社説
代理出産 既成事実の先行は問題だ
日本人が依頼した代理出産が国内外で相次いでいる。長野県では、依頼者の実母が国内最高齢とみられる六十一歳で「孫」に当たる子どもを産んだ。インドでは代理出産契約によって誕生した女児の国籍などが決まらず、帰国できない事態となっている。
日本には生殖補助医療を規制する包括的な法律はない。その間隙(かんげき)を縫うように「代理出産ベビー」が次々生まれ、既成事実化していく。問題は大きいと言わざるを得ない。
このまま放置しておいては、子どもの基本的人権が脅かされる恐れもある。法整備をはじめとするルールづくりを急ぐ時期である。
六十一歳の女性が代理出産したのは諏訪マタニティークリニックだ。一九九九年から二〇〇七年にかけて十五例の代理出産を試みた。うち三分の一は実母によるものという。
ほかにも、米国で第三者が提供した受精卵で妊娠した六十歳の女性が帰国後、このクリニックで出産した。
クリニックは、第三者ではなく娘のため母が代理出産するのがよいという立場を採る。学会の方針と懸け離れており、妥当性が疑われる。
代理出産以外に子どもを持てない人たちがいるのは確かだ。だが本人や家族の同意があったにせよ、閉経した高齢の女性にとって妊娠、出産が重い負担であるのは間違いない。親子関係が混乱する恐れもある。
インドで出生した子どものケースはさらに深刻だ。昨年十一月、愛媛県内の四十代の男性医師と妻(当時)がインド人女性と代理出産契約を結んだ。卵子はインド人女性が提供した。
出産前に夫婦は離婚し、日印の法のはざまで女児の親子関係などが宙に浮いてしまった。元妻は代理出産に同意していなかったとされる。
日本人が依頼した代理出産は米国などで百例以上に及ぶという。インドなど発展途上国では代理出産が商業ベースで行われ、野放し状態だ。日本国内で規制しなければ、同様のトラブルが続発することになりかねない。
代理出産の是非をめぐっては、日本学術会議がこの四月、「新法で原則禁止とすべき」との報告書をまとめたばかりだ。海外への代理出産ツアーについても現地女性への「搾取」だと批判している。
日本政府は今回の事例を重く受け止めなくてはならない。海外での代理出産の実態把握を急ぐとともに、原則的な対処方針を示すべきだろう。
子どもが欲しいと願う気持ちは理解できる。だが、生まれた子どもは親の所有物ではない。子どもの幸福や基本的人権を根本に据え、代理出産を規制する方向で論議を深めたい。
[新潟日報8月24日(日)]