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仕事のやりがいと母の責任のはざまで

救急医療の最前線で活躍するフライトドクター

息子がこぼした涙

 明るく、パワフルな奥村さんだが、仕事と家庭の両立はやはり容易ではない。「本当は仕事も家事も全部が中途半端に思えて、“嫌な気持ち”になることもあるんですよ」。
 子どもを保育園に迎えに行って、病院で待たせて、帰りは9時、10時。それからご飯を作って、食べて、寝て…。病院では研修医や看護師が子どもと遊んでくれたりして、とても助かっているのだが、こういう日が続くと気持ちが暗くなってしまうのだ。

 「家に帰ってからも子どもはとても元気で、それに付き合うのが大変。つい『静かにして!』なんて言ってしまうこともあるんですが、子どもは親を選べません。子どもにこういう生活をさせているのは自分なので、なるべく付き合うようにしているんですが」

 また、奥村さんの夫も九州の病院の救急で働いているため、休日が合わないことが多い。休みを利用して夫が九州から岡山に帰ってくる日に、奥村さんは出勤しなければならなかったりする。
 それでも久しぶりに父親と1日を過ごし、夜は家族3人揃って食事をすると、子どもは大喜びだ。だが、1日はあっという間に過ぎる。そして九州に戻る父親を見送るとき…。
 「以前は別れ際に声を上げて泣いていたんですが、先日は、黙って涙だけポロンと。『悲しい?』って聞くと、『うん。でも我慢する』って言ってくれて…」
 そう語るときの奥村さんは、医師というより、ひとりの悩める母親の表情になる。

さまざまな迷いを抱えながら

 仕事の面でも、例えば、救急の世界では当直医は不可欠だが、奥村さんは幼い子どもの世話があるので、当直はできない。周囲に対して、全く引け目を感じないといえばうそになる。
 だが奥村さんは、「自分が今、できることをしよう。私は私なりに、できることがあるんだから」と、自分を奮い立たせる。
 「当直ができないことをハンデとして、私が救急をやめたら、後に続く人はもっときつくなるでしょう。全員が当直をしなければならないとなると、救急をやりたいという人はさらに減るかもしれません。だから、当直ができない私が救急を続けているのも、それはそれで意味があると思うんです」

 最後に、今後について聞いてみた。すると、奥村さんはちょっと考えて、「せっかく巡り合えた仕事だし、ドクターヘリは数的にも質的にも、もっと良くしていける。できれば、ずっとかかわっていきたいです」と、はっきりと答えてくれた。
 ドクターヘリ普及のための特別措置法の制定を受け、今後、全国の都道府県に年に2〜3カ所ずつ導入されていくはず。今までの経験を生かして、その立ち上げに携わることができれば、それはとてもやりがいがある仕事に違いない。

 「実は、子どもが『ドクターヘリのパイロットになりたい』って言うんですよ。休日も、『パンを買って、ヘリを見に行こう』って」 うれしそうな、でもちょっと恥ずかしそうな表情で話す奥村さんは、仕事のやりがいと、母としての責任のはざまでさまざまな迷いを抱えながらも、前向きな日々を過ごしている。

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奥村澄枝さん

(おくむら・すみえ)

川崎医科大学附属病院 高度救命救急センター医師
1969年生まれ。94年3月、久留米大学医学部を卒業し、同大付属病院の救命救急センター助手。99年3月、久留米大学医学部大学院修了。その後、九州大学医学部附属病院麻酔蘇生科に在籍時、結婚。03年1月に長男を出産。聖路加国際病院救急部を経て、04年4月、順天堂大学医学部附属静岡病院の救急診療科でドクターヘリの立ち上げに参加。07年7月から川崎医科大学附属病院。数少ない女性フライトドクターとして活躍中。


No.35(2008年10月号)

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