社説
帝王切開死判決 刑事訴追の限界を示した
医療事故を刑事で裁くことの難しさをあらためて示した判決といえる。
福島県立大野病院で二〇〇四年、帝王切開で出産した女性が死亡した事故で、福島地裁は業務上過失致死罪などに問われた産婦人科医に対し、無罪判決を言い渡した。
過去に医療従事者の刑事責任が追及されたのは患者の取り違えや誤投薬などだった。今回はそうした明白なミスではなく、医師の判断そのものの是非が問われたのが大きな特徴である。
最大の争点は子宮に胎盤が癒着する「癒着胎盤」の処置をめぐる判断だった。起訴状などによると、執刀医は大量出血する恐れがあると認識しながら、子宮から胎盤をはがす「はく離」を続け、女性の失血死を引き起こした。
検察側は医学書の記述を基に「直ちに子宮摘出に移行すべきだった」と主張した。判決は大量出血の予見可能性は認めたが「胎盤をはがし始めたら継続するのが標準的医療」として、過失には当たらないとした。
医師の裁量を広く認めたものであり、臨床現場の実態を踏まえての判決といえるだろう。
今回の裁判が注目されたのは、単に医療事故の刑事責任を問うだけでなく、産婦人科医不足や医療崩壊を象徴する問題になってしまったからだ。
そもそも大野病院に捜査の手が入ったのは、福島県の調査報告書が「医療ミス」はあったとする内容だったためだ。だが医師の逮捕、刑事訴追は医療界に大きな衝撃をもたらした。「通常の医療行為」であるとして、日本医学会など百を超える団体が抗議声明を発する異例の事態に発展した。
医師不足と相まって、全国で七十以上の施設がお産の休止や取り扱い制限を決めたとされる。それだけ医療側の危機感が強いということだろう。
だが結果責任を問われることを恐れて、地元でお産ができないような事態が生じるのはやはり問題だ。
今回の裁判はお産を支える体制や事故が起きた場合の課題も浮き彫りにした。大野病院の産婦人科医は一人体制だった。癒着胎盤は一万件に一件といわれるまれな疾患で、その有無や程度を正確に診断することは難しい。
一方、被害者からすれば、医療事故の真相を明らかにするには裁判しか選択肢がない場合も多い。医療事故は密室の中で起きる傾向がある上、情報も専門性が高いからだ。
大野病院の事件は、医療事故の調査機関「医療版事故調」創設の動きを後押しした。医療事故をめぐり、患者と医療側が互いに不信を募らせる悪循環は止めなければならない。被害者の救済を含め、医療事故の解決を進める制度設計を急ぐ必要がある。
[新潟日報8月21日(木)]