、現に難しい症状があり、命が脅かされるケースがあることも知っておく必要がある。

 出産に臨む妊婦に「お願い」の用紙を渡す医師が神戸にいる。ひとたび異常が発生すれば母児ともに危険にさらされる。長年の経験から、それは「青天の霹靂(へきれき)のごとく」として、妊婦に心構えを促す内容だ。

 医師と患者の信頼づくりには多くの課題がある。判決を通して肝に銘じたい。

(8/21 10:17)

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