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社説(2008年8月22日朝刊)

[産科医に無罪判決]

「事故調」の創設を急げ

 福島県立大野病院で二〇〇四年、帝王切開で出産した女性=当時(29)=が手術中に死亡した事件で、福島地裁は業務上過失致死などの罪に問われた産婦人科医に無罪判決を言い渡した。

 判決は「標準的な措置で過失はなかった」と判断し、現場での医師の裁量を重視した内容だ。

 これほど医療界の注目を集めた訴訟は最近では珍しい。

 通常の医療行為で医師が逮捕、起訴されるという異例の事件。医師を萎縮させ、産婦人科離れの原因をつくった事件とされ、医療界から「刑事司法の不当介入」と猛反発を招いた。

 女性は、子宮に胎盤が癒着し、胎盤をはがすことが困難となる一万件に一件というまれな疾患だった。胎盤をはがす「剥離」を医師が続けたことの是非が最大の争点になった。

 公判で検察側と弁護側は真っ向から対立した。

 検察側は胎盤剥離を中止し子宮摘出手術などに移行することが医学的準則で、医師は中止する義務があったと主張した。

 これに対し、弁護側は剥離を開始した後は出血していても完了させ、子宮の収縮を期待するとともに止血操作を行い、それでも大量出血する場合に子宮摘出するのが臨床医学の医療水準と反論した。

 判決は弁護側の主張を入れ、「臨床上の標準的な医療措置と解するのが相当。胎盤剥離を中止する義務があったと認めることもできず、注意義務違反にはならない」と判断した。

 故意のミスや隠蔽、カルテの改竄は犯罪であり、司直の手に委ねるべきだ。しかし今回のケースは、明白な違法性のない医療行為で、警察、検察は逮捕、起訴に慎重であるべきだったのではないか。

 一方で「なぜ死ななければならなかったのか」との遺族の無念の思いは消えない。現行では遺族の真実を知りたいという思いに応える仕組みがないのだ。

 仮に事故が発生した場合でも、医師側は、遺族側の立場に身を置いて情報を隠さずに向き合うべきだ。だ真摯が、原因究明や情報開示が十分でない現状では、医師と患者が信頼関係で結ばれるのは難しい。今回の訴訟は両者の信頼関係をどう築くかについても問い掛けている。

 公判では肝心の事故の原因究明と再発防止の課題は、ほとんど論議されなかった。中立的に調査する第三者的な機関がないからだ。 厚生労働省は公正・中立に原因を調査する第三者機関「医療安全調査委員会」の創設を目指している。

 国土交通省の「航空・鉄道事故調査委員会」を参考にしたもので、医師や法律家、患者の立場を代表する有識者らで構成する。事故が疑われる死亡事例が発生した場合、これまでのように警察ではなく、「事故調」への届け出を義務付ける。遺族も調査依頼が可能になる。

 調査の結果、医療機関側にミスがあれば再発防止策を提言するという。国は「事故調」の創設を急ぐべきだ。


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