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選手が目に見えて育ち、社会に出て行く姿を見るのがうれしいんです

青木均(あおきひとし)さん(59歳)
株式会社丸井に勤めながら、水曜・日曜は法政大学アメリカンフットボール部の監督として活躍。学生主体のチーム作りをすすめ、チームを2年連続の学生日本一に導いた。

「学生主体のチーム」として名を馳せる法政大学アメフト部

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最近できたばかりという、監督(兼コーチ)室。すべて自分たちの手作り。優勝記念のフラッグが壁一面に張られ、トロフィーが無造作に置かれている

学生アメリカンフットボール界で異彩を放っているのが、法政大学「トマホークス」である。通常のチームは、監督をはじめコーチ、アシスタントコーチなどが、皆プロとして学生に教えている。つまり、“お金をもらって”チームを強くするという“仕事”をしているのだ。しかし法政大学は違う。コーチはもちろんのこと、監督もボランティアなのである。しかも、他大学に比べて、圧倒的にスポーツ推薦入学が少なく、学費免除の制度もない。部の予算にも格段の差があり、それは設備に反映している。部室にはエアコンはなく、トレーニングルームなどは“原始的なマシーンばかり”だという。“都立高校が甲子園に出たようなものだ”とあるコーチは言う。

なぜ、そのチームが数多くの大会で優勝し、また、4度もの学生日本一を達成したのか。そのヒミツは「学生主体のチーム作り」にある。

「80年代後半に、チームがガタガタっと崩れたんですよ。それで建て直しのために声をかけられましてね。30歳代半ばの頃かな」

このチーム作りの立役者が青木均さんだ。もともと、法政大学は青木さんの卒業時に一度優勝したきりで、それから優勝経験がなかった弱小チームである。さらに、体育会独特の軍隊的な部分、“下級生のとき、上級生にこき使われたから、自分も上級生になったら下級生をこき使ってやる”というような風潮がはびこっていた。青木さんら卒業生は、それを一掃しようと乗り出したのである。

丸井で培った能力で、チームのあり方を変えた

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ナレッジブックはポジションごとに分かれている。前年度のものを参考にしながら、「ここはこうしたほうがいい」と新たな意見を加えて、改良し、現在のものに至っている

「1,000人単位の人間を統括するには、上意下達の組織、いわゆる軍隊のような、上の者に従わせるような組織がたしかにいちばん強いんです」

青木さんは30歳代後半ぐらいまで、丸井で1,000人単位の組織を動かす立場にいた。丸井のスポーツ館を立ち上げたのは青木さんである。その一方で、丸井のサーフイベントを企画・運営する仕事もしていた。それは、100人単位の規模だったという。

「ところが100人単位の組織ならば、中小企業と一緒で、“公開性”と、“参画性”が大切になってくるんです。つまり、監督やコーチ、上級生だけで物事を決めるのではなく、立場は関係なく、下級生も含め全員がコミュニケーションをとるほうがうまくいく。それを経験上、知っていましたから」

例えば、法政のアメフト部では「ナレッジブック」というものを上級生が独自に作る。本来、コーチが下級生に教えることだが、上級生が下級生のパーソナルコーチ(家庭教師)になって、ナレッジブックを見ながら、どこができて、どこができないのかを明確にし、基礎から精神論、戦術まですべてを教える。

「僕達はなかなか大学に指導に来られないから、学生を巻き込むしかないんですよ」

このナレッジブックの存在が、上級生と下級生とのコミュニケーションに役立っている。また、“総洗い替え見直し方式”というチーム作りを行っており、毎年、どんなチームをつくりたいかを、何十時間もかけてミーティングするという。選手同士のつながりも密になる。

法政大学は“実力主義”に徹しているという。ただ、その方法が変わっている。週に一度、ポジションごとにランキングをつけるのだ。そのランキングは、コーチや監督が決めるものではなく、上級生、下級生関係なく、選手1人1人が投票するのだという。

「社会人より明確な実力主義なんですよ。ただ、もちろんがんばっている上級生には敗者復活の余地を与えます」

この独特の組織運営こそ、まさに“公開性”と“参画性”の象徴といえよう。

学生が自らの力で考え、それを形にすることで力になる

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「トマホークスカラー」のオレンジが目立つ部室。冷暖房の設備のない部室や、トレーニングルームは珍しいのだそう

しかし、旧体制の組織を刷新するのは容易なことではなかったはずだ。

「たしかに、それまでは、“言われたからやる”という部員が多かったですからね。でも、言われてやるより、“なんでこうするのか”と根本を考えよう、さらに、“じゃあ、こうやったらいいよね”と、みんなで方法を編み出したほうがいい。それは一目瞭然ですよね。でも、そのやり方が浸透し、優勝という実を結ぶまでには、やはり、僕が教え始めたときの1年生が4年生になるまでかかりました」

しかし、他校が苦労している“体育会としての態度訓練”については、“ごく簡単だ”と言ってのける。

「新年度を迎える1~2ヶ月前に、2~3度、学生たちに話をしたんですよ。“社会に入ってあたりまえのことをするのが体育会だ”って。挙げればきりがありませんが、例えば、上司が通ったのに、挨拶しない部下はいない。上司が重いものを持っていたら“お持ちします”と声をかけるのが普通だ、とか。平凡なことでしょう?(笑) 社会人としてごくあたりまえのことをあたりまえに行ってるだけなんです。そうした話をした上で、“そういう態度を下級生にも徹底させるために、自分たちが指導するように”と指示する。そこで上下間のコミュニケーションが生まれ、効率よく態度訓練ができるようになったんです」

いちばん後ろで舵をとる存在でありたい

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取材当日は雨天のため、体育館でのトレーニング。監督やコーチの前でだけがんばる、ということのないように、穏やかに選手を見つめる

こうしたチーム作りで、勝つことを目標に、実際のプレー面からメンタル面まで、選手達はとことん話し合う。それゆえ、鍛えられ、結びつきも強くなる。それを見守る青木さんは、選手やコーチから“オヤジ”とも呼ばれている。

「選手達が目に見えて育っていくのを見るのは楽しいですよ。人間はどこで伸びるか、個人差があるから。“いつ伸びるかわからないんだから、とにかく全力でやれ”と言っています。勝つという目標をともに持っているから、歳がいくら違っても共通の会話ができますし。そしていつか、僕がここに戻ってきたのと同じように、“ここまでこられたのは、トマホークスがあったから”と、卒業しても集まれる。一生の付き合いになるんです。自分の子供がたくさん育っていくみたいな気分ですよ」

そんな青木さんは、ハワイ大学に合宿に行った際に、おみやげにボートのオールをもらったそうだ。

「ハワイではボートは、ファミリーを意味するんだそうです。それで、いちばん後ろの人がこのオールをもって舵を取る。“お前にピッタリだ”といって、くれたんですよ」

来年は60歳。還暦だ。大学時代のチームメイトはもちろんのこと、全大学の同級生が集まるそうだ。それが楽しみだという。その一方で、法政大学は学生日本一のその上も目指している。

「去年は社会人に惜しくも一点差で負けましたからね。今年は勝ちに行きますよ」

(文:栗山香澄)

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