仕事のやりがいと母の責任のはざまで
救急医療の最前線で活躍するフライトドクター
- 2008年8月21日(木)
息子がこぼした涙
明るく、パワフルな奥村さんだが、仕事と家庭の両立はやはり容易ではない。「本当は仕事も家事も全部が中途半端に思えて、“嫌な気持ち”になることもあるんですよ」。
子どもを保育園に迎えに行って、病院で待たせて、帰りは9時、10時。それからご飯を作って、食べて、寝て…。病院では研修医や看護師が子どもと遊んでくれたりして、とても助かっているのだが、こういう日が続くと気持ちが暗くなってしまうのだ。
「家に帰ってからも子どもはとても元気で、それに付き合うのが大変。つい『静かにして!』なんて言ってしまうこともあるんですが、子どもは親を選べません。子どもにこういう生活をさせているのは自分なので、なるべく付き合うようにしているんですが」
また、奥村さんの夫も九州の病院の救急で働いているため、休日が合わないことが多い。休みを利用して夫が九州から岡山に帰ってくる日に、奥村さんは出勤しなければならなかったりする。
それでも久しぶりに父親と1日を過ごし、夜は家族3人揃って食事をすると、子どもは大喜びだ。だが、1日はあっという間に過ぎる。そして九州に戻る父親を見送るとき…。
「以前は別れ際に声を上げて泣いていたんですが、先日は、黙って涙だけポロンと。『悲しい?』って聞くと、『うん。でも我慢する』って言ってくれて…」
そう語るときの奥村さんは、医師というより、ひとりの悩める母親の表情になる。
さまざまな迷いを抱えながら
仕事の面でも、例えば、救急の世界では当直医は不可欠だが、奥村さんは幼い子どもの世話があるので、当直はできない。周囲に対して、全く引け目を感じないといえばうそになる。
だが奥村さんは、「自分が今、できることをしよう。私は私なりに、できることがあるんだから」と、自分を奮い立たせる。
「当直ができないことをハンデとして、私が救急をやめたら、後に続く人はもっときつくなるでしょう。全員が当直をしなければならないとなると、救急をやりたいという人はさらに減るかもしれません。だから、当直ができない私が救急を続けているのも、それはそれで意味があると思うんです」
最後に、今後について聞いてみた。すると、奥村さんはちょっと考えて、「せっかく巡り合えた仕事だし、ドクターヘリは数的にも質的にも、もっと良くしていける。できれば、ずっとかかわっていきたいです」と、はっきりと答えてくれた。
ドクターヘリ普及のための特別措置法の制定を受け、今後、全国の都道府県に年に2〜3カ所ずつ導入されていくはず。今までの経験を生かして、その立ち上げに携わることができれば、それはとてもやりがいがある仕事に違いない。
「実は、子どもが『ドクターヘリのパイロットになりたい』って言うんですよ。休日も、『パンを買って、ヘリを見に行こう』って」 うれしそうな、でもちょっと恥ずかしそうな表情で話す奥村さんは、仕事のやりがいと、母としての責任のはざまでさまざまな迷いを抱えながらも、前向きな日々を過ごしている。
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