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【社説】

産科医無罪 医療界にも課題は残る

2008年8月21日

 帝王切開を受けた妊婦が死亡し、刑事責任を問われた医師に福島地裁が無罪を言い渡した。透明性の高い事故原因究明の体制を整え、患者の信頼を得なければ、今後も医事紛争は避けられない。

 初歩的ミスのない医療行為だった。帝王切開で出産したところ胎盤が子宮に癒着する「胎盤癒着」が起きていた。一万件に一件という珍しいケースだ。医師がはく離手術をしたところ妊婦は大量出血で死亡した。

 その行為が業務上過失致死罪などに問われたが、判決は「(当時の医学水準では)胎盤はく離を中止すべき義務はなかった」とし、無罪を導いた。癒着の程度などに関する検察側の鑑定結果に「疑問がある」とも述べた。「医師の裁量」を広く認めた判決といえる。

 医師の刑事訴追は、全国の関係医学会などの反発を招いた。

 リスクを避ける産科医が増えるなど産科医療の崩壊・萎縮(いしゅく)が進んだ。出産を引き受けてもらえない「産科難民」が増えた。遺族には心ない非難が浴びせられた。

 無罪になったとはいえ、医療側が反省しなければならないのは、事故後、遺族への説明を十分に行わなかったことだ。

 大量出血の恐れがあるため助産師の一人が他の病院での手術を勧めたこと、先輩医師が応援の産婦人科医師を派遣してもらうよう助言したがこれを断ったことなどを遺族は公判で初めて知った。

 死因と直接関係ないにしても透明性を欠き、遺族感情を著しく傷つけたことは確かだろう。

 事故で家族を失った遺族が最も知りたいのは事故のてん末、真相である。医療界の透明性やミスを率直に認めて謝罪する謙虚さの欠如でそれが明らかにされないので、やむなく遺族は訴訟に持ち込んだり、司法の介入を期待してきた。

 医療事故をめぐるこうした悪循環を断ち切るには、遺族が納得できるだけの透明性の高い真相究明の体制づくりが不可欠だ。

 厚生労働省は、医療版事故調査委員会を設置する法案を秋の臨時国会に提出することを検討している。

 事故原因を客観的に究明して責任の所在を明らかにし、再発防止を図るのは当然だ。

 だが、原因を判断する事故調は医療者を中心とするうえ、事故を起こした関係者への事情聴取の強制力がない。医療事故被害者は医療者の「かばい合い」を懸念している。それを払拭(ふっしょく)するだけの公正・中立な事故調を発足させることが今回の最大の教訓だろう。

 

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