☆暑い夏の日の誕生日☆ SS:斉藤 伊里 誠二の誕生日は夏の真っ盛り、毎年うだるような暑さの日。 夏場は無防備な事に、誠二の家の玄関は鍵をかけず開けっぱなし。 俺は、お邪魔しまーすと軽く言いながら、少し懐かしい匂いがする誠二の家のリビングの横を通り、階段を軽快に上がる。 「よ、誠二」 ひょこっと、誠二の部屋の中を覗くと、クーラーのタイマーが切れたのか、汗だくの誠二がだらしなく床にねっ転がっている。 額にも、首にも、腕にも、足にも汗が噴き出て、床へとその雫が落ちていく。 見ているこっちの方が、暑くなる。 カーテンを閉めていないからだろうか、部屋の中は熱気と湿気で息ぐるしくさえ感じ、クーラーでもつけようかと思い、誠二の机の上に置いてあるリモコンを手に取った。 が、つけるのは止めておいた。 その代わり、閉めきった窓を開け、緩く入ってくる風を鼻で吸い込む。 「たまにはクーラーつけないのも、いいよな」 そう呟きながら、手に持ったビニール袋を適当に置き、誠二の横に座った。 蝉がうるさいぐらいに鳴く声を聞きながら、誠二の顔を見る。 汗ばんで、顔に張り付いた髪の毛が邪魔そうだ。 半開きになった口を見ながら、ふと何か月か前の事を思い出す。 まだこんなに暑くなっていない、初夏のあの日。 公園で今まで見た事もないぐらい真剣なまなざしをしながら、俺の事を好きだといった誠二。 それが、今はこんな間抜けな顔をしながら寝ている。 「よだれは垂れてねーな」 俺の声に反応したのか、眉間にしわを寄せながら、寝がえりをうつ。 いつだったか、別に毎年誕生日に何かあげていたわけでもないのに、その年は誠二の誕生日におにぎりを作ってやったことがあった。 春の遠足で、誠二が持ってきたおにぎりを凄く嬉しそうに食べていたから。 そして、作ったおにぎりを誠二にあげた時、誠二が大喜びしていたから、しばらく気が付かなかった。 別に誠二はおにぎりが好きだったわけじゃなかったんだって。 何年かした後、コンビニでおにぎりを買った誠二が、 「またコンビニおにぎりかー、たまには母さんの手作り料理が食いてーなー」 といったのを聞いて、やっとその時気づいたんだ。 少し考えればわかった事だったと思うけど、俺も子供だったわけだ。 朝食は俺の家でいつも食べてて、夕食もおばさんが会社からもってくる夜食を食べてる事が多かったみたいだから、おばさんの手作り料理は滅多になかったんだろう。 「結局、俺が作ったおにぎりも、昼の炎天下の公園におきっぱで、アイツが食べようとした時は、腐ってたんだよな」 もう、昔の事だ。 「・・・そろそろ起こさねーと、溶けるな」 おもむろにビニール袋に手を突っ込み、よく冷えたそれを誠二の額につけた。 誠二の目がぱっちり開いて、変な声を出しながら飛び起きる。 「あ、明・・・?!」 「よ。差し入れ」 驚きながらこっちを見ている誠二に、カップアイスで一杯になっているビニール袋を渡す。 「へ?! 何? 何?」 興味津々でビニール袋の中を覗いた誠二の目が爛々と輝きだす。 「俺の好きなカップアイスじゃん!! うっわ、マジで?! てか、こんなに一杯どうしたんだよ?!」 すこぶる嬉しそうな顔をしながら、沢山のカップアイスと俺とを交互に見る。 「あー・・・、今日暑いしさ。つか、早く冷凍庫の中に入れて来いって。溶けるぞ」 俺の言葉にはっと気づいた顔をし、2個だけ取りだすと、階段から転げ落ちるんじゃないかと心配するぐらい慌ただしく誠二はアイスをしまいに行った。 「・・・忘れてるな、ありゃ」 もう汗をかき始めたカップアイスを手に取り、蓋を開ける。 ひんやりとした冷気を感じ、滲んだ汗が少しだけ引いていく気がした。 「明ー! 早く食べようぜーー!!」 どたばたと誠二が大声を出しながら、階段を上がってくる音がする。 「早くしろよー、溶け始めて・・・」 まだ、階段を上っているのかと思ったら、いつの間にかもう俺の後ろにいたらしい。 誠二の唇が、少し湿った俺の唇に触れた。 さっきアイスを舐めたから、俺の口は甘い味がするだろうか。 汗ばんだ誠二の顔を、アイスで冷えた手で触る。 「・・・冷てっ」 少し笑いながら、誠二が俺にぎこちなくもう一度キスをする。 不覚にもドキドキして、ただでさえ暑いのに、また体温が上がった気がする。 「明、・・・ありがと」 嬉しそうに笑う誠二は、昔より、去年より、少しだけ大人びていた。 「は、早く食うぞ・・・!」 顔を赤くしそう言った俺を、誠二が嬉しそうにまた見てくる。 「その顔ムカツクから、お前のもよこせ」 「は?! な、何だよ、ソレ?! って、あ、明! 俺の持ってくなよー!! 明ーーー!!!」 今年もくそ暑い、8月14日誠二の誕生日。 ☆END☆
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