社 説

大野病院事件無罪/医療対捜査の図式変えたい

 手術中に患者が亡くなった。遺族はミスだと思った。県警は医師を逮捕し、地検も起訴に踏み切った。

 医療界は強く反発した。福島県立大野病院の産婦人科医加藤克彦被告(40)が業務上過失致死と医師法違反の罪に問われた事件は、法廷の外でも激しい論争が繰り広げられてきた。

 一審のきのうの結論は無罪だった。医療と捜査の対決はひとまず、医療の勝ち、捜査の負けで終わった。こんな図式がこのまま続いていいか。

 捜査は遺族の無念の心情をよりどころの一つにしている。医療と捜査の対立は結局、現在の医師と患者の関係に根差しているだろう。

 医療と捜査が対立し刑事裁判で決着を争う図式から、早く脱却したい。法廷の外で医師と遺族が理解を深め合う仕組みを、実現させたい。

 患者は当時29歳の女性。2004年12月に大野病院で帝王切開で出産し、加藤被告が癒着胎盤を剥(はく)離(り)する過程で大量出血して死亡した。

 地検が起訴し、禁固1年、罰金10万円を求刑したのは、医師として基本的な注意義務を怠ったと考えたからだ。胎盤の剥離を中止し、子宮摘出手術に移るべきだったと主張してきた。

 注意義務を怠ったとみなす、言い換えれば医師に刑罰を科すことができる基準(医学的準則)をどう考えたらいいか。

 福島地裁の判決は「臨床に携わる医師が直面した場合に、ほとんどの者がその基準に従って措置を講じているという一般性」を強調する。

 判決は、検察側の「剥離中止・子宮摘出」の主張を一部の医学書の見解に依拠したものにすぎないと判断。一般性のある準則だという検察の立証は不十分だと認定した。

 「この手術では癒着胎盤に対する標準的な措置が取られた」。判決のそんな表現をたどりながら、あらためて疑問が浮かぶ。県警、地検はこの手術の妥当性について、どの程度、専門的な意見を聞いただろうか。

 06年2月の逮捕は医療現場に大きな衝撃を広げた。日本産科婦人科学会など関係団体が次々に抗議を表明し、産科医不足に拍車が掛かった。逮捕・起訴が結果的に不幸な事態を生んだことは確かだ。

 そんな中で加速したのが「医療安全調査委員会」の新設を求める動きだ。

 公正な第三者の立場で医療事故の原因を究明する国の機関で、「医療事故調」とも呼ばれる。警察に代わって医療機関からの届け出を受け付け、医師や法律家でつくる専門チームが調査し、報告書をまとめる。

 同様に医療事故調の設立機運に影響を与えたのが、都立広尾病院の消毒液点滴事件といわれる。04年4月に最高裁で元院長の有罪が確定した。

 捜査の力が作用しなくても、第三者機関設立の動きは医療界内部から生みだされただろうか。大野病院事件の刑事裁判の勝ち負けとは全く別に、医の自浄力が問われていることを忘れないでほしい。
2008年08月21日木曜日