福島県大熊町の県立大野病院で04年、帝王切開手術中に患者の女性(当時29歳)が死亡した医療事件で、業務上過失致死と医師法違反の罪に問われた同病院の産婦人科医(休職中)、加藤克彦被告(40)に対し、福島地裁の鈴木信行裁判長は20日、無罪(求刑・禁固1年、罰金10万円)を言い渡した。手術中の医師の判断が問われたが、判決は医師の裁量の範囲と認めたとみられる。
加藤医師は04年12月17日、帝王切開手術中、はがせば大量出血する恐れのある「癒着胎盤」と認識しながら子宮摘出手術などへ移行せず、クーパー(手術用はさみ)で胎盤をはがして女性を失血死させ、医師法21条が規定する24時間以内の警察署への異状死体の届け出をしなかったとして起訴された。
最大の争点は「胎盤剥離(はくり)を中止し、子宮摘出手術などへ移行すべきだったか」。検察側が「癒着胎盤と分かった時点で剥離を中止すべきだった」と主張したのに対し、弁護側は、胎盤剥離後の子宮収縮による止血効果などを挙げ「胎盤剥離を完了するのが医療現場の裁量として合理的」と反論した。この他、大量出血の予見可能性や医師法21条の適用などを巡り、意見が対立した。
福島県警は被害女性が死亡した翌年に同県の事故調査委の発表で事態を知り、発生から約1年2カ月後の06年2月に加藤医師を逮捕するという異例の経過をたどった。日本医学会や日本産科婦人科学会など全国の医療団体が「結果責任だけで犯罪行為とし、医療に介入している」と抗議声明を出すなど、論議を呼んだ。公判では、検察、被告側双方の鑑定医や手術に立ち会った同病院の医師、看護師ら計11人が証言に立っていた。【松本惇】
【ことば】癒着胎盤 一般に分娩(ぶんべん)後、胎盤は自然に子宮壁からはがれるが、胎盤の絨毛(じゅうもう)が子宮筋層に入り、胎盤の一部または全部が子宮壁に癒着して胎盤がはがれにくくなる疾患。発生率は数千~1万例に1例と極めて低い。
福島県警刑事総務課の佐々木賢課長は「県警としては捜査を尽くしたが、コメントは差し控えたい。細かい争点については(裁判所の判断が)まだ分からないので何とも言えない。県警は医師に注意義務があるとして検察へ送ったが裁判所はそう認定しなかった」と話した。
吉村泰典・日本産科婦人科学会理事長は「被告が行った医療の水準は高く、医療過誤と言うべきものではない。癒着胎盤は極めてまれな疾患であり、最善の治療に関する学術的な議論は現在も続いている段階だ。学会は、今回のような重篤な症例も救命できる医療の確立を目指し、今後も診療体制の整備を進める。医療現場の混乱を一日も早く収束するため、検察が控訴しないことを強く要請する」との声明を出した。
毎日新聞 2008年8月20日 10時16分(最終更新 8月20日 12時46分)