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社説:帝王切開判決 公正中立な医療審査の確立を

 4年前、福島県立大野病院で帝王切開手術を受けた女性が死亡した事故で、福島地裁が業務上過失致死罪と医師法違反に問われた執刀医を無罪とした。医師の裁量を幅広くとらえ、「過失はなかった」とする判断である。

 「癒着胎盤」という極めてまれな疾患に見舞われたケースだが、判決は手術中の大量出血のおそれを予見したり、手術方法の変更によって「結果回避の可能性があった」と認定した。刑事責任は認められないが、最善の医療ではなかった、とも読み取れる内容だ。

 事故は産婦人科の医師不足が深刻化する中で起きたため、医師が萎縮(いしゅく)すると懸念する声が医療界に広がり、福島県警の捜査で産婦人科離れが加速した、と指摘された。日本産科婦人科学会などは「通常の医療行為で刑事責任を問われたのでは医療は成り立たない」と執刀医の逮捕、起訴を批判した。

 しかし、こうした考え方が市民にすんなり受け入れられるだろうか。医師の資質を疑いたくなるような医療事故が繰り返されており、医療従事者の隠ぺい体質や仲間意識の強さ、学閥を背景にしたかばい合いの常態化などを考慮すれば、慎重な調査、検証は欠かせない。県警が異例の強制捜査に踏み切ったのも、社会に渦巻く医療への不信を意識したればこそだろう。

 もちろん、警察権力は医療にいたずらに介入すべきではない。刑事責任を追及する対象は、明らかな犯罪行為や常識からかけ離れた医療行為などに限定すべきだ。経験や技量の不足に起因するものは、民事上の損害賠償で償ったり、行政罰に処するのが先決だろう。結果として患者を死に至らしめたとしても、懸命に救命を図った医師に手錠をはめることが社会正義にかなうとも考えにくい。

 多発する医療過誤訴訟に対応するためにも、公正中立な立場で、医療行為の適否を判断するシステムが求められる。日本産科婦人科学会も提言しているように、第三者による専門機関の設置が必要だ。厚生労働省も医療安全調査委員会の新設を目指しているが、先進諸国には法医学者が役割を担っている例もある。医師が主導することが望ましい。医療現場に司直を踏み込ませたくないのなら、なおさら設置を急ぐべきだ。

 カルテやレセプト(診療報酬明細書)の開示の徹底など開かれた医療の実現が前提条件となることは言うまでもない。判決は、医師に警察署への届け出を義務づけている「異状死」に、患者が診療を受けている疾病で死亡した場合は該当しない、との判断を示したが、事故死については第三者の判断を仰ぐべきだ。医師は事故を隠さず、患者側には納得のいく説明を尽くす。それが医療の信頼回復にもつながるはずだ。

毎日新聞 2008年8月21日 東京朝刊

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