・ふと、気がついた法則があります。
「警告するものは罪をかぶらない」というの。
たとえばね、ともだち何人かで、旅行にでるとします。
「るんっ」とか「イエイ」とか浮かれているなかで、
「何が起こるかわからないから、気をつけなさいよ!」
と、すっごく警告する人がいるとしましょう。
さてさて、旅に出て、
大雨が降っても、忘れ物しても、電車に乗り遅れても、
「ほら、だから気をつけなさいって言ったじゃない」と、
すっごく警告した人は、言えるんですよね。
逆に、なんにもわるいことが起こらなかった場合には、
「気をつけたおかげで、よかったじゃない」
と、これまた警告の人は言っていいわけです。
これは、スポーツの解説から、政治の評論から、
経済の予測から、他人の恋愛についてのおせっかいから、
子どもの教育についての話し合いから、
レストランで何を注文するか問題から、
ありとあらゆる場面に当てはまることなんですよね。
「メニューの写真からすると、まずいかもよ」と、
否定的に警告しておくと、
おいしかった場合でも、「よかったじゃんっ」で、
まずかった場合でも「ほらねー」で、
警告者はえらそうにしてられるんですよね。
「警告するものは罪をかぶらない」、負けがないんです。
だから、いまの世の中のとても大勢の人たちが、
「いちおう言っておきますが」という警告者になってる。
そして、警告されてこりた人も、
だんだんと警告者になっていきます。
「いいバカがいなくなった」と嘆く声をよく聞きますが、
そりゃそうですよ、警告されちゃうんだもの。
つまり「るんっ」とか「イエイ」とか言ってると、
「いい気になってるとひどい目にあうよ!」と、
警告されて、矯正されちゃうんですよね。
これだけ警告者ばかりの世の中になってきたら、
さぞかし、安心できる住みやすい社会になった‥‥と、
思われるかもしれませんが、どうも、そうでもないです。
警告って、いったい、何なんでしょうねぇ。
昼間にテレビが観たい人‥‥たいへんですよねー。
そんな今日も、来てくれてどうもありがとうございます。
「警告するものは罪をかぶらない」というの。
たとえばね、ともだち何人かで、旅行にでるとします。
「るんっ」とか「イエイ」とか浮かれているなかで、
「何が起こるかわからないから、気をつけなさいよ!」
と、すっごく警告する人がいるとしましょう。
さてさて、旅に出て、
大雨が降っても、忘れ物しても、電車に乗り遅れても、
「ほら、だから気をつけなさいって言ったじゃない」と、
すっごく警告した人は、言えるんですよね。
逆に、なんにもわるいことが起こらなかった場合には、
「気をつけたおかげで、よかったじゃない」
と、これまた警告の人は言っていいわけです。
これは、スポーツの解説から、政治の評論から、
経済の予測から、他人の恋愛についてのおせっかいから、
子どもの教育についての話し合いから、
レストランで何を注文するか問題から、
ありとあらゆる場面に当てはまることなんですよね。
「メニューの写真からすると、まずいかもよ」と、
否定的に警告しておくと、
おいしかった場合でも、「よかったじゃんっ」で、
まずかった場合でも「ほらねー」で、
警告者はえらそうにしてられるんですよね。
「警告するものは罪をかぶらない」、負けがないんです。
だから、いまの世の中のとても大勢の人たちが、
「いちおう言っておきますが」という警告者になってる。
そして、警告されてこりた人も、
だんだんと警告者になっていきます。
「いいバカがいなくなった」と嘆く声をよく聞きますが、
そりゃそうですよ、警告されちゃうんだもの。
つまり「るんっ」とか「イエイ」とか言ってると、
「いい気になってるとひどい目にあうよ!」と、
警告されて、矯正されちゃうんですよね。
これだけ警告者ばかりの世の中になってきたら、
さぞかし、安心できる住みやすい社会になった‥‥と、
思われるかもしれませんが、どうも、そうでもないです。
警告って、いったい、何なんでしょうねぇ。
昼間にテレビが観たい人‥‥たいへんですよねー。
そんな今日も、来てくれてどうもありがとうございます。