福島県大熊町の県立大野病院で二〇〇四年、帝王切開で出産した女性が手術中に死亡した事件で、業務上過失致死などの罪に問われた産婦人科医に対し、福島地裁は無罪を言い渡した。
故意や明白なミスでなく、通常の医療行為について執刀医の逮捕、起訴に踏み込んだ今回の捜査は異例のケースだった。医療界からは「刑事司法の不当介入」と猛反発を招いた。判決は臨床現場の実態や医師の裁量を重視したものといえよう。
最大の争点は胎盤をはがす「はく離」を被告が続けた判断の是非だった。判決は「標準的な医療措置で過失はなかった」とし、医学書の記述を根拠に「直ちに子宮摘出に移行すべきだった」と主張する検察側の言い分を退けた。「異状死」なのに二十四時間以内に警察に届けなかったとして医師法違反罪にも問われたが、判決は「死亡は避けられない結果で報告義務はない」とした。
出産をめぐっては、医療側の過失を理由に損害賠償請求訴訟が多発している。危険な出産にかかわるのを避ける産科医が増えており、大野病院事件は全国的な産科医不足に拍車を掛けたとされる。しかし、それでは患者は必要な医療を受けることができなくなる。患者と医療側の相互不信をなくしていかなければいけない。
厚生労働省は、中立的な立場で医療事故の調査に当たる第三者機関「医療安全調査委員会」設置に向けて準備を進めている。警察の捜査や裁判では個人の責任追及に力点が置かれる。自己に不利な証拠は出さなくなるため、必ずしも真相究明につながらない。医療事故の原因を探り、再発防止につなげていくために、被害者、医療側双方が納得できる調査委の創設を目指すべきだろう。