医療界「当然の判決」 過失判定の場望む声医師不足が深刻化する東北の産科医療現場。大野病院事件で20日、福島地裁が下した無罪判決に、医療関係者は一様に安堵(あんど)の声を上げた。「当然の結果」との受け止め方が大半を占め、医療事故をめぐる過失認定の在り方など産科医療が抱える問題の解決を望む意見も聞かれた。「有罪になれば、今の病院ではもうお産をやれないと考えていた」と話すのは岩手県立二戸病院(二戸市)産婦人科の秋元義弘医師(43)。3月末まで1年間、常勤医1人体制で500件の出産に立ち会った。「無罪判決が地方の産科医療の危機を食い止めるきっかけになるかもしれない」と今後に期待も込めた。 判決は医療行為に伴うリスクに言及し「結果を正確に予測することは難しい」と指摘。年間1000件近い出産を手掛ける東北公済病院(仙台市)産婦人科の上原茂樹医師(55)は「地裁の指摘は一歩踏み込んだもの。出産のリスクに理解を深める一助になる」と評価した。 それでも事件が残した影響は小さくない。「無罪判決が萎縮(いしゅく)した医療現場の改善につながるとは言い切れない」と岩手県産婦人科医会会長で開業医の小林高医師(64)。「医療事故を調査し、過失を判定する新しい仕組みや産科医を増やす方策を考えないといけない」と訴えた。 産科医とともに地域のお産を支える助産師も事件への関心は高く、とも子助産院(仙台市)の伊藤朋子院長(42)は「明らかに過失がある場合を除き、司法以外に医療事故の過失を判断する方法がないことが問題だ」と話した。 ◎「医療に理解妥当な判決」産科婦人科学会声明 「医療の困難さとそのリスクに理解を示した妥当な判決」。大野病院事件で福島地裁が加藤克彦医師(40)に無罪判決を言い渡したことを受け、日本産科婦人科学会の吉村泰典理事長らは20日、東京都内の事務局で記者会見し声明を発表した。 声明は加藤医師の医療行為について「水準は高く、医療過誤と言うべきものではない」とミスを否定。「(無罪判決で)昨今の萎縮(いしゅく)医療の進行に歯止めがかかることが期待される。検察が控訴しないよう強く要請する」と訴えた。 岡井崇常務理事は「患者が亡くなられたのは本当に悲惨なことだが、医師に刑罰を科すことは全く違う次元の話。医療をよく知らない警察が捜査したことが問題」と指摘。遺族の心情にも触れ、「医師に刑事罰を与えてほしいと本当に望んでいるわけではなく、真相を明らかにしたいのだと思う」と話し、医療事故の専門調査機関として“医療版事故調”が必要と繰り返し主張した。 学会の産婦人科医療提供体制検討委員長を務める海野信也北里大教授は福島市で医療関係のシンポジウムに参加後、「事件は日本全体の産科の現場、医療全体に与えた影響が大きかった。医療崩壊の再建を考える上で、無罪でなければどんな筋書きも成り立たない」と強調。「医療者が誠意を尽くせる仕事ができる状況にするため、大事なステップになる」と語った。 ◎検察の立証に限界 薬害エイズで原告側代理人を務めるなど医療問題に詳しい鈴木利広弁護士(東京)の話 灰色がかった無罪と言える。判決の事実認定に関する構成は「検察側主張に合理的な疑いが残る」という組み立てになった。そもそも検察の立証には限度があった。詳細な診療記録もなく遺体解剖も行われていない上、胎盤そのものも存在していない。鑑定では医学界の十分な協力を得られなかった。事件化に反対した医学界は、医療事故に関する中立専門的な調査システムを早急に構築することが求められる。 ◎病院側の説明必要 死産などを経験した女性の自助グループ「Withゆう」代表の佐藤由佳さん(仙台市)の話 医療をめぐる刑事裁判ではどのような判決が出ても、医師と遺族の双方が納得する結果にはならない。遺族にとって、裁判で経緯が明らかになっても、愛する家族を失った深い悲しみが癒えることはない。悲しい事態になった場合、病院側には詳しく、分かりやすい説明が求められる。裁判とは別な形で、遺族が真相を知る場をつくることも必要だと思う。 ◎事故の背景に目を 「お産といのちの全国ネット」世話人代表の新田史実子さん(花巻市)の話 医師も最善の形で助けようとしたはず。結果として患者が死亡した責任を医師個人に負わせるのはおかしいと思っていた。有罪だったら、ますます産科医のなり手が少なくなる上、事故を恐れて早め早めの管理入院や帝王切開が増え、妊婦が主体性を持ったお産ができなくなってしまっただろう。非常時の搬送システムなどが整備されていれば事故は防げたはず。地域も行政も事故の背景をきちんと見つめ、できるところから態勢づくりをしてほしい。
2008年08月21日木曜日
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