産科医無罪判決/医学的常識を優先した判断(8月21日付)
県立大野病院で2004年12月、帝王切開で出産した当時29歳の女性が手術中に死亡した事件で、福島地裁(鈴木信行裁判長)は業務上過失致死と医師法違反の罪に問われた被告の加藤克彦医師に無罪判決を言い渡した。
06年2月に加藤医師が逮捕された直後から「通常の医療行為に刑事司法が不当に介入した」と医療界が猛反発。全国的な産科医不足に拍車をかけたとされる。医療事故でどこまで医師個人の刑事責任が問われるのか、判決が注目されていた。それだけに、現場の実態や医師の裁量を重視した判決を重く受け止めたい。
公判では、子宮に胎盤が癒着したきわめて珍しい症例に対し、胎盤をはがす「はく離」を被告が続けた判断の是非が最大の焦点になった。
判決は、生命に危険が及ぶ恐れの予見可能性と結果回避可能性を認めたが、被告のはく離は「標準的な医療」と肯定した。医師法21条の医師の異状死届け出義務では「過失なき医療行為の結果は、異状がある場合に該当しない」と要件を明確にした。医学的な常識を優先した判断といえる。
一方で、検察側立証の不十分さを指摘。根拠となる臨床症例に欠くなどと主張を退けた。逮捕、起訴になった異例の捜査は”勇み足”と戒められたことに等しい。裁判になれば被告側弁護に専門家がそろうことは予測されたはず。根底から崩れるような立証でなぜ検察は起訴したのか。大きな疑問がつきまとう。
刑事裁判では医療事故のごく一部しか争点にならず限界がある。女性の死をなぜ防げなかったのかという遺族の根本的な疑問に答えるには、病院の安全態勢も問題にしなければならない。医療事故の真相解明のため、裁判とは異なる事故調査の公正な仕組みの導入が望まれる。
一審で無罪判決が出た。今後の問題の1つに、安心して出産できる環境をどう立て直すかがある。
県内でも産科医不足は深刻だ。厚生労働省の調べでは、1996年に175人いた産婦人科医は06年には142人にまで減った。
産科を休止する病院も相次ぎ、県の調査では加藤医師が逮捕された以降、11病院で休診。こうした地域では不安や負担が消えない。
政府は医師不足対策を重要課題としているが、時間がかかる。とりあえずは出来ることから取り組むしかない。産科医を基幹病院に集める「集約化」も進めたい。非常時にすぐに応援を求めたり、搬送できる態勢づくりも急がれる。勤務医向けの診療報酬を厚くする必要もあろう。
医療行為では医師と患者の信頼関係が欠かせない。患者の弱い立場を考えると、医師は患者に対し十分な説明をすることが必要だ。医療の安全性向上も急務である。
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