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社説

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欧州ミサイル防衛―急がず、配備の凍結を

 米国のミサイル防衛(MD)システムをポーランドに配備する協定に両国が署名した。イランなどの脅威から、欧州の同盟国を守るというのがブッシュ政権の考え方である。

 イランは、ミサイル実験を繰り返し、国連安全保障理事会の決議を無視してウラン濃縮を続けている。射程内にある欧州の安全が気がかりなのはわかる。だが、それでも、急ぎ足での配備にはいくつも疑問が残る。

 まず、ロシアの反発が強いことだ。

 米国は、配備する迎撃ミサイルは10基ほどでロシアに向けたものではないと強調する。だがロシアは、MD網がこのまま広まれば自国の抑止力に影響する、と懸念する。配備をにらんで、ポーランドに隣り合うベラルーシと単一防空システムづくりで合意した。

 悪くするとMDが欧州での軍拡の引き金になりかねないのである。

 今は冷戦時代と異なり、国際安全保障で米ロが互いに相手を必要としている。イランにウラン濃縮の中止を迫る外交交渉には、米欧にロシアも加わっている。イラン向けのMD推進のせいでロシアとの亀裂が深まれば、対イランの外交力は弱まり、核開発を止めにくくなる。この悪循環は、欧州だけでなく世界の安全を脅かすだろう。

 グルジア紛争が署名を急がせた面もある。ポーランドはロシアへの警戒心を強め、軍近代化への支援と抱き合わせでMD協定の署名に踏み切った。だが、これも裏目に出るおそれがある。ロシアは、22日までに紛争地域から軍を撤退させると表明したが、期限内にそれを果たすかは予断を許さない。MD推進への反発は、グルジア情勢にも影を落としかねないのである。

 それでもMD配備を急いだのは、グルジア紛争による対ロ不信に加えて「ブッシュ政権のうちに合意を」という米国の事情もあったとみられる。

 資源の輸出などで力を盛り返したロシアとどう付き合うか。今求められるのはMDで対立することではなく、ロシアにグルジア撤兵を実現させ、協調関係を再構築することだろう。

 そのために、米国はまず、拙速なMD配備計画を凍結すべきである。

 米国で次期大統領をめざすオバマ上院議員は、米ロ間の中距離核戦力全廃条約を、地球規模の条約にするよう提唱している。イランや北朝鮮、インド、パキスタンなどの戦力の切り札は米ロが廃棄した中距離ミサイルだ。オバマ構想は、拡散したミサイルの脅威を軍縮で小さくしようというものだ。合意は容易ではないが、米欧ロの新しい協調につながると期待される。

 日本にとってもひとごとではない。近隣には核保有国の中国、ロシアや核実験をした北朝鮮が並ぶ。ミサイル防衛に偏らず、軍縮で安全保障を高める外交をもっと展開すべきだろう。

電気料金―原油高の転嫁は最小限に

 家庭用の電気料金が来年1月に大幅に引き上げられる。原油高で電力会社の燃料コストが膨らんだからだ。東京電力では、標準家庭で1カ月あたり800円上がり約7600円になる見込みだ。12%もの大幅値上げである。家計への影響は小さくない。

 いまの原油高騰のもとでは値上げもやむをえないだろう。原油相場が一時は昨年の2倍になり、東京電力や関西電力、中部電力などは今年度は赤字に転落する見通しだ。企業のコスト削減努力だけでは限界がある。

 電気料金の改定には、本来なら公聴会で消費者の意見を聞き、そのうえで政府の認可を得る手続きが必要だ。ただそれでは時間がかかるので、3カ月に1度、燃料価格の変動に応じて機械的に料金を上げ下げする「燃料費調整制度」という仕組みがある。もともとは、円高差益の還元で値下げするために設けられた制度だ。

 1月の料金引き上げは、この調整制度を利用する。だが、日本経済の実情を考えれば、機械的な大幅値上げには問題が多いのではないか。

 まず賃金が伸び悩んでいる問題がある。そこに原油や穀物の高騰で身近な物価が上がり、生活防衛のため消費を抑制せざるをえなくなっている。

 たとえば、百貨店やスーパーで衣料品の売り上げが落ち込んでいるし、外食産業では客足を呼び戻すため一部に値下げの動きが出ている。野菜の需要が落ちて卸値が下落しているのも、そうした影響があるといわれる。

 多くの産業が原油高によるコスト増に苦しんでいる。だが値上げしたくても、競争が激しく売れ行きが落ちてしまうので、できないのだ。

 電気料金以外にも、都市ガス料金や国際航空運賃で、燃料費高騰分を転嫁する制度を使った値上げが相次いでいる。それぞれの制度は合理的かもしれない。しかしこのままでは、価格転嫁の制度に守られた分野だけで大幅な値上げが進み、それが他の商品やサービスの購買力を吸い取ってしまう結果となる。デフレ傾向をより強める悪循環に陥りかねないのである。

 政府の試算では、原油高などにより日本経済全体で年間28兆円ものペースで所得が海外に流出しているという。それを誰がどう負担するのか。

 原油100ドル超時代に耐えられる経済社会へ移行するには時間がかかる。それまではこの大きなコスト負担を、企業も消費者も、広く薄く「割り勘」で分かち合う必要がある。

 電力業界は自由化が中途半端で止まっており、経営の効率化を促す仕組みがもともと不足している。

 電力会社には、原油高の転嫁をできる限り抑制するよう求めたい。政府もこのさい、転嫁と料金認可の制度を見直すよう検討したらどうか。

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